第4話

        

「わあ、これが桜」



 バーンが次に気が付いた時、しゅんりの呑気な声が聞こえてきた。急いで周りを見渡し、状況を確認する。

 ああ、約二年前に戻って来たのか。

 バーンはそう気付いて桜の木の下で翔に告白された日を思い出しながら二人を眺めていた。

 このままいけば再び翔がしゅんりに告白するだろう。しかし、そうすれば自ずとまたこの化け物に殺される日が来る。

 そうはさせまいとバーンは化け物の手から銃の形をしたリースを作った。

 あたしの力があればこんなふざけた物でも風くらいなら起こせる。

「しゅんり、僕、しゅんりのこと……」

「ん?」

 翔がしゅんりに自身の思いを告げようとしたその時、バーンはリースの銃でさあっと大きな風を起こし、桜を大量に二人に舞い散らせて翔の告白の邪魔をさせた。

「いや、なんでもない……」

「そう? 翔君ほらほら、座って座って」

 翔はこの風に対してしゅんりに思いを告げるのは卑怯だ誰かに言われているようで、翔はしゅんりに告白することをやめるのだった。

 それからバーンは自身の行動の邪魔をする化け物の意識下の中で戦闘を繰り広げていた。

「グエッ!」

「てめえ、あたしの邪魔をするなんてふざけた真似しやがって」

 この化け物にとって関わりが深い人物の魂を使わなければそこまで過去には戻れない。

 最初は化け物の主人を使った為、五年前まで戻れたが今回は二年程しか戻れなかった。

 しゅんりを陰から三年も見ていたからこそ二年戻れたが、これ以上短い期間でしゅんりが殺されれば過去に戻れる期間はもっと短くなるだろう。

 そうはさせてたまるものかとバーンは暗闇の空間の中、化け物を長い時間かけて痛めつけた。

「はあ、はあ……。ちくしょう」

 お互い魂同士。一時は痛みを感じるように錯覚するがすぐにそれは消失する。ただただ疲労した感覚になるだけでこの戦闘に意味を見いだせなくなって来た。

「ケッ、分かったカ? オレ様のカラダを使ってスキ勝手にできねえんダヨ。諦めてジョウブツしろや」

「成仏? ハッ! 誰がするか」

 バーンはそれから顎に手を当て、ある考えを閃いたのかニヤアッと化け物に笑いかけた。

「次あたしがこの体の主導権を握れた時、てめえのご主人様を喰おうか」

「ナッ⁉︎」

 余りにも卑怯なその提案に化け物を口を開いたまましばらく動けずにいた。

「おーおー、見てみろ。ご主人様がてめえの前で無防備に寝てるなあ。今がチャンスだな」

 そう言ったバーンに化け物は「ヒキョウだぞ!」と、声を荒げた。

 化け物にとってこの主人のことを好きかと聞かれればイエスとは言えない人物だった。

 しかし、ここまで自由に生き物を喰わせてくれ、意志を尊重してくれる異能者などなかなかいない。居心地の良さも感じており、化け物にとっては良きパートナーではあった。

 久々に得れた良き環境を易々と奪われてたまるかと抵抗し始めた化け物にバーンは腹を抱えて笑い始めた。

「おーおー、なんとも美しい主従関係だこと」

 そうバカにしたように笑い出すバーンを化け物は今にも殺さんばかりに睨みつけた。

「いいか、次にあたしをまた殺してみろ。てめえのご主人様を喰ってやる」

 そうすれば好きなところまで過去に戻れるからな。

 そう思いながらバーンは再び化け物から体の主導権を奪おうとの暗闇の中で足掻くのだった。

 

 

 

 それからしゅんりはブリッドに対して恋愛感情を抱き、シュシュとの関係性に嫉妬したまま暗殺部となってアサランド国に向かった。

 バーンは暗殺部に行くこと自体を阻止できなかったことを後悔しながら同じアサランド国にいた方が都合がいいかとも思っていた。

 相変わらず過保護なジャドに見守られているしゅんりを見ていたバーンは安心してその時が来るのを待ちながら、暗闇の中で化け物に脅しや暴力を振ったりしていつでも主導権を奪えれるように精神的にじわじわと弱らせていった。

