エピローグ
捕らえられた男たちは、ジラルドの言う通り素人だった。
というのも、罷免された代官ルキーノの王都の邸で働いていた使用人の一部だったのだ。
てっきりルキーノが捕縛されて働き口を失ったことへの腹いせかと思ったのだが、彼らの行動には意外な人物が関与していて、アドリアーナを驚かせた。
なんと、彼らはクレーリアの指示で動いていたと言うのだ。
クレーリアは父のミラネージ男爵とともにルキーノ子爵のタウンハウスで働いていた使用人たちに接触し、クレーリアがヴァルフレードの妃になれば、彼に口利きしてルキーノの罪をもみ消してやると言ったらしい。そしてそれにはアドリアーナが邪魔だから、アドリアーナを始末して来いと命じたそうなのだ。
クレーリアの口利きでルキーノの罪が帳消しになるはずないのに、男たちはクレーリアとミラネージ男爵の言葉を信じてアドリアーナを始末するため、虎視眈々とチャンスを狙っていたという。
話を聞いたときにはなんてお粗末な計画なのだろうかとあきれたが、たとえお粗末な計画であろうともこれは看過できない問題だった。
ヴァルフレードは急ぎ男たちを連れて王都に戻り、その後すぐにアドリアーナにも招集命令が届いて、ジラルドとともに王都へ向かうこととなった。
クレーリアとミラネージ男爵はすでに身柄を拘束されて城の地下牢に収容されているという。
(よくわからないんだけど……クレーリアは何がしたかったのかしら?)
プロムでヴァルフレードが宣言したので、クレーリアは一応彼の婚約者の立場にある。
もっとも、彼女では未来の王妃は務まらないと、国王や王妃、そして大臣たちが眉をひそめているようなので、ヴァルフレードと結婚するにしても、側妃になるのが妥当なところだっただろうが、それがどうしてアドリアーナへの逆恨みに発展したのか。
(もともと、学園でもよくわからなかったのよね。わたしは何もしていないのに、わたしにいじめられたってクレーリアが騒いでいたのはなんでなのかしら?)
それがそういう「ストーリー」だからだろうか?
けれどもここはゲームの世界ではあってそうではないのだと、アドリアーナは思っている。
本当にゲームの世界と同じならば、アドリアーナは決められたストーリーに抗えずクレーリアを虐げていただろうし、本当の意味で幽閉の身になっていただろう。
ジラルドと想いを交わすこともなかったはずだ。
つまりここは、ゲームと同じ登場人物はでてくるけれど現実で、それぞれの行動や思惑がきちんと未来につながる、ゲームとは異なる世界なのだと思う。
であれば、アドリアーナが何もしていないのに、アドリアーナがいじめたと騒いだクレーリアは、いったい何を考えてそのような言動をしたのだろうかと言う疑問が残るのだ。
このまま変な疑問が残ったままなのも、禍根を残したままになるような気がして落ち着かなくて、アドリアーナは国王の許可を得て、地下に収容されているクレーリアに会いに行った。
一人では危険だと、ジラルドとヴァネッサも一緒についてきている。
ひんやりして、すこしじめっとしている地下牢へ向かい、クレーリアの姿を探していると、突然「アドリアーナァ‼」と金切り声が聞こえてきた。
アドリアーナの前方、三つ目の牢の鉄格子が、ガチャン‼ と大きな音を立てる。
地下牢の見張りの兵士二人が慌てたように駆けていき、鉄格子の前で槍をクロスさせて構えた。
「静かにしないか!」
「うるさい! アドリアーナ‼ あんたよくも……‼ あんたのせいで、あんたのせいであたしは……‼」
鉄格子の間から細い腕を伸ばして叫んでいるのは、薄汚れたピンクがかった茶髪の少女だった。茶色い瞳を血走らせて、アドリアーナを強く睨みつけている。
その眼光の鋭さにぎくりと肩をこわばらせたアドリアーナをかばうように、ジラルドが一歩前に出た。
「アドリアーナ、本当に彼女と話がしたいのか? まともに話なんてできる状態ではないと思うけど……」
ジラルドの言う通り、唾をまき散らしながら叫んでいるクレーリアは、到底正気とは思えない状況だった。
兵士たちが槍の先で脅しても、気にも留めずに大声でわめきたてている。
ここにアドリアーナがいれば、クレーリアはいつまでも騒ぎ続けるだろう。
ほかに収容されているのも罪人ではあるが、さすがにこれでは迷惑だろうと、アドリアーナがクレーリアと話をするのを諦めて踵を返したその時だった。
「あたしはヒロインなのに‼ 悪役令嬢のくせになんであんたが自由に歩き回っているの⁉ アドリアーナ‼ 全部あんたが、あんたがいるから……‼」
アドリアーナははじかれた様に振り返った。
クレーリアの血走った眼が、アドリアーナただ一人を映している。
(……やっとわかった)
アドリアーナは目を見開いたままクレーリアをまっすぐに見返した。
(クレーリアも転生者だったのね。だから……)
だから、ゲームのストーリーになぞらえて、アドリアーナに虐げられているのだと吹聴して回ったのだ。
それが事実かどうかは、クレーリアにとっては関係のないことだったのだろう。
嘘でもそう言って騒ぐことで、ゲームのストーリー通りに現実を展開させようとしたのだ。
クレーリアは目をギラギラさせて、何度も何度もアドリアーナの名前を叫んでいる。
