第5話

 任務の翌日、ダートの盛った媚薬から解放された二人はその副作用からか、強い倦怠感に侵されながらソファに座ってブラッドからの報告を聞いていた。

「クラブのマスターから感謝されたよ。ダートは他人を殺しはしないものの、次々に女を犯して困り果てたらしい。これで女の客も戻ってくるだろうとよ」

「ははっ、お役に立てて良かったよ……」

 疲労感満載の顔でそう言ったレジイナを見てブラッドとカルビィンはニヤニヤとした顔で見てきた。

「いやあ、欲情しきった顔の二人は見ものだったぜ」

 カルビィンは昨夜、顔を紅潮させて助けを求めてくる二人を思い出してケラケラと笑い始めた。

「二人してトイレに逃げるなんて、お前らおっ始めてたんじゃないか?」

 そう茶化すブラッドに二人は内心ドキッとしながら「笑い事じゃない!」と、反論した。

「本当に辛かったんだから!」

「もうあんな思いは勘弁だぜ。もう女装なんてしねえからなっ!」

 そう反論する二人をカルビィンが更にバカにし始めたところでジャドが止めに入った。

「頑張って任務に行ってくれた仲間をバカにすんなカルビィン。そのせいでキャサリンがまた任務に行ってくれなきゃ困るだろ?」

 そう言ってウィルグルの女装をまたイジり始めたジャドにわいわいと騒ぎ始める男四人を横目で見ながらレジイナは熱い息を吐いた。

 正直、まだ体は疼いて完璧に落ち着いていない。

 ジャドに治してもらったため媚薬の効果は無くなったらしいが、レジイナはまだ体が疼いて仕方がなかったのだ。そしてそれを助長させるようにウィルグルとした深いキスを思い出す。

 不覚にもすっげえ気持ちいいと思ってしまった……。

 悶々とする考えを消そうと顔をフルフルといきなり横に振ったレジイナにジャドは心配し、「どうした?」と、声をかけた。

「いや、まだ体が怠いだけ。なんだっけ、報告書を書かないといけないんだっけ?」

「どうせてめえの報告書なんてガキの感想文レベルなんだ。俺がやってやるよ」

 慣れない事務作業をしようとソファから立ち上がろうとするレジイナにカルビィンはそう言いながら肩に手を置いてそのまま座らせた。その時、レジイナはカルビィンの触れた手に反応してしまい、ビクッと肩を震わせてしまった。

 本当になんちゅうもんを盛ってくれたんだあの野郎!

 もうこの世にいないダートをレジイナは恨みながらゆっくりと息を吐いた。

「ありがとう。助かる……」

 そう言ってグダッとそのまま足を投げ出してソファに深く座ったレジイナにジャドはもう今日は家に帰って休むようにと声をかけた。

「ウィルグルもだ。レジイナを家に送ってから帰ってもらっていい」

 ジャドはそう言いながらあからさまに色気をムンムンと放つレジイナに顔を顰めながらウィルグルに声をかけた。今このままこの治安の悪いアサランド国の街中にレジイナ一人を放り出されば何が起こるかなんて分かったもんじゃない。

「一人で帰れるもん」

 昨日のこともあり、ウィルグルと気まずくて一緒に居たくないレジイナはそう言って口を尖らせた。

「もん、じゃねえ。大人しく送ってもらえ」

 ポカッといつもより優しくジャドはレジイナを殴り、ほら帰れと無理矢理に立たせた。

「ウィルグル、くれぐれも頼むぞ」

 絶対にレジイナに手を出さずに帰せよと釘を刺すような鋭い目線でそう言われたウィルグルはフイッと気まずそうに目を逸らしながら「おう、任せろ」と、なんとも信用ならない態度で返事した。

 こうなったらジャドの言う通りに帰るかとレジイナが諦めて歩き出した後をウィルグルは溜め息を吐きながらついて行った。

 

 

 