 精神的に支配できればあたしの勝ちだ。

 そう思って行動するバーンに疲弊してきた化け物はげっそりとした顔をしながら自身の主人の肩に座りながら大きな溜め息を吐いた。

「どうした、相棒」

 約一年前から様子がおかしくなった相棒である小人を心配そうに見たガリガリにやせ細った男に化け物は「ヤミそうなんだ……」と、呟いた。

「小人も精神を病むのか? てめえなんか自由にふらふらと遊びに行ってるんだから病む暇ねえだろ」

 そうあっけらかんかに言ってきた主人に化け物は頬を膨らまして「このバカ! オレ様にはな、ムズカシくてフクザツな悩みがあんだよ!」と、怒鳴って主人から離れてふわふわと目的無く飛び立っていった。

 そんな精神的な不安になったタイミングをバーンが見逃すことなく、化け物の体の主導権を奪ってすぐに暗殺部のアジトに向かった。

 この化け物は凄く強くて厄介だが、こうやって気配を消したり意思が強いのは都合が良くて助かるぜ。

 不幸中の幸い。この化け物に喰われて良かったと皮肉にもそう思ったバーンは丁度アジトにいるレジイナとウィルグルを見つけた。

 しゅんりはもともとこのアサランド国の出身で本名がレジイナ・セルッティと知り、呼び名を変えていた。

 あたしが知らなかった本当の過去も知れるとは、人生やり直しみるもんだな。

 そうバーンが感心していた時、ウィルグルは「ブリッ……!」と、声を上げながら目を覚ましたレジイナに驚きつつ声をかけた。

「よお。起きたか、レジイナ」

 目の前にいた人物、ウィルグルを見てレジイナは言いかけた言葉を飲み込んだ。

「ぶり? なんだそれ」

 ウィルグルは先程まで読んでいた本をパタンと閉じ、タバコの火を消して床に座っていた体を起こした。

 レジイナはそんなウィルグルを見て、先程まで寝ていたソファから体を上げて座り、ウィルグルが座れるようにスペースを空けた。

「ぶり? ブリトー? お前、あんなにおえおえ言ってたのに腹が減ったのか?」

「なんでもない……。気にしないで」

 なんでこんな時まであの人の夢を見るのかと自身に女々しさに嫌気がさしつつ、路地裏であった任務後、意識を失ってウィルグルにここまで連れてきてもらったのかとレジイナは理解した。

 レジイナは先程までウィルグルと路地裏で敵と戦闘を繰り広げてあのブルースホテル以降、レジイナは初めて他者を殺めて意識を失ってしまっていた。そんなレジイナをウィルグルによってアジトまで連れて帰ってもらったところだった。

 所々破れてタバコの火で焼けた跡が目立つ黒の革張りのソファの上で気まずい雰囲気の中。二人並んで座って少し経った頃、ウィルグルが「まあ、お前強いんだからもう少し精神的に強くなりゃ最強さ」と、レジイナを慰めるように言った。

「ありがとう……。いや、ごめんなさい」

「まあ、今回は弱い奴で良かったけど、次は頼むぞ。俺は育緑化しかないし、普段は戦闘より死体処理の役割ばっかやってんだ」

 ウジウジすんな、と言ってウィルグルはレジイナの肩をポンッと叩いた。

「うん……。分かった、ありがとう」

 レジイナはなんとか無理矢理に笑ってウィルグルを見た。そんな哀愁漂うレジイナの笑顔を見て何を思ったのか、ウィルグルは自身の顔をゆっくりとレジイナに近付けていった。

 レジイナにキスをしようとするウィルグルを見ながらバーンはどうせこいつを殴るなりして逃げるかと何もせずに二人を見ていた。

 そんな時、ウィルグルの小人が異変を感じたのか、姿を消すバーンがいる辺りをふわふわと浮遊し始めた。

 やべ、逃げないと。

 この化け物と同じく生き物を食べてきて他の小人より能力の高い小人から逃げようとバーンが動いた時、トンッと誰かにぶつかってしまった。

 やっば!

