二章 リセット

第1話

 目の前で死んでいく父親に驚いて動けずにいるサムに男は「この悪魔の息子めっ!」と、叫びながら襲いかかってきた。

 殺される……!

 恐怖で体が震えて動けずにいるサムへと魔の手が近付いたその時、目の前で男が細かく切り刻まれて血を噴き出し、サムへとボタボタと血が降り注いだ。

「ハア、ハア……。マニアワナカッタか……」

 男の肉片が地面にどちゃどちゃと散らばった後、姿を現したのはデロデロだった。

 サムはフラフラとした足取りでぐちゃぐちゃと男だったモノを踏みながら、腹に風穴を開けられて倒れる父親に近付いて膝をつき、その肩を揺すった。

「父ちゃん、帰ろう?」

 クチャクチャと血の音が鳴るだけで父親から返答はなかった。でも、サムは父親の体を揺すり続けた。

「ねえ、家に帰って晩御飯を食べようよ」

 父ちゃんのご飯、美味しくも不味くもないけど、俺は好きだよ。

「お風呂入って、テレビ見ようよ」

 今日は父ちゃんが好きなバラエティ番組がある日だよ。

「それでその後はオセロしようよ」

 今日こそ俺が勝つんだから。

「ねえ、父ちゃん……。お願いだから返事してよ……!」

 いつもみたいに「ん? どうした?」って言って頭を撫でてよ!

 サムは周りで騒ぐ大人達を無視してその場で大声で泣いた。

 なんで、なんで父ちゃんが死ななきゃいけないんだよ!

「サム!」

 パンッと手を叩く音に気付いてサムは目の前にいるデロデロを見た。

「オチツケ。とりあえずオチツクンダ」

 デロデロも落ち着いたとしてどうしたらいいのか分からないが、とりあえずサムを落ち着かせようと声をかけた。

「落ち着けって? 無理に決まってんだろ! また父ちゃんが死んだ! しかも四年も早まったんだぞ⁉︎」

 なんで父ちゃんばっかり!

 そう思ってサムはふとある考えに辿り着いた。

「ああ、俺がいるからか……」

 俺が生まれてこなきゃ、母ちゃんが父ちゃんが喧嘩してザルベーグ国と合併なんて馬鹿げたこと言い出さなかった。

「俺なんて、生まれてこなきゃ良かったんだ……」

 そう気付いてサムは唇を噛んだ。

 俺なんて生まれて来なければ……!

「ほう。ならその運命を変えるか?」

「へ……?」

 サムは聞いたことある声より、少しだけ低い女の声が聞こえてきて顔を上げた。

「だから運命を変えるか?」

 デロデロから流暢な女の声が発されたことに驚きつつ、サムは思わず頷いた。

「なら、代償を頂くぜ」

 代償ってなに?

 そう聞く暇もなく、サムはガブッという音共に真っ暗闇に包まれたのだった——。

 

 

 

 真っ黒な暗闇の中、サムはふわふわと漂っている感覚がした。

 ここは何処だ。

 入り口も出口もないただの空間。

 周りを見渡したその時、カツカツとヒールを鳴らして歩く足音が聞こえてサムは振り返った。

 そこには黒のコートを着用した桃色髪をボサボサと腰辺りまで伸ばし顔の右側に火傷跡が目立つ女性がいた。

 身なりは違うが、さっき会った母親にその女性はそっくりだった。

「か、母ちゃん……?」

「ああん? あのバカと一緒すんなクソガキ」

 そう言って女性はサムの尻を乱暴に蹴ってその場に膝をつかせた。

「いいか? ここではあたしが主導権を握ってる。発言する時も願いたいことがある時、必ず跪いて懇願することだな」

 ニヤッといやらしく見下ろしてくる女性にサムは顔を青ざめた。

 見た目が一緒でも性格が全く違う!