アドリアーナはクレーリアになんと声をかけていいのかわからずに、結局、一言だけを返した。
「クレーリア……ここは、現実よ」
ゲームと混同してはいけない。
ここに生きる人たちはゲーム画面に映るただの映像ではなくて、血の通った生身の人間なのだから。
「アドリアーナァ‼」
クレーリアがまだ叫んでいるが、アドリアーナは今度こそ踵を返すと、ジラルドたちとともに歩き出す。
アドリアーナを悪役令嬢と呼び、自分をこのような運命にした元凶だと思い込んでいるクレーリアには、何を言っても無駄だろう。
できることならば――、ここがゲームとは別の現実なのだと、いつか彼女が気づいてくれることを祈るばかりだ。
アドリアーナはそっと目を伏せて、地下牢へ続く扉を閉めた。
☆
それから間もなくして、クレーリアやルキーノ子爵らの処罰は決定された。
ルキーノ子爵家とミラネージ男爵家は取りつぶしになり、人事局の長官リジェーリ伯爵は罷免。リジェーリ伯爵家は取りつぶしにはならなかったが、リジェーリ伯爵の弟が次期伯爵を名乗ることとなり、リジェーリ伯爵は爵位を没収された。
彼らは各々その罪の大きさによって処罰が決定され、ルキーノ子爵とミラネージ男爵、それからクレーリアは炭鉱送りになったという。
そして、アドリアーナの「名目上」の幽閉は解かれることになったのだが――
「え? ボニファツィオをわたくしに、ですか?」
コンソーラ町を含む、王家直轄地ボニファツィオを、ボニファツィオ辺境伯領として復活させ、その地をアドリアーナに任せたいのだがどうだろうかと国王に訊かれて、アドリアーナは思わず声を裏返してしまった。
「うむ。ヴァルフレードが、そなたに任せるのが適任だと言ったのだ。それに、ヴァルフレードのしでかしたことについて、そなた個人への賠償はしていなかったからな。これが賠償になるのかどうかはわからぬが……、受け取ってもらえないだろうか? もちろん、ルキーノがしでかしたことへの賠償問題については王家が責任を持つ」
アドリアーナは隣のジラルドを見上げた。
ここは謁見の間ではなく城のサロンで、国王がここでその話を持ち出したのは、アドリアーナの意思を確認しようと心を砕いてくれたのだとわかるけれど、さすがに寝耳に水すぎてどう反応していいのかわからない。
(それに、わたしがもし受け取ったりしたら……、ジラルドの人生にも関わるもの)
ジラルドとアドリアーナの婚約は、先日正式に取り交わされた。
準備期間を置いてジラルドと結婚する予定のアドリアーナが、もしボニファツィオ辺境伯領を受け取ったりしたら、ジラルドはもれなくそこで生活することが決まってしまう。
ボニファツィオを受け取ってしまったら、アドリアーナが辺境伯を名乗るか、ジラルドが辺境伯を名乗るかのどちらかになってしまうからだ。
戸惑っていると、ジラルドがにこりと微笑んだ。
「アドリアーナはどうしたい? 俺はアドリアーナと一緒ならどこだっていいよ。どうせ俺は次男だから、父上も何も言わないだろうし」
次男でも公爵家の次男ならば、公爵家が持っているほかの爵位を受け継ぐ未来だってあっただろう。アドリアーナが知る限り、オリーヴェ公爵家は公爵位のほかに、伯爵位を一つ、子爵位を二つ持っている。
(あの場所のことは、そりゃあ気になるけど……)
気になるからという理由で気軽に受け取っていい問題でもないと思うのだ。
悩んでいると、ジラルドがアドリアーナの背中を押すように言葉を重ねた。
「俺もいるし、オリーヴェ公爵家も、ブランカ公爵家もいる。そう難しく考える必要はないと思うよ」
何かあれば助けてくれる人はたくさんいるだろうと言われて、アドリアーナの肩から少し力が抜ける。
ジラルドも一緒で、しかも背後には公爵家が二つ付いているともなれば、こんなに心強いこともないだろう。
幽閉が解かれたアドリアーナは、ボニファツィオを受け取らなければ離宮へ行く前の生活に戻ることになる。
ヴァルフレードから婚約破棄され、ルキーノやクレーリアが起こした騒動でいろいろ悪目立ちしてしまっているアドリアーナは、王都よりもボニファツィオでのほうが生活しやすいだろう。
(って、言い訳しているみたいね)
理由を取ってつけるのはいくらでもできる。問題はアドリアーナがどうしたいかだが――単純に掘り下げた感情論で言えば、答えは一つしかなかった。
「わたくしでは足りないところも多々あろうかと思いますが、そのお話、お引き受けしたく存じます」
アドリアーナは、あの場所が気に入っている。
そして、ルキーノによって苦しんでいたコンソーラ町の人々の今後がものすごく気になっているのだ。
それならば、誰かに任せるより自分の手で管理したい。
ジラルドを見上げると、彼は笑顔で頷いてくれている。
(忙しくなるだろうけど、ジラルドがいるから大丈夫よね)
悪役令嬢が領地を賜るなんて不思議で仕方がないけれど、ここはゲームではなく現実だから。
アドリアーナはジラルドに笑い返して、彼の手をそっと握り締めた。
【web版】幽閉令嬢の気ままな異世界生活~転生ライフをエンジョイしているので、邪魔しに来ないでくれませんか、元婚約者様? 狭山ひびき @mimi0604
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