 そう焦った時にはもう遅く、バーンに肩を押されてしまったレジイナはウィルグルと見事にキスをしてしまっていた。

 や、やっちまったあああっ!

 バーンが化け物の紫色の顔を青くしていることなど知ることなく、レジイナは目をカッと見開き、「うべえっ! ペッ! ペッ!」と、唾を吐きながらウィルグルからの唇から逃れた。

「……流石にそれは傷付くぜ」

 余りにも強烈な拒否反応を示すレジイナに傷付いたウィルグルにレジイナはスーツの内ポケットから銃を取り出してその額に銃口を押しつけた。

「酷い! ファーストキスだったのに!」

「そんな雰囲気だっただろうが! てか、たかがファーストキスぐらいで銃出すなよ、バカ!」

「たかがだって⁉︎ 乙女の唇を奪っておいてなんてことを言うの⁉︎ ファーストキスは、ファーストキスはあの人が良かったのに……」

 そう言ってから両手で顔を覆って泣き始めるレジイナにウィルグルは「ええ、めんどくせえ」と、無理矢理にキスした癖に無責任なことを言った。

「ぶっ殺してやる……!」

 本気でウィルグルを殺さんばかりにレジイナが殺気を放った時、丁度ジャドがアジトに戻ってきた。

「おいおい、元気じゃねえか」

 ヘルプを出させれて二人が暴れた後の処理を任されたジャドはそう言いながら呆れたように溜め息を吐いた。

「元気じゃない! ジャド、こいつ殺して!」

「殺すとか大袈裟だろ!」

 レジイナの発言にそう反論したウィルグルをジトッとジャドは睨みつけながら何があったかレジイナに尋ねた。しかし、レジイナは顔を真っ赤にしてウィルグルにキスされたなんて恥ずかしすぎてジャドにその場で言えなかった。

「と、とりあえず殺して! 殺せなくてもボコボコにして!」

「おいおい、理由も無しにお前さんの願いでもそんなことできねえよ」

 レジイナの反応から大したことじゃないなと察したジャドはウィルグルの頭を軽く叩き、「ガキをあんまいじめんな」と、軽く嗜めた。

「甘い! もっと頭へっこむぐらいに殴ってよ!」

「そんなことしたら俺、死ぬだろ⁉︎」

「そうだよ、死ねーっ!」

 わちゃわちゃと騒ぐ二人を見ながらジャドは壁にもたれながらタバコを吸いながらそれを眺めていた。

「ふーっ、今後のことを考えると頭痛え……」

 煙を吐きながらジャドは今後もこんなどんちゃん騒ぎが続くんだろなと頭を痛めるのだった。

 

 

 それからレジイナはあからさまにウィルグルに敵意を剥き出しにし、その理由を知らずともどうせウィルグルにちょっかいを出されたのだろうと気付いたジャドはレジイナとウィルグルを同じ任務に付かないようにし、カルビィンはそれをおちょくってきていた。

