第6話

「ブリッ……!」

「よお。起きたか、レジイナ」

 アジトにて。

 所々破れ、タバコの火で焼けた跡が目立つ黒の革張りのソファでレジイナが目を覚ます姿を化け物越しに見ながらバーンはウィルグルにファーストキスを奪われる前に戻って来たことに気が付いた。

 今度こそレジイナの背を押すまいと、バーンはいつも以上に化け物の気配を消して二人の様子を見守った。

 そんなバーンが見守る中、ウィルグルは以前同様に顔をゆっくりとレジイナに近付けていった。

「ちょ、待て待て」

「ひゃんだよ」

 レジイナはそんなウィルグルの顎を片手で押さえて、自身のファーストキスを守った。

 やっぱりレジイナはこちらが邪魔するような事をしなければ、キスなんてもの簡単に阻止できたみたいだな。

 そう安心したバーンの前でレジイナとウィルグルは軽く争い始めた。 

「雰囲気⁉︎ ばっかじゃないの!」

「いいじゃんか、減るもんじゃねえし」

「そういう問題じゃない!」

 お互い軽く取っ組み合いをした後、手を組んであーだーこーだ言い合いをしていた時、ノックが三回、二回した後にアジトのドアが開いた。

「……何してんだ、お前ら」

 ジャドはアジトに戻ってすぐ、言い合いしているレジイナとウィルグルを見て溜め息を吐いた。

「あのなあ、そんな元気あるならヘルプ出すなよ……」

 ウィルグルは気を失ったレジイナをアジトに運ぶ為、ジャドに人質の解放をお願いしていたのだ。

「いやー、お礼に少しくらいちゅーさせてくれないかと思ったんだが、嫌がられて困ってたんだよ」

「そんなもん嫌に決まってる!」

 ジャドは「頭痛え……」と、呟いてからレジイナの腕を引いてソファから立ち上がらせ、自身の背中に隠した。

「ガルルルルッ!」

「こんな小娘で遊んでやるな。あと、レジイナも威嚇すんな」

 ジャドはそう言ってウィルグルとレジイナに頭を軽く小突いて黙らせた。

 ジャドの登場にバーンはホッと胸を撫で下ろし、ふわふわと飛び立ってアジトから出た。

 これで一旦、前回みたいな結末に迎えることはないだろう。

 バーンはレジイナが再び男に溺れて身を滅ぼさないように見守ろうと決意するのだった。

 

 

 

 それからバーンはレジイナが男に襲われないように影から見守り、カルビィンとウィルグルからレイプされそうになった時、代わりに小人にをした。

 小人の姿でも小人にを出せる事に驚きつつ、それをきっかけにレジイナは育緑化の才能が更に開花されていった。

 自分自身だからか、レジイナを手助けする度に影響が出る状況にバーンは慎重に行動していった。

 それに加えてバーンはいつもこちらがレジイナに手を出す度にニヤニヤと笑って邪魔することが無くなった化け物を気味悪く思っていた。

 なぜ邪魔してこない。

 後からのお楽しみだと化け物は言っていたな。

 一体どんな罠があるのかとバーンは疑いつつも自身が一番良いと思う未来に向かう為、レジイナを見守っていた。

 そんな日々を過ごしていたある日、化け物は何故だがレジイナのパートナーになっていた。

 なんでこうなった……。

 ウィルグルの仇であり、この化け物の元パートナーであるゲーデは呆気なくレジイナの銃でウィルグルに殺された。

 そして化け物はウィルグルに懇願した。

 オレ様はされて仕方なくヤッタだけでコロシたくなんてナカッたんだ、と。そして、新しい主人のモトで過ごしたい。

 そんな仇である筈の化け物の言葉にウィルグルと小人、もといカナリアは騙されてレジイナと引き会わせた。

 化け物の意識下の元、バーンはこれが化け物の言っていた"後のお楽しみ"というかと絶望していた。

 バーンが化け物の意識を乗っ取るには条件が幾つかあり、その中の一つにこの化け物が主人と意識を通い合わせていない時だった。

 レジイナと関わる為に行動しなければいないバーンの目的を逆手に取って、化け物はレジイナを主人にすればバーンはもう意識を乗っ取れないだろうと考えたのだった。

 その考え通り、バーンはレジイナが覚醒中、そしてレジイナが化け物を認識できている間は意識を乗っ取る事が出来なくなってしまっていた。

 なんちゅうことを考えつくんだ!

 化け物の思い付いた通りの結果にバーンは真っ暗な空間の中、頭を抱えた。

 もし、再び化け物がレジイナを喰った際、レジイナはバーンと化け物のどちらの意見を信じるだろう?

