第3話

 季節は春になり、日中は暖かい気候に包まれているが、夜中はまだまだ冷える日々が続いていた。

 タバコを口に咥えながら無精髭を生やし、不衛生な身だしなみをした男は裏路地に入り、「ういっぷ、小便、小便」と言いながら体を寒さに震わせながらズボンのチャックを開けた。

「ふいー、間に合った……」

 外で用を足し、自身の咥えるタバコから出る煙をボーっと眺めていた。その煙に絡まるように漂う他の煙に気付き、男は路地の奥に目をやった。

「わお、姉ちゃん。こんな夜更けに一人でタバコ吸うなんて寂しいねえ」

 パンツスタイルのスーツを見に纏い、ボタンをいくつか外して豊満な胸を強調させるように着こなした若い女性は壁にもたれながらタバコを一人で吹かしていた。

「げへへ、よく見ると可愛いじゃねえか。おじさんと一発やらねえか?」

 女性の同意とら関係なく犯すつもりで男はズカズカとその女性に近寄っていった。

 不躾なその男に女性はタバコの煙を顔に吹きかけ、男と距離をとった。

「けほけほ、このアマ!」

 思わぬ攻撃に男は激怒し、男は女性を睨みつけた。女性は怖気付くことなく男を上から下まで見た後、「いいよ」と、声をかけた。

「はあ?」

「だから、おじさんに犯されてあげてもいいって言ったの」

 思わぬ返答に男はニヤニヤと笑いながら女性に近いた。

「へへ、じゃあそのデカイおっぱいを見せてもらおうかな」

「見せてやってもいいけど、まずおじさんが裸になったら脱いであげる」

 とりあえず早くやりたい男は女性の言う通りに服を全て脱いだ。

「ほら、おじさんの裸だぜ。満足かよ」

 貧相な身体つきに似合わず胸元にはサソリに翼が生えたタトゥーを彫っている男の裸を見て女性は口の端を上げて笑ってからカツカツとヒールを鳴らせながら男に近付いて首元に顔を近付けた。

 結構やる気じゃねえかと思い、男は女性が自身の首元を舐める刺激を心待ちにして静止した。

 しかし次の瞬間、思っていた刺激ではなく、首には激痛が走った。

「な⁉︎」

 驚いて目を見開くと視点はぐるっと回転し、犯そうと思っていた女性が口元を真っ赤に染めて自身を見下ろしていた——。


 

  

 しゅんりは血を口から吐き出し、スーツの裾で口元を拭った。

「おうおう、また派手に殺したな」

 頭上からはウィルグル・ロンハンが緊急時に応戦するために待機していた暗殺部の男とと共にしゅんりの元へ降り立った。

「騒がれずに殺ったんだからいいじゃない」

 しゅんりは顔だけ狼に獣化し、噛み殺した男に目をやりながらそう言った。

「片す俺の身になってくれよ」

 ウィルグルは路地裏に生えていた雑草を長く伸ばして男、エアオールベルングズの死体を肥料として食わせていった。

「うう、何度見ても酷いなそれ」

「お褒めの言葉ありがとう。こうやって少しずついろんな所で育てておけばいざという時に役立つもんよ」

 人の死体で育てた植物は強く、倍力化を簡単に取り押えれる程の力を得ることができるらしい。

「まあ、グレード2のしゅんりにはできねえわなー」

「バカにすんなよ。本気出せばすぐにでもグレード3になれるから」

「そうだぜ、しゅんりはこの前の試験で療治化グレード1に武操化はグレード3を取得したんだ。お前なんかすぐにガブリと殺られるぞ」

「ジャド総括のおかげ。本当にありがとう」

「総括じゃねえ。もう引退したんだからジャドでいいっつってんだろ」

 ジャドはそう言ってタバコに火をつけた。

「ごめん、つい……」

 ジャド総括、いやジャドはしゅんりが暗殺部に入る二年前に総括を引退して暗殺部に入ってアサランド国に潜入していた。しゅんりはそんなジャドからここ、アサランド国で面倒を見てもらいつつ、この一年間仕事をこなしていった。しゅんりは元々あった才気を生かし、エアオールベルングズによる他国の被害件数をこの一年で約十パーセント以上減らしていた。

