第2話

 代償はこの小人、紫色の化け物の思い入れが深い人物であればある程、過去に戻れるらしい。

 化け物の主人である育緑化の男の魂を使って過去に戻ると、そこは自身が十六歳の時にブルースホテルで戦闘を行っている時にいた。

「おい、相棒。どうかしたか?」

 ビルとビルの間。

 暗がりの中、そう声をかけられ振り向くとそこにはガリガリに痩せ細った男がおり、この化け物のパートナーである育緑化の男が話しかけてきたのだとバーンは気付いた。

 ふむ、他者の魂を使って過去に戻ると、この化け物として過去の自分と関われるのか。

 バーンは化け物のパートナーとなる男からの言葉を無視してその場からふわふわと飛び去った。

「待て! だ!」

 誰がてめえのなんて聞くもんか。

 この体の主である化け物の意志に反してバーンはふわふわと浮遊してしゅんりに近付いた。目の前まで来たがしゅんりはまだ育緑化の異能がない為、バーンが操作する化け物に気付くことなく、過去のバーンと全く同じ行動をしていた。

 あたし自身が戻れるわけではないということらしいが、どこかで修正すればあたし自身の魂が浄化され、成仏するだろう。

 そう思ってバーンはどのタイミングでアクションを起こせばいいのかを見極め続け、化け物の体を浮遊させながらそのタイミングを見計らっていた。

 

 

 

「どこに⁉︎ そんな怪我でダメだよ! とりあえずオリビアさんの所へ行こうよ。僕が、僕がしゅんりを守るから!」

 マオは飛び立とうするしゅんりを後ろから引き留めるため抱きしめた。

「マオ……」

 しゅんりは決意が揺らぎそうになった時、こちらへ向かってくるパトカーとヘリコプターの音に気が付いた。

 今だ! 

 バーンは化け物の体から「おい、マオを巻き込むな! 逃げるんだ!」と、声を張り上げて育緑化の力で細いツルを伸ばしてしゅんりの背をそっと押した。

 その思いが通じたのか、「ダメだ、マオもバレてしまう……」と、言いながらしゅんりはマオからの抱負を振り払ってハングライダーを手に取った。

「しゅんり、行かないでっ!」

 しゅんりはマオに一言、「ごめん」と、言ってそのままハングライダーに乗って飛び立って行った。

「しゅんりー!」

 マオが悲痛な声で自身の名を呼ぶ声を聞き、バーンは胸が引き裂かれそうになりながらも今度こそマオが巻き込まれることはないようにと祈るのだった。

 

 

 

 それからしゅんりはブルース市から逃げる途中でルビー総括と出会い、ルビー総括の助言でしゅんりは日本に避難することとした。

 日本付近の森に彷徨ったしゅんりは森にいるヘビに捕まってしまった。弱った体でしゅんりはヘビに捕まりながらなんとか必死にもがいて逃げようとしていた。

「し、死にたくない、死にたくないっ……! 助けて、助けてブリッドリーダーッ!」

 力の限りにしゅんりはそう叫んだ。

「しゅんり!」

 まさか、ブリッドリーダー⁉︎

 声のした方を振り返ると、そこにいた人物を見てしゅんりは驚いた。

「か、翔君⁉︎」

「良かった! 見つからないかと思ったよ」

 翔は蛇に心の中で念じてしゅんりの拘束を外させた。

「この子達は僕が念じてしゅんりを探させたんだ。安心していいよ」

「わ、私……」

「大丈夫だよ。もう大丈夫だから」

 しゅんりは翔のその言葉に安心して意識を手放した。翔はいきなり倒れるしゅんりを急いで抱えて、そのまま日本にある実家へと向かったのだった。

 それからしゅんりは日本で療養した後、日本を統治する大翔の元で獣化と育緑化の修行を行うこととなった。

 その様子をバーンは化け物と意識下の中でどちらがこの体の主導権を取るか戦いながらアサランド国と日本を何度も行き来した。

 化け物がこの体を取り戻せばアサランド国にいるガリガリの男の元に戻るし、バーンが主導権を奪うことに成功すれば日本にいるしゅんりの元へと急いで向かっていた。

 ずっと側にいてしゅんりの行動をコントロールできないことに歯痒さを感じながら、バーンは日本で過ごす自分を見ながらそんなルートがあったのかと思い、自身の火傷痕に触れては悲しそうな顔で俯いた。