 答えは簡単だ、パートナーの化け物だろう。

 もう過去に戻ってやり直すなんてことは出来ないだろう。

 実質最後になるこの人生。自身が思うように修正が出来なくなってしまったこの環境の中、バーンは絶望していた。

「ガハガハッ! 思った通りだったナ!」

 そう声高々に笑う化け物をバーンは歯を剥き出して唸った。

「オーオー、怖いコワイ」

「てめえ、ぶっ殺してやる……!」

「ムリに決まってンダロ。てかそしたらオマエも消えるゾ」

「んな正論どうでもいいんだよ!」

「マケイヌの遠吠えっテカ?」

 そうバーンに皮肉に言ってから化け物はレジイナに呼ばれて意識を外に向けた。

「ちくしょう、ちくしょう……!」

 どう足掻いてもバーンは化け物の意識を覆すことは叶わず、嘆く事しか出来ないのだった。

 

 

 

 トゲトゲと名付けられた小人は現在の主人となったレジイナという女をいつ喰ってやろうかと毎日タイミングを伺っていた。

 すぐに喰うべきではない。信用をまず勝ち取ってからだ。

 慎重かつ、大胆に。

 そう心に決めてトゲトゲはレジイナに馴れ馴れしく接し、時には可愛いらしく、そして助けてもやった。

 正直、このメスガキは育緑化としてはゼンゼンだな。

 通常、育緑化と小人の相互作用によって強い攻撃が繰り出せるもの。だが正直レジイナが居ようがいまいがトゲトゲの力の強さは変わりはしなかった。トゲトゲには強い力と自我が確立されており、パートナーなんて元々必要ないのだ。

 目の前ですぴすぴと呑気に眠るレジイナを見てニタニタと笑みを溢さずにいられないトゲトゲは「ガハガハッ、まだ早いカア? いや、モウいいかなあ……」と、独り言を呟いた。

 にしてもウマそうだなア。

 痩せてはいるが豊満な柔らかそうな胸。

 パンっと弾けるような食感なのかな。

 それともふわふわとした食感なのだろうか。

 黒い涎をポタポタと床に溜めながら舌舐めずりするトゲトゲの意識下にいるバーンは虚な顔でその光景を眺めていた。

 ああ、終わった。

 そう思った瞬間、グルッと視界が変わって天井が見えた。

 突然の動きに驚いたのはバーンだけでは無く、当事者であるトゲトゲもだった。

 背に当たるふわふわと感覚と腹に回された腕に触れてトゲトゲはレジイナに抱きしめられていることに気が付いた。

 まさか野生のカンとやらでキケンを察知しやがったのカ!

 このままでは今までの作戦が台無しだと焦るトゲトゲの頬にレジイナは自身の頬をスリスリと当て、「うう、トゲトゲ……」と、甘え始めた。

「ハイ……?」

 まさかこんなグロテスクな見た目をしている自身がまさか人形のように抱きしめられ、頬擦りされる日が来るとは思っておらず、トゲトゲは驚いていた。

「どこにも行かないでよお……」

「ドコにもイカねえよ……」

 寝言なのか、そうではないのか。

 分からないがトゲトゲは咄嗟にそう返事した。

 何処にも行かないか。

 どうしてそう返事しちまったんだろうかとグルグルと頭を悩ませながら眠るという欲求自体がないトゲトゲはそのままジッとし、レジイナが起きるまで動けずにいたのだった。

 

 

 

 それからパートナーにすることを拒否していたレジイナはトゲトゲを徐々に受け入れ始めた。そして信用もしたのか、母国にいた頃の話を時折するようになった。

「でさ、あの野郎ってば私をボコボコになるまで殴ってきたんだよ? ありえなくない? 私も負けじと殴り返したんだけどね」

 レジイナが話す内容の七割はブリッド・オーリンという元上司にあたる男の話だった。

 怒った顔をしながら愚痴を言っているが時折見せる女の顔、そしてその男から貰ったというマフラーに顔を埋めては頬を淡く桃色に染めていた。

「コイ、ねえ」

 オレ様には無い感情だなと思いながら今じゃ表に出て来れなくなったバーンへとトゲトゲは目を向けた。

「んだよ」

「コイ、ねえ?」

「同じこと言うな。だから、なんだ、その恋がどうしたんだよ」

 口籠もりながら顔を赤く染めてそっぽを向くバーンを見てトゲトゲは肩をすくめた。

 生き方が違えど同一人物には変わりないと。

 レジイナと同じく恋をしていたバーンはふとマオを思い出して顔を暗くした。

 もうマオと恋に落ちることないだろう。

 それでも良い。彼が幸せになるならと思っていたのに寂しい気持ちを抱きながらバーンはブリッドから徐々にカルビィンに恋心を傾き始めるレジイナを見た。

「結局、女ってのは恋する生き物なのかね」

 人生をやり直す度に誰かに恋心を抱くレジイナにバーンは呆れつつ、結局あたしだもんなと納得もしていた。

 

 

 

 カルビィンとジャドが派手に喧嘩し、ジャドが自身を責めて落ち込んでいる時、今回のやり直した人生で初めて表に出てきたバーンは久々に声を出した。

 ジャド。

 あたしはジャドがいなきゃ死んでた。

 本当にあんたは良い奴で、あたしは親同然だと思っている。

 そう言葉に出来ずともバーンは自身を責めるジャドへと「その分、ジャドは他の人の命もたくさん救ってきたんじゃない?」と、精一杯の思いを込めて話しかけた。

 一瞬、レジイナに声をかけられたのではないかと驚くジャドにバーンはトゲトゲの中で涙を流しながら微笑んだ。

 好きだよ、ジャド。

 一度だけでもいいから"父さん"と、冗談でもいいから呼びたかったと後悔しながらバーンはトゲトゲに懇願した。

「ジャドを頼む」

「アア、任されタ」

 トゲトゲはもうこの時にはレジイナを喰おうなんて微塵も考えていなかった。

 ナンでだろうな?