「おら、そんな血ダラダラ垂らしてたら目立つ。それ脱いでこれ羽織れ」

 ジャドは血に汚れたスーツを脱ぐようにしゅんりに命じた。しゅんりは無言で頷いて二人の前で服を脱いで下着姿になった。

「うひょー、相変わらずいい体してんな」

「見てんじゃねえよ、下衆が」

 しゅんりは血に汚れた服をウィルグルに投げ渡し、ジャドから受け取ったジャケットを着てフードを深く被った。

「見ても減らないからいいだろ? それよりしゅんりも今夜どうだい?」

 ウィルグルは酒を飲む仕草をしてしゅんりを飲みに誘った。

「今日はジャドが賭けに負けたからこいつのおごりだぜ。あいつら二人も来るしよ」

 この場にいない暗殺部の一人であるカルビィンと、情報屋のブラッドのことを指してウィルグルはジャドを見た。

「私、十九歳で未成年なんだけど」

「あんなにスカスカタバコ吸っといて何言ってんだよ」

「あんたらの副流煙で肺が真っ黒になるより自分で吸って肺を真っ黒にしてやるわ」

 しゅんりは酒の味は嫌いなんだよな、と思いながらジャドを見た。

「おい、長話は終わりだ。しゅんり、夕方頃には迎えに行く。それまで部屋で休んでおけ」

「分かった。後はよろしく」

 しゅんりはジャドのその言葉に甘えてビルの屋上までジャンプし、ビルとビルの間を飛び跳ねながら今住んでいるアパートまで向かった。器用に飛びながら開けておいた窓から自室に入って、早速シャワーを浴びた。

 シャワーを浴びながらしゅんりは今月は何人殺したかな、と考えていた。

 この世に異能者という存在を認めさせてから、異能者の人口がぐんと上がった。今まで隠して生きてきた者たちが自ら異能者だと名乗りを上げるようになったのだ。それでも人口のまだ0.05パーセント程度だった。

 そうだとしても計算が合わないのではと疑問を持つぐらいの人数をしゅんり達はアサランド国でエアオーベルングズを暗殺してきた。絶対もっといるはず。本当はもう人口の大半を異能者が埋めているのではないかと考えたところでしゅんりは思考を止めた。考えたところでやる事は変わらないのだ。

 必要最低限しか置いてない簡素なしゅんりの部屋のベッドは銃の置き場となっており、もっぱら床にひいたシーツの上でしゅんりはいつも丸まって寝ていた。

「疲れた……」

 しゅんりはタオルで軽く体を拭いてそのまま何も着用せずシーツの上に寝転んだ。

 今だに携帯を所持していないしゅんりはいつも事前に待ち合わせ場所と時間を決めてから現場に向かうか、ジャドがこの部屋に迎えにきてもらってから任務に向かっていた。今日もジャドが来てくれるからそれまで寝て過ごそう。そう思いながらしゅんりは眠りに落ちた。

 

 

 

 そんな日々を過ごす中、しゅんりの精神は少しずつすり減っていき、表情がどんどんと無くなってきていた。

 そんな中、三ヶ月に一度ある一週間の休暇を与えられ、しゅんりは母国であるウィンドリンに帰国していた。

 この休暇は暗殺部の心身を休ませるだけでなく、敵に寝返ってないか確認する意味もある大切な休暇だった。

 そんな休暇は本当はいらないし、帰りたくないのにと憂鬱な気持ちになりながらしゅんりは警察署の中をふらふらと歩きながら宿として利用している仮眠室へと向かっていた。

「しゅんり!」

 後ろから話しかけられたその声にしゅんりは舌打ちをしてから顔だけ振り返った。

「翔君……」

 アサランド国に出発してからというものしゅんりは翔に会うのを出来るだけ避けていた。

 理由は誰にも何の相談も無く暗殺部に異動したしゅんりを翔が見たこともないぐらいに激怒し、しゅんりの頬を感情任せに叩いたからだ。

 翔がしゅんりのことを本当に大切に思い、日本で面倒を見てくれていたしゅんりだって痛いほど分かっていたがまさか手を挙げられるとは思っておらず、その場で二人は喧嘩という名の本気の戦闘を起こした。