 そんな日が一週間経ったある日、暗殺部は会議を行なっていた。

「よお、レジイナ。ウィルグルに犯されてないかー?」

「犯されてたまるもんか! このドブネズミ、黙れ!」

「カルビィン、あんまレジイナをおちょくんな。あとレジイナも一応先輩なんだから口の聞き方考えろ」

 ジャドはいつも通りに騒ぐ二人を嗜めながら今回の任務内容を伝えた。

「今回、潜入調査することになったのはこのクラブだ」

 そう言ってジャドはクラブの写真をもはや白くないホワイトボードに貼り付けて情報提供者であるブラッドに目をやった。

 レジイナは今日初めて会うホスト風イケメンであるブラッドをチラッとと見てからホワイトボードに目を移した。

「ここの常連であるダートという男がエアオールベルングズだと噂を聞いた」

 そうブラッドが言った後にジャドは新たに写真をホワイトボードに貼り付けた。金髪に耳や鼻にピアスを開けまくっていかにもチャラそうな男だった。

「こいつは見た目通り女好きでな。クラブにいる女と手当たり次第やりまくっている」

 そんなダートの話を「ふーん」と、言いながら聞いていたレジイナは男四人からの視線を感じてから顔を顰めた。

「はあ? 犯されろって言いたいの?」

 まさかの作戦内容にレジイナがスッと目を細めて静かに怒ったところでジャドが「別に犯されなくていい」と、訂正した。

「誘って誘導すればいい。あとはいつも通り殺すだけだ」

「だが気をつけろよ。こいつ酒に媚薬を忍ばせて入れるのが上手い」

 ブラッドからの新たな情報にレジイナは顔を顰めた。

「私、酒飲めないのにその上に媚薬って……」

 下手したら犯されてしまう任務内容にレジイナが顔を俯かせた時、ウィルグルが「誰か一緒に行動してやるか?」と、提案した。

「バッカじゃねえの? 男連れを誘う奴がいるか」

 ウィルグルの提案にカルビィンは顔を顰めながら否定した。

「だけど、レジイナがダートに犯されてしまったら元も子もないだろ」

 そう心配するような言い方をするウィルグルをレジイナは睨んだ。

 私のファーストキス奪っておいて一丁前に心配してんのかこいつ。

 そうレジイナがウィルグルをジトッと睨みつけたのをジャドは無視しながら「閃いたぞ」と、ニヤッと笑った。

「それなら"キャサリン"としてお前さんがついて行け」

 そう言ったジャドにブラッドとカルビィンは「いい案だな」と、悪い笑みを浮かべながら同意した。だが当の本人であるウィルグルは「もうあれはやらねえって言っただろ!」と、反論した。

「キャサリン?」

 何のことを言ってるのかと首を傾げるレジイナにカルビィンは以前ウィルグルに女装をさせて敵のアジトに潜入させた経緯を説明した。

「いやあ、こいつの女装はやべえぞ。本当に女だったらマジで抱ける」

「たしかにあれは完成度が高かったな」

 ニヤニヤとカルビィンとジャドが説明する中、ウィルグルは顔を真っ赤にしながら「ふざけんな、絶対やんねえからな」と、怒りを露わにしていた。

「そう言うなよ。お前さん、レジイナになんか借りでもあるんじゃないのか? 返すと思って行け」

 ジャドはそう言って以前レジイナが怒っていた時のことを思い出しながらウィルグルを説得した。

「借りではねえよ……」

 ウィルグルはレジイナが泣きそうな顔で「初めてはあの人が良かったのに」と、手で顔を覆っていた姿を思い出しながら罰が悪そうな顔をした。

「ふんっ、これだけで許しはしないけどね。来てもらった方がありがたいとは思うよ」

 任務に付いていくだけで許すつもりはないがレジイナも一人で行くには心持たなかったので三人の提案には同意していた。

「なんだその言い方。絶対に俺はやらねえからな!」

 しかし、ウィルグルは首を縦にふらなかった。

「なら賭けしようよ」

 レジイナはニヤッと口の端を上げながらウィルグルにコイン一枚を出して見せ、指で弾いてクルッと宙に投げて手の甲に置いて反対の手で隠した。

「裏表。どっちにする?」

 ウィルグルは片眉を上げながらレジイナを見つめ、意を決したように「表」と、答えるのだった——。

 

 

 

 ウィルグルが表と言ったコインが裏だった日から三日後の夜。

 レジイナは可愛いらしい白のフリルブラウスにハイウエストのタイトな短めの黒のスカート、そしてショートブーツを履いて頭はカルビィンにワックスをつけてもらってボサボサの髪をそれとなくまとめてもらった。

