彼女から

えんがわなすび

久しぶり

 ――――――――


 結花、久しぶり!

 高校の時一緒だった石川まみだけど

 覚えてる?


 ――――――――


 日曜、早朝七時十四分。私はいつもの癖で削除しそうになったそのメールを、五度見した。


 石川まみは高校時代の友人だった。痩せ型で背が高くて、私が住んでいた田舎ではどちらかというと美人に分類されるような女の子だったが、細かい手作業の時に人一倍手が痙攣するように震えていたのが印象に残っている。彼女との接点は高校三年生の一年間だけで、その間も遊びに行ったりだとか部活が一緒だったとかもなく、ただ仲の良いクラスメイトの一人だった。女子特有の同じグループ内の子だった。

 そんな子だったから高校卒業しても連絡を取り合ったりだとか、遊びに行ったりだとか、近況を報告し合うような間柄ではなかった。むしろ彼女といつ連絡先を交換したのか覚えてもいなかった。なにせ、二十年前のことだ。記憶にない。


 届いたメールは私が二十年前から変えていない携帯会社のドメインが付いた、今では迷惑メールしか吐き出さないアドレスに届いていた。そもそも私が高校生の時って、ギリギリLINEが普及した頃だったではないだろうか?そうなら当然仲の良かったまみとはLINEを交換している筈だ。私は届いたメールを一旦置いて、LINEの友達一覧を見た。まみはどこにもいなかった。

 もう一度メールを読み返す。何度見ても私の名前を書いてあるし、その後に続いている送り主の名前は高校時代の友人のものだ。

 私は九割警戒し、残り一割で懐かしい友人との久しぶりの交友をもって返信した。


 ――――――――


 久しぶり!覚えてるよ~。

 どうしたの?


 ――――――――


 敢えて名前などは書かず、差し当たりのない文章にした。

 このアドレスに送られてくるのは、過去に無料登録したたくさんの閲覧サイトから盗まれたであろうなと思えるような迷惑メールだけだった。だから意味のなさそうな英数字の羅列で送られてきたメールを癖で削除しそうになったのもそれだ。一瞬本当に偶然両者の名前が一致した迷惑メールだと思ったし、なんなら今もその可能性を拭い切れていない。


 まみからの連絡は、その一度きりだったからだ。


 待てど暮らせど、その日彼女からの返事はなかった。こちらからもう一度伺いを立てるということはしなかった。そうしているうちに一日が終わり、次の日が来てもまみからは何も来なかった。彼女はこんな性格だっただろうか。


 月曜日。何年社会人経験を積もうと、満員電車だけは好きにはなれない。

 ホームの時点でもう無理だろうと思えるほどの人混みに同調して並び、下を向いてSNSをチェックしながら大口を開けて死者を喰い潰すような列車を待つ。

 その時、後ろから誰かに肩を叩かれた。

「結花!」

 まみだった。

 二十年越しでも分かるくらい、彼女は変わっていなかった。瘦せ型で、背が高くて、高校生の時から変わらずにそこに立っていた。おしゃれなフリルのスカートを履いているのを見て、そういえば彼女は結婚して出産したのではなかったかと唐突に思い出したが、もしかしたらそれは別の友人の話だったかもしれない。

 まみはスーツ姿のおじさんが蠢く中、場違いなほど小奇麗な姿で私を見て花のように笑った。形のいい口が開く。


「私、死ぬんだ」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。『私、結婚するんだ』を周囲のざわめきがノイズ変換したかのような不自然な言葉だった。

 え、と声が出る間もなく、まみは私の横を追い抜き、脂ぎったおじさん達の脇をすり抜け、滑り込んできた特急列車に突っ込んだ。


 金切り声を上げる電車。つんざく悲鳴。飛び散った赤い塊。押し合いぶつかる肩。その光景をぼんやりと見ながら、私は昨日受信したメールを読み返していた。


『誰それのアイドルグループが好きなんだ』

 いつかの放課後、教室で駄弁っていた時の彼女の笑顔は、さっき見た笑顔と同じだった。

 私はメールを削除した。

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彼女から えんがわなすび @engawanasubi

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