きのこたけのこ戦争

狩野緒 塩

きのこたけのこ戦争

 きのこたけのこ戦争―― それは終わることのない戦いであった。


 一九八〇年頃に戦争が勃発、多くの不和を生んだ。その約百年後の二〇八三年に、戦場が仮想空間へと移行した。


 そして二一六〇年には国がホーン、ルーム二つの勢力に分断され、二一六三年現在に至る。


「うっわー、仮想空間に来てまで勉強するとは思わなかったわー」


 ぱたん、と軍に支給された本型のテキストファイルを閉じる。勉強はホント得意じゃないから、堅苦しい言葉とか、この戦争の歴史とかを見るだけでも吐き気がする。

 他にも兵士には知識も必要だとか、愛国心を持てとか、ぐだぐだつらつらと書いてあって目も回ってきた。


 それにこのテキスト、政府が作ったのかどうかは知らないが、結構知識が抜けてるし。


 二つの国に分離したのは仮想空間だけであって、現実ではまだ(一応)一つの国だ。

 

 仮想空間だけが世界だけじゃない。


 まあ、今ではほとんどの奴が仮想空間で仕事したり、遊んだりしてるけど。


 かくいう俺の名前は、竹地。こっちの国―― ホーンの兵士なんだけど、戦績が悪くて結構崖っぷちだ。通称マークと呼ばれる、戦績を一目で表す勲章はあと残り一個しかない。

 マークがゼロ個になったら、価値のない人間だーという判定を受けて仮想空間に入れなくなるんだけど……。

  もしかして俺、結構どころじゃない崖っぷち具合、いや、もう崖から落ちてる?


大丈夫、まだマークは一個あるから、明日の大戦で沢山敵を倒さないといけないな。


「あれー、シンミョウな顔つきじゃん竹地、どーしたの?」


 ふらっと現れたコイツは、同期の笠山。かれこれ三年の付き合いで、いつも長袖長ズボンのお調子者。ちなみに、俺と同じようにマーク一個で戦績がギリギリ。


「おまえもマーク一個のくせに、ずいぶん楽観的だな」


「まあねー、どうせ明日で決まるから、今から努力しても変わらないだろ。なら、最後の仮想空間を楽しもう~いえーい」


 …… だめだコイツ、もう諦めてる。


 大戦は数ヶ月に一度、相手国との合意によって行われている公式戦闘だ。たまに発生する少数戦とは違い、マークも獲得しやすいらしい。いや、俺はマークを獲得したことがないからよく知らないんだけど。


「やあおはよー竹地。良い天気だねぇ」

 次の日、大戦当日。俺は、笠山と合流し、戦場へと降り立った。大戦が始まるのは十時。


 その二十分前、マークが少ない奴は前方に移動しろというアナウンス。

「これってつまり、捨て駒ってことだよな…… 」

と、俺が呟くと、

「実際捨て駒じゃん」

 笠山は結構辛辣な言葉を言った。言葉が刺さって心が痛い。普段のゆるーいしゃべり方じゃなくて鋭い言い方だったから余計びっくりした。


 やめろ、大戦前から心にダメージを負ってしまったじゃないか。


 開始五分前。

 俺は自分の銃型の武器―― 通称クッキー、国が独自に開発した中距離攻撃の主力となっている―― を確認した。

 うん、異常はないみたいだ。

 隣にいる笠山も、腕をぐーっと伸ばしてストレッチしている。俺は笠山をみて、猫を思い出した。オマエはとことん気楽だな…… 。


 対戦開始の合図がなった。

 走り出す軍勢。その様子は合戦を思わせる。


 俺と笠山は、隠れられるところを探して走っていた。

「このままじゃ、敵国の攻撃範囲に突入するぞ!笠山、どこか良さそうな場所はある

か?」

「うーん、やばいねぇ。地形が不利すぎ―――― 」

 あたりを見渡していた笠山の言葉が途切れた。上を見つめている。


「え?」


 …… それは、敵国の爆弾、クラッカーだった。

 つるりとした、ベージュの、楕円形のそれは俺たちの頭上めがけて飛んできた。

 まるで敵ではないとでも言うような見た目のくせに、結構威力がすごいらしい。

 