 いつもとは違って同じ年頃の女の子と同じようにオシャレをしたレジイナの横にはムスッとした顔をし、女装を施したウィルグルがいた。

「そんなブスッとした顔すんなよ、キャサリン」

「そうだよ、可愛い顔が台無しだよキャサリン」

 口に手を当てながらプププッと笑って言ってくるカルビィンとレジイナをウィルグルはキッと睨みつけながらクリーム色をした長髪のウィッグの髪を手で払った。

「うっせえ! 何が可愛いだ!」

 自分で化粧してたくせに。

 これ以上怒らせないようにそう心の中でレジイナは突っ込みながらウィルグルの姿を上から下まで見た。

 ウィルグルが着る黒色のワンピースはタイトなデザインで膝上までの短いものだった。首元はハイネックになっており、胸元はブラジャーの中に詰め物をして程よく胸を強調させた。もともと華奢だったウィルグルは女性物の服を着ても違和感はなかった。そしてそばかすを隠すようにファンデーションをし、控えめのチークとアイメイク、ウィッグをつけたウィルグルはどこからどう見ても色気のある女性にしか見えなかった。

「こりゃあまた、いかす姉ちゃんに変身したなあ」

 ニヤニヤと笑いながらタバコをふかしたジャドはウィルグルに話しかけた。

「ああん? ジロジロ見てんじゃねえよ、見物料取るぞ」

「おーおー、怖い怖い」

 肩をすくめて怖いとわざとらしか言ったジャドはウィルグルは舌打ちをした。

「でも本当にウィルグル可愛いよ。化粧上手いよね」

「女装癖がもともとあったりしてな」

 レジイナとカルビィンの言葉にウィルグルは「ちげえよ。彼女の真似事だよ」と、彼女がいるという事実を自分から暴露した。

「ええ⁉︎ ウィルグル、彼女いるの⁉︎」

 レジイナはそう驚いてからキッとウィルグルを睨んだ。

 彼女いる癖に私にキスしたってこと⁉︎

「ああ、いるぜ。死んだけどな」

 そしてまた新たな情報を追加したウィルグルにレジイナは吊り上げた目の端をスッと落として気まずそうな顔をした。

「なんか、悪いな。余計なこと言わせちまって……」

 同じく気まずそうな顔をしたカルビィンを見てウィルグルはぷっと笑った。

「俺から言ったんだ、気にすんな」

 しんみりとする三人を側から見ていたジャドはパンパンと手を叩いて三人の気を引いた。

「おい、今は任務に集中しろ。ほら、ダートがいつも現れる時間になるぞ」

 ジャドの言葉にウィルグルとレジイナはハッとし、真剣な顔になった。

「じゃあ、行こうか"キャサリン"先輩」

「おう、行くか。"リリー"ちゃん」

 お互いが決めた偽名で呼び合い、ウィルグルとレジイナはジャドとカルビィンには近くで待機してもらいながらダートがよく通うクラブへと向かうのだった。

 

 

 

 ウィルグルは道中で「こほっ、あー、あー」と、言いながら徐々に女声を出す練習していた。

「キャサリン先輩、可愛い声だねえ」

 そうニヤニヤと笑いながら見ていたレジイナはハスキーな色気のある声を出すウィルグルに声をかけた。

「リリーちゃん。その下品な笑顔やめてくれるかしら」

 ウィルグルはからかってくるレジイナをキッと睨み付けながらクリーム色の長いウィッグの髪を手で払った。

 ウィルグルは実年齢は二十八歳だが二十二歳で大学生四年生、レジイナはウィルグルと同じ大学の後輩で二十歳、大学二年生という設定にしていた。

 ウィルグルは童顔な顔に加えて見事な女装で二十二歳と言われても違和感はなかった。それに反してレジイナは見た目が幼なく、二十歳にはどうしても見えなかった。

「どう見ても十六、十七歳だよなお前」

「実年齢十八歳だからね」

 心配するウィルグルの横でレジイナは周りをキョロキョロしながら目当てのクラブを探していた。

「いいか、お前は今から二十歳という設定なんだ。いつもみたいにバカな態度取るなよ」

「てめえこそ男だってボロ出すなよ、オカマちゃん」

 火花が散りそうなぐらい二人が睨み合ったその時、レジイナは曲がり角からこちらを睨んでくるカルビィンに気付いた。目が合うとカルビィンは声を出さずに口だけの動きで「さっさと行け」と、伝えてきた。

