第6話
飼い猫のショコラの言葉が分かればいいのに。
麻羽は常々そう思っていた。喉を鳴らす様子や尻尾を立てる仕草から、精一杯気持ちを読み取って、世話をしてきたが、それが正しいのか自信はない。
おもちゃを買い、餌を与え、ブッラッシングだって欠かさない。毎晩寄り添って寝てくれるから、嫌われてはないと思うんだけど。
「ねぇ、せめて、私のことをどう思ってるかだけでも、ちゃんと教えてくれたらいいんだけど」
とうとう、そう口にしてしまうようになったのは、高校時代から付き合っていた彼氏に振られたからもある。家族とは疎遠で、友達も殆どいない麻羽にとって、ショコラは人生を分かち合っている唯一の相手になってしまったのだから。
だから「夢、売ります。買います」と書かれたチラシには、飛びついた。動物でも夢を見てさえいればOKで、ペットならば飼い主の許可があれば売買できるというのだから。
汚い店の並ぶ路地の裏にある店。似つかわしくないほど美しい顔をした店主は「良い夢と目覚めを」と送り出してくれた。
夢の中でまず思ったのは、視点が変わると、同じ部屋でもこんなふうに見えるのか、ということだ。
棚の下の埃が気になる。床に放り出されたバッグが邪魔だが、恐ろしいもののように感じて近づけない。キャットタワーは頭の遥か上まで続いていて、登るなんて考えただけで耳がぺこりと伏せた。
ベッドから人影か起き上がる。逃げ出したくなったが、手招きされると足がすくむ。動けないままの自分を彼女は抱き上げた。鼻につく匂い。逃れたくて悲鳴を上げると、なぜだか相手は嬉しそうに笑う。
「もう、今日もかわいいねぇ、ショコラ」
いつもの自分の口調。いつもの自分の仕草。視線を向けた先には、歯を剥き出しにした自分の顔があった。
夢、売ります。買います。 @rona_615
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