 大通りを二人並んで歩く。丁度、人一人分のスペースを空けて気まずい雰囲気の中、レジイナは地面にポイ捨てされていた缶に躓いてフラッと前によろめいた。

「おおっと」

 その時、ウィルグルはすかさずレジイナの腕を引いて体を支えて前に転けるのを防いだ。善意で助けたのだが、レジイナはそんなウィルグルに「いやっ!」と、拒否の言葉を放って手を払った。

「ああん? お前な、助けてやったのにそれはないだろ」

 そう怒るウィルグルにレジイナは確かにそう怒るのは当たり前だなと、理解しつつもギロッとウィルグルを睨んだ。そんなレジイナの態度に更に苛ついたウィルグルだったが、少し紅潮した頬に荒い息づかいをするレジイナを見て、まさかと目を見張った。

 まだ媚薬の効果が完璧に抜けてないのか?

「ウィルグルのせいなんだから……。あんな、あんなキスされたら、私……」

 目を潤ませ、まるで助けてくれと懇願するような顔で見られたウィルグルはスイッチが入ったように理性という概念が消え去ってしまった。

 その後、衝動の赴くままにウィルグルは行動した。口では嫌だと否定するレジイナの腕を引いてやってきたのはレジイナのではなく、ウィルグル自身の自宅。フラフラと全く力の入っておらず、まともに倍力化の異能を使えていない今のレジイナをウィルグルが押し倒すのに全く苦労はいらなかった。

「やあっ……!」

「嫌だと言いながら俺ん家に来た時点で同意したのも同然だろ?」

 昨日同様、獣のようにレジイナにキスをする。フルフルと頭を振って抵抗してたのも最初だけ。直に力が抜け、「ふあっ、んんっ」と、レジイナは甘い声を漏らすようになってきた。息が苦しくなり、唇がお互い離れて近距離で見つめ合う。

 ああ、そんな目で見られたら、もうどうでも良くなる。

 ウィルグルの獣のような欲情した目で見下ろされ、レジイナは全身にゾクゾクとした渇きが走ったような気がした。

 今からこの男に何もかも食いつかされてもいい。お互い疼いて仕方ないこの乾きを潤してしまおう。

 それからレジイナはウィルグルに身を任せ、この欲情した体を潤すのだった——。

 

 

 

 それからレジイナはウィルグルが求めれば求められたまま体を差し出すという生活が続いた。

 ウィルグルが与える快楽に溺れてしまい、その欲のまま従っていたレジイナだったが、そこから恋愛感情が芽生えてくるのにそんなに時間はかからなかった。

「レジイナ」

 ウィルグルは二人きりとなったアジトで冷たい声色でレジイナの名を呼んだ。

 なんの感情も籠もっていない、道具か何かの名を言うような言い方をする時、それはレジイナを性欲の掃き溜めとして使用する合図だった。

 みんながいる前ではこんな風に私を呼ばない。こんな道具みたいな扱い方をしない。

 でも、こんな奴を私は好きになってしまった。

「分かった。どこで待ってればいい?」

 私はただ犬のように"待て"をし、主人が遊んでくれるのを待つだけのペットに成り下がってしまった。

 そう絶望しながらもレジイナは何故かウィルグルに従うしかなかったのだった。

 

 

 

 比較的平和な日々が続いたある日。ウィルグルの自宅で行為を及んだ後、レジイナは二人並んでベッドで眠っている状況に舞い上がっていた。いつもは行為に及んだ後、お互いすぐに現場に向かったり帰路に着いていた。初めて一緒に過ごす夜に笑みを浮かべながらレジイナはウィルグルの寝顔をそっと見つめた。

