コスプレ毒薬令嬢の非劇的スローライフ
夏になった。
蝉の鳴き声かと思ったら木の葉の擦れ合う音だったのには腹が立った。ちなみに日が暮れるとヒグラシのような音になる。気温とか光合成の都合なのだろう。
畜産と農産も軌道に乗った。王都から派遣された二人がそっち系の専門家らしく、ボクが何を持ち込んだか説明すると、温冷術師のキューズくんをアタマとしてバリバリにこなしてくれた。
「調子はどうだ、アイリ」
「やぁアッシュ。そろそろ慣れてきたところだよ」
「やぁやぁアッシュ。警備の方は万全だよ」
「助かるよ、リンゴさん」
ボクはというと、完全に教会で暮らしていた。
仕事はもっぱら裁縫。糸で生地を織り、モノを編む。適宜薬を出したり、逐次アッシュたち騎士団とお話ししたりする。
村の警備は元『蜘蛛』の魔王であるリンゴちゃんと、その部下である子蜘蛛に頼んでいる。歩哨だ。
「それは?」
「ん? オルテちゃんの服」
「それにしては……小さめでは?」
「どこ見て判断した? ……ボクが着るんだよ」
「あぁ、…………すまない」
生前のボクはけっこうあったんだからな。
『ボク?』
ごめん。ごめんって私。そもそもボク、このサイズが可愛かったからこうしたんだからね。
「ちょっと着替えるね」
……。
…………。
「じゃぁん」
え、カワイイ。ボク、カワイイ。オルテちゃんがカワイイからな、そりゃそうだよな。
「おぉ、似合うじゃないか」
「似合うなぁアイリ。私が見込んだ糸使いだけはある」
「でしょでしょ。へへぇ」
くるり、ひとまわり。
「……んん?」
と、違和感。ボクの足が床についていないような。
「どうした、アイリ」
「…………オルテちゃん、近くにいるかな」
「あぁ、鶏小屋の辺りにいるだろう」
「呼んできてもらっていい? ちょっと急ぎで……」
……。
…………。
「はい、オルテちゃんです」
転移してきたオルテちゃん。アッシュが遅れて走って戻ってきた。
「ありがとアッシュ」
「わ、わぁ! 私の服ですね、アイリさん!」
「うん。で、その……できるだけ急いで『転移』のコツを」
だめだ、間に合わない!
すっ転ぶような感覚がして、ボクはどこかの茂みに飛んでいた。
「…………やぁ、まぁ、ね」
あの変なカンジ、やっぱり転移の前兆だったか。
「どうしよ」
爆発で煙出して見つけてもらうのが早いか。こういうとき村が高台で助かるな。
「あれ」
毒が出ない、ね。糸は……出るか。
「アイリさん!」
途方に暮れる間も無く、オルテちゃんが来てくれた。
「わー! オルテちゃんありがとう!」
「アイリさん、さっきのって……」
「転移だよね」
「転移ですね」
転移かぁ。
「そうそう。なんか飛びそうだったから、コツとか聞きたかったんだけど、教えてくれる?」
「コツといっても……念じる、としか……」
「なるほ」
「アイリさん⁉︎」
教会に戻ってきた。
「アイリ⁉︎ オルテはどうした……⁉︎」
「はい、オルテちゃんです」
ボクに続き、オルテちゃんも帰還。
なんかヤバそうなので、上着を丁寧に脱ぐ。一気にノースリーブのハイレグでセクシーな感じになるのが最高なんだよな。着てるのがボク自身じゃなきゃな。
「お、おお……なるほど……いわゆるオルテちゃんコスじゃないと『転移』は使えないのか……」
「?」
「あの……鶏さんのお世話に戻っても……?」
「ごめんオルテちゃん! 助かったよ。また今度ゆっくり聞かせてね」
◆◆◆
秋になって、アッシュをモチーフにした衣装が完成した。
軽装の甲冑ということで、もちろんそのまま鉄を鍛える……というわけにもいかない。それに男の人の格好だし。そんなわけで、意匠を取り入れた、言わば女体化アッシュイメージのコスチュームに仕上がったわけだ。剣は予備のを借りた。
「お揃いだとホントに兄妹みたいだね」
「それはイリスさまにどうなんだろうな」
言いつつ、アッシュの顔は綻んでいる。わかりやすい萌え騎士分隊長だ。
思った通り、『
◆◆◆
「まぁ、でもさ」
「あぁ、そうだな」
露出控えめな(おへそは出てるけど)黒のドレスにふわふわピンク髪と金目、控えめ『ボク?』……で形のいいバスト。
「これが一番落ち着くよ」
森の屋敷から持ち込んだ安楽椅子を揺らし、また芽吹き始めた外を眺める。
慌ただしい足音が数人分、続いて遠慮のなく扉がノックされた。
「はぁーい」
用を伺うと、温冷術師キューズくんのとこの子が産まれそうらしい。
連れられて行くと、治癒術師のメイちゃんが興奮のあまり倒れていた。甥っ子か姪っ子か……楽しみだもんね。
「なるほど」
赤ちゃんがそこそこ大きいらしく、キューズくんの奥さんは普段から治癒魔術で痛みを和らげていたのだが……まぁ、こういうこともあるだろう。
「いま、楽にしてあげますね」
コスプレ毒薬令嬢の非劇的スローライフ 人藤 左 @kleft
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