Episode Memory:36 絆と始まり

「みのり! 颯太先輩! フォーチュンも!」


 校舎に走る途中、みのりたちの姿を見つけた幸奈は呼び止める。


「これから駅前のクレープ屋さんに行くの! みのりと先輩も行きましょ!」

「なにいきなり」


 突然の誘いに眉を寄せるみのり。


「シーちゃんと契約したお祝いと、シーちゃんに人間界を案内するの!」

「別にあたしたちが行かなくてもいいでしょ」

「そんなことないよ! みのりと颯太先輩もいたらもっと楽しくなるよ!」


 みのりたちと話す様子を、シルフは少し離れて見守っていた。


「……みのりとフォーチュンと、彼は颯太で合ってるのよね」

「ごきげんよう。シルフ様」


 つぶやくシルフに声をかけ、うやうやしく頭を下げたのはフォーチュンだった。


「朝も言ったけど、様づけされるような存在じゃないわ。気軽に接してちょうだい」

「恐れ多いですが……あなたがそうおっしゃるなら、シルフさんとお呼びします」


 盛り上がる幸奈たちに視線を移す。


「シルフさんの事情を知ったときは驚きました」

「そうね。記憶がなくなりましたなんて言われたら誰だって驚くわよ」


 やれやれと言った風のシルフに、「実は」とフォーチュンは微笑む。


「私も皆さんのことをまだ深くは知らないのです。ですから、シルフさんと同じように皆さんのことを知りたいと思っています」

「奇遇ね。あなたとは仲良くなれそうだわ」

「光栄です。どうぞよろしくお願いします」



「だーかーらー! みのりたちも一緒に来てよー!」

「あたしたちが行ったらラインちゃんが怖がるでしょ」

「そのへんの誤解は解けたでしょー!」


 みのりの肩を掴んでぶんぶんと揺り動かす幸奈と、腕を掴んで止めるみのり。


「あーもう分かった! 行くから! 先輩もいいですよね!?」

「あ、あぁ」


 みのりの鋭い視線が突然向き、颯太は気圧されながらうなずく。


「ありがとうございます! じゃあ、みんな正門で待ってるので!」


 みのりをくるりと回りながら抱きしめ、幸奈は軽やかなステップで走り去る。シルフも慌てて幸奈を追いかけていく。

 台風が過ぎ去ったかのような静寂が訪れ、大きなため息をつくみのり。


「……あいつ、あんなに騒がしかったか?」

「あれが通常運転です」


 幸奈たちを呆然ぼうぜんと見送った颯太は、あきれているみのりをちらりと見る。


「運上、よかったのか?」

「いいですよ。久しぶりにクレープも食べたい気分だったので」

「そうじゃなくて。見たい映画があるって言ってただろ」

「まだやってますから。また今度行きましょ」


 心配そうに尋ねる颯太を、みのりはいつも通り平静に返す。

 正門に向けて歩き出したみのりに、フォーチュンがささやく。


「せっかくの二人きりの予定がなくなって不満か?」


 フォーチュンの声はどこか弾んでいた。 

 慌ててフォーチュンをマントを引き掴み、颯太から距離を取るみのり。


「違うから。そもそもあんたがいるから二人じゃないんだけど」

「残念だな。行きたい場所をあれこれ考えていたのに」

「考えてないから。嘘つかないで」

「昨日までのスマホの履歴を調べようか?」


 にこやかに笑うフォーチュン。

 わなわなと震え、みのりはカバンを振り回す。しかし、フォーチュンはそれを空中で華麗に避ける。


「また次の機会だな。私は応援しているぞ」

「はぁ!? なに笑ってんの!?」


 会話の内容は聞こえていなかったらしく、微笑ましい光景に颯太は小さく笑う。


「運上。そんなに仲がよかったんだな」

「仲良くないです!」

「みのりはそろそろ素直になった方がいいんじゃないか?」

「あんた、最近調子乗りすぎ!」


 自分を置いて盛り上がる二人を見て、颯太は自分と契約している精霊を思い出していた。

 まだ再会はできていない。しかし幸奈が再会できたのだから、自分もいつか再会できるはず。

 足元から伸びる影を見て微笑む。


「……待ってるからな」


 誰にも聞こえない声で小さくつぶやいた。

 正門に近づくと、洸矢たちが盛り上がっている光景が目に入った。そのにぎやかな様子に、みのりたちも思わず笑みがこぼれた。


   * * *


「よし、これでばっちり!」


 机の中からタブレットを手に取った幸奈。

 廊下を出たところで風がふわりと幸奈とシルフに当たり、幸奈は足を止める。


「幸奈。どうしたの?」


 ニヤリと笑う幸奈は、確実になにかを企んでいる顔で。


「シーちゃん、手伝って欲しいことがあるの」

「どんなこと?」

「契約したからできること!」


 幸奈は目の前にあった窓を全開にする。


「まだ慣れてないから、危なかったら助けてね!」


 身を乗り出して下を覗き込む。キョロキョロと見渡したあと、サッシを掴んでふちに足をかける。

 突然の出来事に、シルフは慌てて制服を掴んで止める。


「ちょっと、なにしてるのよ!」

「ルート短縮!」

「こんな高いところからなんて危ないわよ!」

「やったことあるから大丈夫!」

「私はやったことないわよ!」


 動揺している幸奈とは反対に、目を輝かせる幸奈。


「あたしを信じて!」


 キラキラとした眼差しにシルフは耐え切れず、大きなため息をつく。


「……周りが幸奈を甘やかす理由がよく分かったわ」

「へへ、ありがと!」

「褒めてないわよ」


 照れくさそうに笑う幸奈に、シルフは冷静に返す。

 窓枠に乗り、着地地点を見下ろす。何事かと廊下を通り過ぎる生徒たちに、「大丈夫ですから!」と呼びかけ、視線を外に移した。


「せーののあとに飛ぶからね! それじゃあ行くよ、せーの!」


 強く踏み込み、幸奈は空中に飛び出す。


「とーうっ!」


 空中で幸奈が手をかざすと、幸奈を中心に勢いよく風が吹き始めた。



―完―

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契約から始まる君との絆の物語 桜井愛明 @tir0lchoco

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