 ウィルグルって寝ると更に童顔になるんだよな。

 二十八歳とは思えぬ程に童顔なウィルグルの寝顔を堪能していたその時、いつもは気を利かせているのだろう、姿を消していた小人がふらふらとレジイナの前に降り立った。

 ウィルグルを起こさぬように、声を出さずに首を傾げてどうしたのかと問うと、小人は鋭い目をしながらレジイナにこう言ってきた。

「泥棒猫」

 いつもと違う女性の声色で流暢に喋る小人のその様子にレジイナは目を見張った。

 どういうことかと声を発そうとしたその時、隣で寝ていたウィルグルがガバッと起き上がり、「カナリア⁉︎」と、とある女性の名を呼んで周りをキョロキョロと見渡した。

 そして隣にレジイナがいるのに気付いた後、片手で顔を覆って大きな溜め息を吐いた。

「悪かった。起こしたな」

「いや、うん……。大丈夫だけど」

 レジイナは先程と様子が変わり、いつも通りに戻った小人がウィルグルを心配そうに声をかけている様子を凝視した。

「カナリアって……?」

 まさかと思いつつ、レジイナは小人から目を離さずに起き上がり、ウィルグルに質問した。

「……死んだ彼女だ」

 そうウィルグルは返答した後、普段なら冷たく扱うレジイナに話さないであろう、過去の話をし始めた。

「チェングン国に潜入して来たエアオーベルングズに目の前で彼女と仲間を殺された。そいつも育緑化を持っていて彼女が喰われそうになったんだ。そうさせまいと俺が先に喰ったのさ。その隙に敵には逃げられてしまったんだけどな」

 ウィルグルはその日の事を思い出して更に顔を暗くし、自身の両手を強く握った。

「他の国はどうか知らねえが、俺んとこではどんだけ強くなると分かってても小人に生き物を喰わすのはどんな理由であろうとタブーなんだ。それを犯した俺はここに飛ばされたんだが、それも悪いと思ってない。絶対にあいつらの仇を取るんだ」

 そう語られた内容からレジイナはウィルグルが暗殺部になった経緯、そしてウィルグルの小人が人を喰うようになった理由を知り、ほぼ確信めいた考えに至った。

 カナリアは生きている、姿形を変えて。

 鋭い目つきでこちらを見てくる小人を見てレジイナの背筋が凍った。

 今、目の前にいるこの小人はカナリアの意識で私を見てるのか。

 死人口なしとは言うが、この場合はどうなのだろうか。

 罪悪感に駆られたレジイナはベッドから出ていつものスーツを着始めた。

「おい、なんで服着てるんだよ」

「いや、帰ろかなって……」

「はあ? そっちから聞いた癖に萎えたとか言うなよ」

 そう怒気を含んだ声でウィルグルはそう言い、レジイナの腕を引いて再びベッドに押し倒した。

「ダ、ダメだよ。ウィルグル……」

「何がだよ」

 小人の中にはカナリアが生きているかもしれないと告げようとしたその時、ウィルグルの背後に浮遊していた小人は先程と変わらずにレジイナを睨みつけながら人差し指を口の前に置いた。

「なん、で……」

 何故伝えようとしないのかとそう困惑し、固まるレジイナをウィルグルが見逃すことなくそのまま行為を進めていった。抵抗するがウィルグルに与えられる快楽に溺れてしまっているレジイナが敵うはずなく、そのまま再び欲に溺れていってしまった。

 ダメなのに、こんなこと。

 ウィルグルの最愛の彼女は一体、二人の行為をどう思って今まで見ていたのだろうか。

 絶対に辛く、悲しく、恨みや怒り、様々な感情が疼いているだろう。

 自分なら耐えられない。

 そう思っているのにレジイナはウィルグルからの気持ちのない行為に溺れていった——。

 

 

 

 それからレジイナは今まで拒否して帰らなかった母国のウィンドリン国に次の休暇の時に帰国した。

 やいのやいのと怒るブリッドを無視してレジイナは育緑化の総括、ジョシュア・ルー総括の元へ訪れた。

「不躾になーんとも、まあ。アポも無く来てなーんの用かなー?」

 いきなり訪れたレジイナに気の抜けた言い方をしながらも怒るジョシュア総括にレジイナの横に立つブリッドは「申し訳ございません、ほらこっち来い」と、レジイナを部屋から出そうとした。そんなブリッドの制止を無視してレジイナはそのまま部屋に進み、ジョシュア総括の座る机の前で来て頭を下げた。

