第25話反撃の狼煙はあがらない
上京して5日が経った。
さすがの雪菜も俺に怒られまくったからか、最近はわりと大人しい。
ときたま、俺のことをギラついた目でみていたり、いい女ですよアピールをして来たり、胸の突起が透けるような薄着で色仕掛けしてくるくらいだ。
気持ち悪い行動は少なくとも俺の前ではしなくなった。
まあ、『晴斗の歯ブラシって美味しそうだよね』といったような気持ち悪い言葉はそれなりに言ってくるけど。
とはいえだ。俺が見てないところで変なことをしているのかもしれないが、見つからないように努力しているのは評価すべきである。
こうして、少しづつ落ち着いた気分で過ごせるようになってきた。
しかし、雪菜ではない別のことが俺の気持ちをざわつかせている。
何故なら――
今日は大学の入学式なのだから。
新品のスーツを身に纏い、これから4年間を過ごすキャンパスへ向かう。
もちろん雪菜とは別行動で。
新しい出会いを期待しているわけで、最初から仲のいい雪菜と一緒につるむのは機会損失でしかない。
どんな友達ができるのか期待に胸膨らませ、入学式が行われる講堂にやってきた。
自分の席を見つけて腰掛けると、隣にはすでに別の新入生が座って渡された資料を読んで暇を潰していた。
入学式が始まるまでは時間がある。
俺は横に座っている人に挨拶をすることにした。
「どうも初めまして。櫻井晴斗って言います」
初対面ということでしっかり目な口調と相手を緊張させないように少しだけ笑顔を作って話しかけた。
すると、相手も物腰柔らかく挨拶を返してくれた。
「こちらこそ初めまして。
「埼玉県にある田舎の方の高校からやってきました。良かったらこれから仲良くしてくれると嬉しいです」
「ああ、よろしくね」
とまあ、入学式が始まる前の時間。
俺はたまたま席が近かった相手と軽く雑談を繰り広げるのであった。
※
入学式はあっという間に終わった。
今日はオリエンテーションはなく、入学式が終われば解散だ。
しかしまぁ、ここで素直に帰るのは勿体ない。
そう、同じ大学の先輩方がキャンパス内を歩く新入生をサークル活動に勧誘をしているのだ。
そそくさと家に帰る必要もないわけで、興味のありそうなサークルを探してみる。
落語、英語、マナー、カードゲーム、FPS、食べ歩き、ボランティア、釣り、登山、アウトドア、軽音、クラシック、など色々とあった。
その中でも一番俺が心を惹かれたのは……。
Tシャツにジーンズで、髪はくせっけ風なショート。耳には何個ものピアスをしている。そして、何よりも顔が整っていてめっちゃイケメンな先輩が勧誘してくるバンドサークルだった。
別にバンドなんて興味はないが、雪菜を押し付けられそうなイケメンを見つけて嬉しくなった。
そう、俺なんかよりも大学には輝いた奴はたくさんいる。
そんな奴に雪菜を押し付けて俺は楽になりたい。
俺はイケメンに雪菜を押し付けるべく、イケメンとお近づきになることにした。
ちょうどよくイケメンは誰とも話していない。
「あの~、すみません。バンド未経験でも大丈夫ですか?」
プラカードを持って新入生を勧誘していたイケメンに声を掛けた。
すると、声を掛けて貰えて嬉しいのかイケメンは笑顔で俺に答えてくれる。
「大丈夫ですよ」
うん、めっちゃ綺麗な声だ。
男性にしては高めな声でこんな声で愛を囁かれたらコロっと落ちるな。
「楽器とかも持ってないんですけど……」
「楽器を買うまでは貸してあげられるよ」
「へー、親身なサークルなんですね」
「まあね。で、今日早速説明会的なのをやろうと思うんだけど、良かったら来てよ」
よしよし、良い感じだ。
このままイケメンな先輩と仲良くなって自然と雪菜を紹介して……。
