第3話

 突然現れたレジイナ・セルッティ大統領に抱きしめられたサムはその後、訳も分からないまま手を引かれてアドルフ・ディアスという男の運転する車に乗せられた。そしてそばかすの兄ちゃん、ウィルグル・ローハンと共にチーコ町で一番高級なホテルへと四人は向かった。

 とある部屋に案内されるとそこにはザルベーグ国の大統領であるエドワード・フォルス大統領とサムの父親であるカルビィン・ロスが大きなテーブルの前に設置されているソファに座っていた。

「サム!」

「父ちゃん!」

 サムはレジイナに繋がされていた手を振り払って父親であるカルビィンに抱きついた。

「怪我はないか⁉︎」

「俺はないよ! 父ちゃんは大丈夫⁉︎」

 お互いの無事を確認した後、再び抱きしめ合う様子を見たレジイナは拗ねたような顔をしながらウィルグルを見た。

「そんな顔しても俺にはどうにでもできねえよ。それにてめえのせいでこんな大事になったってこと分かってんのか?」

 そう言ってウィルグルはレジイナの頭に手刀を落とした。

「あでっ」

 わざと痛がるフリをしたレジイナをアドルフは「レジイナお嬢様、大丈夫ですか⁉︎」と、本気で心配し始めた。

「セルッティ大統領。あんたらの再会に水を差すのは忍びないが、私も暇ではない。さっさと話をしようではないか」

 一人掛けのソファに座り、敵意剥き出しに睨んでくるエドワード大統領にレジイナは「へいへい」と、ふざけた返事をしながら向かいにある一人掛けのソファにドカッと腰を掛け、その後ろにアドルフが立った。

 サムはそれを目で追ってから「と、父ちゃん……」と、声を震わせながらカルビィンに声をかけた。

「俺の母親って、まさかこの人なの……?」

 震える声で質問してきた息子にカルビィンは「実はそうなんだ……」と、消え入りそうな声で返事した。

 サムは自身の桃色の髪を触りながらソファに足を組んで座るレジイナをマジマジと見た。

 目鼻立ちハッキリとしつつもあどけなさを残す顔つきをし、ぷっくらとした唇は大人の女性らしい色気さがあった。そして豊満な胸と柔らかそうな大腿を大胆に曝け出したスカートタイプのスーツを着こなし、眼鏡をかけるレジイナの見た目は子供であるサムでも頬を赤らめてしまう程の魅力があった。

 そんなレジイナを見てカルビィンも同じく頬を少し赤らめ、わざとらしく咳払いをしてから三人が余裕で座れるだろうソファに座った。

 そしてその左横にサムが座り、サムを挟むようにまたその横にウィルグルが座った。

 全員が席に着くのを待っていたエドワード大統領が口を開き、「では、今回の本題について……」と、喋り始めたのを被すようにレジイナが不満気な顔をしながらカルビィンに話しかけた。

「ねえ、カルビィン。もしかして私のことサムに一切話してなかったの?」

 まるで初めて母親に会ったかのような反応をするサムにレジイナはなんでこんな余所余所しいのかと先程から疑問に思っていた。

 確かにサムが赤ん坊の時から会ってなかったけど、時々手紙を送ってたのに。

 そう思ってからレジイナは「まさか手紙も渡してないの⁉︎」と、声を上げた。

「てめえのことを教えるわけもねえし、手紙を渡すわけねえだろうが、この浮気者!」

 レジイナをビシッと指を差してそう言った父親にサムは「今、そんな話してる場合じゃ……」と、話を中断されて怒るエドワード大統領をチラチラと見ながら話を元に戻そうとした。

「浮気なんてしてないっ! カルビィン以外の男と私、寝てないもんっ!」

「お前なあ! 子供の前でなんて事言うんだ、バカッ!」

「バカっていう奴がバカなんですー。バーカ!」

 舌を出してベロベロバーとカルビィンをバカにする自身の母親を見ながらサムは余りのショックに両手で顔を覆った。

 俺の母親、こんな幼稚な人だったの……?