「テメエ! そろそろオレ様の体を返しやガレ! テカ、さっさとデテけよ!」

 バーンは主導権が奪われて内側から騒ぐ化け物を無視しながら育緑化の異能者から見えないように気配を消してしゅんりの周りをウロウロとしていた。

 うっせえな、黙っとけ。

 バーンは真っ暗な空間の中でこの体の主導権を取られまいと小人に蹴りを入れた。

「ケホッ、ケホケホッ……! チクショウ、なんでテメエがオレ様の体をノットレルんだよ!」

「んなことあたしも分かんねえよ。でも使えるもんは使わせてもらうぜ」

 ペッとバーンは唾を吐いた。

 そうだ、あたしには幸せになる権利がある。

 この力を使って今度こそ幸せになってやるんだ。

 そう思いながらバーンは小人の体からフワッと風を起こした。

 小人の体を違う魂を乗っ取っている時、その魂がもともと使えていた異能を使えるらしい。しかし、使用するときは気配は消すことはできずに姿を現さなければならなかった。

 これがとても厄介であり、育緑化の力で守られているこの日本ではすぐにここを統治する大翔に存在が知られてしまう。

 バーンがしゅんりのやることを邪魔して操作しようとした時、大翔が走ってきて、「邪悪な気配がしたのう」と、バーンを探しに来た。

 リスクを伴うものの、バーンは諦めずに何度も日本を訪れた。

 バーンの目的は二つ。

 マオや他者に迷惑をかけない人生かつ、バーンが一番幸せだと思う人生を送りたい。

 これを達せれば成仏できる。

 こんな不幸続きだった自分の人生をやり直したいが為にバーンは小人の体を乗っ取り、このやり直せた過去に必死にしがみついていた。

 

 

 

 それから度々現れるバーンに見守れながらしゅんりは森に一週間行き、一條家に戻っての一週間は大翔と共に育緑化の修行をし、ある程度能力が使えるようになった頃、日本は暖かな気候に包まれたいった。