 あー、これやばいやつだ。

 クラッカーがすっげースローモーションで飛んでくるのがみえる。

 姿がだんだん大きくなってゆく。


 これで、仮想空間ともおさらばだな…… 。

 うん、諦めの境地ってやつ。


「何ぼーっとしてんの竹地!!君は相変わらず馬鹿だなぁ~!」


 隣にいるはずの笠山の声が、かなり遠くから聞こえる。


 クラッカーが目の前に迫る、その直前、笠山の背中が視界を覆った。


 轟音、爆風、衝撃。

 まるで生身の身体で二階から飛び降りたような強い痛み。


 …… 俺たちはクラッカーによって結構遠くへ吹き飛ばされたらしい。


 目を開けると、砂埃。まわりにはほとんど人が居ない。四方へ飛び散ったのだろう。敵国の爆弾の威力は噂以上だったって訳か。


 少し遠くに笠山が倒れていた。

 身体が痛いけれど、足を引きずりながら我慢して笠山に近づく。


「笠山、大丈夫か!…… ってこの傷じゃ大丈夫じゃないよな」


 服が破れ、切断面の近くの皮膚は崩れかけていて、そこから生身の身体ではあり得ないような、黒いねっとりした液体状の”何か”がのぞいていた。

 仮想肢体の現実をこうやって突きつけられると、結構キモチワルイな。


 笠山は目を閉じてはいるが、息があるようだった。

 よかった、ぎりぎりで生きてる。

 手当をしようと、ふと、深淵のようなモノがにょろりと出ている腰あたりの傷口のほうを見やる。


 …… あれ、何か笠山の皮膚によくわからない紋様が。なんだ、これ。刺青?


「あ、竹地。元気そうだねぇ、よかった」

 笠山がいつの間にか目を開けていた。

 いつものとおりのお気楽口調。

 身体はボロボロで、声は小さくかすれているけれども。


「見てー、マークも身体も半分になっちゃった」

「いや、だいぶグロいからそう言うのはやめろ、まじで」


 冗談じゃなく、本当に半分のマークが表示されている。これだと手当をしたとしても、ゼロになるのも時間の問題だろうな。


「…… 笠山」

 その続きが口から出てこない。

 同期が消えかけているというのに、何も言えない。

 掛けられる言葉が俺にはない…… 。

「やだなあ、竹地。そんな顔しないでよ。はぁー仕方ないな、ほんと仕方ない。…… 君に提案があるんだけど、一つ良いかな?」


 ん、提案?


「遺言とかじゃないだろうな、いやだぞ、そういうの。仮想空間から消えたってほんとに死ぬ訳じゃないんだからな。それに俺もギリギリだから、言うならマークに余裕のある奴に言えよ…… 」


「あはは、遺言ねえ。まあ、あながち間違ってはないよ」

 笠山が笑う。まじか、やっぱ遺言なのか。


「………… 君に、とどめを刺してほしい」

「は?」

 なんで。

 それに、これは提案と言うより要求だ。

 俺にメリットの欠片もない。


「あー、ちょっと勘違いしてる顔だねぇ」


「何が勘違いだ、普通に消えられても堪えるのに、味方に殺されたいとか、阿呆かよ。俺に絶望でもしてほしいのか、自己犠牲野郎」


 俺がそう言うと、笠山はケラケラと乾いた声で笑った。


「自己犠牲野郎って何、僕のことなの? やっぱり君は面白いなあ~本当に。提案っていっただろ、提案って」


「だから提案じゃないだろ、それ」


「提案だよ、竹地。君には、この身体の全身に入れられた紋様が見えているだろう?これはあちらの国、ルームの兵士の仮想肢体に必ず入れられる印だよ。…… 君には敵を殺す意思はまだ有る?」


 だからいつも長袖長ズボンだったのか―― っていまなんつった?

 あちらの国?

 ルームの兵士?

 え、ちょっと待て、ちょっと待て。


「つまり、僕、いや俺はあちらの諜報員って訳。俺を殺したら君のマークは復活、それどころか、素晴らしい働きとして上に認められるだろうね。なんて言ったって敵国のスパイを殺すんだ。…… どうだい、君にとってこんないい話ないと思うけど?」


 笠山は傷だらけの顔で笑った。


「は? オマエ脳味噌まで半分になってない?」

「僕の脳はすごーく正常だよぉ」


 いつもの口調に戻りやがって。

 ああ、でも、今のでなんか納得したわ。


「…… だましていたのか?」

「だましていないと言ったら嘘になるね」


「今までの全部が嘘だったのか?同期、友達として一緒に馬鹿やったこともか?」


 笠山が答えるまでに、結構な間があった。


「…… それは自分でもわからない。もちろん最初は、情報のために君に話しかけた。君は馬鹿すぎて話しかける人間を間違えたとすら思ったよ。誰にも情が移らないように過ごしていた。でも、君と仲良くなって馬鹿なことを沢山やってたら、思いがけずこの日々が楽しくなってしまった。今思えばその感情は嘘ではなかったんだろうね。…… でも、一ヶ月ほど前に帰還命令が下ったんだ。上は俺が君に感情移入してしまっていたことを見抜いていたんだね。元々、今日が任務最後の日と決まっていたんだ」


