第11話 【コービスSIDE】 コービスの夢

 私は毎晩夢を見る。

 小さい頃の思い出をもう一度体験するだけの夢。


 誰かに取っては悪夢かもしれないけど、今の私を作った大切な夢。

 夢の始まりは何時もそう、誰かの悲鳴から始まるのだ。


 『ハハハハ!!たまげたなぁ、こんな世界があるなんてよぉ!!』


 今から12年ほど前。

 縁町えにしまちに一人の異世界人が来訪した。


 センロクにも言ったけど、そんな事はこの世界では日常茶飯事だ。

 だけど、この時ばかりはいつもと様子が違った。


 『なるほどなるほど。この世界一帯に貼られている結界達は異世界から来た生命体への対策と言うわけだ。よく出来てるじゃないか』


 本来、この世界を根幹から壊しかねない力を持った異世界人は縁町えにしまちには来訪せずに、懲罰海ちょうばつかいと呼ばれる第6の町に隔離される仕組みになっている。


 だけど、この時来訪した異世界人は『力を抑えた人間の姿』と『本来の力を発揮する蛇の姿』を持っているという特性から結界内でバグを起こし、縁町えにしまちにたどり着いてしまった。


 『この世界には俺の天敵足り得る生物は存在しない!!あぁ、開放された気分だ』


 その異世界人大蛇縁町えにしまちに住む拝借魔公はいしゃくまこう達を蹂躙。

 結界を破壊して幼い拝借魔公はいしゃくまこう達が住む郷土街きょうどがいへと破壊の歩みを進めた。


 綺麗だった町は一瞬にして崩壊。

 植物達もあの異世界人大蛇の吐いた毒で枯れていく。


 当時6歳だった私とミミルは崩壊する建物の影に隠れて静かに怯えていた。

 大蛇に自分達の居場所がバレませんように、お互いが酷い怪我をしませんように、そう願いながら。


 『こんな所でかくれんぼか?』


 そんな願いも虚しく、私達は見つかってしまった。


 『何、なのよ。私とコービスは上手に隠れてたはずでしょ。見つかるはずが無いんだから』


 『いい顔してるなお前ぇ。自分の性格が悪くてこれほど気分が良かったのは生まれて始めてだぞ』


 『なんにも嬉しく無いわよ‥‥‥‥アンタ何なのよ』


 『今の俺は特別気分が良い。その怯えた顔に免じて教えてやろう』


 大蛇はいやらしい目でミミルを眺めながら口を開く。


 『俺の名はヨルムンガンド。世界を犯す災厄と呼ばれていた大蛇だ』


 彼が元の世界でどんな存在だったのかは目を合わせた時点で何となく察することが出来た。

 強大な力を持っていて、周囲を破壊することで快楽を得る生きた災害なんだって。


 ずっと私の手を引っ張って逃げ、隠れる場所を見つけてくれたミミルは怯えて動かない。

 だったら今度は私が何かしなくてはと、そう思い立った瞬間にはすでに私の拳が大蛇の眼球を殴っていた。


 『こっちのは中々勇敢だな』

 『普通こんな所殴られたら痛がって怯むでしょ』

 『悪いな、そんなやわな体じゃないんだよ』


 蛇の顔がブンと音を立てて横に薙ぐ。

 私の幼い体はその衝撃に耐えられず、後方の瓦礫の山に向かって吹き飛んでしまった。


 『いたた……』

 『バカ!!なんであんな事したのよ。私達子供なんかがあの化け物に勝てる訳無いでしょ』

 『でも、何とかしないとこのまま二人とも死んじゃうよ』

 

 ミミルが私の体をそっと起こしてくれる。

 その時彼女が私に向けた視線は不安と心配で一杯一杯だった。


 『良いもん見せて貰ったが……もう飽きたな』


 その呟いた大蛇が口をガパっと開けてこちらに突進してくる。

 私とミミルは互いの体を強く抱きしめて目をつぶっていた。


 きっと、お互いに守り合ってたつもりだったんだと思う。

 自分が犠牲になったとしても、目の前の友人を助ける為に。


 『あれ?』

 『痛く無いわね?』


 いつまで経っても想像していた痛みが来ない。

 それどころかなんの衝撃も爆音も無い。


 あの大蛇はどうなったのか。

 私達の体はどうなっているのか。


 そんな事が気になって目を開ける。


 『報告にあったのはこいつで間違いなさそうよ』

 『良かった。これ以上、この世界が壊れる前に見つけられて』


 誰かの話し声が聞こえる。

 声の方向に視線を動かすと、そこには白いウエディングドレスを身に纏った一人の拝借魔公はいしゃくまこうが立っていた。


 その拝借魔公はいしゃくまこうの足元に、あの大蛇が血を流して倒れている。


 『な……なんなんだ、お前は。俺が元居た世界に、お前ほどの化け物はいなかったぞ!!』

 『混白こんはくの花嫁。今の私達はそれ以上でもそれ以下でもない』


 自らを混白こんはくの花嫁と呼んだ彼女の頭上には荘厳で巨大な白金プラチナ色のパイプオルガンが浮かんでいた。

 そのパイプオルガンからは絶えず『様々な白色が混じったビーム』が照射されている。


 そのビームは大蛇の体をジリジリと壊していた。


 『貴方に残された選択肢は二つ。ここで死ぬか、私達に取り込まれてこの世界を守る為の力になるか』


 混白こんはくの花嫁の纏うウエディングドレスが変化する。


 背中から無数の『何か』が蠢き、生えてくる。


 『健やかなる時も 、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、自由が利かない時も、尊厳が破壊されている時も、この世界を愛し、敬い、守護し、ドレスの混白こんはくが黒に染まってけがれるその時までこの世界に尽くすと誓うなら、私達の力として生かしてあげる』


 その『何か』は実に様々な種類のものがあった。

 あるものは何かの頭であり、あるものは何かの手であり、あるものは何かの足だった。


 唯一共通していたのは、全てが白色であったという事。

 そのどれもが違う種類の白色で染められていて、そこから編み出されている鮮やかさは神々しいと言うしかない物だった。


 『ハァッ……ガァッ!!』

 『それを誓えないと言うのなら、ここで死んで』


 彼女の言葉が響く。

 この場にいる誰も……いや、きっとこの世界に住む誰もが彼女に敵わない。

 子供ながらにそう思ってしまうほどの圧倒的な力がそこにあった。


 私はこの時、そんな彼女に憧れた。

 自分もいつか、彼女に並ぶ拝借魔公はいしゃくまこうになりたいと。

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異世界で【花嫁修業】のパートナーに選ばれた。そして俺は彼女が着るドレスになった アカアオ @siinsen

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