「ねえ、なんで翔君って"翔"って名前なの?」

「突然どうしたの?」

「んー、今ね漢字の勉強してるからふと思って」

 勉強嫌いのしゅんりにしては珍しく、日本語に興味が出てきたのか、愛翔の漢字ドリルを見ながら翔に質問した。

「んー、なんか一條家の男には"翔"っていう漢字をつけるのが習わしらしいんだよね」

 翔はしゅんりが書いていたノートに自身の名前を書いた。

「じいちゃんは大翔、父さんは翼翔、弟は愛翔って書くんだ」

「へー」

「しゅんりはなんで"しゅんり"なの?」

 西洋の名前らしくないその名前に翔は前々から疑問に思っていた。

「んー、何だっけなー。私、戦争孤児で助けてくれたおじさんが名前を付けてくれたんだけど、なんて言ってたかな」

「え、なんか僕、聞いちゃいけないこと聞いた?」

「ううん、大丈夫」

 しゅんりは「んー」と、言いながら腕を組んで考えた。

 なんだったか、おじさんは春に咲く花のような綺麗な髪をしているとかなんとか言っていたような。

「なんか、春に木に咲く花のように美しく、そして凛とした女性になりますようにとかなんとか言ってたかな?」

「それって桜の事?」

「サクラ?」

「うん、日本にある春になると咲く花の事だよ。もう見頃じゃないかな。そうだな、"しゅんり"ってこう書くんじゃない?」

 翔はノートに"春凛"と記した。

「これが、私の名前……」

「多分そうだと思うよ」

 しゅんりはそのノートを持ち上げてそっと抱き寄せた。

「ありがとう、翔君。本当の名前を知れた……」

「うん、どういたしまして」

 翔は微笑みながらそんなしゅんりを眺めながら、しゅんりを助けたその人は日本人なのかと考えていた。

 その傍らでバーンもその字の意味を考えていた。

 うーん、どう考えても名前負けしてる。

 ケッと、バーンが自身を潮笑ってから二日後、しゅんりと翔は百合が作った弁当を持って例の桜の木を見に行っていた。

「わあ、これが桜」

 大きな木に薄桃色の花が敷き詰められるように咲くその姿にしゅんりは目を輝かせた。

「わあ、すごいすごい!」

 ふわっと起きた風に桜の花びらが舞い、しゅんりと翔の元にひらひらと降ってきた。しゅんりはそれをきゃっきゃっと喜びながら落ちてくる花びらを追いかけた。

「あ、翔君。頭に桜が付いてるよ」

「え、どこ?」

 そう言う翔にしゅんりは近寄って背伸びをし、翔の頭に手を伸ばして花びらを取った。近い距離に翔はサッと顔が熱くなったが、しゅんりはそんな翔に気付かずに「ほら」と、言って翔に取った花びらを見せた。

「ありがとう……」

「どういたしまして。ねえ、早くお弁当食べようよ!」

 お花見、お花見としゅんりは歌いながらレジャーシートを広げていた。

「しゅんり、僕、しゅんりのこと……」

「ん?」

 こてんと首を傾げながらしゅんりは翔を見上げながらレジャーシートから手を離して、翔の元に近寄った。

「どうしたの?」

 サーっと優しい風が吹き、再び桜吹雪が二人に舞う。

 しゅんりの綺麗な髪に桜の花びらが付き、それを今度は翔が優しく取りながら真剣な眼差しでしゅんりを見つめた。

「しゅんり、好きだよ」

「え……」

 しゅんりは翔が言った意味を考え、それからぽぽぽっと頬を赤めて言った。

 それってどういう意味の……?

「さ、さあ! お弁当を食べようか」

「へ、ああ、うん!」

 同じく顔を真っ赤に染めた翔は沈黙に耐えられなかったのか、しゅんりから顔を逸らして百合が作った弁当を食べようと話題を変えた。

 そしてしゅんりもそれに逆らう事なく二人は沈黙の中、黙々とお弁当を食べることにしたのだった。

 それを側で見ていたバーンは「やっちまったか?」と、ゲンナリとした顔をしながら呟くのだった。

 

 

 