「へーへー。ほら、キャサリン先輩行こー」

 レジイナはカルビィンに向かって手をひらひらと振りながらウィルグルにそう声をかけて例のクラブの扉を開けてウィルグルと共に爆音の音楽が流れるクラブへと足を入れるのだった。

 レジイナは自身の鞄からピョコッと顔を出すネズミの頭を人差し指で撫でてからスッと鞄の中にいるように頭を軽く押して鞄に収納した。このネズミは万が一何かあった時に外で待機しているカルビィンとジャドに助けを求めるために用意していた子だった。

 カルビィンと同じく獣化を持つレジイナだったがネズミとは意思疎通を取ることは出来ないため、レジイナが鞄からネズミを出せばこの子は真っ直ぐにカルビィンの元へと戻るよう伝えてもらっていた。

 他の子より賢いネズミだと聞いていたが好奇心が強いらしく、度々鞄から顔を出すこの子にレジイナは可愛いなと思いつつも、勝手に逃げ出さないかともヒヤヒヤもしていた。

「リリーちゃん、はい」

「ああ、キャサリン先輩ありがとう」

 クラブなんて来たことがないレジイナはこの人だかりの中、ウィルグルについて行くだけで必死だった。そんなレジイナを見てウィルグルはバーカウンターまで行き、一息付かせようと瓶に入った炭酸のジュースをレジイナに渡し、自身はビールを頼んでグイッと飲んでいた。

 もっと可愛いお酒飲んだらいいのに。

 そう思いながらレジイナがウィルグルをジトっと睨んだその時、「おねーさん、良い飲みっぷりだね!」と、男が話しかけてきた。

 爆音で鳴り響く音楽の下、声を張りながら話しかけてきた男を見て二人は心の中でガッツポーズをした。何故かと言うと、二人に話しかけてきたのは金髪に耳や鼻にピアスを開けまくっていかにもチャラそうな男、ダートだったからだ。

「あらそう? ありがとう!」

 ウィルグルも同じように音楽に負けないように声を張り上げながらダートにそう返事しながら残っていたビールを一気に飲み干した。それを見てケラケラと笑ったダートはウィルグルの肩に手をいやらしい手つきで触りながら「俺と飲まない? 奢るからさ」と、話しかけてきた。

 一瞬嫌そうな顔をしたウィルグルだったが、すぐに笑顔を作り、「奢りならいいよ」っと、さっと肩に置かれたダートの手に自身の手を置いた。

「ツレの子もいいかしら?」

「もちろん! 可愛い子二人と飲めるなんて願ったり叶ったりさ」

 そう言ってダートは二人が望む飲み物をバーで頼み、コップの淵に手をかけて持ってとある個室に案内した。

「俺、ここの会員だからビップルーム使えるわけ。すごい? すごい?」

 すごいと褒めてほしいと言っているような言い回しをするダートにレジイナは顔を歪めながら「わーい、すごーい」と、棒読みでダートを誉めた。

 ダートは「でしょー」と、満足気に言ってからウィルグルとレジイナに飲み物を渡した。

 他人が飲むのにコップの淵をわざわざ触るなんて教育がなってねえな。

 ウィルグルはそう思いながらダートの手が触れたコップに入った酒をグビッと飲んだ。

 レジイナも少し躊躇しつつもちょびちょびとジュースを口にし始めた。

「ねえ見てくれよ、いい景色だろ? それにここは向こうからマジックミラーで見えないだ」

 つまりはなんでもし放題だと言わんばかりの言い方にウィルグルは心の中で笑い、大きな窓際に立つダートの横に移動し、眼下に広がるクラブの様子に「わあ、すごーい」と、可愛いらしく喜ぶフリをした。