「失礼を承知で申し訳ないのですが、ジョシュア総括にお尋ねしたいことがあります。お時間を頂けないでしょうか?」

 レジイナらしくない礼儀正しいお願いにブリッドとジョシュア総括は目を点にしてお互い見合った。

「それは結構、重要なーことかな?」

「ええ、私にとってはかなり」

 ふむ、私情か。

 そう思ったジョシュア総括はブリッドだけ部屋から出るよう指示し、レジイナと二人きりで話すことにした。

 レジイナは小人がもし人間、もしくは異能者を喰うとその魂は中に留まるのかと直球で質問した。

「んー、その質問に答えるまーえに。小人に人間のみならず生き物全般喰わせるのーはタブーなんだけど、何故その質問がでーたのかな?」

「暗殺部に育緑化がおり、敵を喰わせてる奴がいます」

「なるほど、なーるほど。だから暗殺部に左遷ってねー。で、魂?」

「はい。喰われた者の魂はその小人の中で生きる、いや、違うな。留まる? 乗っ取る?」

 なんて表現したら良いものかと頭を悩ますレジイナにジョシュア総括は「そーんなの、どっちでもいいよ」と、遮った。

「え、どっちもって」

「どっちでもいーよ。だって、そんなこと知らないもーん」

「へ……?」

 そうあっけらんかんに言ってのけたジョシュア総括にレジイナは口を開いて驚きを隠せずにいた。

「タブーを犯す奴なーんて、そもそもいても話自体広まらないし、広ませない。普通だったらその小人も異能者も始末するもーん」

「こ、小人を始末……?」

 植物の魂という概念の彼らを始末なんてできるのかと恐怖で顔を歪めるレジイナをニタアッと嫌らしい顔でジョシュア総括は見てきた。

「知りたーい?」

 

 

 

 レジイナはその後、逃げるようにジョシュア総括の部屋から出て、資料室へと移動した。ここは過去の事件をまとめた部屋であり、他国であるがその時の内容をまとめたものがないかレジイナは探していた。

