第2話

 その翌日、サムは放課後にチーコ町の陰湿な裏道を歩きながらとある生物を目当てに探していた。

「ああ、いたいた」

 チーコ町には野良犬がちらほらいる。

 獣化を使える異能者は獣化できる生き物と会話までいかないが、ある程度は意思疎通ができる。

 治安の悪いチーコ町に長くいるサムは野良犬、野良猫、ネズミ、ゴキブリにハエと意思疎通がとれ、完璧に獣化できるのは犬だった。

「ねえ昨晩、この匂いの人を見なかった?」

 サムは父親が洗濯に出したハンカチをひっそりと持ってきて、そのハンカチを野良犬に嗅がせた。

 すると、その野良犬はクゥーンと鳴きながら首を横に振った。

「ここら辺ではないと」

 嗅覚が効く野良犬や野良猫に聞き込みをするサムを後ろで見守りながらデロデロは何度も「ナア、帰ロウゼ」、「コンナとこいたら父ちゃんにオコラレルぞ?」と、言いながらサムに昨夜の事を調べるのを止めようとしていた。

「ああ、もう鬱陶しいな! そんなにここにいたくないならデロデロだけ帰ってれば?」

 てか、なんでまだ俺に付き纏うんだよ。

 そう苛立ちながら早足に裏道を歩いているとサムはとある人物とぶつかった。

「ご、ごめんなさい」

 足に力を入れて踏ん張り、後ろに転げずに済んだサムはぶつけた鼻を押さえながら目の前にいる男に謝罪をしてから顔を上げた。

「おい、ガキがこんなところで彷徨くな」

 ごもっともです。

 そう思いながらサムはもう一度、その男に謝罪をしてからその場から離れようとした時、「ちょっと待て」と、肩に手を置かれて足を止めさせられた。

「おい、ガキ。名前は?」

「え、サムですけど……」

 素直に名前を教えたサムに男は口の端を上げ、次に母親と父親の名前を教えるよう質問してきた。

 この時サムは何か危ない気がしてその場から逃げようと足に力を入れた。

「おおっと。残念だったな、俺も倍力化だ」

 しかし同じく倍力化を持つ男によってそれは邪魔をされ、首根っこを掴まれて宙を浮かされたサムは向かい合わせにされた。

「母親譲りってか?」

「俺は母ちゃんなんて知らない! 浮気して出て行ったんだ!」

 短い足でバタバタと暴れてそう暴露するサムに男は「それはそれはお可哀想に」と、ニヤッと笑って舌を見せた。

「このマークの意味も知らないか?」

 男の舌にはサソリに羽が生えたタトゥーが刻まれていた。

 変な生き物だな。

 そう気味悪がったその時、男の後ろで大きなサボテンがニョキニョキといきなり生えてきた。

「な、な⁉︎」

 驚く男に構う事なくサボテンは縦に割れ目を作り、そこから鋭い牙を生やした。

「イタダキマース!」

 デロデロの声でそう喋ったサボテンはガブっと男を丸呑みし、サムを掴む腕だけ残してそのまま咀嚼して飲み込んだ。

 目の前で繰り広げられる殺戮に尻餅をついて震えるサムの目の前で落ちた腕もきちんと食べ終えたデロデロはポンッという効果音とともに元の姿に戻った。

「サム、コレで分かったか? イエにカエるぞ」

 いつもニヤニヤしてた顔とは違い、真剣な眼差しでそう言ったデロデロにサムはブンブンと力強く頷き、恐怖で震える足に鼓舞を入れて急いで帰路に着いたのだった。

 そしてサムは玄関で犬のように父親の帰りを待ち、帰ってきた父親に真っ先に抱きついた。

「おお、なんだ。また怖い夢でも見たのか?」

 ここ二日間、何かに怯える息子に本気で心配した父親はそのままサムを抱き上げ、ソファに座らせて自身も隣に座った。

「どうした。何か悩みでもあるのか? もしかして学校で嫌なことがあったのか?」

 ポロポロと泣き出すサムに父親は優しい声色で質問するがサムは顔を横に振った。