 絆されてしまったんだろうなと思いながらトゲトゲは温かい気持ちで胸をいっぱいにしていた。

 今まで強いが故にそれなりの育緑化の下でパートナーを組んだできたが、どいつもこいつもただただ私利私欲の為にトゲトゲを利用し、トゲトゲもトゲトゲでパートナーを利用してきた。

 しかし、レジイナはどうだろうか?

 トゲトゲを愛し、信用し、家族だと言わんばかりに抱きしめてくる。

 コンナ気持ちにナッタのは初めてダ。

 なんて単純なんだと自身を潮笑ったトゲトゲはジャドと話し合い、アジトへと連れ戻した。

 すると、カルビィンとジャドの争いを仲裁したのにも関わらず、感情的になってアジトを飛び出していたレジイナとそれを連れ戻してきたカルビィンが手を繋いで向かい側から歩いてきた。

 そう手を繋いで、だ。

 カルビィンとレジイナは目の前にジャドがいるのに気が付くと手をパッと離してわざとらしく距離をとった。

 おいおい、まさか……!

「て、てめえら、やり合ったな⁉︎」

 ジャドは可愛い愛娘が最も嫌う国の男に奪われたと知り、絶望した。

「や、やり合ってなんかない……! なんてこと言ってんの、ジャド!」

 顔を真っ赤にしながらそうジャドを責めるレジイナの横で同じく顔を真っ赤にしたカルビィンもジャドの言葉を否定した。

「やってねえし、まだ告白もしてない!」

 カルビィンは告白したも同然の言葉を放ち、「あ、やべ……」と、呟いてから横にいるレジイナを見下ろした。

 同じくカルビィンの言葉を聞いて更に顔を真っ赤にしたレジイナは魚の口のように口をパクパクもさせながら放心状態になっていた。

「レ、レジイナはな、お、俺の娘同然なんだぞ! お前さんみたいな野郎にやるかあっ!」

「はあ⁉︎ なんでてめえの許可がいんだよ!」

「娘だっつってんだろ!」

「同然が抜けてんだろうが!」

 それから二人は道のど真ん中でレジイナを巡って殴り合いという喧嘩をし始めた。それを見た当の本人であるレジイナは「一回言ってみたかったんだよね」と、言ってから「きゃー、私の為に争わないでー!」と、喜んで騒ぎ始めた。

 それから野次馬が集まり、可愛い娘を取られまいと奮闘する父親と、その娘を心から愛す彼氏の二人が殴り合いをしており、どちらが勝つかなどと言う賭け事が始まっていた。

 結果はドロー。

 審判かつ、参加費として金を野次馬から徴収していたレジイナとウィルグルは一文にもならなかったと文句を言い、意識を失って倒れるカルビィンとジャド二人に唾を吐いていた。

 そんなお祭り騒ぎの暗殺部四人の少し後ろで情報屋のブラッドは妹が入院する病院へとお見舞いに行く道中、その騒ぎを見てチューリップの花束片手に舌打ちをしていた。

「レジイナ、なんであんなクソ野郎なんだよ……」

 そんな不穏な雰囲気をブラッドが放っているなんて思いも知らず、レジイナはきゃっきゃっとはしゃいでいたのだった。

 

 

 

 その一週間後。

 ブルース市にあるおとぎ話に出てきそうな城の造形をしたホテルでエアーオールベルングズの幹部が主催する仮面舞踏会が行われるとブラッドから情報が入ってきた。

「カメンブドウカイ?」

 初めて聞いたと言わんばかりの口調のレジイナにウィルグルは「なんでカタコトなんだよ」と、ツッコミを入れてからブラッドに目線を移した。

「なんとも敵さんの親睦会みたいなもんだ。ただ、お互い素性を出さないようにしてるのも敵さんの利点。だから仮面をするなり変装して、意気投合したのみ素性を露わにして協力関係を結ぶという流れだ」