 それから数ヶ月後、日本で花火大会が行われ、それにしゅんりは翔の弟である愛翔と遊びに行くこととなった。

 しゅんりは百合に綺麗な青色の浴衣を着付けしてもらっていた。

「綺麗でしょ? 私が若い頃に着てた物だからちょっとデザインが古くてごめんなさいね」

 申し訳無さそう言いながら顔を俯かせる百合にしゅんりは顔を横に振った。

「そんな事ないよ! この深い青色、すっごく綺麗で私は好きだよ」

 キラキラとした目でそう言うしゅんりに百合は満足気に「良かったわ」と、微笑んで帯を締め上げた。

 そして百合はしゅんりの前髪を器用に三つ編みをして花飾りをつけてあげた。

「しゅんり、行こうぜ!」

 愛翔は深緑の浴衣を着て玄関でしゅんりが来るのをまだかまだかと待っていた。

「今、準備できたから行くね!」

 そう言ってからしゅんりが急いで玄関に向かうと、そこにはいつの間にか帰ってきていた翔がおり、翔も紺色の浴衣を着ていた。

「か、翔君⁉︎」

 好きだと告げられてから久しぶりに会った翔に顔を赤くして驚くしゅんりに翔も顔を赤く染めながら「た、ただいま……」と、小声で挨拶をした。

「兄ちゃんもお祭り行きたいんだって! いいだろ?」

「も、もちろん!」

 断る理由などない。

 むしろ心臓が脈打ち、しゅんりは翔に久しぶりに会えたことを喜んでいた。

 なんだろ、これ。

 前もこんな気持ちになったことあったな……。

 脳裏の奥で青色の髪を生やした男を思い出したしゅんりは少しチクッと胸を痛めながら、下駄を履いて三人で花火大会に向かった。

「俺、あれ食べたい!」

 翔としゅんりに挟まれて楽しそうにする愛翔に二人はほっこりしながら愛翔が食べたいと言ったわたあめが売っている店売まで歩いた。

 カラン、コロンと下駄を鳴らしながら三人は屋台が立ち並ぶ道を歩いて出店を楽しんだ後、花火が打ちが上がるのを観覧した。

 綺麗な川が目の前に流れる河川敷の階段に座りながら三人は「わー!」と、歓声を上げながら花火を見ていた。

 周りにも沢山の観覧客に囲まれているのに、しゅんりはここに三人しかいないのではないかと思う程に花火の美しさに魅了されていた。

「綺麗だね、しゅんり」

「うん、綺麗……」

 うっとりとした顔でそう返事したしゅんりの花飾りにそっと翔は触れてきた。そんな翔に驚いたしゅんりは急に触れられて顔を赤くした後、愛翔に目をやった。

 しかし二人の間にいる愛翔は花火に夢中になっており、二人に目もくれずに「今のハートだったよ!」と、一人で喋り続けていた。

 愛翔だけじゃない。周りにいる観客全員は花火しか見ておらず、二人なんて一ミリとも見ていなかった。

 まるでここには二人しかいないみたい。

 バクバクと再び高鳴る心臓にしゅんりは体を震わせた。

 それはしゅんりだけでなく翔もだった。

 翔は手を花飾りからゆっくりと下ろしていき、しゅんりの頬をスッと撫でた。

「本当に綺麗だ」

 いくら鈍感なしゅんりでもそれは花火でなく、自身を綺麗だと翔が言ってきた事を理解した。

「翔君……」

「しゅんり……」

 こんなことされたら私、好きになってしまう……。

 ゆっくりとお互い顔を近付けていったその時、「わあっ!」と、周りで一斉に歓声が上がった。その後、バチバチと花火の音が一層大きくなって一気に周りが明るくなり、一瞬にして真っ暗になった。

「わあ、最後すごかったね! ぱちぱちぱちって花火がすごい綺麗だった!」

 愛翔は可愛らしいくりくりとした目を大きく開いて興奮しながらそう解説するのを見た二人は顔を真っ赤に染めながら「そうだね」と、返事した。

 わ、私、あの時もしかしてキスしようとしてた⁉︎

 我に帰るとこんな人が大勢いる中、とんでもなく恥ずかしいことをしようとしてたと気付き、しゅんりはバクバクと心臓が破裂するのではないのかと思うぐらい心拍数を速くした。

 その後、興奮したせいか疲労して寝てしまった愛翔を翔は背に背負いながらしゅんりと帰路についていた。

「に、にしても花火というのは綺麗なものですなあっ!」

 何で愛翔君ってば寝るの⁉︎

 二人きりになってしまって緊張する中、しゅんりは沈黙に耐えられずに翔に話しかけた。

「そ、そうですなあ! 花火は何回見ても綺麗なものだね!」

 同じく緊張した翔もそう力強く返事し、お互い変な口調になったなとプッと笑い出した。

「しゅんり、また来年も見ようよ。いや、来年と言わずに再来年もまたその次の年も」

「え……?」

 それはどういう意味?