 その場所が倍力化の総括部屋だったのだが、それはそれは部屋には穴が開いて家具全てが破壊される程の惨劇だった。

 それからしゅんりは口煩く暗殺部を辞めるようにとしつこく話しかけてくる翔を鬱陶しく思っていた。

「大丈夫、怪我してない?」

「もう話しかけてこないでって何度言えばいいの?」

 心配してきた翔にしゅんりはしっしっと手を払った。そんなしゅんりの態度に翔はムッとしつつも、またしゅんりと喧嘩しまいと感情を殺して「そんなこと言わないでよ。本当に心配してるんだ」と、言ってからしゅんりへと手を伸ばした。

 そんな翔の手をしゅんりはパンッと振り払って牙を剥いた。

「心配? 私の頬を叩いたくせになんともまあ紳士ですわね」

 そう嫌味を言うしゅんりに翔は「喧嘩両成敗だろ⁉︎」と、声を荒げた。

「先に手を出したのは翔君でしょ⁉︎」

「元はと言えばしゅんりが僕に何も言わずに暗殺部になんかになったのが悪いんじゃないか!」

「なんであんたに相談しなきゃいけないの⁉︎」

 売り言葉に買い言葉。

 短気な二人は暫く睨み合って再び戦闘を開始しそうになったその時、怒鳴り声を聞いたルルとブリッドが駆けつけて二人を取り押さえた。

「落ち着け、二人共!」

 ブリッドは翔を後ろから取り押さえ、なんとか落ち着かせようと声を張り上げた。

「本当にあんた達いい加減にしなさいよ!」

 ルルは牙を剥くしゅんりの口を手で押さえながら肩に手を置き、ドウドウと声をかけた。

「いい加減にするのは翔君でしょ!」

「いいや、しゅんりだ!」

 拉致があかねえ。

 ブリッドとルルがそう諦めそうになったその時、フワッと柑橘系の香水の香りが漂ったなと気付いた瞬間、しゅんりと翔が一瞬にして床に突っ伏していた。

「たくっ。わらわの手を煩わすな、このバカ共」

 そう言って現れたのはナール総括だった。

 頭を強く殴られた二人は意識を失い、そのまま各々の部署の部屋に連れて行かれ、懇々と説教されるのだった。

「ああもう! ブリッド補佐のバーカ、バカバカバカ! 大っ嫌いだ! 翔君もルルちゃんもナール総括も大っ嫌いなんだからっ!」

 反省する翔に反してしゅんりはそう子供のように拗ね、一週間も経たずにしてアサランド国に帰って行ってしまったのだった。

「滞在日数一日。過去最低ね」

 過去にも翔と揉める度にアサランド国へと戻っていくことがあったしゅんりにルルはそう言いながら溜め息を吐いた。

「わらわはもう部屋を破壊されないだけマシだと思うことにした」

 頭を抱えながら溜め息を吐く上司を見ながらブリッドも同じく溜め息を吐いた。

 ああ、あの時俺がちゃんと止めていればよかったのか?