「てことは潜入しやすいってこと?」

 そう発言したレジイナにブラッドは頷いた。

「お前にしては鋭い。偉いな」

「お前にしてはって言うのは余計じゃない?」

 ムスッと頬を膨らませたレジイナにジャドに目線を移すが、あえてそのままスルーして「潜入するのはやはりカルビィンとレジイナが最適だろうな」と、話を続けた。

 そんなジャドに更に頬を膨らませたレジイナの頬をウィルグルは人差し指で突いて空気を抜かせた。

「俺も賛成。結局カジノの時と同様、最終は力技だもんな」

「力技、ねえ?」

 あれもあれでギリギリだったんだぞと、あの日のことを思い出しながらカルビィンは顔を歪めた。

「報酬を追加してくれんなら俺も参戦してやらなくもでもないぜ?」

 そう言ってブラッドはニヤッとジャドを見た。

「いくらだ?」

「最低でも百だな」

「まあ、とんでもなく強く出たもんだ」

 いつもの何倍にもなる報酬額にジャドが頭を抱えるが、ブラッドは更に自身をアピールした。

「参加予定人数は約百人だ。敵一人抹殺することに一万なんて安くないか? それにこいつら二人の力を借りずに俺は敵を全て抹殺する力がある」

 魅惑化の達人であるブラッドは男女問わずに一瞬で自身に惚れさせて服従させる力を持っている。

 ブラッドの実力をよく知っている四人は「確かに」と、呟いてから頭を悩ませた。

 四大国から毎月支給されている金は残り僅かだった。その理由の一つとしてこの前レジイナの念願だったロケットランチャーを購入したのも理由の一つだ。カルビィン、ウィルグル、ジャドはレジイナへと目線を移動させた。

「待って、言いたいことは分かってる。でもまさかこんな急に金がいるなんて知らなかったんだって」

 両手を上げて降参ポーズをとるレジイナにウィルグルは溜め息を吐いた。

「んなもん誰だって未来を覗き見できるわけねえんだ、知る訳ねえだろ」

 頭を抱えて悩むウィルグルを見てからカルビィンは閃いたと言ってからレジイナに手を差し出した。

「てめえ、ジャドの補佐から奪った時計を持ってこい」

 以前、ジャドの元部下であるシリル補佐が訪問した際、暗殺部のメンバーをバカにしたような態度を取ってきた為、その報復として身包み剥がして金目の物を全て奪っていた。

「え、なんで?」

 その時、山分けした物の一つである時計を譲り受けたレジイナはカルビィンの言葉にキョトンとした顔した。そしてジャドは「ああ、ナイスアイデアだな」と、同意するように顔を縦に振った。

「あれの価値は百どころじゃねえぜ」

「なんでジャドがあの時計の価値を知ってんのよ」

「なんでもくそも、あれをプレゼントしたのはこの俺だ」

 ジャドの言葉に身包みを剥がした当の本人であるレジイナ、ウィルグル、カルビィンは罰が悪い顔をした。

「まあ、そんな顔すんな。シリルの奴に非があるのを理解してるから敢えて止めなかったんだよ」

 そうあっけらんかんに言うジャドにレジイナは「あげたジャドが言うからいいか」と、開き直り、自宅に戻って例の時計を取りに帰った。そしてジャドと二人で質屋に向い、目が飛び出るかと思う程の驚く金額を持ち帰ってきた。

「げへへ、百万引いた残りのお金ちょうだい」

 よだれを垂らさんばかりにだらしない顔をしながらジャドに手を差し伸ばすレジイナにジャドは「はあ? やるかボケ」と、言った。

「なんでよ! それは私の取り分なんだよ!」

「元はシリル、そしてそのまた元は俺だよ」

 そう言ってからジャドはレジイナがカルビィンに借りていた金額分をカルビィンに差し出した。

「おう、いいのかよ」

 カルビィンはそう言って驚いた顔をしながらジャドを見た。

「ああ、俺のレジイナの負債だからな」

 ジャドはそう言って"俺の"と、レジイナは自身の娘だと強調させた。

「はっ、俺の? もう少し笑える冗談を言えよ、おっさん」

 カルビィンは鼻で笑ってからジャドを睨み、決して金を受け取らなかった。

「じゃあ、そのお金は私に頂戴、パーパ」

 語尾にハートを付けそうな程に甘えた声を出すレジイナに「なんでそうなるんだ、このバカ!」と、カルビィンとジャドは同時に声を出してその頭を叩くのだった。

 

 

 