 しゅんりがそう戸惑い足を止めると翔はしゅんりの顔を見てニッコリと笑った。

「僕はずっとしゅんりの側で綺麗な花火をおじいちゃんになっても見たいな」

 しゅんりはそんな翔の告白と思われるその言葉にぶわっと顔を赤くした。

「ば、ば、ばっ、バッカじゃないの!」

 翔からの言葉に照れてしまったしゅんりは「か、翔君のバカーッ!」と、声を荒げながら一人足早に家に帰ってしまったのだった。

 それから翔が日本に帰る度になんとも言えない雰囲気に家が包まれるという日々を過ごし、しゅんりは本格的に獣化の修行に入った。

 自身が何に獣化するか決まるまで山を降りて来ないこと。

 大翔にそう言われてから三ヶ月経ってもしゅんりは山から降りて来ることはなかった。

 翔は久しぶりに帰省して、まだ山からしゅんりが帰って来ないことを聞き、様子を見に山へと向かった。

「あれ、翔君どうしたの?」

 頭上から自身を呼ぶ声が聞こえて見上げるとそこには木の枝に座り、木の実を頬張るしゅんりがいた。

「元気そうで良かった。どう? やりたい獣見つけた?」

「それがぜーんぜん見つからなくて。イメージが浮かばないんだよね」

 しゅんりは枝からクルッと回転しながら降り立ち、期待を浮かべた顔で翔の周りをぐるっと回った。

「今は修行中だからお菓子はないよ」

「べ、別にお土産を期待してた訳じゃないもんっ」

 翔はいつも日本に帰省する度にしゅんりにお菓子やパズルなどの簡単なおもちゃを渡していた。そのため、今回も何か貰えるかと期待していたしゅんりは図星をつかれてそう返答した。

「ふふ、そっか」

「笑うなんて酷い……」

 しゅんりはそんな翔に拗ねたように地面を軽く蹴りながらチラッと翔を盗み見した。

 こんな風に話すの久しぶりだな……。

 翔を見ると胸がムズムズするような感覚がし、気恥ずかしやら照れやらがあってしゅんりは翔とまともに話すことができてなかった。

 それは翔も同様であり、こちらをチラッと見てくるしゅんりに気付いて頬を赤く染めた。

 そんな初々しい雰囲気にある二人の元にある動物達がこちらに向かって来ることにしゅんりは気が付いた。

「狼⁉︎」

 しゅんりも幾度か狼を見かけたが、あちらが警戒し一切こちらに近付くこともなかったし、しゅんりも鋭いあの牙や爪の餌食になるまいと距離を置いていた。

 スピードを落とすことの無く向かってくる狼の群れにしゅんりは逃げようと走り出したが、翔はその場に立ち止まっていた。

「翔君、早く逃げっ……!」

 何故逃げないのかと思ったその時、翔は先頭にいた狼に突進されて地面に倒れた。

「翔君!」

 しゅんりは狼に襲われる翔を助けようと駆け寄ろうとしたが、しゅんりはその光景を見て歩みを止めた。

「あはは、こらそんな舐めるなって」

 狼はクゥーン、クゥーンと鼻を鳴らしながら翔の顔を舐めていた。

「あれ、しゅんりどうしたの?」

 驚きの余りに動けずにいるしゅんりに翔は首を傾げた。

「どうしたじゃないよ……」

 しゅんりは安堵してその場に座り込んだ。

「翔君が狼に噛み殺されるかと思った」

「ああ、大丈夫だよ。ここの狼は人を襲ったりなんかしない。むしろ他の動物から人が襲われないようにこの山を統治してるんだよ」

「ふーん」

 狼はそう説明する翔に頭をスリスリと擦り付けた。しかし、しゅんりが翔に近寄ろうとするとヴヴーと唸って牙を出した。

「え、襲わないって言ったよね?」

「そのはずなんだけど、なんでだろ」

 翔はその狼を落ち着かせようと頭を撫でた。クゥーンと再び甘え始める狼を見てしゅんりは「いいな……」と、呟いた。

「え? 今はこの子達に触れられないと思うよ」

「え? あ、そうだよね。あはは、無理だよね」

 しゅんりは翔の言葉にハッとしてそう返事した。頭を撫でたいのでは無く、撫でて欲しいと何故か思った自分に恥ずかしくてしゅんりは顔を伏せた。

 翔君に頭を撫でて欲しいなんて思ったなんて恥ずかしすぎて言えない!