「ふう、仕方ない。では、私とカルビィンの馴れ初めからサムに聞かせてあげよう」

 そう言ってレジイナはエドワード大統領の制止を無視して昔話を話し始めた——。

 

 

 

 レジイナがアドルフ率いるエアオールベルングズの集団に攫われそうになったあの日。

 暗殺部全員で砂漠地帯で激戦を繰り広げていた時、レジイナは一度死にかけた。

 不思議な眩い光に包まれて奇跡的な回復を成したレジイナ達の元に再び敵が襲いかかって来たその時、カルビィンはこちらに救済に向かってくるウィンドリン国のタレンティポリスであるブリッド・オーリンが向かってくるのをネズミから伝達された。

 奴が来たということはレジイナを保護しに来たのだろう。

 それでもいい。

 だが、本当は行って欲しくない。

「レジイナ!」

 カルビィンはレジイナを真剣な目で見つめて名を呼ぶ。

 戦闘不能になったジャドとレジイナを守りながら戦うウィルグルの側でカルビィンはレジイナだけを見つめた。

「俺と一緒にザルベーグ国に来い。お前を一生守ってやる。それにお前が望むなら俺は地獄にでも付いて行ってやる!」

 一世一代の告白。

 レジイナは目からポロポロと涙を流しながらふらふらとする体に鼓舞を入れてカルビィンの元に走り寄った。

 そんなレジイナの腕を引いてカルビィンは強く抱きしめ、レジイナの後頭部に手を添えてそのまま口付けを落とした。

 大好きだ、愛してる。

 声に出さずに唇に思いを乗せて何度も口付けを繰り返す。

 近くで同じく戦闘に加担していた小人であるトゲトゲは二人の周りに色とりどりの鮮やから花を咲かして敵から守った。

 まるでそれは二人を祝福するようだった——。

「本当にあんときはマジでぶっ殺してやろうかと思ったわ。こっちが死ぬ気で戦ってんのに目の前で堂々とキスするんだぜ?」

 ウィルグルはレジイナの話を聞きながらあの時の事を思い出し、キッとカルビィンとレジイナの二人を睨んだ。

 隣にいる息子にそんなエピソードを話されて気まずそうな顔をするカルビィンとは反対にレジイナはあっけらんかとした顔でウィルグルに話しかけた。

「まあまあ、そう怒りなさんな。話はまだ続くんだから」

 そう言ってからレジイナは話を続けた。

 その後、レジイナは体から湧き出るナニかに気が付いた。そして本能にしたがってレジイナはあるモノを体から噴射した。

「この甘い香り……。まさか魅惑化か⁉︎」

 レジイナは命の危機を感じ、そしてカルビィンからのキスをきっかけに魅惑化の能力を開花したのだった。

 広範囲に広がったフェロモンにアドルフ以外の敵が戦闘不能になったその時、マンホールから出てきたブリッド・オーリンが戦闘に加担した。

「俺と協力しろ!」

「分かった!」

 トゲトゲの咲かす花の香りで魅惑化にかからずに済んだカルビィンとブリッドはタッグを組んで強敵であるアドルフに挑んだ。

 初めて一緒に協力したとは思えない程の連携でアドルフを着実に追い込んでいった。

「ガッ!」

「オーリン、押さえとけ!」

 アドルフを地面に押さえつけたカルビィンはそう言い、ポケットからジャドからもしもの時の為にと貰っていた薬液を取り出した。

 その蓋を外して蚊に吸わせ、アドルフを刺して薬液を流し入れるようにカルビィンは指示した。

「なんて酷い……」

