赤いブレーキ部品
榊 薫
第1話
ロシアのウクライナ侵攻、イスラエル・ハマス衝突などで、故郷を追われた難民は三度の食事も満足に取れないことが国連難民高等弁務官事務所で報じられています。
部品メーカーにとっては、生産・出荷が命の糧で、これができなくなると大問題です。
自動車ブレーキ製造工場で、取引先の自動車メーカーから、「複数のブレーキが故障した原因は製造している工程でないか」という連絡が入りました。
問題点
ブレーキ製造工場の品質管理責任者は、一瞬、顔が青ざめ、最悪事態が浮かびました。
「製品の不具合ですべての製品の供給を止めます」と発表せざるを得ないことになりそうです。
これまで、製品の仕様や納品の基準が、安全率を高く見込んで厳しく設定されていたため、契約どおりに納入しようとすると、基準をわずかに超えた製品が生じることはありました。
一方、工場の技術者は、製品の安全性や実質面について、相当の自信を持っていました。
しかし、今回の「ブレーキが故障した原因」は問題ないレベルを超えており、工場の技術者の判断に誤りがあった可能性が考えられます。
これまで全品回収には極めて高いリスクがつくことから工場の技術者は細心の注意を払って扱っていたはずです。また、一品ごとに検査してきたことからブレーキが故障するほどの原因は見当がつきません。
技術相談
「工場から出荷した時には、まったく存在していなかったにもかかわらず、複数の出荷部品について摩擦面とその周囲で、使用時に赤く変色していた。このことが故障原因となっているか知りたい。」ということで、部品を入れた箱を抱えて品質管理の担当者がやってきました。
ブレーキ部品は、ブレーキパッド、シム、ブラケット、クリップ、ピストンなど10点以上から成り立っていて、その多くはプレス加工しています。
観察
摩擦表面の変色の正体を知るため、一部を掻きとって紙の上に乗せ、裏から磁石に引き寄せられるか試したところ、その主体は磁石に引き寄せられました。
掻きとった一部を希塩酸に浸したところ、ゆっくりと溶解し、液の色が黄色になりました。
ということは、変色の正体は鉄の酸化物である赤錆の反応を示しています。
仮説
仮説とは、観察に基づいて起こりそうな反応機構・その原理を見出すための手順であり、先入観にとらわれることなく、あらゆる可能性の中から確かなものを拾い出す必要があります。
全体を観察したところ、赤錆はブレーキ部品のほぼ全体に広がっています。
ルーペで観察したところ、摩擦部の付着物には赤錆以外の微細な砂、油等の有機物は認められませんでした。
鉄の赤錆であれば、なぜ、出荷前は問題なく、出荷後に錆びたのかその原因を考えてみました。
出荷した複数の製品に同様の事故が起こっており、工場で使用している物質が原因で、錆び易くなっているとすると、工場の責任となる可能性が高くなります。
部品には複数の厚みのある板がプレスや曲げ加工されて使われており、その加工油の中には、摩擦・摩耗を減少させて、加工精度を高めるため、極圧添加剤が使われているはずです。
その中には加工で生じた熱で分解し、金属どうしが癒着するのを防ぐため、塩酸を発生するものがあります。
もし、余分な極圧添加剤が残っていたとしたら、ブレーキで発生した熱によって分解し、塩酸を発生する可能性があります。
発生した塩酸は気化しやすく周囲に広がりpHを下げ、鉄を腐食溶解させてpHが上昇し、一部は水酸化物となり、やがて酸化物として赤錆になります。
腐食した赤錆がブレーキパッド箇所で目詰まりを起こせば、作動不良が起こり故障原因となります。
極圧添加剤を知るには、濃度が高ければ温度を上げ塩酸の酸性刺激臭の有無で判別できるはずです。
簡易試験
ライターを使って、炎の上部に赤錆を近づけながら、そのさらに上に鼻を近づけて見ました。
明らかに、酸系の刺激臭が確認できました。
蛍光X線分析などの機器分析を行えば、塩素が検出されることは間違いありません。
結論
ブレーキ加工部品のプレス油中に極圧添加剤が含まれているものを使用してます。
プレス油には、プレス加工品が切断される際に生じる高温により、一部分解して塩酸ができ、鉄と反応して、融着を防ぐ塩素系極圧添加剤が含まれていました。