 しゅんりは今だに翔に甘える狼を羨ましそうに見てから決意した。

「私、狼にする!」

 それから更に一ヶ月、しゅんりは狼の生態を学ぶべく、山に籠って狼を観察した。最初は警戒してしゅんりに唸っていた狼達だったが徐々にに慣れてきて、しゅんりに甘えることは無かったが食べ物などを与えるようになった。

 私、狼にさえも保護対象なのかな。

 そう思いながら狼の群の中、雌狼のお腹を枕にしてしゅんりは眠りながら考えていた。

「もふもふして暖かい……」

 狼に囲まれながらすやすやと眠るしゅんりをバーンは見ながら同じ犬科に獣化することになったのかと思っていた。

 運命が違えど共通するところがあるのかと知ったところでバーンは化け物に意識を取り返されてしまい、再び化け物の主人がいるアサランド国に戻されてしまうのだった。

 

 

 

 それからしゅんりは無事に獣化の修行を終え、ナール総括と一條総括が実は夫婦関係にあり、その息子が翔と愛翔だという衝撃的な事実を知ってから大翔にもらったスーツを着てウィンドリン国に戻ることになった。

 ウィンドリン国に戻ると人間に殺されかけたしゅんりは何故かヒーロー扱いをされており、異能者が世界に認められつつある世の中になっていた。

 そんな事実に驚くしゅんりを翔は警察署に連れてブリッド達と再会させた。

「しゅんり……」

「ブリッドリーダー!」

 ああ、何度会いたいと思っただろうか。

 ブリッドは今すぐにでも彼女に抱き着き、頭を撫でたくなる気持ちをなんとか抑えながらしゅんりの前にへとゆっくりと歩いて出た。

「大きく、なったな」

「えへへ、三センチ伸びたよ」

 嬉しそうに自身を見上げるしゅんりは変わらず白くて綺麗な肌をしていた。マオから大火傷をしていたと聞いていたが綺麗に治っているらしい。少し伸びた身長に、更に大きくなった胸……。

「はいはーい。本当に身長伸びたよね、しゅんり」

 翔なブリッドの目線の先に気付き、しゅんりの前に立って視線を遮った。

「あんた、どこ見てんだよ」

 翔はしゅんりに聞こえないよう小声で睨みつけながらブリッドにそう声をかけた。

「別に」

 フイッと視線を逸らすブリッドに翔は変わらず睨み続けた。

「ちょっと、しゅんりが帰って来たんだって⁉︎」

 バタバタと慌しい足音と共にタカラとオリビアが部屋にやって来た。

「タカラリーダー、オリビアさん!」

「しゅんり!」

 二人はしゅんりを見るや否や飛びつくように抱き着き、再会を喜んで泣き始めた。

「もう、このおバカさん!」

「うう、ごめんなさい……!」

 良かったな、とブリッドと翔もそんな三人に思わず貰い泣きしそうになった。

「しゅんり……」

 次に部屋に来たのは栗色の髪をし、スラッとした高身長のアイドルのような青年だった。

「えーと……」

 どちら様ですか? 