 蚊特有の腫れと痒みを伴い、薬液の中身である鎮静剤を打たれて意識朦朧に苦しむアドルフを見ながらウィルグルは敵でありながらも同情したのだった——。

「ああ、あの時のこと思い出すと体が熱くなるわっ! 惚れた男二人が私を守る為に戦ってくれてるの見て興奮したのをよく覚えてるわ」

 乙女の顔になって両手で頬を包み、うっとりとした顔をしたレジイナにカルビィンとウィルグルは呆れたように溜め息を吐いた。

「ケッ。どうせ俺はあいつの代わりだよ」

 カルビィンは少し遅ければブリッドにレジイナが取られていたのではないかと何度も思うことがあった。

 どうせ、俺なんて。

「あれれ? 嫉妬? カルビィン、かーわーいーいー」

 そんなカルビィンに満足気な顔をしたレジイナは「世界一愛してる男はあんただけよ、カルビィン」と、ウィンクした。

「あのー……。ここに息子いるんですが?」

 デレデレとする母親と案外悪くなさそうな顔をする父親に気まずそうな顔をしながら息子であるサムが手をあげた。

「大丈夫よ。世界一愛してる息子はあなただけよ、サム」

 にっこりと微笑む母親にサムは「いや、あの……」と、言いかけてやめた。

「んでね、それからサムをすぐに授かったってわけ。それと同時並行にアドルフから真実を聞いて、アサランド国から四大国に訴えて全世界巻き込んで戦争を終わらせたってわけ」

 なんか馴れ初めだけ詳しく話し、他を適当にまとめた母親に眉を寄せたサムのためにアドルフはレジイナの代わりに咳払いをしてから説明をし始めた。

 レジイナの父親であるサミュエル・セルッティはエアオールベルングズという組織の創設者であり、表立ってなかったがアサランド国を統治する人物だった。

 もともとアサランド国というのは人間より出生率の低い異能者の為に作られた国であり、四大国がいいように利用して放置されていた土地であった。

 それをサミュエル・セルッティは天性の強さを持って統治し、少しずつ国としての機能をもたらせていた。

 しかし、異能者の避難場所としても機能させ、かつ四大国との利害の一致を継続させるためにサミュエル・セルッティはあえて大統領として就任するわけではなく、エアオールベルングズという組織をわざわざ創設し、当初はアサランド国にいる異能者が四大国に被害を出さないよう纏めていた。

 少しずつ平穏な日々をすごせるようになってきたアサランド国でレジイナが五歳の誕生日の日に事件は起こった。

 裏切り者がでてきて、同じ信念を持った者達と一緒にサミュエル・セルッティと妻のエラをレジイナの目の前で殺したのだ。

 裏切り者は四大国の要求を飲み、アサランド国を秩序ある国として機能することを反対していた半端者であった。その後エアオールベルングズは四大国に被害を及ぼす者が集まる集団へと変わり果てていった。

 それを修復し、かつエアオールベルングズの創設者の娘であるレジイナを守るために四大国の大統領が協力し、ウィンドリン国にレジイナを避難させたのだった。

 その後、すくすくと育ったレジイナはウィンドリン国にある警察組織、タレンティポリスとして活躍していった。

 アドルフとの戦闘後にその事実を知り、かつアドルフが無理矢理に安全地帯であるウィンドリンにレジイナを帰そうと戦闘を開始したことを知ったレジイナはウィンドリン国にいる仲間と協力してこの事実を全世界に開示したのだ。

