矛盾
ナナシリア
矛盾
隣の生徒、その隣の生徒、全員がシャーペンを動かすカリカリという音が自習室に響く。
俺はといえば、他の生徒たちに交じってシャーペンを動かしはしているものの、どこか集中できなかった。
勉強をしていると勉強をしたくない、早く勉強をやめたいと思い始めてしまいという現象は誰にでもあるだろう。
集中できなくなってきた頭を一度リセットするため、俺は問題から目を離して視線をあちらこちらに彷徨わせた。
塾が張り付けた張り紙に書かれている、『集中できなくなったら帰宅』という文言が、今現在ちょうど集中できなくなっている俺に後ろめたさを植え付ける。
その言葉を見て、俺は今のこの自習室という場で勉強することを諦め、机上に出した問題集をたたんで帰る準備を始めた。
「あれ、帰るの?」
「集中できなくなったら帰宅だってさ」
家に帰ると、当然勉強しようという気は起きず、開かれたスマホを片手にベッドに寝そべった。
スマホから聞こえてくる笑い声を聞いて、最近の俺の笑えない現状を笑い飛ばしてしまいたくなってきた。
家に帰ると勉強できないというのはまあぎりぎりなんとかできることではあったが俺には他の重要な問題があった。
勉強している間は勉強したくないと思うくせに、勉強をしていない間は罪悪感と不安感を感じて勉強しなければならないと思うということだ。
この矛盾が、俺の自由な感情と行動を妨害する。
そこでこの矛盾はどうやったら解決されるのだろうかと考えてみた。
まずは、勉強しなければならないという強迫観念を無くしてしまうというのは一つの案だろう。
だが俺はいわゆる受験期の今、そんな方法をとることはできない。
じゃあ逆に、勉強している間に勉強したくないと思う感情を無くすということが解決方法の候補として挙がる。
勉強している間はやめたいと思うということで、この時期においてとても大切な勉強量を確保することが出来ず、成績は低下していた。
それはまだぎりぎり何とかなると言ったものの、とはいえ俺の生活に大きな影響を与えていることに間違いはない。
じゃあどうしようか。
悩んで迷ってどれだけ考えても解決策が思い浮かばなかったので、もう勉強は諦めてスマホでYouTubeを見ることにした。
そう決めてスマホを手に取ると、メッセージを受け取ったらしく、ぶーぶーと俺にブーイングを浴びせるかのように振動した。
そのメッセージの送信者は、先ほど自習室で俺に対して帰るのか尋ねてくれた女子だった。
あの自習室で俺のことを気にしていたのが彼女だけだと考えると悲しい気分になるが、逆に彼女は俺のことを気にしてくれていたと考えると嬉しくなってくる。
彼女が俺にどんなメッセージを送ってきたのか、確認しようと思って俺はメッセージアプリを開く。
画面に表示されたメッセージはたった一文だけだったが、彼女の優しさが十二分に現れたものだった。
『今日は帰っちゃったけど、また明日も一緒に自習しようね』
また明日の分の自習にすら誘ってくれるとは、どれほどまでに俺のことを気にしてくれていたのだろうか。
少し自意識過剰にも思えるような考えが頭をよぎったが、それほど優しさに満ち溢れたメッセージだった。
『明日は一緒に自習するけど、俺最近ちょっとやる気ないんだよね……』
一度文章を打ち込んだが、いくら優しいとはいえこんなことを他人に相談するのは恥ずかしかったので、送信せずにすぐに消した。
するとそこで、彼女から追撃のメッセージがやってきた。
『最近調子悪いよね、何か悩みとかあるんなら聞くよ』
彼女の優しさが身に染みた。
そんな圧倒的な優しさの暴力を前に、俺は悩みを他人に相談するのが恥ずかしいなどと言っていられなくなった。
『最近やる気が出ないんだよね……』
俺は正直に彼女に悩みを打ち明けた。
『それは大変。どうしようか』
文面だけでは言い切ることはできないが、どうやら彼女は俺の問題に真摯に向き合ってくれているようだった。
『じゃあ、毎日君と一緒に勉強したい』
打ちかけてまた消した。
これはさすがに気持ち悪さすら感じるほどのキモメッセージだ。無理、絶対送れない。
『友達と一緒に勉強してみるっていうのは? 一人より集中できるかも!』
そのメッセージを見て、俺は運命を感じた。
『じゃあ、君がいい』
送ってから後悔した。
たぶん、彼女が言っているのはそういう意味ではない。
既読がつく前に送信を取り消そうと慌ててメッセージを長押しするが、送信取消ボタンを押すよりも先に既読がついた。
『いいよ! また明日、一緒に勉強しよう!』
俺は受験に合格したかのごとく気分になった。
矛盾 ナナシリア @nanasi20090127
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