俺は雪菜の魔の手から逃げてやる。
※
バンドサークルの説明を受けた後、俺は雪菜の住む部屋に帰ってきた。
どうやら先に雪菜は帰ってきていたようで、ピシっとした黒のスーツを脱いで部屋着で料理をしている。
「ただいま。雪菜は結構早めに帰ってきたんだな」
「一応、適当なサークルの説明会には参加してきたけどね」
「へー、どこ行ったんだ?」
「バスケ同好会」
「まだバスケ好きなんだな」
雪菜は小中高とバスケをしていた。
さすがに大学ではする気はないのかなと思っていたが、そうでもなかったようだ。
さてと、イケメンがいるバンドサークルに誘って、引き合わせよう。
俺なんかよりもイケメンの方が良いってことに気が付いて貰おうじゃないか。
「俺はバンドサークルに行ってきたんだけど、未経験でも大歓迎っぽい感じだったし雪菜もどうだ?」
何気ない感じで言った。
しかしまぁ、料理をしていた雪菜は手を止めてするどい目つきで俺を見てくる。
「何が狙い?」
「別に何もない。ただ単に興味本位で誘ってみただけなんだけど……」
「ふーん。興味本位ね……」
妙に勘の鋭い雪菜に冷や汗が止まらなくなる。
ここで警戒されてイケメンと仲良くなって、俺への興味を失ってもらおうという作戦が失敗に終わるのだけは避けたい。
俺は何喰わぬ顔で怪しんでいる雪菜に言う。
「まあ、別に無理強いはしないぞ」
「……行ってみるだけ行こっかな」
「ああ、そうしてくれ」
押してダメなら引いてみろ。
それがものの見事に功を奏したようだ。
このまま、雪菜とイケメンを引っ付けてみせる、と少しばかり張り切っていたときであった。
ポケットにしまっていたスマホが少し震えた。
手に取り確認すると、連絡先を交換したイケメン。またの名を
『明日も説明会があるから、友達とか連れてきてくれると嬉しい』
じゃあ、そうします。
とメッセージを返信しようとしたときであった。
横目で俺のスマホをのぞき込んでいた雪菜が意外そうな顔つきで俺に話す。
「ああ、バンドサークルって奏先輩のとこだったんだ」
「え?」
「そのアイコンの人って工藤奏って人でしょ?」
「あ、ああ」
「その人、私の高校の先輩」
どうやら、雪菜と工藤先輩はすでに顔見知りだったらしい。
思わぬ誤算で戸惑っていると、雪菜はさらに俺を混乱させる。
ポケットから雪菜はスマホを取り出し、俺に一枚の写真を表示させて見せる。
「この人でしょ?」
と言って見せられた一枚の写真。
そこには俺が今日に出会ったイケメンの面影があるスカートを穿いたカワイイ女子高生がいた。
「……スカート?」
「いや、当たり前でしょ。女子なんだから」
「まじで? 俺、出会った時から男の人だと勘違いしてたんだけど……」
「へー、高校の時から男装趣味があったのは知ってたけど、今はもっとすごいんだ」
イケメンはイケメンでも男装女子らしく、雪菜と工藤先輩は高校の先輩後輩関係だったようだ。
これ、工藤先輩に雪菜を押し付けるのは無理じゃね?
となれば、俺は何のためにバンドサークルに雪菜と一緒に入るんだ?
いいや、まだ間に合う。一緒のバンドサークルに入らなければいいだけである。
雪菜がバンドサークルに入るのを阻止すべく行動を起こそうと意気込むも、時はすでに遅し。
「奏先輩にバンドサークルに晴斗が入る気満々だし、私も入ろうかなってメッセージ送っておいたよ」
なんでこういう時は即断即決しちゃうんだよ……。
自分から雪菜と大学での接点を作ってしまい、俺は本当に泣きたくなった。
偽の恋人であるはずの幼馴染がいつまで経っても別れてくれない くろい @kuroi
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