淡く白く今日もまた
Renon
一人の夜
「光莉のお弁当って毎日ウサギ型のりんご入ってるよね?」
綺麗に皮を剥かれたりんごを口に運びながら、そう問いかける彼女。
「そうだね、、、ウサギさんが“がんばれ“って伝えるために毎日来てくれるんだよ!」なんて子供っぽく茶化してみても、「ただの皮じゃん。」と、紗希は呆れた顔でまたりんごを頬張った。
「いやさぁ、それはさぁ? 優しさの比喩表現って言うか、好意を受け取る私の感性っていうかぁ、、、。」
ブツブツと言葉を連ねていれば、「わかってるって。」と軽く鼻で笑われる。
そういえば、紗希は昔から淡白な人だった。
インターホンの音で目を覚ませば、もう陽が沈んだ後だと知らせる暗い部屋。
宅配なんて頼んだっけ。
起きあがろうにも重い身体は微動だにしない。いや、動こうとすら思えていないというべきか。放心状態のまま、ただずっと天井を眺める。そこに何かがあるわけでもない。視界に映る情報量が少なくて目を開けているにはコスパがいいだけ。でも、ただの天井すら今の私にはキャパオーバーのようで、薄れる平衡感覚に、歪んでいく視界。そっと目を閉じれば、また眠気が襲う。
しかし、静かで心地いいその状況に来訪者は音を立てた。
「光莉ーー!! 鍵開けてよー!」
大声と共に響くのはドンドンとドアを叩く音。その度に頭は殴られたような痛みが走る。布団に潜り込んでいても止む気配のないその音に、ゆっくりと身体を起こす。
電気をつけることすら放棄して暗闇を歩くと、
「いっっ!、、た、、」
床に散乱した昨日の荷物が道を塞いでいた。ふらふらとすり足で音のなる方へと向かい、やっとの思いでドアを開ければ「やっぱいるんじゃん、死んだのかと思ったわ。」なんて呑気に笑う紗希の姿。立っていることすらしんどくて、そのまま玄関でしゃがみ込んでも紗希はそんなのお構いなしに家の中へと入っていく。
「なんで、、来たの?」
寝起きの掠れた声でも紗希は聞き取れたようで、
「どっかの誰かが一切連絡返さないからだよ。」と身に覚えのない話をし始める。
連絡、、? 通知音鳴ってたっけ、、、
何も頭が働かないまましばらくぼーっとしていると「あなたのことだからね?」と軽く念を押されてしまった。
「その様子だと、どうせ仕事が忙しくて寝れてなかったんでしょ? やっぱ定時で上がって来て正解だったわ。」
その後も何か話していたようだけれど、座っていた玄関の床がひんやりして気持ちよくて、なんて言っていたのかはわからなかった。
なんだか懐かしい音がする。
漂う香りも、すごくすごく懐かしい。
なんだっけ、、、この感じ、、、
明るい日の光に目をこすると、違和感があった。
「あ、おはよ。って、なんで泣いてんの?」
そう言ってこちらを覗く紗希は、心配とか、そういうんじゃなく、ただ不思議そうにしていた。多少のタイムラグを経て紗希の言葉を理解し、もう一度目をこする。
あれ、本当だ。
違和感の正体は涙だったらしい。拭いながら起き上がるとつーっと零れた涙が頬を伝う。
「なんか、懐かしくて?」
「なにそれ。」
軽く笑いながら台所に戻っていく紗希の姿に、ふと記憶が蘇る。
あぁ、そうだ、母親だ
いつも朝ごはんの作る音で目が覚めて、台所を覗けば味噌汁の香りが漂っていた。
「お母さん、おはよ。」
「おはよ、早く顔洗って来なね。」
「うん。」
決して多くはない言葉だけど、その一つ一つが暖かかった。いつも家の中は片付いていて、顔を洗えば朝食が並んでいる。懐かしくて、大好きな記憶。
「そこに体温計あるから、測りなよ。」
台所から聞こえてくる紗希の声。言われるがまま辺りを見渡すと、ベット横の棚に確かに置かれていた。
「あれ、部屋の片付けまでしてくれたの?」
測りながら昨日までの部屋を思い返す。床に散乱していた荷物はなくなり、ソファにかけっぱなしだった洋服は綺麗に畳んでテーブルに置かれている。
「まぁ、ほんのちょっとね。」なんて紗希は言うけれど、他にも至る所が整理されている。若干顔を背けたのは、バレたのが恥ずかしかったんだろうか。
「それ測り終わったら朝ごはんにするよ。」
台所から運ばれる朝食はどれも美味しそうで、味噌汁に卵焼きと懐かしい香りがする物ばかり。
「何から何までありがとね。」
「いえいえ。」
空腹を感じ始めると同時に体温計が音を鳴らす。
「何度ー?」
「6度4分。平熱だね。」
「おー、良かった良かった。」
昨日までのしんどさが嘘のようで、身体は軽く頭痛も治っていた。急いでテーブルに向かい、「いただきます。」と声を揃える。誰かと食べる朝食なんて久しぶりで、そのせいか、自然と高くなる声。
「ね、これ、実家の味がする。」
作ったのは紗希なのに、この味噌汁は小さい頃から食べていた味だった。
「あー、昔光莉の家泊まった時に食べたから、なんとなくこんな感じかなって作ってみた。」
「再現したってこと?」
「そうそう。」
「マジか。」
紗希は最も簡単そうに話すが、普段料理などしない私でも、きっとすごいんだろうなということはわかる。食べ進めていけば、卵焼きすら味が似ていて、本当に実家の朝食のまんま。懐かしいな、なんて思いながら握る箸が止まらない。
口いっぱいにご飯を詰め込んでいると、「最近実家帰ってんの?」と目線は朝食のまま興味なさそうに聞いてくる。あくまで静寂を埋めるためのような、そんな質問。
「いや、全然。もう3年は帰ってないかも。」
「ふーん。」
案の上、テキトーな相槌で終わらされ、そのまま紗希は台所の方へと向かった。
「今日仕事でしょ?」
「そー。」
その言葉に少し焦って時計を見れば、昨日沢山寝たおかげか起きるのが早かったらしい。まだ全然余裕はあって、台所にいる紗希と近況を語りながらのんびりと朝食を食べる。
丁度最後のお米を口に入れた頃、ずっと台所にいた紗希がお皿を持って戻ってきた。
「はい、これ。」
そう言ってテーブルに置いたのは、ウサギ型のりんご。
「え?」
「ウサギさんが“がんばれ“って伝えるために来てくれたらしい。」
紗希は淡々と話しながら、途中だった自分の朝食をまた食べ始める。
呆然としたままの私に、
「ん? あ、いやちょっと変色したのはごめんって、やったことなかったから時間かかったんだよ。」
なんて何も言ってないのに謝り始める。
「え、もしかして、嫌だった?」
そう問いかける紗希と目が合う。
「あ、ううん。すごく嬉しい、ありがと。」
やっぱり紗希は優しい人だ。淡白だけど、もっとずっと優しい人。耳の欠けたウサギさんは、"がんばれ"と大きな声で伝えてくれた。
淡く白く今日もまた Renon @renon_nemu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます