第24話逃げられない

 ベッドのシーツどころか、その下のマットレスまで汚してしまったらしい。

 雪菜は少し怪訝な顔つきでくんくんと鼻を鳴らしてベッドをしきりに嗅いでいる。

 拭いたには拭いたが、やっぱり匂いは気になるようだ。


「ほぼ新品だったのに残念だな」

「……まあ、うん。わりとショック」

「だろうな。これに懲りたらベッドで変な事をしないんだな」

「次はちゃんとバスタオル敷くよ……」


 さすがの雪菜もしょんぼりと肩を落としている。

 ふと、俺は気になっていたことを聞いた。


「で、今日はどこで寝る気なんだ?」


 雪菜は俺の布団に入りたそうな目でチラチラと見てくる。

 しかし、それを許したくない。

 居候の身だし、ここは俺の布団を雪菜に譲るべきか……。

 俺は何も悪くないけど、雪菜に布団を貸してあげようとしたときだった。


「自業自得だしそこら辺で雑魚寝する」


 雪菜はそう言って、部屋の片隅で無事だった毛布に包まった。

 家主に不便をさせるのは気持ちが良くないが、なんかやっぱり自業自得なので別にいいような気がする。

 じゃあそういうことなら……と遠慮なく俺は寝ることにした。


   ※


 寝るのが遅かったこともあり、俺が起きたのはお昼だ。

 部屋の隅で縮こまっている雪菜はいびきをかいて寝ている。

 まあ、別に起こす必要はないし、放置しておこう。

 さっきまで寝ていた布団を片付けて、お昼は何を食べようかなと考え出す。

 冷蔵庫には何か作れそうな食材はあるし、買い置きのカップ麺もレトルトカレーもある。


「……っと、お昼を食べる前に洗濯しといてやるか」


 俺は洗濯機を回すことにした。

 今は昼だけど、今日は暖かいし雪菜が汚してしまったシーツもきっと乾くだろう。

 で、だ。問題はここからである。


「雪菜が粗相したシーツと一緒に他の洗濯物も洗うかどうか……」


 世界地図かってくらいシーツにはシミが広がっていた。

 軽く水洗いはしてあるものの、なんか普通に残っていそうな気がする。

 そんなブツと一緒に他の洗濯物を洗うのは……ちょっと嫌なのは言うまでもない。

 とはいえ、水道代や電気代も馬鹿にならないし、一応シーツは軽くだが洗ってはあるわけで……。

 今日が暖かく、昼をすぎたというのに絶対にシーツ以外の洗濯物も乾いてしまいそうな天気を俺は恨む。

 どうしたものかと洗濯機の前で葛藤を繰り広げていると、


「おはよ。洗濯機の前で何を葛藤してるの?」


 雪菜は眠そうにあくびをしながら、悩まし気な俺に話しかけてきた。

 俺は苦笑いで洗濯機とにらめっこしていた理由を話す。


「粗相したシーツと一緒に他の洗濯物を混ぜてもいいかと悩んでてな……。こう、一応はシーツは綺麗にしてあるし、他のと一緒に洗っても問題はないと思うんだけど気持ち的にな……」

「潔癖すぎない? 別に彼女だったこともある相手のアレなのにさ」

「いや、そうはいっても……」

「軽く舐めたことすらあるのに気にし過ぎでしょ」

「あれはお前が俺の顔にいきなり乗っかって来たから……」

「じゃ、他のも混ぜちゃうね」

 

 雪菜は俺の意見なんて無視して、ほいほいと洗濯籠から雪菜が汚したシーツの入っている洗濯機に服を放り込んでいく。

 洗濯籠が空っぽになると、雪菜は俺の体を見てきた。


「寝間着だし着替えたら?」

「あー、今日は外に出る予定もないしこのままでいいや」

「そっか。私も外に出る気ないし今日は着替えないで……」


 しかし、雪菜は自分の服の匂いを軽く嗅ぎだす。

 いやいや、さすがに一晩しか着てないんだからそんなに臭くなるわけがないだろ。

 何をお馬鹿なことをと高を括っていたが、俺はすぐに気が付いた。

 そういえば、こいつは汗をかくような気持ちいいコトをたくさんしてたなと。


「……で、大丈夫そうか?」

「ちょっと汗臭いから着替えようかな。結局、晴斗が寝た後も寝てる晴斗を見てたら興奮してあの後も……、うん、なんでもない」


 あ、という顔でいきなり気まずそうな顔になった雪菜。

 頬をひくつかせながら、恐る恐る聞いた。


「俺の寝顔を見てただけだよな? ほんとうに見てただけだよな?」

「……見てただけだよ。さすがに触ったら晴斗も起きるし」

「なら、別に……。いや、全然よくないが?」

「大丈夫。本当に晴斗には触れてないから」

「触れてないから良いってわけじゃないって……」


 自由奔放な雪菜に呆れしかない。

 何度こいつは俺を失望させたら気が済むのだろう。

 まあ、ひとまず何もされてないなら許してあげようと思っていたら、雪菜は俯きながらカミングアウトしてきた。


「ごめん。ちょっと晴斗の顔面に垂らした」

「ま、まさか、俺の寝顔の上でしてた……んじゃないよな?」


 理解が追い付かない。

 え、なに、こいつ。寝てる人の顔面の上で気持ち良いことしてたのか?

 そんなバカなと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていると、雪菜は俺がどこにもいけないようにと俺の服の裾を軽く引っ張りながら謝って来た。

 

「変態でごめんなさい。だからその、私に呆れて出てかないで」

「ダメなことってわかってるくらいならするなよ」

「晴斗を見てたら我慢できなくて……。でも、私が悪いよね。だから、あれ。晴斗の言うことを何でも聞くから捨てないでください」


 ちょっとづつ俺への生意気な態度を取り戻しつつあった雪菜だが、すっかりと卑屈モードへ逆戻りだ。

 だけれどもまぁ、さすがに雪菜は俺に依存し過ぎだ。

 こんな関係は良くないに決まっている。

 俺は腹を括って雪菜に言い放つ。



「数日だけど、お世話になりました」



 雪菜と距離を置こう。

 これでいい、そう思っていた時であった。

 どこか覚悟の決まった顔をした雪菜が虚ろな目で俺の腕をいきなり掴んできた。


「嘘でしょ?」

「え、いや、えっと、その俺の腕をなんで掴んだのでしょうか?」

「出ていくの?」

「いや、だからその……」

「ねぇ、?」


 雪菜に掴まれた腕がめっちゃ痛い。

 出ていくって言ったら絶対になんかされる気がするんだが!?

 あまりの怖さに俺は日和ってしまう。


「じょ、冗談だっての。でも、ほら、俺も寝てる間に変な事されたら気分悪いから、ちゃんと怒ってるってのを知って欲しくて……」


 あまりの雪菜の剣幕に恐れをなした俺は前言撤回してしまう。

 すると、雪菜は安心した顔つきになった。


「ごめん。許可もなく人の顔の上でアレするの気持ち悪かったよね。今度からちゃんと気を付ける」


 雪菜との同居生活始まってから、こんなんばっかりである。

 もうやだ。誰か助けて……。

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