「その最中にサムを妊娠、出産したりと忙しい日々を過ごしてた時、こいつらがとんでもないことを言い出したのよね」

 そう言ってレジイナは向かいに座るエドワード大統領を睨んだ。

「ふんっ」

 鼻で笑ってレジイナを睨み返すエドワード大統領に「この殺戮者がっ……!」と、レジイナは狼の牙を出して唸った。

「レジイナお嬢様、正しくは殺戮未遂です」

「殺戮者ってどういうこと?」

 急にピリピリし始めた空気にサムは隣にいる父親であるカルビィンの服の裾を引っ張って質問した。

 カルビィンが答える前にレジイナが口を開き、エドワード大統領を指差した。

「エアオールベルングズ全員を抹殺せよと、こいつらが命令したのよ」

 レジイナはあの時のことを思い出しながらサムに説明した。

 敵から隠れながらジャドとカルビィン、ウィルグルに囲まれながらのサムを出産し、戦争終了を訴えながらの子育てに加えてバタバタとしてた日々も落ち着いてきたある日。

 ザルベーグ国でレジイナとカルビィンが入籍してすぐ、ザルベーグ国、ワープ国、チェング国の三国がエアオールベルングズ全員抹殺するよう命じたのだった。

「エアオールベルングズの大半は裏切り者からになる輩が大半だったけど、徐々に組織として戻ってきてアドルフがアサランド国で機能させてきたのにまた戦争を起こそうとしたのよ。だから私がウィンドリン国の大統領であるジョニーと協力してそれを阻止するために大統領になったの」