 そう思いながらしゅんりはその青年を上から下まで見てハッと気付いた。

「もしかしてマオ⁉︎」

「そうだよ、酷いなあ」

 すぐしゅんりに気付かれなかった急成長したマオは苦笑しながらしゅんりの元へと近付いた。

「しゅんり、僕はあれからずっとあそこでしゅんりを止められてたらってずっと後悔してた。本当に無事でよかったよ」

「マオ、ごめん。本当にごめんね……」

「僕こそごめんね」

 マオはそう言い、しゅんりをそっと抱き寄せた。しゅんりもマオの背に手を回し、二人して再会を喜ぶように泣き合った。

「良かったわ」

「うん、良かった良かった」

 タカラとオリビアはそんな二人を見てハンカチで涙を拭いていた。

 その傍らで化け物から主導権を奪ったバーンもおり、同じく感傷的になった。

 ああ、マオ……。

「はいはーい、お二人さんそろそろ離れようね」

「ほら、マオも泣き止もうな、な?」

 ブリッドと翔はしゅんりとマオを引き離し、マオに圧をかけ始めた。

「本当にあの二人、しゅんりの事になるとどうしてああなるのかしら」

「一條君がしゅんりを囲ってからブリッド、一條君に敵意剥き出しだもんね」

 タカラとオリビアは二人を呆れるように見ながら四人に聞こえないように話をした。

 翔は固くなくにしゅんりと他の者とコンタクトをとらせまいとこの二年間独占し、それにブリッドは幾度となく怒り、二人は揉めて来たのだ。

 正直、半年経った頃にはしゅんりはこちらに戻れる程の状況になっていたのだが、獣化の修行してるからとしゅんりに何も連絡出来ずにいたのだ。

「しゅんり、お前に渡したいものがあるんだ」

 ブリッドは思い出したようにそう言ってさら一旦しゅんりから離れて、引き出しからとある物を出した。

「私の銃!」

「ああ。慣れてないから上手くできてたか分かんねえけど、一応定期的にメンテナンスはしてある。最終調整は頼むわ」

「ありがとう!」

 しゅんりはブリッドから銃とメンテナンス道具を受け取り、胸に抱き寄せた。

「ブリッドリーダー、本当にありがとう! もうこの銃は返ってこないだろうって思ってたから嬉しい!」

 本当に嬉しそうに満面の笑顔でお礼を言うしゅんりの頭にブリッドが触れようとしたその時、新たな訪問者がやって来た。

「おーい、ブリッド。彼女が来てんぞー」

 そう言いながらやって来たのはトーマスだった。

「彼女じゃねえ! トーマス!」

「あれ、しゅんりじゃん! お前、戻ってきたんだな!」

 ブリッドの言葉を無視してトーマスは部屋へとズカズカと入りしゅんりの肩を叩いた。

「トーマスリーダー。彼女って?」

「ああ、うちに出資してくれてるシュシュ令嬢だよ。すげー美人なんだぜ」

 羨ましいよなーとトーマスはしゅんりに笑いかけ、その言葉にしゅんりは驚いたように目を見開いた。

「へー、ブリッドリーダー彼女いたんだ! 珍しいー」

 口に手を当ててそう驚いたしゅんりは「もう女遊びしないの?」と、ブリッドに質問した。

「お、俺は女遊びなんてしてねえよ!」

「うっそだあ。たまに違う香水の匂いしてたもん」

 ブリッドが好んでいる香水とは違う甘ったる匂いを度々漂わせていたことをしゅんりは思い出しながらニヤニヤとブリッドを見た。

 そんなしゅんりにブリッドが口籠もっているのを見て、その場にいた全員はプッと吹き出すように笑った。

 そんな時、タイミング良くブリッドの彼女らしい女が部屋にやって来た。

「やけに賑やかじゃない」

 そう言って部屋を見渡す女性、シュシュをしゅんりは物珍しそうに上から下まで見た。クリーム色の綺麗な髪を伸ばし、白くて綺麗な肌。豊満な胸を強調するかのようなその容姿にしゅんりはブリッドはそういう女が好みなのかと知った。