 にしてもジョシュア総括にウィルグルのことを伝えたのはミスだったのかもしれないと後悔していた。

 多分、ウィルグルが暗殺部へ左遷されたのはチェングン国最大の慈悲だったのだろう。通常はウィルグルもその小人も処分されるはずだった。

 それを内密にしていたのに、他国の総括に伝えてしまった自身のバカさ加減に頭を痛めながらレジイナは必死に資料を読み漁っていった。

 深夜間近になってきた時刻、レジイナしかいなかった資料室の扉が開かれた。

「うわっ! なに、帰ってきたと噂されてたけどまさかここにいたの?」

 そう言ってやって来たのはタカラだった。

 レジイナのかつての上司であり、本当の姉のように慕っていたタカラを見てレジイナは今まで張り詰めていた緊張の糸をホッと緩めれ、ふうっと息を吐いた。

「タカラリーダー、お久しぶりです」

「あんたね、久しぶりですじゃないわよ」

 そう言ってタカラはレジイナの頭を軽く叩いた。

「あはは」

「何喜んでんのよ」

 怒った顔を保ちつつ、久しぶりにレジイナに会えて喜ぶタカラにレジイナは資料室にいる理由を話した。

「そんな重要機密、聞きたくなかったわ……」

 寿命が縮まったわと、文句を言いつつも懇願するような目で見てくるレジイナにタカラは私も大概よねと思いながら資料室にあるパソコンを起動させた。

「一回だけよ、一回」

「タカラリーダー、ありがとう!」

 そう言ってタカラは総括しか開けない重要機密事項が記載されているファイルを不法にも開こうとした。

 ま、これが一度や二度でもないんだけどね。

 心の中でペロッと舌を出し、てへっと笑ったタカラはレジイナの言う通りにチェングン国にあった事件を調べ始めた。

 ウィンドリン国の中で武操化を上位に使いこなすタカラはいとも簡単にファイルを開いた。

 内容はウィルグルが言った内容に加え、ウィルグルは倍力化と育緑化の総括が処刑すべきではないと判断された為、暗殺部に移動。そして犯人はゲーデという肥満体型の男で紫色の棘が生え、黒色のヘドロのようなものを口から垂らす小人がパートナーだと記載されていた。

「小人って、妖精みたいな可愛いものだと思ってたけど、意外とグロテスクなのね」

「いや、普通は可愛いよ。生き物を喰うと姿形がグロテスクに変わるみたい」

 ウィルグルの小人の姿を思い出し、そしてカナリアであろう意識下にあった小人の鋭い目でこちらを睨んできた事実も思い出してレジイナは胸を痛めた。

「で、しゅんりはこのことを調べてどうするわけ?」

 調べた後に聞くのも遅いけどさと、続けて言ってタカラはレジイナを"しゅんり"と呼んで質問した。

「いや、まあ。暗殺部の仲間なんだよね、この左遷されたって奴」

「へー。ならこんな周りくどいことせずに本人に聞けばいいじゃない」

「あはは、まあ、そうなんだけどね……」

 そう歯切りの悪い言い方をするレジイナをタカラは「ふーん」と、意地悪な笑みを浮かべた。

「ウィルグル・ロンハンねえ。イケメンなの?」

「い、イケメンじゃないけど……」

「けどってなに? なに、優しいとか金あるとか? もしくはめっちゃ強くて惚れた的な?」

「ほ、ほほほ惚れた⁉︎」

 タカラに図星を突かれたレジイナはそう声を上げて顔を赤らめた。

「あらあら、あのしゅんりちゃんにも春が来たかー。そうかー、惚れた男の為に仇を探したいと思ってあんなに頑なに帰って来なかったのに、わざわざ帰ってきたと。ふーん、へー」

 ほぼ事実を当てられて更に顔を赤らめたレジイナは目の端に涙を浮かべた。

「ちくしょう! 悪い⁉︎」

「あっはー! しゅんり、かーわーいーいー」

 そう更に揶揄うタカラから逃げるようにレジイナはそのまま一週間の休暇をウィンドリン国に滞在せずにアサランド国に戻って行ってしまった。

 

 

 

 それからレジイナは休暇期間はゲーデ探しに時間を費やした。休暇明けも任務の合間もダートへの手掛かりがないかアサランド国にいる小人を見つけては声を掛け続けていたが、時間だけ過ぎていき、ゲーデ探しからあっという間に二週間もの時間が過ぎていた。

 その間、レジイナは逃げるようにウィルグルからの誘いを誤魔化すようにして避けていた。

 とある日の暗殺部のアジトにて。

 レジイナは一人で眠たい目を擦りながらソファに座ってジャドの手書きメモ通りに報告書をノートパソコンに書き写していた。

 他のメンバーが全員で払っており、静かな空間の中、今にも寝てしまいそうな自身に鼓舞を奮って頑張っていたその時、合図のノックと共にカルビィンがやって来た。

「よお」

「うん」

 そうそっけなく返事し、レジイナは目を細めてパソコンを睨みつけた。

 誤字がやべえ。

 このままだとジャドに怒られると目頭を押さえたレジイナの前にカルビィンは板チョコを差し出した。

「やるよ」

「ふえ? ありがとう……」

 いつもなら暴れたり我儘を言ったりした際、レジイナを宥める為に飴をくれるカルビィンだったが、今は何も騒いでないし、飴より豪華なそのお菓子にレジイナは疑った目線でカルビィンを見た。