 今にも目の前にいるエドワード大統領に噛み付かんばかりの目をする母親に恐怖するサムの肩をカルビィンはグッと抱きしめ、「大丈夫だ、大丈夫」と、小声で話しかけた。

「あの時のことは悪かったと思う。だが、それは撤廃しただろう」

「でも、私の可愛い部下を皆殺ししようとしたのは変わりない」

 緊迫した雰囲気の中、サムは恐る恐るレジイナに質問した。

「だからザルベーグ国とアサランド国が仲が悪いの?」

 サムからの質問にレジイナは「いや? 今回こんな状態になってるのは別問題よ」と、返事した。

「息子君、よく言ってくれた。そう、それが今回の本題なんだ」

 ホッとした顔をしたエドワード大統領にウィルグルが同情した後、ふと「あれ、じゃあ何で揉めてるんだ?」と、疑問を口にした。

「俺もその事で揉めてると思ってた」

「もしそうならワープ国とチェング国とも揉めてるでしょ?」

 レジイナの言葉に確かにと思い、更に質問しようとしたウィルグルを遮るようにカルビィンが「そ、そういえば!」と、声を上げた。

「どうしたの、カルビィン」

 いきなり声を上げたカルビィンに首を傾げたレジイナにカルビィンは「えーと、そのだ、あのだな」と、質問内容を今考えているかのように口籠もり始めた。

 何も言うことないなら黙っててよ。

 そう思ってレジイナが口を開きかけた時、カルビィンが「お前、目悪くないのになんでメガネかけてんだよ」と、どうでもいい質問をしてきた。

 そんなカルビィンからの質問にレジイナは一瞬キョトンとしてからニヤッと笑ってメガネに手をやった。

「だって、メガネしてたら偉い人に見えるでしょ?」

 なんの恥ずかし気もなくそう言ってきたレジイナにサムは顔を両手で覆った。

「こんなバカな奴が俺の母親なんて認めたくない……」

 そう絶望感にひしがれる息子なんて気付くことなくレジイナは「ま、実際私めっちゃくちゃくちゃ偉いんだけどね!」と、胸を張ったのだった。

「だーっ! そんなことより! 私はアサランド国との事を話に来たんだ! 昔話にこれ以上付き合ってられんぞ!」

 もう我慢の限界だと声を張り上げたエドワード大統領にレジイナは拗ねたようにぷくうっと頬を膨らました。

「カルビィン君! 君の妻なんだろ⁉︎ 一回、黙らせろ!」

「私の夫を使わないでよ!」

 そう揉め始める二人にカルビィンはテーブルをダンっと叩き、「俺はレジイナの夫じゃねえ!」と、二人に負けじと声を張り上げた。

「いいか、俺とレジイナは六年前に離婚してる! 俺とザルベーグ国で生きていくって決めたのにアサランド国に浮気したお前と俺は婚姻関係にねえ!」

 そう断言した父親にサムは浮気ってそういうことね、と少しホッとした。

「離婚、ねえ?」

 ニヤッと満面の笑みで笑ったレジイナはパチンと指を鳴らしてアドルフにある物を出させた。

「な、なんで離婚届がそこにあるんだよ⁉︎」

 アドルフの手にある物、カルビィンの名前と判だけが押された離婚届を指差してカルビィンは口を開いて驚いた顔をした。

「なんでって、市役所に出してないからあるのよ。喜びなさい、私とカルビィンはまだ婚姻関係よ」

 おーほっほっと、やってやたわと笑う妻にカルビィンは力抜けてドサッとソファに座り込んだ。

「嘘だろ……」

「正式名称はレジイナ・ロスってわけ。てことでカルビィンとサム、アサランド国にいらっしゃい。三人で暮らしましょう」

 なにが"てことで"なんだ?

 サムが母親の無茶苦茶な話に驚く中、カルビィンは「誰が行くかっ!」と、声を上げた。

「俺はここでしなきゃいけないことがあるんだ! アサランド国になんて行かねえ!」

「だからなんでよ! 教えてよ!」

 レジイナもソファから立ち上がってカルビィンに質問した。

「教えねえ! 俺に何の相談もなく、サムの事なんて考えずに大統領なんかになったてめえになんて教えてやらねえからな!」

 カルビィンの言葉にレジイナは傷付いた顔をし、顔を俯かせた。

 確かに何も相談しなかった私が悪い。

 でもあの時、そうしなかったら沢山の人が死んでたんだ。

 言い過ぎたかとカルビィンが頬を軽く掻いたその時、レジイナはバッと顔を上げた。

「だったらアサランド国とザルベーグ国を合併するしかないわね!」

 とんでもない考えを言ったレジイナにサムとウィルグルは同時に「はあ⁉︎」と、声を上げた。

「まさかてめえ。今回の騒動はエアオールベルングズの殺戮とか関係なく、カルビィンとの私情ってことか……?」

 恐る恐る聞いてきたウィルグルにレジイナは「もちろん!」と、腰に手を当てて堂々と頷いた。

「だってカルビィンがこっちに来てくれないなら私の物にしちゃえばいいでしょ?」

 そう言ってから「私ってば頭いいっ!」と、謎の自画自賛をするレジイナの後ろではアドルフが片手で顔を覆ってた。

「そんな理由で合併されてたまるか! カルビィン君、どうにかしてくれ!」

 そりゃエドワード大統領も怒るわけだ。

 息子のサムは自身の母親に呆れ、ソファの背もたれにもたれてずるずると足を投げて座った。

「そんな理由? 重大よ! ザルベーグ国なんて普段から私が入国すること否定するし!」

「んなもん合併するうんぬん言われたら警戒すんの当たり前だろ、バカっ!」

 ウィルグルはソファから立ち上がりながらそうレジイナにそう怒鳴りながら近付き、その頬を思いっきり摘んだ。

「いひゃいよおっ! やめれっ!」

「こんなバカなこと言う口はこれか? これかっ!」

 まるで子供を叱りつけるかのようなウィルグルとそれに抵抗するレジイナに一同が溜め息を吐いたその時、「だから俺たちは危険な目にあってたの?」と、サムが質問した。

「はあ⁉︎ 危険な目ってなによ!」

 頬を摘んでくるウィルグルから逃げるように顔を振ったレジイナはカツカツとサムの前に移動してその場に座り込んだ。

 目の前にある母親の豊満な胸をできるだけ見ないようにしながらサムはこの前変なタトゥーを舌に彫っていた男に襲われたことと、カルビィンが夜に出かけていた事をレジイナに話した。