 いつも通り騒いだものの、無事にブラッドをエアオールベルングズの仮面舞踏会へと参戦させることができた。

 当日、三人はブラッドがエアオールベルングズの一人を魅惑化させて操作させたおかげでその仲間としてホテルに潜入できるようになっていた。

 事前に変装してから入るシステムのせいか、ホテル前にはたくさんの車が並んでいた。

 レジイナ達はシリル補佐の時計を売った金でジャドが買った車に乗ってホテルの前に車を停めてお互いを見合った。

 レジイナは黒髪の長いウィッグに真っ黒なフリルのドレス、そして蝶の形をした顔上部だけを隠す仮面をかけ、唇は真っ赤なグロスを塗っていた。

 カルビィンはそれに反して白のタキシードにブルーのシャツを着て白のハットと真っ白な仮面で顔全体を隠していた。

 そしてブラッドはド派手な真っ赤なスーツにカラフルなレインボーなネクタイをし、ピエロのデザインをした仮面を付けていた。

 三者三様いつもと違う雰囲気を醸し出し、正体を隠してホテルへと潜入した。

 会場へと入ると各々変装して素面を隠している者たちが立食しながら会話をしたり、演奏者の音楽に合わせて踊っていた。

「おお、なんか漫画みたい」

 目をキラキラさせながら興奮するレジイナにカルビィンは溜め息を吐いた。

「あのな、そんな呑気なこと言うなよ。もっと緊張感持てよな」

「いや、そんなガチガチに緊張した方が目立つ。まずはこの雰囲気に馴染むべきだ」

 そう言ってからブラッドはレジイナの前に跪き、手を差し伸ばした。

「お嬢様、一曲どうですか?」

 ピエロのような洋装をしているブラッドだったが、元からスタイル良くかっこいい為、レジイナをダンスに誘う姿はとても素敵でかっこよかった。

 そんなブラッドにレジイナはポワッと頬を軽く桃色に染めてからブラッドが差し出した手に自身の手を乗せた。

 ブラッドは仮面を少しずらして口元を露わにしてからレジイナの手の甲にキス落としてから立ち上がり、レジイナの腰を抱きながら歩いてダンス会場へと誘導した。

「ケッ!」

 カルビィンが嫉妬に駆られて悪態をつく様にバーンとトゲトゲが腹を抱えて笑う中、レジイナはブラッドに見惚れながらダンスを踊った。

 そんなかしこまったパーティでないので、各々見よう見まねで踊っていた。

 ブラッドの誘導でクルッと回転させられ、そしてギュッと抱きしめられたレジイナは顔を真っ赤にしてから顔を俯かせた。

 ところどころ、ブリッドリーダーを思わせてくるのやめてよ。

 レジイナは今現在、カルビィンに恋心を抱きつつ、完全にブリッドへの思いを断ち切れてはいなかった。

 ブラッドを通してブリッドへの思いを再び燃え上がらせたレジイナをカルビィンは音楽が止まったのが合図かのように肩を掴んでブラッドから離された。

「お遊びはここまでだ」

「なんだよ、カルビィン。お前も他のレディと踊ってこいよ」

「ケッ、俺はそんな趣味ねえな」

 そう言いながら睨み合うカルビィンとブラッドの間にいたレジイナはスッと後ろに下がってビュッフェ形式で料理が置かれているテーブルに向かった。

「オイ、ご主人様。あの二人をホウチして大丈夫ナノカ?」

「大丈夫もなにも、面倒くさい」

 鈍感なレジイナでも流石にブラッドとカルビィンに思いを寄せられ、二人が自身を巡って喧嘩していることなど、とうに理解していた。

 しかし、ブリッドにまだ恋心を持ちつつカルビィンにも恋心があり、ブラッドをブリッドに面影をのせて見るという優柔不断なことをしていたレジイナは行動に移さずにいた。

 我ながら最低なのは知ってる。

 そしてハッキリと自身に思いを告げずに勝手に喧嘩する二人にもレジイナ呆れていた。

「ツミなオンナだねえ」

「なんとでも言え」

 レジイナはとりあえず二人が落ち着くのを待ちながらローストビーフを堪能することにした。

 

 

 

 ブリッドとカルビィンの睨み合いが落ち着いた頃、レジイナはヒールの踵をタンタンと叩いて二人を見た。

 そんなレジイナを見てブリッドとカルビィンはふんっと顔を逸らしてから当初決めていた作戦通りに動き始めた。

 レジイナとカルビィンは会場からバルコニーに出て、トゲトゲに薔薇の花を周りに咲き誇らせ、花の香りを充満させた。

 それを見届けたブラッドは自身の体からフェロモンを出し、この広い会場全体に広めた。

 異変に気付いたエアオールベルングズが抵抗しようとするものならレジイナが銃で撃って殺していった。

 そんな銃撃音が外に聞こえないよう、ブラッドはまるで指揮者の様に手を降り、演奏者に壮大な音楽を演奏するように指示した。

 その音楽に合わせて徐々にエアオールベルングズ達は踊るようにお互い同士殺していった。

 タッタッタッとステップを踏みながらナイフを振り回して血飛沫を撒き散らす者や、次々に女性へとダンスを誘っては倍力化の力で抱き潰して真っ二つにする者、はたまた自身の持つ銃を口の中に入れて笑いながらそのまま自殺する者。

 様々な形でお互いをお互いが殺す中、レジイナとカルビィンは薔薇の香りを必死に嗅いでブラッドの魅惑化にかからないようにしていた。百人にもなる敵を一気に殺すということはそれなりの濃さのあるフェロモンを出さないとできない。さすがのブラッドでも味方に気を使う余裕などない。ならばレジイナとカルビィンは自衛するしかないのだ。

 お互い身を寄せながら二人はトゲトゲが作り出した薔薇に顔を寄せていた——。

 

 

 

「ふう……」

 ブラッドはピエロの仮面をパッと取って流れ落ちてくる汗を手の甲で拭った。

 さすがに疲れたな……。

 いつもはこの危険な国、アサランド国で生き抜くために密かに力を使って来ていた。今のように大胆に力を使うことなどそうそう無いため、魅惑化の達人であるブラッドでも疲労は隠せず、フラッとする足取りでバルコニーにいる二人に近寄った。