「お、おれ、父ちゃんがっ……、いてくれ、るだけでいいんだ!」

 しゃくり上げながら必死に伝えてきた言葉にジーンと胸を熱くした父親はぎゅうっとサムを強く抱きしめた。

「そうか。最近、仕事ばかりで構ってやれなかったからな。すまなかったな」

 寂しがってるだけなのかと勘違いした父親にサムはあえて否定することなくその抱負を受け、ただただもうこの幸せが再び崩れないように祈るのだった。

 それから三週間、サムは記憶にある中で一番幸せな時間を過ごしたのではないかと感じていた。

 いつも仕事で日中は家にいない父親に寂しさを感じていたものの、少しでも自身に時間を割いて休みの日は一緒に出かけてくれた。

 遊園地などお金のかかる場所ではなかったが、美味しくも不味くもない父親特製の弁当を持ってハイキングするだけでサムは楽しくて仕方なかった。

 最新のゲームなんて無くていい。

 トランプやオセロのボードゲームだけでも唯一無二の家族である父親と一緒に過ごせるだけでサムには充分だった。

 父親の部屋に無断で入り、タバコを切っ掛けにボコボコに殴られてから親子関係に大きな溝ができ、それからまともに会話なんて二人はしてこなかった。

 父親がトラックに轢かれて死んでいく瞬間を見ながらサムはそんな数年を過ごしていたことを強く後悔していた。

 なんでもっと甘えなかったのだろうか。

 なんでもっと話をしなかったのか。

 なんで喧嘩してでもいいから自身の意見を言わなかったのか。

 なんでもっと自分の気持ちを伝えなかったのだろうか。

 なんで俺の母親が誰なのかもっとしつこく聞かなかったのだろうか。

「俺、ファザコンでもいい。父ちゃん、大好きだよ」

 サムはリビングのソファに座る父親に抱きついた。

「実際、ファザコンだろ」

 嬉しそうに笑う父親の独特な加齢臭とタバコが混じった匂いを吸って肺に溜める。

 いい匂いではないがサムにとってはとても安心する匂いだった。

「ねえ、聞いていい?」

「なんだ?」

 首を傾げて優しげな顔で見つめてくる父親にサムは唾をゴクッと飲み込んで意を決して質問した。

「俺の母親。ヤバい奴なの?」

 その質問に父親は真顔になった。

「質問の意図を聞いていいか」

 サムに肩を置いて距離を空け、真剣な眼差しで父親は顔を覗き込んだ。

 ピリピリとした雰囲気にサムはやってしまったかと後悔した。本当は誰かに命を狙われる程の人物なのかと聞きたいのをサムは我慢することにした。

「父ちゃん、絶対に母親の話しないからさ。その……、浮気以外に借金とかあるの?」

 顔を逸らし、そう誤魔化そうとしたサムのその言葉に父親は「そういうことか」と、安堵したかのように息を吐いた。

 なんとか誤魔化せたかとサムも安堵した時、父親は顎に手を当てて考え始めた。

「少しだけだが、どんな奴だったか話してやろうか?」

「え、本当?」

 予想外の返答にサムは顔を輝かせて頷いた。

 すると父親はサムが見たことない笑顔を浮かべながら母親の事を話し始めた。

「借金はしてないがその素質はある奴だな。あと精神年齢五歳児の我儘女。ただ、腕っ節はいい。俺が知ってる中で一番強い女だった」

 そう言って父親はテレビボードの横に飾られていた黒いアンティーク調の銃をサムに渡した。

「あいつは武強化を一番に使いこなしていた。お前も武強化の成績は学年で一番だろ?」

「違うよ、学校一だよ」

 そう言い直したサムに父親は「そうだったか」と、笑いながらサムの頭を優しく撫でた。

「母親が持つ銃と同じデザインの物だ。お前が持っとけ」

 そう言って父親はサムにその銃を持たせた。