「こら、バーン! 手荒にスンジャネエ!」

 デロデロはそう言って女性とサムの間に浮遊してサムを守るように手を広げた。

「ああん、やんのか化け物。あたしのあの力無くして、てめえの可愛い可愛いサムちゃんの望みは叶えてやれねえぞ?」

 右足を高く上げてデロデロをヒールで踏みつけ始める女性にサムは「やめろ!」と、言ってデロデロを助けてその胸に抱きしめた。

「デロデロに手を出すな!」

「ほお、消えてえみたいだな」

 そう言って女性がパチンと指を鳴らすとサムの姿が少しずつ透明になってきた。

「な、なにこれ⁉︎」

「ヤメロ、バーン! サムを消すナ!」

 俺を消す⁉︎

 どう言うことかと思ったサムの前でデロデロはその小さな体を折って顔を下げ、「オネガイシマスッ!」と、声を上げてお願いした。

「……ふーん。まあ、今回は許してやる。だが、次はねえからな」

 パンパンと女性が手を叩くとサムの透明な部分は無くなり、元の姿になった。

 ホッと胸を撫で下ろすデロデロにサムは心の中でお礼を言ってから恐る恐ると目の前にいる女性を見た。

 いや、どう見ても母ちゃん……。

 サムの視線に気が付き、顔を向けてきた女性から逃げるようにサムはサッと顔を俯かせた。

「で? どうしたいんだ?」

 女性はパチンと指を鳴らし、真っ暗空間の中に絵本とか出てきそうな王様が座るような立派な椅子を出現させてそこに足を組んで座った。

「どうしたい……?」

「はあ? クソガキ、ドブネズミが死んだのはてめえが生まれてきたからとか言ってただろ? どうやってやり直すんだ?」

 そんなこと俺に言われても……。

 しかもドブネズミって父ちゃんのことか?

 そう思いながら困った顔で見てきたサムに女性は「まずは説明しないといけないのか?」と、溜め息を吐いた。

「おら、化け物。スクリーンを出せ」

「ケッ。ヒト使いのアライ……」

 そうブツブツと文句言いながらデロデロは口を大きく開けてそこから光を飛ばし、真っ暗な空間の中に映像を流し始めた。

「まずは自己紹介からだな。あたしはバーン。てめえの母親と同じ人物だがあいつではない。ここまでいいか?」

「いやあ……。まあ良くないけど、いいです」

 サムのその返事に顔を顰めつつもバーンは話を進めた。

「まずはあたしの生涯でも見れば分かる」

 バーンはそう言ってから指を鳴らし、サムの分の質素なパイプ椅子を用意してから自身の生涯を観覧させることにしたのだった——。

 

 

 

 

 