 そして身を寄せ合って必死に薔薇の香りを嗅ぐ二人にブラッドは嫉妬から舌打ちをした。

「はっ、まるでヤク中みたいだな」

 そうバカにしたように言ってレジイナの腕を引いて自身へと寄せた。

「待って! 薔薇の香りを嗅がないとブラッドの魅惑化にかかる!」

 そう焦り始めるレジイナにブラッドは「もう解いたから安心しろ」と、ため息と共に言葉を吐いた。

 レジイナを自身から引き剥がされてカルビィンがブラッドに文句を言おうとした時、トゲトゲは黒い涎を垂らしながらレジイナに話しかけた。

「ご主人様、アレ喰ってもいいカア?」

 トゲトゲはレジイナの元に付いてから自由に生物を喰うことが出来なくなっていた。

 ゲーデの元にいた時はすぐ殺傷したくなる彼の性格のおかげでしょっちゅう食事にあり付けていたが、レジイナは任務でない限り殺人はしない。そしてトゲトゲやウィルグルの小人が生物を喰うことにあまりいい顔をしてなかった。

「別に喰わなくても良くない? この惨劇をあえてそのままにして敵に見せつけようよ」

 腰に手を当てて呆れた顔でそう言ったレジイナにトゲトゲとの会話の内容を理解したブラッドは自身には見えないトゲトゲに話しかけた。

「証拠隠滅する必要ないし、俺も賛成」

「ンダとホストヤロウ! 喰ってもいいダロウが!」

「やめなよ、そろそろお腹壊すよ」

「トゲトゲ、諦めろ。レジイナが一回言ったこと、変える奴じゃないだろ」

 カルビィンさえもそう言ってトゲトゲを嗜める中、トゲトゲは「グヌヌヌ……」と、悔しそうに声を出してから「ならカッテに喰ってヤル!」と、強行突破に移った。

 育緑化の力を持たないブラッドとカルビィンにも見えるサボテンの姿になったトゲトゲはバクバクと美味しそうに敵の亡骸を喰い始めた。

「おい、レジイナいいのかよ」

 呆れた顔でそう言ってきたカルビィンにレジイナは「良くないよ、本当に言うこと聞かないんだから」と、言ってからトゲトゲの元へと近寄っていった。

「主人の言うことを聞かない小人ねえ?」

 そんなんで大丈夫なのかとブラッドが呟いた後、隣にいるカルビィンへと目を移した。

「んだよ」

 レジイナを巡って争うブラッドを睨みながらカルビィンはそう言ってから仮面を外した。

「俺はお前のこと嫌いじゃねえ。むしろ好ましく思ってる」

 いきなりそう好意的だと言ってきたブラッドにカルビィンは背筋を凍らせた。

「や、やめろよ……。俺はそんな趣味はねえ」

「勘違いすんなよ。そういう意味じゃない」

 なんでそうなるんだと顔を顰めたブラッドは真剣な顔つきになって、カルビィンへと向き合った。

「お前はどう思ってるか知らねえが、初めて仲間とか友人なんていうのができたと俺は思ってた」

「なんだよ、急に……」

 カルビィンもブラッドのことを仲間だと思って友好的に関わっていた。ブラッドもそう思っていたんだと嬉しさを感じつつ、嫌な予感をしていた。

「だが、レジイナは譲れねえ。初めてこの力を使わずに抱きたいと思った女なんだ」

 今にも泣きそうな顔を浮かべながらブラッドはふわっとフェロモンの香りをバルコニー内に漂わすのだった——。

 

 

 

 レジイナは会場の床に座り込んでムシャムシャと食事を楽しむトゲトゲを眺めていた。

「ねえ、そんなに美味しいの?」

「アア、ウメエぜ。異能を持つヤツはエネルギッシュで食べ応えアルんだ」

「へえー」

 なんだそりゃと思いながらトゲトゲがあっという間に最後の一人を食べ終えたのを見届けたレジイナはキョロキョロと周りを見渡して何かを探すような仕草をするトゲトゲに話しかけた。

「どうしたの? ご馳走様しなよ」

 まさか百人もの敵を食べてまだ満たされてないのかと呆れるレジイナにトゲトゲは紫色の顔色を真っ青にしながらレジイナへとある事を告げた。

「ヒトリ、食べレテねえ……」

「なっ……!」

 敵は全員始末できてなかったらしい。

 どこに敵が潜んでいるのかと周りを見渡したその時、レジイナは急に漂ってきた甘い香りを嗅いでしまい、その場に跪いてしまった。

 まさか……!

「残り一人の敵って、ブラッドなの……?」

 フラフラと付いてくるカルビィンを引き連れて近付いてきたブラッドにレジイナはハアハアと息を荒くしながら睨み上げた。

「いや、俺じゃねえ。強いて言うなら百一人目だな」

 どういう事だと理解出来ずにいたレジイナはトゲトゲへと意識を向かわせてをした。

 しかし、トゲトゲは反応しなかった。いや、できなかった。

「よくやってくれたな」

 そう言ってレジイナの前に現れた堅い良い男はこの煌びやかな会場には似つかわしくないみすぼらしい格好をしていた。グレー色の長髪の髪は汚れ、毛もあちこちに飛んで纏まっておらず、所々汚れた黒のパンツとジャケットを着用していた。無精髭が生えた顎を摩りながら男は「いやあ、助かったよ」と、ブラッドに礼を言いながらトゲトゲを片手で握り締めて拘束していた。

 ギチギチと締め付けられながらトゲトゲは「ウ、ウゴけねえ……!」と、足掻いていた。

「なんで……?」

 ブラッドが自身達を裏切ったこと、そしてトゲトゲが動けないこの二つのことを含めて問うたレジイナに男は目を移した。

 ちくしょう、ここで終わるのか。

 レジイナがそう死を覚悟したその時、男はレジイナの前で跪いた。

「お久しぶりです、レジイナお嬢様。アドルフ・ディアスが只今お迎えにあがりました」

 その見格好に似つかわしくない丁寧な動作と口調にレジイナは困惑した。そしてまだ自由に動く口を開いてレジイナは目の前にいる男へと唾を吐いた。

「ざっけんなっ、何がお嬢様だ! トゲトゲを離せ!」

 男、アドルフはレジイナが吐いた唾が付いた顔を手の甲で乱暴に拭った。

「そんな汚い言動をしてはいけません。おいたがすぎます」

 そう言ってからアドルフはレジイナの後頭部へと手を回し、ガッと床へと叩きつけた。

「まずはその汚い口調から躾し直さないとですねえ」

 そう呟くアドルフにレジイナはガルルルッと牙を向いて唸った。抵抗したいのにブラッドの魅惑化のせいで自由に動けずにいたレジイナができる最大の抵抗だった。

 そんなレジイナの様子にブラッドは更に魅惑化のフェロモンを強めた。そんなブラッドのフェロモンによって意識を朦朧とさせたレジイナは目を虚にしながら愛し気にブラッドを見上げることしかできなくなってしまった。

「アドルフさんよ、レジイナに手を出すな」

 顔を凄ませて魅惑化にて操作しようとしてくるブラッドにアドルフはニヤッと口の端を上げた。

「すー、はー。んー、甘くて美味そうな匂いだな。だが、俺のこの大きな体には足りない量だな」

 体の質量とフェロモンの量がイコールなんて聞いたことねえんだが。

 冷や汗を流しながらブラッドは後ろに控えさせていたカルビィンへと命令した。

 巨大なネズミへと獣化したカルビィンにアドルフへと向かって攻撃を向けさせたが、アドルフに当たる寸前に動きを止めて獣化を解いてその場に片膝を付いてアドルフへと頭を下げた。

「どうかご命令ください、アドルフ様」

 まるで主人が変わったかのように行動するカルビィンにブラッドは驚きの顔を浮かべた。

「まさか俺が魅惑化も使えるのかってか? それとも自分より使いこなせる魅惑化がいるのかって驚いてんのか?」

 そう言ってからアドルフはニヤニヤと笑みを浮かべながら自身へと惚れさせたレジイナとカルビィンに後ろへ下がるように命令した。

「おいおい、話が違うくねえか? アドルフさんよ」

 ブラッドは冷や汗をタラッと流しながら口の端を上げて無理矢理に笑ってなけなしの虚勢を張った。

「それはてめえさんもだろ、ブラッド」

 アドルフは長髪の髪を掻き上げ、頸にあるエアオールベルングズのトレードマークである羽の生えたサソリのタトゥーを覗かせた——。

 

 

 

 ブラッドが暗殺部へと今回の作戦を提案する数日前、アドルフはブラッドの前に姿を現した。

「レジイナを連れてエアオールベルグズにならないか、だと?」

 アドルフの提案にブラッドは驚きに目を見開いた。

「それだけじゃない、あんたの妹への治療も協力してやる。こちらには有能な療治化がいる」

 そんな美味しい話あるものか。

 そう思いつつブラッドはレジイナと妹の命も救えるかもしれないという魅惑的な条件にブラッドは乗ってしまった。

 それからブラッドはレジイナと共にエアオールベルグズになる為にアドルフが消してしまいと思っていた味方を一気に殺すことも条件に入れて今回行動に移したのだった。

 

 

 