 そんなウィルグルの腰にダートは手を回し、「君、本当にセクシーで可愛いね」と、声をかけた。

 背筋にゾクゾクと嫌なものが走るウィルグルを後ろで見ながらレジイナは頬を膨らせて吹き出しそうになる口をなんとか閉じていた。

 なんとダートは本物の女であるレジイナではなく、女装をしたウィルグルが本命らしい。

 窓ガラスの反射から見えるレジイナが笑うのを我慢している様子を睨んでからウィルグルは「あははっ、褒めても何も出ないわよー」と、言ってから距離を取ろうとした。

 それをダートは拒むことなく、レジイナが座るソファの向かいにあるソファにウィルグルの手を引いて誘導した。

「まっ、とりあえず乾杯しようか」

 ダートはそう言っても飲み物を持っておらず、まるでコップがそこにあるかのように軽く手を握って二人に乾杯を促した。

 それにウィルグルとレジイナは首を傾げながらもダートの言う通りにグラスを傾げて乾杯し、グイッと飲み物を飲んだ。その後、ダートはポケットからハンドクリームを出して塗り始めた。バラのいい香りがするそのハンドクリームにレジイナは興味津々で入念に擦り込むダートに話しかけた。

「すごくいい香りだね」

「でしょでしょー? 女の子ってこういうの好きだよね。俺、女の子にモテる為にちゃーんとケアしてるんだよね」

 確かにザラザラしている手より手入れされてる手の方がいいよね。

 そう感心するレジイナの向かいでウィルグルは部屋の端にある観葉植物に目を移した。

「なーに、余所見してんの。レディ?」

 再び腰を抱いてきたダートに鳥肌を立てたウィルグルにレジイナは我慢出来ずに笑った。

「あははっ! あー、ごめんごめん」

 ヒーヒーッと笑うレジイナにウィルグルが睨んでくるのを無視し、レジイナはコップを持って立ち上がった。

「私、お邪魔みたいだから出てるよ」

 レジイナは手をキツネの形にして口をパカパカと開かせた。レジイナなりのダートを喰ってしまってという合図であり、それに気付いたウィルグルは口の端を上げた。

「そうね、邪魔だわリリーちゃん。他の人が入らないように部屋の前にいてくれたら嬉しいわ」

「へーい」

 なんとも上手いことに乗り気になってくれるウィルグルと気を利かせて出て行ってくれるレジイナに何の不審も感じず、ダートはだらしなく笑みを浮かべた。そして、レジイナが出て行ってすぐにダートはウィルグルをソファに押し倒してその上に跨った。徐々に顔を近付けていき、もうすぐでお互いの唇が合わさりそうになったその時、ウィルグルが人差し指でダートの唇に触れた。

「ストップ」

「ええ、焦らさないでよ」

 そう拗ねたように言ったダートにウィルグルは背後を見るように促した。ダートはウィルグルの言う通りに後ろを振り向くと、そこには涎を垂らしてハアハアと声を漏らす大きなラフレシアがいた。

「イタダキまーす!」

 そう言ってラフレシア、ウィルグルの小人はダートが声を上げる暇も無く、パクッと丸呑みした。

 ゴキッ、バキッと骨が噛み砕かれる音を耳をすまて部屋の前で聞きながら「楽勝だったな」と、レジイナは残っていたジュースを飲み干してそのまま床に放り投げたのだった——。

 

 

 