「おい、サム! そんなことあったなんて俺は聞いてないぞ!」

「私だって知らなかったよ! トゲトゲを貴方達二人を見守るようにしてたのに!」

 そこまで言ってレジイナはハッとした顔をし、サムの近くに浮遊してたトゲトゲを一瞬にして掴んで握りしめた。

「グエッ! ご、ご主人様……、クルチイ……」

「おい、てめえ。なんで私に報告しなかった? なんの為に二人の様子を見させに行かせたか分かってんのか、ああん?」

 間近で母親が凄む顔に怖がるサムのことを気にする余裕がないレジイナにトゲトゲは本気で殺意を感じた。

「ダッテ言ったらご主人様、早まるとオモッテ!」

 トゲトゲはレジイナがアサランド国とザルベーグ国が合併するなどという無茶な方法に賛成していなかった。

 トゲトゲなりに二人の知らないところで二人を狙う敵を始末してきていたのだ。

 しかし、二国間を行き来して常に二人の側にいれないトゲトゲだけでは限界があり、カルビィンがたまに自身達を狙う敵を始末していたのだ。

 この事を知れば強行突破でもしてザルベーグ国との合併を進めると思ってトゲトゲとカルビィンはレジイナに黙っていたのだ。

 しかし、そんなことを知らなかったサムは母親でありアサランド国大統領であるレジイナに全て話してしまったのだ。

「そう……。カルビィン、サム」

 真剣な顔付きになったレジイナはトゲトゲから手を離して目の前のソファに座る二人を抱きしめた。

「ごめんなさい。こんなことなっていたなんて私、知らなかった」

 レジイナに抱きしめられて二人はホッとしつつ、その抱負を心から喜んだ。

 母親、そして妻との抱負を嫌がるわけない。

 そして、事の重大さを分かってくれたならザルベーグ国との合併など馬鹿げたことなどやめてくれる。

 そう思って二人はレジイナの背に手を回そうとした……。

「すぐにザルベーグ国をアサランド国にするわね! そうしたら私が二人をいつでも守ってあげるから!」

 予想の斜め上行く反応に二人が呆気に取られて動けずにいる中、レジイナはすぐに立ち上がって「アドルフ、トゲトゲ! 急いでアサランド国に戻るわよ!」と、嵐のように去って行ってしまった。

「カルビィン君、どうしてくれるんだ……」

 顔を真っ青にしてそう言うエドワード大統領にカルビィンは「本当に、申し訳ないです……」と、謝罪するしか出来ないのだった——。

 

 

 

 その後、ウィルグルは「レジイナを説得してくるからてめえらは家に帰っとけ!」と、レジイナを追いかけて部屋から出て行った。

 そしてげっそりとした顔をしたエドワード大統領が部屋から出て行くのを見届けたカルビィンとサムの二人はとぼとぼと家までの帰路を歩き出した。

 手を引かれながらサムは恐る恐る父親の顔を覗き見た。

 疲労満載の顔でボーっと前を歩く父親にサムはなんでこんな大事になるぐらいなら、なんでアサランド国に行かないのかと疑問に思った。

「ねえ、父ちゃん」

「あー、なんだー」

 力なく返事する父親と繋ぐ手をぎゅっと握り、サムはなんでアサランド国に行かないのかと質問した。

「なんでか、か……。お前はレジイナ、いや母ちゃんとこ行きたいか?」

 逆に質問されたことにサムは少しムッとしつつも「ううん」と、首を振った。

「正直、どっちの国とかどうでもいいけど、父ちゃんが行かないなら行かない」

 そんな息子の答えにカルビィンはフッと微笑み、サムを抱き上げた。

「うわっ」

 そしてぎゅうっと愛しげに抱きしめた後、カルビィンはサムを下ろしてある所へと連れていった。

「なんで俺がアサランド国に行かねえのか。ここが理由だ」

 そう言って連れて来られたのは大きな児童養護施設だった。

「ああ! 先生だ!」

「先生、見てみて。テスト満点取ったんだよ!」

「先生、こっちにきて遊ぼうよ!」

 サムより小さな子供達はカルビィンを見るや否や集まってきて、矢継ぎ早に話かけてきた。

「待て待て、一人ずつ話せ。で、どうしたんだ?」

 そこには自分と同じように優しい顔で子供達の話を聞く父親がいた。その時、エプロンをつけた女性が「施設長! 息子さん、大丈夫でしたか⁉︎」と、心配そうに走り寄ってきた。