「俺を裏切ったな? ブラッド」

「裏切ったねえ……。元から俺を消すつもりだったんだろ?」

 ジリッと後退りしたブラッドは自身より強いと悟ったアドルフからどう逃げようかと考えていた。

 既にカルビィンとレジイナは自身の魅惑化から解けてアドルフの言いなりになっており、頼みの綱になるトゲトゲは何故か拘束されて動けずにいた。 

「まさか育緑化も使えんのか?」

 ブラッドが至ったその答えにアドルフは「あははははっ」と、声高々に笑い出した。

「全部使えるぜ」

「は、はあ? 全部……?」

 全部とは何を指しているのかと理解できずに首を傾げるブラッドにアドルフは「だーかーらー」と、言いながらブラッドの前に立った。

「異能七つ全部だ」

 アドルフの衝撃的な事実を聞いたブラッドは自身が使える力全てを出し切るようにフェロモンを体中から噴射した。

「チッ、まだ抵抗するか……」

 アドルフがそう悪態を付いたその瞬間、ブラッドに操作されたカルビィンがホテル中にあるネズミやゴキブリなどの害虫を呼んでアドルフを拘束した。一匹一匹力はないが、大量に来られれば始末するのにも時間を要す。視界を遮られながら苦戦してなんとか害虫駆除を終わらせたその時、ブラッドはカルビィンとトゲトゲを置いてレジイナだけを連れてアドルフの前から消えていた。

「ちくしょうがあああっ! 絶対にぶっ殺してやるからな、ブラッドオオオオ!」

 背後からアドルフの雄叫びを聞きながらブラッドは魅惑化にて操作したレジイナを連れながら逃げることしかできないのだった。

 

 

 

 それからブラッドは絶望的な状況に頭を抱えながら下水道にある隠れ部屋にレジイナと二人で隠れていた。

「うふふ、ブラッドだーいすき」

 自身の魅惑化に侵され、大好きだと言って床に座り込むブラッドの腕へと抱きつくレジイナにブラッドは唇を噛んだ。

 初めて惚れた女にこの力を使いたくなかった。

 そう思いながらブラッドは目から涙を流しながらレジイナにキスをした。

「はあ、レジイナ、レジイナッ……」

「んん、ブラッド……、ああ、好きだよ、好きっ、あんっ」

 甘い声を漏らしながら快楽に落ちるレジイナにブラッドは涙を流し続けた。

 違う、こんな結末を望んでなかったのに!

 妹の命も、レジイナへの恋も失ったブラッドにはもう生きる気力はなかった。

 最初からレジイナを攫う為に利用され、今頃妹はアドルフに殺されてるだろう。

 そう絶望しながら偽物の愛によって行った行為後、ブラッドはレジイナの持つ銃を手にした。

「レジイナ、銃弾を入れてくれないか?」

「分かった」

 レジイナはブラッドの命令でいつも持ち歩いている銃へと武力化を使って弾を込めた。

「これどうするの?」

「一緒に死なないか?」

 ブラッドの心中しようというまさかの提案にレジイナはニコニコと笑顔を浮かべながら「いいよ!」と、元気よく返事した。

「愛してるよ、レジイナ」

 そう言ってからブラッドはレジイナの胸元に銃を突きつけた。

「はっ、はっ、はっ……」

 愛しのレジイナを殺そうとするが、中々引き金を引けずに息を荒くするブラッドにレジイナは「ブラッド、早く一緒に死のう?」と、言って震える手で銃を持つブラッドの手に自身の手を重ねた。

「愛してるよ、ブラッド。あの世でも一緒だよ?」

「くっそおおお、レジイナッ!」

 操作して言わせた愛の言葉。

 そんなことを言わせてしまったことに胸を痛めながらブラッドは銃の引き金を引き、レジイナの心臓を貫いた。

「あ、ああ……っ! レジイナ、レジイナアアアッ!」

 ブラッドは笑顔を浮かべたまま血を流して死んでいくレジイナを抱きしめた。そして、ひとしきり泣いた後、ブラッドは自身の頭へと銃を突きつけた。

「すぐ行くよ、レジイナ」

 引き金へと指をかけたその時、隠れ家の扉が開いた。

「レジイナお嬢様!」

 そこにはトゲトゲを連れてやって来たアドルフがいた。

「この野郎!」

 レジイナの亡骸を見て怒り狂ったアドルフは死のうとしていたブラッドを殴り飛ばした。

 余りにも怒りの感情により、アドルフからのが解けたトゲトゲは冷たくなっていくレジイナを見て真っ黒な涙をポロポロと流した。

「ご主人様……、ナンデだよ、ナンデなんだ……」

 何度人生を繰り返して死にゆくレジイナ・セルッティ。

 どうしたら幸せにしてやれるんだ。

 そう思って唇を噛んで悔しがるトゲトゲに中にいるバーンは「喰え!」と、声をあげた。

「まだレジイナの魂は離れてないはずだ。今すぐ喰うんだ!」

 バーンの声にトゲトゲは首を横に振った。

「ご主人様をもう喰いタクネエヨ……。このヒトは俺様の、俺様のご主人様ナンダヨ!」

「そう思うなら尚更だ! レジイナを思うなら人生をやり直させてやれ!」

 バーンの言葉にトゲトゲは更に顔を歪め、口を大きく開いた。

 頼む、ご主人様に幸せな人生を送らせてくれ。

 そう懇願しながらトゲトゲはゴクッと自身の愛す主人を丸呑みしたのだった——。

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リーンカーネーション ゆあ @yua7talent

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