 とあるマンションの一室で右半身に火傷痕を残した女は長い髪と豊満は胸を揺らしながら男の上に跨っていた。

「うっ……!」

 男はそう喘ぎ声を漏らしたのを合図に絶頂を迎え、女も「いっ、ああっ……!」と、喘ぎながら同じく絶頂を迎えるのだった——。

「ほら、これが今回の紹介人だ」

「師匠、助かるわ」

 火傷跡の目立つ女、バーンはタバコを咥えながら師匠であるブラッド・リードンから暗殺部に頼まれていた情報を得るために同じ情報屋である男を紹介してもらった。

「こいつもチョロそう?」

「いや、寝ても情報をそんな簡単に教えないと思うぞ」

 バーンの隣で迷惑そうにタバコの煙を手で払うブラッドの返答に「ふーん、だっる」と、言ってからバーンは服を着始めた。

「もう行くのか?」

 ヤッてすぐ行くとかムードねえな。

 内心そう思いながらバーンの着替えをブラッドは眺めていた。

「師匠、あんまジロジロ見るなよ」

 着替えをジッと見られて良い気分がしないと思いながらバーンは体全てを隠すようにコートを着て黒の皮の手袋をし、前髪で右側の顔を隠した。

「早く済ませて金を稼いでくるよ。マオが新しいパソコンがあればとかなんとか呟いてたしな」

「おーおー、貢ぐなあ」

「嫌な言い方すんなよ。情報源はあった方がいいし、あたしのせいでマオはこんな所に来たんだ」

 金を稼ぐぐらいしかあたしはできないしな。

 バーンは顔を暗くしながらブラッドに「じゃあ」と、挨拶して早々に部屋から出た。

 バーン、しゅんりは五年前にこのアサランド国に初めて足を踏み入れた。

 タレンティポリスとして任務で来ており、ブルースホテルで敵であるエアオールベルングズを一掃する予定だった。

 しかし、それは敵からあえてばら撒かれた情報であり、まんまとしゅんり達はそこに集められてこちらが一掃されそうになった。

 敵が用意した爆弾を空高く飛ばして処理したしゅんりはたくさんの人間の注目の的になり、右半身に大火傷を負ったまま人間から逃げようとハングライダーで飛び立とうとした。

 人間に異能者だとバレたら異能者の行くつく先は容易に想像がつく。

 最悪は死が待つだろう。

 その時、マオがしゅんりを制止した。

「どこに⁉︎ そんな怪我でダメだよ! とりあえずオリビアさんの所へ行こうよ。僕が、僕がしゅんりを守るから!」

 マオは飛び立とうするしゅんりを後ろから引き留めるため抱きしめた。

「マオ……」

 しゅんりは決意が揺らぎそうになった時、こちらへ向かってくるパトカーとヘリコプターの音に気が付いた。

「ダメだ、マオもバレてしまう……」

「しゅんり、行かないでっ!」

 しゅんりがマオの制止を振り払えずにその場から動けずにいたその時、二人の頭上にヘリコプターがやってきて、ガチャっと銃が構えられた。

 殺される、せめてマオだけでも!

 しゅんりがマオを庇うように抱きしめて全身を硬化させた時、二人の前にとある人物がハングライダーに乗ってやってきた。

「お前さんら、早く逃げろっ!」

 二人を救いに来てくれたのはワープ国武強化総括のジャド・ベルナールだった。

 ジャドはヘリコプターが発砲しないように武操化を使用し、他のヘリコプターやパトカーも起動しないよう操作し、そして武強化と武操化を組み合わせて作られたタバコの煙を辺りに漂わせて視界を曇らせた。

「こんなことしたらジャド総括も殺されちゃう!」

「他人の心配する暇なんてねえだろ! しゅんりに坊主、さっさと逃げろ!」

 しゅんりは目からポロポロと涙を流しながらジャドの言う通りにマオと共にハングライダーに乗ってその場から逃げることしか出来なかった。

 それから人間とエアオールベルングズから逃げながら二人は暗殺部へと降格されたジャドと後日合流し、暗殺部が情報屋として雇っているブラッド・リードンを紹介してもらい、弟子にしてもらった。

 それからしゅんりはブラッドや暗殺部にいるメンバーから異能を教わりながら三年で異能を七つ全て会得し、二十一歳となった現在では全てグレード3程の実力を持っていた。

 そしてマオはそんなしゅんりと一緒に暮らしながら武操化を使って怪しい人物いないか探し、見つけたら暗殺部に情報を売っていた。

 それをしゅんりが暗殺部に伝えたり、任務に同行することによって収入を得て二人はここアサランド国で暮らしていた。

 しゅんりは自分達二人を見放した母国のウィンドリン国を恨むこともあれば、感謝もしていた。

 そこにいる全員を守ったのにも関わらずタレンティポリスとして戻ることは許されないものの、自分達を追って殺すこともなく、情報屋として雇うことで手を打ってきていることに不服ながらもしゅんりは受け入れていた。

 しかし、マオはどうだろうか。

 どう考えてもしゅんりのとばっちりを受けただけだ。

 そんなマオにしゅんりはいつも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 少しでも多くお金を稼いでマオに渡さないと。

 自身にできる償い方法はそれしかないと思ってしゅんり、改めバーンは日々自身の体を売って情報を得て、またその情報を暗殺部に売るという生活を送っていた。

 

 

 

 バーンは暗殺部のアジトの扉を三回ノックしてから少し時間を空けて二回ノックした。

 それから扉を開けるとタバコの焼けた痕が目立つ黒の革張りのソファにカルビィンが寝ていた。

「よお、バーン」

「ああ、ドブネズミ」

 火傷痕を残している為、バーンとそう呼んだカルビィンを"ドブネズミ"と呼んだバーンはブラッドに教えてもらった情報屋から伝えられた内容を渡した。

「よくやってくれた」

 そう言ってカルビィンは金庫から金を取り出した。

「まいど」

 バーンが金を受け取ろうとした時、カルビィンは金を持った手を上げてバーンに素直に金を渡さず、ニヤニヤとした笑顔を向けてきた。

「何の真似だ、ドブネズミ」

 眉を寄せるバーンにカルビィンは「いやあ、今溜まっててさー」と、バーンの体をいやらしい目つきで見てきた。

「ええ、だっる……」

 今日はブラッドと行為に及んだ後であり、独特の気怠さを残したままのバーンはカルビィンとの行為を断ろうとした。

「金追加するよ。これでどうよ」

 先程の情報屋かはきっちりと金を取られたバーンはその額を見て少し悩んだあと、服を脱ぎ始めた。

 こいつのは荒いから嫌いなんだけどな。

 この後ある行為にバーンは「早く終わらせろよな」と、お願いしてからそのままカルビィンに身を任せるのだった——。

「いやあ、てめえとのはいいねえ」

 満足気にそういうカルビィンを睨みながら痛む腰を摩ったバーンはタバコの煙を吐いた。

「これがなきゃもっといいのにねえ」

 そう言いながらカルビィンはバーンの右半身に残る痛々しい火傷痕を指でなぞった。

「これ以上触るなら追加料金取るぞ、自己満足野郎」

 好きで体に傷跡があるわけではないと苛立ったバーンはカルビィンの手を叩いた。

「ケチ。つか金でてめえを買ったんだ、自己満足でいいだろう?」

「フンッ、下手くそ」

「んだと、このビッチ!」

 わーわーと騒ぐカルビィンを無視してバーンは服を着用し、髪で右側の顔を隠してマオが待つ自宅へと帰路に着いた。

「マオ、ただいま」

「おかえり、しゅんり」

 マオはパソコンから目を離してしゅんりに目を向けた。

「これで新しいパソコンのお金足りるかな?」

 そう言ってバーンはコートの内ポケットから本日稼いだ金をマオに渡した。

「一日でこんなに稼いだの⁉︎ また無茶したんじゃないの⁉︎」

「してない、してない。大丈夫、今日は戦闘なんてなかったから」

 度々大怪我で帰ってくるバーンにマオは顔を青ざめて心配した。バーンはそれを否定し、なんとかマオを安心させようとした。

「それならいいけど……。ん?」

 そう言いかけてマオはクンクンと鼻を吸ってから顔を顰めてバーンを睨んだ。

「ど、どしたの?」

 まさか師匠とドブネズミの匂いがしたか?

 一応香水を振ってきたのだが、匂い消しを失敗したかと焦るバーンにマオは「いや、なんでもない……」と、素気なく言ってからパソコンの画面に目を戻した。

 ふう。

 バーンは心の中で息を吐き、シャワーを浴びてその日は早々に寝ることにした。

 マオはバーンが体を売ってることを薄々気付いていたが、あえてそれを口にしてなかったし、そのことにバーンは感謝していた。

 そりゃ友達が体を売ってるなんていい気持ちしないよな。

 出来るだけマオに心配をかけないように。

 それを心がけてバーンは早朝にはブラッドの元に再び向かうのだった。

 そんな日々がずっと続くものだと思ってた時、マオの誕生日にバーンがケーキと少し良いお肉とお金を渡した時、マオはポロポロと涙を流し始めた。

 幼馴染であり、マオが幼少期はよく泣いていたのを見た事があるバーンであったが、大人になってからマオが泣くのを初めて見たバーンはどうしたのかとマオに尋ねた。

「ご、ごめん。ケーキが嫌だった? お肉が嫌だった? それともお金が足りなかった?」

 今日の為にバーンはいつもより情報を暗殺部に売り、自身も身売りしてきた。

 何が悪かったのかと聞いてくるバーンにマオは怒った顔をしながらバーンの肩を押して壁に押しやった。

 この数年で同じ身長だったマオはバーンより高くなり、自身より真下にあるバーンの顔を睨んだ。

「僕はお金なんかよりもしゅんりの方が大事なんだ! もう、体を売るなんてことやめてよ!」

「マオ……」

 それは暗黙のルールだったのに。

 お互いそれは言ってはいけないと勝手に決めていたルール。それを破ったマオはバーンにもう体を売らないように願った。

「で、でも、あたし、お金を稼ぐぐらいしかマオに償えない……」

「いつ僕が償ってなんてこと言った⁉︎ 僕はしゅんりのせいでなんて思ったことなんて一度もないよ!」

 マオの言葉にバーンは目を見開いた。

「むしろ良かったと思ってる。あの時、しゅんりを一人にしないで良かったって」

 マオはこの生活に後悔はしてなかった。

 それより怖いのはあの時しゅんりを一人にしてたら人間や敵のエアオールベルングズ、もしくは味方であったはずのタレンティポリスに殺されていたかもしれないということだった。