「あら、初めて見る子ね」

「どうも、初めまして」

 不躾にジロジロと見て来るしゅんりを見てシュシュは「ああ、もしかしてあの子ね」と、細く笑んだ。

「初めましてー、シュシュ・パウエルと言いますー」

 シュシュはしゅんりに見せつけるようにブリッドの腕に自身の腕を絡ませて胸を押し当てて見せた。

 その胸をじっと見てからしゅんりは「勝ったな」と、何故か勝ち誇った顔をしながら胸を張って「ブリッドリーダーの彼女さんですよね? 弟子のしゅんりです」と、自己紹介をした。

 予想とは違う反応に拍子抜けしたシュシュとブリッドを置いてしゅんりは「ホーブル総監の所に行ってくる」と、言って部屋から出て行った。

 チクチクと胸が痛む複雑な気持ちの中、しゅんりは当初の予定通りに物事を進めようと動き出したのだった。

 

 

 

 それからしゅんりはシャーロットの死と直面した後、暗殺部へと異動することにした。

 その事をルルから聞かされたブリッドはアサランド国に出発しようと駅のホームにいるしゅんりの姿を見つけた。

 ブリッドはこの二年間、しゅんりが元の場所で以前のように仲間に囲まれながら働ける環境を作るために全力を尽くしてきた。

 絶対に死刑にさせまいと、悲惨で酷い任務をさせまいと頑張ってきたのだ。それなのにそれを無下にするかのようしゅんりはブリッドが選んで欲しくなかった選択をしたのだ。

「アサランド国での任務って、どう考えても暗殺部だろ⁉︎ なんでわざわざそんな所を選ぶ⁉︎」

 四大国が協定を結ぶ際、「各国からタレンティポリスを必ず一人は常に潜伏させ、エアオーベルングズを暗殺し、他国に潜伏するのを防ぐこと」という条定が一つあった。後にこの条定通りアサランド国に潜伏するものを"暗殺部"と呼ばれるようになったのだった。

 わざわざそこを選ぶしゅんりにブリッドは怒りを露わにした。

 ブリッドに怒られることなど沢山あったが、今までの比にならないぐらい怒るブリッドの気迫されつつも、しゅんりは真っ直ぐにブリッドを見つめた。

「私、みんなが安心して過ごして暮らせる光景を守りたいの。ブリッドリーダーや、ウィンドリン国のお陰で私は死刑にならずに済んだ。この改革を私のためにやってくれたことは分かってるし、本当はそんな所に行って欲しくないのも分かってる」

「じゃあなんで!」

 ブリッドはしゅんりを離さまいと腕を強く握った。

 絶対に離すもんか!

「それでも恩返しがしたいの。助けてもらったこの命で一人でもいいから助けたい。お願いブリッドリーダー、こんな私を許して」

 決意を決めた真剣な顔で真っ直ぐに見られてブリッドは力を込めていた手から力が抜けていき、スルッとしゅんりの手を振り解いた。

「しゅんり、俺は……」

 お前のことをずっと思い続けてやってきたんだぞ。

 自身の思いを告げようとしたブリッドの言葉を遮るようにしゅんりは「実は私、ブリッドリーダーのこと好きだったんだー」と、照れたように笑いながら告白をした。

「え……?」

 両思いであると知って喜んだのも束の間、「好きだった」と、過去形であることにブリッドはすぐに気付いた。

「でも失恋しちゃったなあ。あんな綺麗な彼女がいるなんて知ったら敵わないや。でもおっぱいは私の勝ちだね」

 悪戯っ子な顔をし、胸を強調させて腕を組むしゅんりにブリッドはコホンと咳払いをしながら赤く染まった頬を隠すように顔を逸らした。

 その時、しゅんりがアサランド国に向かう為に乗る電車がやって来た。

「ブリッドリーダー。いやブリッド補佐、好きでした。お幸せに」

 悲哀に満ちた笑顔でそう別れを告げられてブリッドは何も言い返すことができず、その場で頷くことしか出来なかった。

 しゅんりは今の思い人である翔には何も言わず、ブリッドに見送られながらアサランド国へと出発するのだった——。


 

 

 

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