 その後、数分もせずにウィルグルは部屋から出てきてげっそりとした顔でレジイナを見下ろした。

「先輩、楽しかった?」

 ダートと行為をしたのかといやらしく尋ねてくるレジイナにウィルグルは舌打ちし、「ああん? やるわけねえだろクソガキ」と、悪態をついた。

「えー、ちょっとは遊べばよかったのに」

「ざけんな。その口ひん曲げてやろうか? とりあえず出るぞ」

 これ以上ここに居座る必要はない為、二人はクラブを出ようと入り口に向かって歩き始めた。その時、二人は自身の体が沸々と熱くなり、下半身が疼く感じに気が付いた。

 この時、二人はブラッドのダートが媚薬を仕込むことがあると言っていたのを思い出した。

 いや、でもそんな素振り一切見なかったし、レジイナは飲み物に変な物を入れないか注意深く見ていた。

 フルフルと首を横に振るレジイナを見ながらウィルグルはいつ媚薬を仕込まれたのか考えた。

「まさか、ハンドクリームか……」

 わざわざコップの淵を触ってその飲み物を飲むように促し、それに加えて男の癖に入念にハンドクリームを塗っていたダートを思い出してウィルグルは溜め息を吐いた。

 媚薬入りのハンドクリームなんてなんちゅうもんを持ってやがるんだ。

「ウ、ウィルグル、私、もうダメ……」

 媚薬なんて物の耐性などないレジイナはそう言ってその場に座り込んでしまった。

 俺だって媚薬なんて盛られたことねえっつうのに!

 レジイナ同様に余裕がないウィルグルはこのままではいけないと思い、たまたま近くにあった女子トイレにレジイナの腕を引いて入り、共に奥の個室に入った。

「はあ、はあっ」

 レジイナは苦しそうに胸元を抑えて息を荒くしていた。ウィルグルはレジイナに無理矢理にキスをした日、「初めてはあの人が良かったのに」と、泣く姿を思い出してなんとか手を出さないようにと我慢していた。

「レジイナ、ネズミ! ネズミを出せ!」

「わ、分かった……!」

 ダートはもう始末して任務は完了しているが、緊急事態には変わりない。カルビィンじゃ無理だが療治化を持つジャドならこの媚薬を取り除くことができるだろう。それまでお互いこの湧き出てくる欲に打ち勝つしかない。

「ダメだ、もうダメ……!」

 そう言ってレジイナはスカートを捲り上げようと手をかけ始めた。

「待て、待て待て待て!」

 レジイナの自慰行為など見せられたら自身も我慢できないと思ってそれを止めるとレジイナは目からポロポロと涙を流して懇願し始めた。

「お、お願い、もう無理なの……!」

「てめえにそんなことされたら俺だって我慢できねえよ! すぐにカルビィン達が来るから我慢しろ」

「じゃ、じゃあウィルグル、トイレの前で待っててよ!」

「俺だって崖っぷちなわけ! 見てわかんねえのか!」

 必死な形相でそう言うウィルグルにレジイナは「ううー! 辛い、辛いっ!」と、声を荒げた。

「しっ! 声がでかい! 誰かに聞かれたらどうすんだ!」

「うっ、ううっ、うえーん! もうしんどいー!」

 そんなウィルグルの制止の言葉などもう我慢の限界にきたレジイナには届くことなく、今度は声を上げて泣き始めた。

 ちくしょうがっ!

 同じく我慢の限界に達していたウィルグルはレジイナの後頭部に手をやり、無理矢理にキスをして声を上げるその口を塞いだ。

 やだやだと顔を振って抵抗するが、欲情してまともに力の入らないレジイナはそのままウィルグルからのキスをそのまま受け入れるしかなくなっていた。

 どんどんと深くなっていくキスにお互いが溺れそうになったその時、コンコンとトイレのドアがノックされた。

「は、はい……」

 レジイナは咄嗟にそう力なく返事した。

「レジイナ? 俺だ、カルビィンだ」

 やっと来た待ち人の登場にレジイナとウィルグルは目から涙を流して雪崩倒れるようにドアを開けてトイレの個室から出た。

「た、助け……」

「もう我慢の限界なんだ……」

 トイレの床に倒れながらそう懇願する二人にカルビィンはギョッとしつつ、すぐにジャドに応援を呼ぶのだった。

 

 

 

 

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