「え、いいの? 父ちゃん、これすごく大事そうに手入れしてたのに……」

 愛しげに手入れをする父親にずっと疑問を持っていたサムはやっと気付いた。

 これは母ちゃんの物だったんだ。

「お前にへと本当は託されてたんだ。お前がこれを持ってた方がいいみたいだな」

 サムは父親が自身の能力を認めてその銃を持たせてくれたのだと思い、その時は本気で喜んだ。

 しかし、それは違うかったらしい。

 二日後、家には父親の育ての親である祖父がやって来た。

 誰かが家に来る時、それは父親が夜になにか危険なことをする合図だとサムはもう気付いていた。

「いやだっ! 父ちゃんもうどこにも行かないでくれ!」

「お前、本当は気付いてんだろ? 父ちゃんを信じて待っていてくれ」

 そう言って父親はサムを強く抱きしめた。

 父親はサムが母親について質問した時、気付いたのだ。

 母親のせいで父親と息子がある組織から命を狙われているということに。

「気付いてない! 誰が俺の母親なんかとか、なんで父ちゃんが危険な目に合うかなんて理由は知らないよっ!」

「そこまで分かった時点でアウトだっつーこと分かんねえのかクソガキ」

 祖父に首根っこを掴まれ、そのまま床に放り投げられたサムはキッと睨みつけて犬歯を剥き出しにして唸った。

「おーおー、一丁前に威嚇かあ? 少し痛めつけねえと分からないのか?」

「頼む、手を出すな。あんたにはサムを守って欲しくて来てもらったのを忘れたのか?」

 父親はサムにこれ以上手荒な真似をしないように祖父の肩に手を置いて止めた。

「へーへー、知らぬ間に親の顔になっちゃって。わかーたよ」

 手をヒラヒラとさせ、ドサッとソファに座った祖父は自身の横をポンポンと叩き、サムに座るよう命じた。

「サム。自分の身が危ないと感じたらこれの引き金を引くんだぞ? これはお前を守る武器になる。いいか、奪われる前に奪えって散々言ってきただろ?」

 父親はサムの腰にホルダーを巻いて銃を挿した。

「うっ……、と、父ちゃん……」

 ポロポロと涙を流すサムに父親はその額にチュッと口付けを落としてからそのままサムの制止の言葉を無視して家を出て行った。

 それから祖父の隣に無理矢理座らされ、無言でサムは父親の帰りを待った。

 チクチクと時計の針が進む音だけが響く中、祖父は沈黙にたえられなくなったのか、テレビをつけてニュースを流し始めた。

 ニュースにはザルベーグ国と今にも戦争が始まりそう程に緊迫した状態にあるアサランド国とウィンドリン国を批判する内容が流れていた。

 今から数年前まではアサランド国と他の四大国で大戦争が起こっていたが、アサランド国内初かつ、最年少の若さで大統領が就任したことで戦争は終止符を打たれた。

 今は無くなったが異能者のスペシャリストだけが集められたウィンドリン国の警察組織に所属していた大統領は美人な女の人だが、頭がとても悪いらしく、母国のウィンドリン国を盾にザルベーグ国を戦略しようと企んでいるという内容のニュースが流れていた。

 そのニュースをボーっと眺めるサムに祖父は「おいサム。てめえはこの女、どう思う?」と、質問してきた。

 こんな政治の話を七歳児に質問するなんてバカなのかな、おじいちゃん。

 そんなことを思いつつ、サムはそれは声に出さずに質問に答えた。

「大統領っていうか、セクシー秘書みたいな人だよね」

 ワイシャツのボタンを大きく広げて豊満な胸を見せつるように着用したその上にはタイトな黒のジャケットと短いスカートを身につけており、網タイツとヒールの高いパンプスを履いて長い髪を夜会巻きという形にまとめている。そしてメガネをかけている彼女は大統領に相応しい身なりをしてなかった。