 ブリッドはしゅんりをアサランド国へと見送った日のことを後悔していた。

 それは翔も同じで、どうしてしゅんりが暗殺部に行くなんて思わないように関われなかったのかと考えていた。

 そしてどうして自分は素直になれないのかとも。

 しゅんり、好きなんだ。行かないで欲しい。

 そう言えば彼女はもうアサランド国に行かないでくれるのだろうか。

 そう自問自答しながら再び三ヶ月経つのを待たなければいけないのかと翔は絶望するのだった。

 だがこうも不幸か、アサランド国に暗殺部を狙いに大量の敵が発生した。

 暗殺部から応援要請され、ウィンドリン国からは翔が補佐兼リーダーとして率いるチームと共にアサランド国に応援に行くこととなった。

 しゅんりと合流した翔達は一緒に戦闘を開始した。

 やっぱりアサランド国にいる敵はいつも相手する奴らより強いな。

 翔はしゅんりが大丈夫かと余所見をしたその瞬間、敵に突進されて地面に転がされてしまった。そして敵の持つ槍が翔目掛けて降り落とされた。

「ガハッ!」

 その槍は見事に翔の腹を貫いた。

「翔君っ⁉︎」

 丁度その瞬間を見たしゅんりは目の前が真っ赤に染まり、怒りに任せて全身を狼にへと獣化させた。

「ガルルルッ!」

「うわ、なんだてめえ!」

 勢いよくしゅんりは翔に襲いかかる敵に飛びつき、一瞬にしてその首に噛みついて胴体と首を真っ二つに噛みちぎった。

 それからしゅんりの意識は途絶え、狼の本能に任せて敵を薙ぎ倒していくのだった——。

「んっ……。あれ……」

 目を覚ますとしゅんりは気付いたらアサランド国にある自室の床に寝かされていた。

 真っ暗な部屋の中、窓から差す街灯の光を頼りにしゅんりは部屋の中を見渡すと、近くに誰かが壁にもたれながら寝ているのに気付いた。

「翔君……?」

 そこには器用に座りながら血まみれのシャツを着て寝ている翔がいた。

 その姿を見てしゅんりは翔が敵の槍で腹を貫かれたことを思い出し、突進するかのように翔のシャツを捲り上げて腹を確認した。

「んっ……? え、ちょちょちょ、しゅんり何してるの⁉︎」

 その衝撃で目を覚ました翔は自身の服を捲るしゅんりに気付いて顔を赤くした。

 そんな翔を無視し、しゅんりは翔の腹の傷が綺麗に塞がっているのを見てから安堵し、目からポロポロと涙を流し始めた。

「えーと?」

 寝起きで状況を掴めずにいた翔は「ああ」と、言ってからあの後にあったことをしゅんりに説明した。

 しゅんりが狼に身を任せて戦闘を続けた後、敵を殲滅した後も獣化は解けなかった。

 翔も身動きが取れなかったその時、カルビィンとジャドがやってきた。ジャドはすぐに翔の治療に入り、カルビィンはレジイナの獣化を解いたのだった。

 同じ獣化であり補佐であるカルビィンとの実力の差に翔は内心傷付きつつも、しゅんりを元の姿に戻してくれて感謝していた。

 そう説明を聞いたしゅんりは「翔君、良かった……!」と、更に距離を詰めてきた。

「ちょ、あの、しゅんりちょっと離れて……」

 顔を真っ赤にして自身から目を逸らし翔にしゅんりは首を傾げた後、自身の体を見下ろして顔を真っ赤に染めた。

 あの時着ていたスーツは獣化によって破けてしまい、今は翔のジャケットだけを着ていた。

 男物の大きなそれは前を全てチャックで閉めていてもしゅんりの白い大腿は大胆にさらけ出されており、胸元も大きく開いていた。

「み、見てないから! 出来るだけ見てないから!」

 出来るだけって、それは見たのでは?

 ジトって軽く睨みながらしゅんりは頬を赤く染めながら胸元を手で隠した。

「と、とりあえず僕、出るね」

「え、ちょっと待ってよ」

 そう言ってしゅんりは急いで部屋から出ようと立ち上がった翔の服の裾を掴んで制した。

 時刻は深夜の一時。

 こんな時間に電車はおろか、ホテルさえ取れないだろう。

「しゅんり、僕だって男なんだ。分かるだろ?」

 耳を真っ赤に染めた翔の後ろ姿を見ながらそう言われたしゅんりは翔の裾を掴んでいた手を思わず離してしまった。それを合図に翔が再び玄関に向かっていくのを見てしゅんりは翔のその言葉の意味を考えた。