「…… オマエは、悲しくないのか」

「悲しいよ、多分君以上にね」


 俺は、たぶん甘い人間なんだろう。

 友達が敵だと知っても、何とか友達のまま居られる方法を探している。

 でも、笠山にとどめを刺せば、俺のマークが増えることも確かだ。どちらも選ぶことはできない気がしていた。

 あー、甘い、お子様のわがままと同じ。若くて、未熟で、青い。そのくせ、欲張りで、どうしようもなく馬鹿だな、俺。


「…… ほら、こんな話をしている間に、マークが減っていってるみたいだよ。俺は早く此処から去りたいんだけどなぁ」


笠山の言うとおり、半分のマークは四分の一にまでになっていた。


「そろそろ覚悟を決めるべきだよ。俺は本当に死ぬわけじゃないんだ、笠山という存在が消えるだけで、どこかで会えるかもしれない。まあ、敵同士だけど」


「一つだけ質問良いか? …… 笠山、戦いなんてなかったら俺とオマエは、そのまま友達でいられたんだろう?」


「うん、それは、この三年間が証明している。…… 最後に俺からも一つだけ言わせてもらおうかな。敵と呼んでいる奴らも普通の人間だ。趣味趣向がただ違うだけで、どうして俺たちは互いを理解できずに憎み合うんだろうね?」


 答えることができない。

 最初は、軽い気持ちでこっちの国に入った。中立の立場になることもできたのは確かだ。

 多分、俺は何かにカテゴライズされて安心したかっただけなんだろうな。


「決心はついたかい。君の銃で打ち抜けば、敵である証拠を残して俺は消える。…… さようなら竹地、いや、またな」


 笠山は満面の笑みで笑った。

 本当は、すごく嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 だけど、

 引き金を引いた。


「またな、笠山」


 近距離で銃をぶっ放したから、笠山の仮想肢体はとても細かく飛び散った。

 真っ黒などろっとしたモノが、返り血を浴びたみたいに俺に付いた。

 涙は出ない。

 ただ、呆然として。

 膝をつく。

 目の前には笠山の跡形は無く。

 頬に付いた黒い液体に触れてみても、ただ気持ち悪いだけだった。






 三年後。

「え、まじですか!」

 俺は、小さな隊のリーダーを任されたのだった。

 あの後、俺のマークは初期値よりも多くなった。

 いちおうもらい物の命(?)だから、今まで以上に鍛錬をして、マークを減らさないように、増やせるように頑張った。


 そして、劣等落第兵士の俺は国で一目置かれるくらいまでに成長した。えっ、やればできる子。すごくね、俺。まあ、全部笠山のおかげではあるんだけど。


 今日は数ヶ月に一度の、大戦の日だ。

 上から奇襲作戦を命じられていたので、本隊とは別に行動する。

 開始五分前。

 いつものように、俺はクッキーの確認をする。周りからは、カスタムしないのかやら、新機種に変えろやら、好き勝手なことを言われている。変える気は、今はまだない。


 うん、異常はないみたいだ。

 開始の合図がなった。走っていくと、俺たちと同じように少数の集団が向かってくるのが見えた。命令が下った。あの部隊を攻撃すれば良いみたいだ。


 物陰に隠れて、隙をうかがう。

  ―― 今だ。

 合図とともに、仲間に遠距離型の銃であるビターで狙撃させ、俺ともう二人で近づき、別の方面から一斉に撃つ。


…… まるでこちらの意図を見透かされたように攻撃は遮断された。


「は、バレバレかよ」

 敵は、俺の居るところをめがけて撃ってきた。

 あ、あぶねえー。当たりそうになった。


 敵の集団の中の一人が、隊を外れてこちらに向かってきた。

 何のために? 

 怖ええ。そして速い。


 必死に距離をとってクッキーを撃つが、かする程度。

 やべえ! 追いつかれる!

 速えぇよ! ちょっとは待てよ! 敵国の兵士を待つわけないか!


 俺が、そんな馬鹿なことを考えていたそのとき、

 そいつは急に立ち止まって、


「ひさしぶり」

 と、

 見知らぬ顔で笑いながら、


 俺にめがけて

 銃を撃った。

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