「僕はしゅんりと二人で貧乏でもずっと一緒に過ごせたらいいんだ」

 マオはそう言って手の甲でバーンの頬を優しく撫でた。

「あっ、マオ、ちょ……」

 バーンは顔を紅潮させながら戸惑いながら目を泳がせた。

 こんなのまるで好きだって言われてるみたいで……。

「誕生日プレゼントなんていらない。しゅんりだけいて」

「待って、マオ。少し、離れて……」

 右腕を前に出してマオの胸に手をやる。力を込めればマオなんて倍力化のあるバーンからしたらすぐに離れるはず。なのにバーンは手が震えて力が入らなかった。

「やだ。しゅんり、顔を見せて」

 力の入らずに震えるバーンの右腕を掴み、マオは反対の手でいつもバーンが顔を隠す髪を耳にかけた。

「しゅんり、綺麗だよ」

「やだ、こんな汚い傷だらけの顔……」

 こんな醜い自分なんてまともに誰にも愛されるわけない。

 そう諦め半分で今までバーンは体を売ってきていた。

 そんな顔を綺麗だなんて……。

 もともと泣き虫だったバーンだったが、情報屋になってから一度も泣いてこなかった。

 それなのに、なんでこんな泣きそうになってんだよ。

 それはこんな顔になってから綺麗だと初めて言われたからなのか、それとも実は好きになっていたマオと心を通わせれたからなのか。

 どうしよう、心の底から歓喜してる。

 今まで生きてきて一番、幸せかもしれない。

 ドキドキと高鳴る胸の音をお互い奏でながらどちらかとなく顔をゆっくりと近付けていった。

 お互いの唇が重ね合った時、バーンは目の端から涙を一筋流した。

 ……ああ、幸せだ。

 触れ合うだけの口付けの後、バーンは服を脱ごうとした。

「待って」

 そう言ってマオはバーンの手を止めた。

「え……」

 それはこんな汚れた私とはしたくないということ?

 悲しそうな顔をするバーンにマオはその額にちゅっと唇を当ててそのまま優しく抱きしめた。

「ゆっくりでいいんだ。そんな事したくてしゅんりに思いを伝えたわけじゃない」

「うん……」

 嬉しい。

 マオへの抱負を味わいながらバーンはマオとそのままベッドの上で添い寝をして一晩明かした。

 

 

 

 そんな幸せな夜を過ごした日からバーンは体を売る事をやめた。

 断る度に今までバーンを言いように使ってきた男達は嫌な顔をしたが、こちらが提示した情報とバーンのもともとある強さを見せつければ納得させれた。

 しかし、ある人物だけはそれに納得してくれなかった。

「はあ? もう俺とやらない?」

 ブラッドは路地裏で情報のやり取りをしにきたバーンにそう返事した。

「おう。でも師匠は他にも女いるから困らねえだろ?」

 ブラッドを師としても尊敬し、信用していたバーンは一言「ああ、分かった」と、言ってくれるだろうと勝手に思っていた。

 しかし、ブラッドは怒った顔をしながらバーンをビルの壁に押し付けた。

「え、痛い。なに……、んんんっ⁉︎」

 抗議しようとしたその時、バーンはガンッと頭を壁に押し付けられながら無理矢理にブラッドにキスされていた。

 舌まで入れてきたブラッドにバーンは両手を突き出してその口付けから逃げた。

「急になにしやがんだっ!」

「急なのはそっちだろ? もう俺とやんねえってなんだよ」

「そのまんまだよ!」

 体だけの関係だったのになんでそんな感情的になるのだと疑問に思うバーンにブラッドは魅惑化を使用して逃げないようにと命じた。

「それは卑怯だろ……!」

 バーンはその場に座り込み、欲情して荒くなく息を吐きながら見下ろしてくるブラッドを睨みつけた。

「なんとでも」

 ブラッドはそう言ってのけてからバーンの頬を撫でた。それからゆっくりと手は首へと降りて、そのままバーンの胸倉を掴んで顔を上に向かせ、再び無理矢理にキスをした。

「んんっ! やっ……!」

 バーンは自分のフェロモンを出してブラッドからの魅惑化による拘束を解こうとした。しかし、魅惑化の達人によるブラッドからの拘束など解けるわけなく、そのままキスは深くなっていくだけだった。

 ブラッドははあはあと息荒くしながらバーンから口を離し、「絶対に離さない」と、断言した。

「あれか、マオか?」

「な、なんで……」

 マオに好意があるなど一度も伝えたことないのに。

 なんでだとブラッドにそう質問したバーンにブラッドは辛そうに顔を歪めた。

 なんでそんな顔をするんだ?