 ここで翔を引き止めれば男女の関係になるかもしれない。

 でもここで引き止めなければまだ敵が潜めるこんな深夜の町に翔を放り出すということになる。

 しゅんりはバッと立ち上がって翔の背に飛びつくように抱きついた。

 そんなしゅんりに翔は一瞬驚いた顔をしてから我慢していた気持ちを抑えきれず、振り向いてしゅんりを強く抱きしめた。

「しゅんりのせいだからね」

 翔はしゅんりの耳元でそう呟いてから後頭部に手をやってしゅんりの頭を動かぬように固定してから噛み付くようにキスをした。

「いっ……」

 時々歯が唇に当たって痛みを伴いつつもしゅんりは翔からのキスを拒まずに受け入れた。

 キスってこんな感じなんだ……。

 荒々しく本能に従ってしゅんりをまるで喰わんばかりに噛み付いてくる翔にしゅんりはそのまま床に押し倒されてしまった。

「はあ、はあ……」

 息を荒くした翔は眼下にいる窓からの街灯に照らされているしゅんりを見つめた。

 自身のジャケットを着て胸元と大腿をさらけ出し、先程のキスで自身と同じく息を荒くしていた。そしてその荒々しいキスによっ

て傷付いて少し出血するしゅんりの唇に目をやった。

 ああ、僕が傷つけてしまったのか……。

 しゅんりが傷付くことがあんなにも嫌だったのに自身が傷付けたのかと理解した時、翔は満たされた感じがし、同時にゾクっと興奮した。

 しゅんりをもっと傷つけて泣かせたいかも。

 自身の知らなかった性癖に気付いた翔は自笑し、それからそのまま自身の欲に従ってしゅんりを抱くのだった——。

 なんか思ってたのと違う。

 しゅんりは同じく床ですやすやと眠る翔と違って目をパッチリと開き、天井を見ながらそう心の中で呟いた。

 しゅんりはアサランド国でカルビィン達が女を買っては夜の事をよく自慢気に話していたのをよく聞いており、最初は気持ち悪いと思っていたが話を聞くにつれて、そんな気持ちいいのかと興味を持ち始めていた。

 好き合っていた翔と行為に及ぶことを選んで行動を移したのはしゅんりだったが、少し後悔していた。

 すっげえ、痛かった……。

 しゅんりは自身の腰をさすりながらジトっと隣で眠る翔を睨んだ。

 お互い初めてだから致し方ないことがあるのは理解できるが、それにしても翔はまるで獣のようにしゅんりを求め、しゅんりが痛がる度に喜んでいた。

 まさか翔君がドSだとは知らなかったな。

 この先思いやられるなと思っていた時、翔は「んん……」と、声を漏らしてからしゅんりへと体の向きを変えてゆっくりと瞬きをしてから目を覚ました。

「んー……、寝ないの……?」

「誰かさんのせいで体があちこち痛いから寝れねえよ、バカ」

 しゅんりの言葉に翔は申し訳無さそうに目を逸らした後、「ごめんて」と、謝罪してからしゅんりの頬にキスをした。

「このドS野郎」

「そんなこと……、あるかな?」

「遅漏」

「しゅんりがイクのが早いんじゃないの?」

「んだと、この野郎っ!」

 ムキーッと怒るしゅんりに翔は「ごめんて」と、言いながらしゅんりをぎゅっと抱きしめた。

「可愛いかったよ、しゅんり」

「……可愛いって言えば誤魔化せると思ってる?」

 ムスッとした顔でこちらを見上げてくるしゅんりに翔は「酷いなあ」と、言ってから翔はしゅんりにキスを落とした。

「誤魔化すも何も事実を言ったまでだよ。好きだよ、しゅんり」

 突然の告白にしゅんりは顔を真っ赤に染めてそのまま翔の胸元に顔を埋めた。

 ああ、こんな幸せな時間がずっと終わらなければいいのにな……。

 

 

 