「なにも毒なんてねえよ。最近、てめえがなんかコソコソして忙しそうだからご褒美だ」

「コソコソにご褒美ねえ……」

 まあ、何か行動してると勘付かれてもおかしくないかと、隠し事をしていること自体を隠すのを諦めたレジイナは板チョコの包装紙をペリペリと破いて口に含んだ。

「はあ、甘いっ……」

 カルビィンからの優しさとチョコの甘さにレジイナは今まで我慢してたものが溢れるかのように泣き出した。

「泣くほど辛いなら言えよ。仲間だろ?」

 普段ならお互い"仲間"だなんて言わないカルビィンはそう言って隣に座って泣くレジイナの頭を撫でた。

「ご、ごめんっ……」

「言いたくないってか?」

「うう、い、言えない……!」

 そう声を上げてレジイナは涙を流しながらガブガブと頬張ってチョコを一気に食べ進めた。

 言えるわけない。

 ウィルグルに好きになって欲しいから、かつての恋人を殺した男を始末したいなんて。

 ゲーデを始末すれば、もしかしたら小人の中にいる恋人が成仏してくれるかもなんて。

 全部、好きになってしまったウィルグルの為ではない。自分の汚い恋心の為だなんて。

 そんな事情だなんて知らないカルビィンはウィルグルに良いように扱われているレジイナを不憫に思い、胸を締め付けた。

 俺ならこんな思いさせねえかもな。

 そう思ってカルビィンはレジイナの頭に置いた手を自身に傾けるように力を入れ、自身の胸元にレジイナを軽く抱き寄せた。

「辛かったら胸くらいは貸してやる」

 カルビィンに抱き寄せられて一瞬目を見張ったレジイナだったが、再び目から大粒の涙が流し始め、カルビィンの胸元に顔を埋めようとした。その時、合図のノックと共に新たな訪問者、ウィルグルがやって来た。

「……へえ、邪魔したか?」

 一瞬、目を見張ったがすぐに二人を睨むように見ながらソファの前にあるテーブルにドカッとウィルグルは座った。

「ち、ちがっ、これは……」

 カルビィンの胸板をやんわりと押して離れるレジイナにウィルグルは「何が?」と、あからさまにカルビィンに敵意剥き出しにしながらレジイナに問いかけた。

「最近お疲れのレジイナちゃんに俺がご褒美をやっただけだよ。それ以上のことはない」

 肩をすくめながらそう言ったカルビィンにウィルグルは舌打ちをした。

「へえ、ご褒美ねえ。そんなことしていいなんていつ許可した?」

「なんでてめえの許可がいんだよ」

「カルビィン。お前が人様の物にちょっかいかけるのが好きだろうなって思ってたけど、俺のペットに手を出さないで欲しかったんだが?」

 ウィルグルにはっきりと"ペット"だと言われ、レジイナはショックで手に持っていたチョコを落としてしまった。

 そんなこと知っていたし、理解していた。それでもいいから側にいたいなんて思っていたのに。目の前でそうハッキリ言われてショックを受けたレジイナは目の前が真っ白になり、そのまま動けずにいた。そんなレジイナにウィルグルは舌打ちをしてから腕を引いて無理矢理に立たせてアジトから連れ出した。

 アジトからすぐ側にある廃ビルの裏に連れ出されたレジイナは壁に叩きつけられるように押さえつけられ、そのまま無理矢理にウィルグルから口付けされた。

 痛みが伴う程に乱暴に唇を押さえつけられたレジイナは「いやっ!」と、否定の言葉を放ってウィルグルの胸元を押した。

「くっそ、甘っ……」

 そう言いながらウィルグルは素直に先程までチョコを頬張っていたレジイナから少し離れ、乱暴に口元を手の甲で拭ってから腕を前に組み、レジイナを見下ろした。

「あれか、俺からカルビィンに寝返ったってか?」

「な、なんでそうなるの!」

「逆になんでそうなるのかって質問してくるお前に質問してえよ。最近、俺からの誘いも無視して、さっきなんかカルビィンと抱き合っていたじゃねえか」

 ウィルグルの返事に確かにそう思われてもおかしくないかとレジイナは思った。なんて返事すればいいか分からずに顔を俯かせるレジイナにウィルグルは「ま、いいわ」と、言ってからレジイナのワイシャツのボタンに手をかけた。