「ガッハッハッ! セクシー秘書かっ! お前、面白いなっ!」

 背中をバンバンと容赦なく叩きながら笑う祖父に少し苛立ちながら、サムは祖父の機嫌を出来るだけ悪くしないように「どうも」と、返事しておいた。

 それから国内で珍しい白タイガーの赤ちゃんが産まれたという和やかなニュースを見ていたところでサムはそのまま眠気に負けてそのまま眠ってしまうのだった。

 翌朝、ソファにそのまま寝かされていたサムはパンが焼ける匂いに気付いて目を覚ました。

「サム、おはよう」

 そこには焼けたパンを祖父に渡す父親の姿があった。

「父ちゃんだっ!」

 無事に帰ってきた父親に喜んで抱きつく息子に父親は「ただいま、サム」と、愛しげに名前を呼んだ。

「おかえりなさい!」

 父親が無事に帰ってきたことを本気で喜び、満面の笑みでそう言うサムに父親は早く朝食を食べるよう促した。

「おお、早く食え。学校行くんだろ?」

 もしゃもしゃとパンを頬張る祖父の言葉にサムは「え? 俺、学校行っていいの?」と、驚いた顔で父親に質問した。

 理由は知らないが危ない状況だと気付いていた。そんな状況で学校に行っていいのだろうか。

「ああ、いいぞ。むしろ学校の方が安心かもな」

「え?」

 なんでと首を傾げるサムに父親は「あそこは優秀な異能者が多い」と、答えたのだった。

 

 

 

 サムは授業を受けながら確かにそうだなと、父親の今朝の言葉を思い出しながら聴力を高めながら外に注意した。

 先生達が学校内を見回りしてくれてるのか?

 数人の教員が学校内を歩き続けている様子にサムはホッと胸を撫で下ろしたが、すぐに気を引き締めた。

 サムが思っている以上に事態は悪いらしい。

 そして、そのことは当の本人であるサムには詳しく知らされていない。

 サムは学校内を見回っている教員の後をつけ、事情を聞こうと質問した。

「サム。君の父親からはなんて言われてる?」

「何も教えてくれないんだ」

「ということは先生が君に教えれると思う?」

 父親が教えてくれないことを他人の自分が言うわけないだろうと遠回しに言う教員にサムは舌打ちをした。

「おかしいと思わない? なんで俺は大人に迷惑かけてまで守られてるの? 俺だって戦える!」

 ホルダーに挿した銃を手に持ってそう言うサムの手を教員は両手で包んで首を横に振った。

「サム。それは君自身を守るために使いなさい。君の父親は君に人殺しになって欲しいなんて望んでないんだ」

 人殺しになって欲しいなんて望んでいない。

 その言葉にサムはポロッと涙を流した。

「子供の君を守るなんて大人である私達の当然の使命よ。気を背負わないでちょうだい。それにこんな生活、そんなに続かないはずだから」

 そこまで言われてサムは何も言える筈なく、教員の引率の元、祖父が待つ家に帰るのだった。

 サムは自室のベッドの上で膝を抱えて座り、どうしてこんなことになったのかと考えていた。

 どうしても分からない。

 だが、一つだけ分かるのは母親の質問をしてからガラリと状況が変わったのだ。

 肝心な時にデロデロはいないし……。

 未来過去を行き来できるのだろうデロデロに聞こうにも父親が毎晩危ない所に行くようになってから姿を現さなくなったのだ。

 次見つけたら協力してもらおう。

 そう心に決めてサムはデロデロに会う日を待つことにしたのだった。

 

       

       