プレス品の加工精度を高めるため使用していた極圧添加剤が、不必要な部分まで余分に使われていたことが原因でした。
なお、摩擦部の付着物には微細な砂、油等の有機物は認められませんでしたので、極圧添加剤が過剰に付着していたことが原因と言えます。
AI(人工知能)への教育
腐食の広がり方を眺めると、付近一帯が腐食する気体の拡散分布を示しており、摩擦、温度の上昇のほか、目に見えない分解反応とその生成物である塩酸、鉄の酸化反応によって引き起こされる現象です。
また、プレス加工で使用した潤滑油の極圧添加剤が、使用時に温度上昇で分解促進することを予測することが設計段階で不十分であったためで、プレス加工で使用した塩素化合物の洗浄、除去が必要でした。
腐食が発生した状況に気付くものとして、
使用時に見つかり、表面で発生しています。
腐食の広がり方は、周辺拡散まで発生しています。
統計的の発生率は3%以上です。
計測レベルの機器分析利用料金が発生する申し込みがありました。
気付くことが難しいものの中で、
腐食分類では均一形態です。
物質・環境分類では、塩酸の気体です。
腐食分野の.濃度・酸化物が決め手となっています。
AIによる企業診断
この事故は、
表面で周辺まで3%以上発生しているもので「使用時」に起こっています。
出荷時に発生していなかったので、製造工程では見つけることはできません。また、余程ひどい保管をしない限り保管時でもありません。
発生3%以上あるものは、そもそも使用時を想定しておらず「材料設計」に問題があります。
周辺まで発生していることも材料設計による問題で「使用時」に起こっていることと一致しています。
気体による周辺への広がりはあってはならないことで「作業誤り」が原因です。
気体または周辺で起こるということは、「組織の注意力がなく」、臨機応変な対応ができていません。
本来、品質基準を超えた製品が生じないようにすべきところ、使用時に高温になることを予測して余分な極圧添加剤を含む油を除去する一手間の「技術改善」ができていません。
依頼者の職場環境
自動車会社、プレス部品会社では、まさか、油から簡単に塩酸ができるとは思ってもいませんでした。
設計段階で製品に起こる異常現象を検討した中で、機械的な強度、発生する摩擦熱が周囲に広がることは想定していましたが、そのために生じる付着物の熱分解、分解物質の拡散現象についてはまったく想定していませんでした。
明らかに、設計上のミスで、極圧添加剤の使用量を過剰に添加していたことになります。過去に、基準を超えた製品が出るたびに上司に報告していましたが、そんなことをしていたら納品期限に間に合わなくなると一喝されたことがあります。
また、納入先での契約内容との品質の適合性チェックが厳格になり、基準変更手続がとりにくくなっていました。
職場の上司はプライドが高く、自分の地位や評価を気にする、人を見下す態度を平気でとる、そのため、業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、叱責や嫌味を言って、怒りの感情を抑えることができず、すぐに怒鳴り散らすため、部下は戦々恐々として、できるだけ上司と顔を合わせないようにしていました。
また、過去の報告を「知らなかった」「聞いていない」など、一切の責任を部下に押し付けようとすることから、「パワハラ被害をうけた際の状況を、できるだけ詳細に日記をつけておくか、ボイスレコーダーによる録音で証拠を残しておくことにしよう。」と思っている矢先の出来事でした。
最終ユーザーの安全に「品質上の問題や安全性の問題が無ければよい」と考えて、「実質的」に問題のないレベルのものは、検査方法やメーカーと取り決めた基準に当てはまらない検査データの改ざんや過去の検査データの流用を行っていました。
後に、このメーカーは内部告発による「データ改ざん」でマスコミを賑わせることになり、AIが診断した「技術改善ができていない」企業体質と一致していました。 以上
赤いブレーキ部品 榊 薫 @kawagutiMTT
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