 窓から朝日が差した時、しゅんりは翔を近くの駅まで見送ることにした。

 翔のチームは先にウィンドリン国に帰っており、翔もしゅんりが目を覚まし次第すぐに帰国しなければならなかった。

 獣化を使える異能者はとても少なく、重宝されている。この後も別の任務を控える翔は急いで帰国しなければならなかった。

「ごめんね、こんな朝早くにお見送りしてもらって」

「ここの奴らは気性が荒いからね。これぐらいさせて」

 見たことない顔があれば疑ってかかってくる国民性のため、しゅんりは翔を心配して痛む腰を我慢してお見送りに来ていた。

「次の三ヶ月後の休み、楽しみにしてるね」

 駅の前。翔はしゅんりの頬を手の甲でスッと撫でた。

 気恥ずかしく、顔を俯かせながらしゅんりがコクッと頷いた時、背後からパチパチと誰かが手を叩いた。

「ヒュー。お若いお二人さん、朝からお熱いね」

 振り向くとそこにはガリガリにやせ細った男が二人をニヤニヤと見ながら冷やかしてきた。

「そりゃどうも」

 しゅんりは一瞬にして冷たい目をしてその男を睨みながら臨戦体制をとった。

 その隣で翔も男に向き合った時、ガリガリにやせ細った男は首を横に振った。

「ああ、違う違う。上だ、上」

 上?

 二人がそう思ったその時、上から十センチメートル程の鋭い針のようなものが二人に降りかかってきた。

「ガハガハッ! 針のアメはどうだあ⁉︎ イテエか⁉︎」

 紫色をしたサボテンが宙に浮き、その針を二人に雨のように降らせたのだった。

 

 

 

「やめろ! この化け物めっ!」

 バーンは真っ暗な暗闇の中、必死に声を上げながらこの体の主である小人に声をかけ続けていた。

「ヤメねえよ。こいつが死ねばオレ様のジャマをするテメエがいなくなるカモしれねえだろ?」

 ニヤアッといやらしく笑いかけてくる化け物にバーンは舌打ちをしてから必死に意識の主導権を奪おうともがいた。

 しかし、育緑化のこの男のを聞いている時、この化け物の意識は強くなるらしく、バーンは主導権を奪えずにいた。

 化け物はしゅんりを殺すタイミングを見計らっていた。

 バーンに比べてまだまだ未熟なしゅんりを殺すなんて化け物からしたらいとも簡単なことだった。

 しかし、それじゃあ面白くない。

 バーンだけではなく、このしゅんりもが一番苦しむタイミングで殺してやりたいと思って化け物はタイミングを見計らっていたのだ。

 なんて非道な奴だっ……!

 主人だけだなく、小人もここまで腐るなんてなと皮肉を思ってもバーンは化け物から意識を奪うことはできなかった。

 幾つものの生物を喰らい、異常なまでの強さを持つ化け物に敵うことなく、翔としゅんりは化け物に丸呑みされてしまった。

「ここはどこだ⁉︎」

 そう叫ぶ翔にバーンが急いで走り寄るがそれより早くに化け物は翔の魂を消化した。

「翔君⁉︎ どこにいったの⁉︎」

 それを目の前で見たしゅんりは声を上げて翔を探しに走り回った。

「クッ、チクショウ。コイツなかなか消せねえな」

 同じ人物の魂であるものの、バーンは消せないがしゅんりは消すことができるらしい化け物はバーンの思惑通りにさせまいと急いで消化しようと試みていた。

「おい、おい! 止まれ! 消えるなっ!」

 バーンは走り回るしゅんりを捕まえて透明になっていくしゅんりに消えないように声を上げた。

「離して! 翔君、どこなの! 翔君ー!」

「一條 翔は死んだ!」

 しゅんりは目の前で悔しそうなバーンの顔を見て息を呑んだ。

「わ、私……?」

 そう戸惑う自分にどう説明しようかと思ったその時、しゅんりの体が更に透けてバーンの手から離れた。

「え? え、透明になってる!」

「ガハガハッ! さっさと消えちまえ!」

 化け物によって消化されそうになったしゅんりにバーンは「こっちに来い!」と、誘導して白く輝く川まで誘導した。

「そうはサセネエ!」

 再び代償を使って過去に戻ろうとするバーンを阻止すべく、急いでしゅんりを消そうとする化け物をバーンは思いっきり殴って黙らした後、しゅんりに向き合った。

「いいか、もうマオにも一條 翔にも迷惑をかけるなよ!」

「待って、状況が掴めない!」

「説明している暇はない! いくぞっ!」

 戸惑うしゅんりにバーンは手をかざし、過去に戻れと強く念じた。

「なっ!」

「キャーッ!」

 するとバーンとしゅんりは眩い光に包まれながら再び時を遡るのだった——。

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