「ちょ、何してるの⁉︎」

「なにって、ナニ」

「はあ⁉︎」

 なんでそうなるのかと体を捩らせて逃げようとするレジイナの腰を掴んで逃さないように固定した。

「てめえがカルビィンに乗り換えても別にいいぜ。ただ、最後に抱かせろよ」

「カルビィンとはなんでもないし、最後にとか言ってそんなことしたくない!」

 初めて見せるレジイナからの拒否にウィルグルは舌打ちをしてから小人を呼んだ。

「おい、レジイナを固定してくれ」

 ウィルグルの声かけで姿を現した小人だったがそのに従う事無く、レジイナに殺気を放ちながら睨み付けていた。

「あ、ああっ……」

 小人じゃない、カナリアが、カナリアが私を睨んでいる……!

 そう恐怖を感じたレジイナはカタカタと体を震わせた。

 他者からいつもレジイナは基本的に好意か性的な目でしか見られて来なかった。

 こんな殺意丸出しで見られた事はなく、またレジイナはカナリア思う気持ちはすごく理解でき、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 レジイナや小人の様子にウィルグルは首を傾げながらもチャンスだとばかりに再びレジイナに唇を落として行為を進めようとした。

「んむっ⁉︎ だ、ダメだよウィルグル!」

「さっきから何だよ」

 怒気を含むウィルグルの言葉を聞きながらレジイナはウィルグルの背後に浮遊するカナリアを目に映した。

「何だよ、後ろに何があるんだよ」

 レジイナから後ろを振り返ったウィルグルはいつもの様子とは違う小人を見るわけではなく、周りを見渡した。

 そんなウィルグルにレジイナは何で小人の様子がいつもと違うことに気が付かないのかと苛つき始めたその時、カナリアは相変わらずレジイナを睨みつけながら手招きをしてからスーッと二人の側から離れてもう一本の筋の道へと向かっていった。

「ま、待って!」

 レジイナはウィルグルからの拘束を無理やりに解き、無言で去って行くカナリアを追いかけた。後ろで「おい、レジイナ!」と、呼ぶウィルグルの言葉を無視してレジイナは必死にカナリアについて行った。

 別について行く必要なんてない。でもついて行くしかないとその時は思っていた。しかし、ついて行く必要なんてなかった。いや、ついて行ってはいけなかった。

 カナリアはとある人物の前で立ち止まり、レジイナへと振り返って小人の顔で三日月のように口の端をニイッと上げて不敵な笑みを浮かべた。

「レジイナちゃん、貴女が会いたかったがってた私の仇よ?」

「え……?」

 カナリアの後ろにいる人物に目をやる。

 その人物はガリガリに痩せ細った男だった。

 私が会いたがっていた?

 レジイナが探していたのは肥満体型の男だ。そしてそのパートナーである醜い姿の小人。

 そう戸惑って動けずにいたレジイナは目の前にいたガリガリに痩せ細った男に「やあ」と、挨拶されたと同時に腹部に強い痛みが走った。

「ガ、ハッ……!」

 背後から植物のツルを貫かられ、腹に大きな穴を開けられたレジイナはその場に膝を付いた。しかし、これ以上攻撃を受けまいと急いで胸ポケットから銃を出してガリガリに痩せ細った男に向けて風を出して吹き飛ばした。

「ガハガハッ! チだ! チを出してやがる。ウマソウだなあ」

 なんかとかして逃げなければと足に力を入れようとしたその時、そう言って下品に笑う声を聞いてレジイナが後ろを振り返ると、そこには小人がいたのだが顔を引き攣らせる程に醜い姿だった。紫色をした全身に棘が生え、黒色のヘドロのようなものを口から垂らす小人で、それは資料室で見た特徴と丸っきり一緒だった。

 まさかあの痩せ細った男はゲーデだったのか!