「お前がマオに罪悪感を感じて他の奴とするなら許した。だが、感情ありきなら許さねえ」

「そんなのあたしの勝手じゃんか……。なんで師匠の許しがいるの?」

「お前、本気で言ってんのか?」

 ブラッドはそう言ってバーンの頬を手で包むように触れた。

「俺がお前に惚れている以外あるのか?」

 予想外の言葉にバーンは目を見開いた。

「能力無しで抱いた女はお前だけだ、バーン」

 ブラッドはそう思いを伝えた後、戸惑うバーンを無視して抱きしめた。

「マオとはヤッたのか?」

「やって、ないけど……」

 そう返事したバーンにブラッドは安心したように息を吐き、そして体を離してバーンに微笑みかけた。

「よかった」

 そう言ってからブラッドは魅惑化のフェロモンの香りを強めた。

「このまま、お前を飼う。付いて来い」

 ここまで操作されてはもう逆らえない……。

 そう覚悟した時、近くで女性の悲鳴が聞こえた。その瞬間、ブラッドの魅惑化の能力が弱まったのをバーンは見落とすことなく、自力で解除した。

「なっ、バーン!」

「悪い、師匠。あんたのこと好きだが、そういう好きじゃないんだ」

 本当に申し訳ないと謝るバーンに諦めたのかブラッドはそのまま走り去るバーンを止めることはもうしなかった。

 

 

 

 バーンはとりあえずマオのところに戻ろうと走り出して裏路地の角を曲がったその時、悲鳴の原因である女性が見るも無惨な姿で亡くなっているのを見つけた。

 エアオールベルングズの仕業か?

 バーンは鼻だけ犬に獣化し、周囲の匂いを嗅ぐと花の香りに気付いた。

 花だと?

 こんなジメジメとした裏路地に花なんて咲くわけない。

 そう気付いた時には遅く、バーンは腹をある物で貫かれていた。

 ちくしょう、師匠のせいで体が万全じゃねえ……!

 ブラッドのフェロモンによって侵されたバーンの体は万全に戻っておらず、いつものように上手く立ち回れていなかった。

 自身の腹から出た植物のツルを見ながらバーンは育緑化の仕業かと考えながらそのツルを引きちぎり、療治化を使用して治そうとした。

「ガハガハッ! チだ! チを出してやがる。ウマソウだなあ」

 そう言って下品に笑う声を聞いてバーンが顔を上げると、そこには小人がいたのだが、顔を引き攣らせる程に醜い姿だった。

。喰え」

「え……」

 一瞬の隙も逃さずに育緑化のガリガリに痩せ細った男は小人に命令をし、バーンを丸呑みさせた。

 ガブッという音と共に気付いたらバーンは真っ暗な暗闇の中にいた。

「な、なんだ⁉︎」

 バーンがそう困惑して周りを見渡すと、サラサラと足元から水が流れる音がした。

 足元へ目をやると、そこには川の水が流れるかのように幾つも枝分かれした白く光る道筋が現れた。

「ああ、やり直せるってことか……」

 瞬時にバーンは今の状況を理解した。

 それと同時にバーンを飲み込んだ化け物じみた強さを持つ小人は自身の体の異変に気付いた。

「ンン⁉︎」

 ナンダ、この感覚ハ!

 今まで主人の命令で幾つもの異能者や人間を食べてきた小人はその度に魂を体内に保管することなくすぐに浄化してきた。しかし、今飲み込んだ女は消えることなく自身の腹の中に居座り、体の中からその女の力強いエネルギーを感じた。

 それは幾つもの魂を食らった小人と七つの異能を持つバーンが合わさって起きた化学反応のようなものだった。

 バーンは不思議な力に吸い寄せられて白い道筋を一歩進んだが、すぐに通行止めだと言わんばかりに足が動かなくなった。

「ほお、代償という名の通行料がいると」

 どうしようかと考えてバーンは小人の体を本能的に乗っ取り、目の前にいるガリガリに痩せた男を見てニヤッと笑った。

「おい、どうした」

 いつもと違う小人の様子に心配したのか、声をかけた育緑化の男にバーンは小人の体を使って言葉を発した。

「おい、てめえ。よくもあたしを喰ってくれたな」

 まずてめえだ。

 バーンは小人の体を使って男を丸呑みし、その魂を代償として一回目の人生をやり直すことにした。

「次はマオに迷惑かけない人生にしないとな」

 バーンはそう呟いてからリセットされた次の人生へと向かったのだった——。

 

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