 祖父はその後一週間滞在したが、他の人物と交代するように帰っていった。

「悪いな。俺もやることあるんだわ」

 そう言って乱暴に頭を撫でてきた祖父に対してサムは心の中で密かにガッツポーズをとった。そんはサムのことなど知らずに再度「悪いな」と、謝ってから祖父は帰って行った。

 そして次にやって来てくれたのはそばかすの兄ちゃんだった。

「おお、サム! また大きなったな!」

 こんな緊急事態とは思えない程の満面の笑顔でそばかすの兄ちゃんはサムを抱き上げた。

「やめてよ! もう、俺そんな子供じゃない!」

 そばかすの兄ちゃんに抱っこされて恥ずかしそうにするサムを見て父親は声を上げて笑った。

「もうやめてあげてくれ。遠い所からわざわざすまなかったな」

「やめろよ、困った時はお互い様だろ?」

 拳を当て合う二人を見ながらサムは本当にそばかすの兄ちゃんと父ちゃんは仲が良いんだなと思いながらその光景を見ていた。

 そしてそばかすの兄ちゃんからサムは高級チョコが入った箱を渡された。

「お土産だ。一気に食べるなよ?」

「……あはは、ありがとう」

 俺、甘い物嫌いなんだけど。

 サムは心の中でそう呟きながら作り笑いをしてお礼を言った。

 なんでそばかすの兄ちゃんもカウボーイのおっちゃんも俺が好きでもないものを毎回持ってくるのかな。

 溜め息を吐きそうになるのを我慢しながらサムはチョコに合わせてミルクを出してから夕飯の準備に取り掛かる父親の背を横目で見てから、そばかすの兄ちゃんの肩にいるモノをじっと見た。

 デロデロに似てる……。

 そばかすの兄ちゃんの肩にはデロデロと同じくらいの大きさの緑色のミニチュアな恐竜みたいな姿の化け物がおり、涎をダラダラながしながら「サムカワイイ、カワイイ。オイシソウ」と、呟いていた。

 美味しそうとはまさか食べ物として見られているのか?

 そう怯えながら見てくるサムの目線に気付いたのか、そのミニチュアの恐竜はフワーッと飛び立ち、サムの前で右往左往し始めた。

 それを目で追っていたその時、そばかすの兄ちゃんがガシャンと音を立ててコーヒーを溢した。

「どうした? 火傷してねえか?」

「す、すまねえ、大丈夫だ」

 ティッシュを持ってきて拭いている父親をサムが眺めていたら、目の前から視線を感じてバッと顔を上げるとそばかすの兄ちゃんがぎこちない顔で「ハハッ」と、自身に笑いかけてきた。

