狙われた悪役令嬢 2
ヴァルフレードが王都に帰ると言い出したのは、それからさらに十日ほど経った日のことだった。
ヴァルフレードが王都に戻る前にコンソーラ町の様子を見て帰りたいというので、アドリアーナとジラルドは、彼とともにコンソーラ町へ向かうことにした。
アドリアーナが代官代行になってもうじき三週間が経つが、こうして歩いてみると、以前よりも町の中が活気に満ちていることに気がつく。
アドリアーナたちが大通りを歩けばたくさんの人が声をかけてくれて、子供たちが笑顔で手を振ってくれた。
子供たちに手を振り返しつつ、町の人たちに笑顔が戻ってよかったなと改めて思う。
「広場の近くに……ああ、ありました、あそこです。あそこが、食糧配給所です」
広場の近くの空き家を一つ、カルメロが食糧配給所にしたと言っていたことを思い出して探してみると、「食糧配給所」と看板が掲げられている建物を見つけてアドリアーナは指を指した。
もともとは店だったのだろうか、建物の前面は大きいガラス窓がはめ込まれていて外からでも中の様子をうかがい知ることができる。
各家庭に引換券を配って、各々の都合のいいときに取りに来てもらう仕組みにしてはどうかとアドリアーナが提案したところそれが採用され、食糧配給所は昼前から夕方まで毎日開かれていた。
今も数名の人が引換券を片手に食糧配給所を訪れている。
「引換券なんて面白いことを思いついたな」
食糧配給所を眺めながらヴァルフレードが言った。
まさか前世の記憶を頼りに提案したとは言えないのでアドリアーナは曖昧に笑ってごまかす。
町人たちに何日に食料を配るから取りに来いと言っても、仕事があったりして思うように動けない人もいるだろう。できる限り彼らの都合にあわせようと考えた結果、引換券がちょうどいいのではないかと思っただけだ。
「殿下……差し出がましいことを言うようですが、次の代官を任命されるときは、できるだけ彼らの生活に配慮してくださる方を選んでいただけると嬉しいです」
ヴァルフレードが王都に戻るのは、ルキーノたちの処罰の決定と、それから次の代官をどうするかを決定する会議が開かれるからだと聞いている。
コンソーラ町の人々にようやく笑顔が戻ったのに、再びルキーノのような代官が派遣されて来てはたまったものではない。
アドリアーナが頼むと、ヴァルフレードは大きく頷いた。
「それについては考えがある」
「そうですか。それならば、よいのですけど……」
ヴァルフレードは変わった。
以前のように自分がすべて正しいと思い込まずに人の言葉に耳を傾けられるようになった彼なら、悪いようにはしないと思いたい。
国王も、王家が任命した代官によって再び不正が起こるのは避けたいところだろうし、人選には配慮してくれるはずだ。
アドリアーナたちは広場を離れ、町全体を見渡せる高台へ向かうことにした。
高台には代官邸があったが、今は誰も入れないように柵がしてある。邸の中のものはほぼ押収したと言うので、入れたとしても中はがらんどうだろうが。
「来月には雪が降るかな?」
高台に上がると、ひゅーっと音を立てて、冬の冷たい風が頬を撫でて通り過ぎて行った。
ジラルドがさりげなくアドリアーナと手を繋いで、それをそのまま自分のコートのポケットに入れる。
とても温かくて嬉しいけれど、隣にヴァルフレードがいるのに……と、アドリアーナはちょっと落ち着かなくなった。
ヴァルフレードがアドリアーナに復縁しないかと相談を持ちかけたのは、国のことを考えてのことでアドリアーナ個人への特別な感情はないと思うけれど、やっぱり彼の前で堂々とジラルドと仲良くするのは気まずかったりする。
目を泳がせると、少し離れたところを歩いている護衛のヴァネッサが、口元に微苦笑をたたえているのが見える。
急に恥ずかしくなって、アドリアーナが視線を落としたときだった。
「アドリアーナ」
ジラルドが低い声を出して、突然アドリアーナを抱きしめてきた。
ヴァルフレードもさっとアドリアーナをかばう位置に回り込む。
(何?)
二人が何かに警戒しているのがわかって、アドリアーナの背筋に緊張が走った。
ヴァネッサ達護衛がこちらに駆けてくるのが見える。
ジラルドも、ヴァルフレードもヴァネッサ達も、代官邸の方を注意深く探っているようだった。
「ジラルド……」
「誰かいる」
「え?」
「気配を消し切れていないから素人だとは思うけど……、アドリアーナ、俺の側から離れないで」
ジラルドがアドリアーナを背にかばい、護身用の腰の剣に手を伸ばした――直後。
「お前がアドリアーナ・ブランカだな⁉ 覚悟しろ‼」
柵をされている代官邸の塀の奥から、数名の男たちが武器を片手に飛び出してきた。
アドリアーナは悲鳴を上げそうになったが、いち早く飛び出して行ったヴァネッサがあっけないほど簡単に男の一人から武器を奪い、首に回し蹴りを食らわせたのを見て、逆に面食らってしまう。
「やっぱり素人か。誰に雇われたのかは知らないが……、全員生かして捕縛しろ‼」
ジラルドが声を張り上げたときには、護衛たちの手によって半数が昏倒させられていた。
本当にあきれるほどあっけなく――アドリアーナの目の前で、それほど時間もかからずに男たちは全員捕縛されたのだった。
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