 肥満体型から痩せ体験にまで変わっていたなんて思っていなかったレジイナは盲点だったなと唇を噛みながら後悔した。しかし、そんな暇は無かった。レジイナの目の前にはフラフラと頭から血を出しながらこちらに歩み寄ってくるゲーデがいた。

 この小人は強い、逃げるなんてことは無理だ。

 しかし、このまま重傷を負ったまま戦える相手でもない。

 助けを求めようと顔を向けたレジイナにカナリアは楽しそうにお腹を抱えながら笑っていた。

「あははっ! ねえ、痛い? ねえ、痛い? でも私の痛みよりマシよね? 私がどれだけ苦しかったなんて貴女、知らないものね?」

 小人の姿でそう言ってきたカナリアにレジイナは目の前が真っ暗になった。

 そしてこれはカナリアが仕組んだことなのだと理解もした。

 死んでも魂だけは生き残り、小人の中に居て姿を現す事無くカナリアはウィルグルを思い、この世に留まっていた。それは何でかなんてレジイナは知らないが、ウィルグルの為を思ってそうしていたのだろう。

 そんな健気なカナリアの思いを踏み潰すように目の前でウィルグルを奪った女に復讐できて愉快なのか、カナリアは楽しそうに笑い続けていた。

「可哀想になあ、仲間に裏切られたなんて」

 そう同情の言葉を放ったゲーデは自身のサボテンに変化した小人にをし、縦半分に体を割らせてアイアンメイデンのように鋭い歯を全体に生やした口を開けさせた。

 やばい、逃げないと!

 その時、既に出血多量でふらふらとし、足に力が入らないレジイナの元に「レジイナッ!」と、自身の名を呼ぶ人物が二人、走り寄って来た。

 一人はカルビィンで、必死な顔で「踏ん張れ! 今すぐ助けてやる!」と、レジイナに向かって走って来ていた。

 そしてもう一人はウィルグルであり、カルビィンの後ろをゆっくり走って来ていた。

 ああ、助けに来てくれたのね!

 そう歓喜したレジイナの聴力を高めた耳にウィルグルのとある言葉が入ってきた。

「はあ、めんどくさっ」

「え」

 それまで必死に銃で戦っていたレジイナは動きを止めてしまい、次の瞬間ガブッという咀嚼音と共に目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 真っ暗な空間の中、コツコツとヒールの音を鳴らしながらバーンは目の前で生気が無くなったように膝をついて俯くレジイナに近付き、「無様なこった」と、呟いた。

 バーンは今回、レジイナが喰われるのを邪魔することなくそのまま喰わせた。

 こんなのあたしが望んだ人生ではない。もう男の奴隷なんてごめんだ。

 レジイナは放心状態にあるレジイナの胸元を掴んで無理矢理に立たせた。

「貴女、誰……?」

「てめえだよ」

 そう答え、レジイナを引きずるように歩き、枝分かれしている光る川へと向かった。

 ずるずる引きずりながらバーンは後ろを振り返ってこちらをニヤニヤとただただ見てくる化け物を目に映した。

 なんで邪魔をしてこない?

「てめえ、何考えてやがる」

「サア? アトのお楽しみってヤツよ」

 嫌な予感がしつつもバーンはレジイナと顔を合わせた。

「いいか、次はあんなクソ野郎にハマるなよ」

 その言葉に反応する事なく、無言でポロポロと泣き始めるレジイナにバーンは溜め息を吐いてから新たな分岐点へとレジイナと共に身を投げ出し、眩い光に包まれて行くのだった——。

 

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