 え、施設長⁉︎

 父親をそう呼ぶ職員の女性にサムが目を見開く中、カルビィンは「抜けてすまなかったな。大丈夫だったよ」と、言いながらサムの頭にポンッと手を置いた。

「わあ、この子が息子さんですか? 施設長に似てなくて可愛いですね!」

 確かにどちらかというと母親譲りかと、先程のレジイナの顔を思い出しながら複雑そうな顔をするサムにカルビィンは満面の笑みで「俺に似なくて良かったと思ってるよ」と、返事していた。

「父ちゃんに似てるとこの方が多いもん」

 ボソッと拗ねたように言うサムに二人がキョトンとした後、声を上げて笑った。

「サム、見学していくか?」

「え? いいの?」

 今まで何の仕事してるか教えてくれなかったため、聞いてはいけないかと思っていた父親の職場を見れると知ったサムは顔をキラキラと顔を輝かした。

「おう。来い」

 それからサムはカルビィンに手を引かれながら施設内を見学した。

 ここはチーコ町にいたストリートチルドレンから家の事情でみれなくなった子供達を預かっている児童養護施設であった。

 国からの補助で主に運営しているが、それだけでは足りないこともあり、カルビィンは自身の給料から度々お金を出していた。

「今まで貧しい思いをさせて悪かったと思ってる。サム、ごめんな」

 カルビィンは勤務後に夕日が差す中、サムと自宅までの道のりを帰りながら謝罪した。

「いいよ。あの子達が一人でも幸せなら貧乏でも。それにこの生活、悪いなんて俺ちっとも思ってないよ」

 それに反して誇らしげな気持ちになったサムはカルビィンを尊敬な眼差しで見上げた。

「父ちゃん、かっこいい。尊敬する」

「やめろ、気恥ずかしい」

 照れたようにそう言う父親にサムはふふっと笑いかけた。

 四大国とアサランド国との戦争が終わった後、タレンティポリスという組織は解散となった。

 各々の異能に合わせた仕事をするなり、警察に残ったり軍に行く者がいる中、カルビィンは故郷のチーコ町に戻りたいとレジイナに話をして了承を得た後、今まで貯めていた貯金を使って児童養護施設をこのチーコ町に作った。

 それに加えてスラム街と化した町を復興しようと動き、この町をここまで復興させたのはカルビィンのお陰と言っても過言ではなかった。

 施設長としてここにいる子供を放り投げるわけにいかない。

 レジイナの身勝手に怒っているのもあったが、カルビィンは施設長としての責任もあり、アサランド国に行く事を拒んでいたのだ。

「母ちゃんにこの事をなんで言わないの?」

 サムの素朴な質問にカルビィンは「なんか恥ずかしくてよ」と、ボソボソと返事した。

「二人共、感情的に話すんじゃなくてこういう理由でこうなんだっていう建設的な話すればここまで拗れなかったんじゃない?」

 七歳児とは思えない内容を急に言い出す息子に戸惑うカルビィンにサムは数歩先に歩いて振り返った。

「この事を知ったら母ちゃんも分かってくれるよ。まだ近くにいるかもしれないから母ちゃんところに行こう」

 サムがそう言ってオレンジ色の夕日に当たる父親に手を差し伸ばしたその時、父親の腹から腕が一本、血を吹き出しながら出てきた。

「ガッ、ハッ……!」

 腹と口から血を吐き出しながらカルビィンはドサッのその場に倒れ、そのまま息を引き取った。

 

 

 

 

 

 

 ——父ちゃんが死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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