 まさか、ねえ。

 お互いそう思いながら「あは、あはは」と、乾いた笑いをし合ったのだった。

 それから三日後。

 学校が夏休みに入った初日にサムはそばかすの兄ちゃんと市場まで出かけていた。

 あいにく父親は仕事であり、サムは寂しい休日を過ごすところだったが気を利かせたそばかすの兄ちゃんに誘われて出かけることにしたのだった。

「父ちゃん夜も寝てないし、昼間も仕事してて、体大丈夫かな……」

 少しでも気を晴らせたらと思っていたが、父親の心配をして顔を暗くするサムにそばかすの兄ちゃんはクレープ屋に寄った。

「サム、チョコバナナクレープとかどうだ?」

 また甘い物でチョコか。

 サムはムッとした顔をしながら「ハムツナクレープ」と、塩辛いクレープをそばかすの兄ちゃんにお願いした。

「あれ? お前、甘いのじゃなくていいのか?」

「今まで言えなかったけど俺、甘いの嫌いだから」

 そう断言してきたサムにそばかすの兄ちゃんは「え、そうなの⁉︎」と、驚いた。

 それからサムは近くのベンチに二人で座り、ムスッとした顔をしながら買ってくれたクレープを食べ始めた。

「今まで悪かったって。勘違いしてたんだよ」

 そう謝罪するそばかすの兄ちゃんにサムは小さな口をモゴモゴさせながら「誰だか知らない人と重ねられていた俺の身になってよ」と、拗ねたように言った。

「俺、男だよ? 甘いものなんて苦手だし、カウボーイのおっちゃんなんてこの前ユニコーンの人形を買ってきたんだ」

 誰も俺自身を見ていない。

 俺を通して誰かを見てるんだ。

 それに気付いたサムは今も体に鞭を打って働く父親を思った。

 俺自身を見てくれるのは父ちゃんだけだ。

 そう干渉に浸っていた時、目の前にミニチュアサイズの恐竜が目を潤ませながら手を合わせ、サムの前にやって来た。

「ご主人、ワルギない。本当にサムのコト好き好きだよ?」

 まるで擁護するようなそれにジトッとした顔で睨んだサムを見てそばかすの兄ちゃんは「やっぱり見えてる?」と、顔を引き攣らせた。

「見えてる。なにこの化け物」

「キーッ! ワタシはバケモノじゃない!」

 そう怒るミニチュアサイズの恐竜をサムは手で払った。

「おい、乱暴なことすんな」

 そばかすの兄ちゃんはそうサムを嗜めてから自身を主人だと慕う彼女を肩に戻した。

「こいつは育緑化しか見えない小人っつーもんだ。育緑化はこいつの協力を得て異能を発揮する」

「そんなの初耳だ」

「小人が見えるなんて周りからしたら気味が悪いだろ? それに育緑化を使えるやつなんてもともと少ない。初耳で当たり前だ」

 これは父親のあいつに伝えるべき内容だな、とそばかすの兄ちゃんが考えていた時、ポンッという効果音と共にデロデロが急に目の前に現れた。

「オオ、ヒョロっこいの来てたのか」

 そう挨拶したデロデロを逃がさないようにサムは残っていたクレープを全て口に放り込み、両手でデロデロを掴んだ。

「グエッ! さ、サム、クルシイ……!」

「おーい、もう少し力を抜いてやれよ」

 呆れた顔でそう言うそばかすの兄ちゃんを無視しながらサムは急いで口の中にあるクレープを飲み込んで、デロデロに過去に戻るようにをしようと口を開きかけた。

「そ、ソレはムリだっ!」

 口に出す前にそう否定したデロデロは体を細くしてサムの手からスルッと抜け出した。

「なんでだよ!」

 頭上で浮遊するデロデロに大声でかけるサムの口をそばかすの兄ちゃんは急いで手で塞ぎ、人気のいない路地裏まで連れていった。

「言っただろ? 育緑化にしか小人の姿は見えないんだ。目立つようなことするな」

「そんな余裕ない! デロデロ、デロデロ!」

 再び姿を消したデロデロを呼びかけるサムにそばかすの兄ちゃんは「息子からはデロデロって呼ばれてるのかよ……」と、そう呆れながら呟いた。

「ちくしょう、そこの恐竜! デロデロ探してこいよ!」

 そう話しかけるサムに小人は顔をフイッと動かし、「ヤーよ」と、否定した。

「ちくしょう! だから女と幼稚な奴は嫌いなんだ!」

「おーい、七歳児が言うことじゃねえぞー」

 そばかすの兄ちゃんがそう突っ込みを入れたその時、突然ある人物が二人の背後に現れた。

 気配なんて今まで一切なかったのに!

 サムが腰にあるホルダーに手を回して銃を構えたその時、サムは周りに二メートル程のあるヒマワリ五本に守られるように囲まれていた。

「おいおい、アドルフさんよ。いきなり背後に回るなんてお行儀が悪いんじゃないのか?」

 サムを守るように横に立つそばかすの兄ちゃんは額から汗を一筋流した。

 俺一人じゃこいつには敵わねえぞ……。

 そんなそばかすの兄ちゃんの様子にサムは目の前にいる男に恐怖で震えた。

 堅いの良いグレーの髪を後ろに綺麗に纏めたイケメンの男からはただならぬ雰囲気が漂っていた。

 父ちゃんからそばかすの兄ちゃんはかつての同僚でとても強い異能者だったと聞いていた。そんな強いはずのそばかすの兄ちゃんの焦った様子にサムは覚悟を決めて銃を構えた。

 俺だってやれる!

「奪われる前に奪うんだ!」

 サムが銃の引き金を引こうとしたその時、フワッ女がビルの屋上から降り立ち、銃に手をかざして攻撃を無効化した。

「もう。こんなところで大きな風を出そうとしたでしょ? そんな目立つ攻撃はダメよ」

 そう言って女はスーツのジャケットからサムと同じデザインをした白の銃を取り出してアドルフに向けて細くて鋭い風を出した。

 しかし、アドルフはそんな攻撃を片手であえて受け止めた。

「レジイナお嬢様。流石に酷すぎませんか?」

 砂埃のついたスーツを手で払う男、アドルフに女は「ちょっと見本を見せたかっただけなんだから許してよ」と、ペロッと舌を出した。

「あ、貴女は……」

 サムは震える手で目の前にいる女を見た。

「久しぶり、サム。元気にしてた?」

 そう言って女、アサランド国初の大統領、レジイナ・セルッティはサムを愛しげに抱きしめるのだった。

 

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