第4話
彼と彼女がデートをしている日曜日。僕は、大学の友人達とお別れ会をしていた。
本来であれば、卒業旅行に行く予定だったが、パンデミックの影響で旅行するのは辞めた。代わりに河川敷で遊んで、温泉に入った。
サークル活動で三年間共にした仲。皆との別れは胸が苦しくなるくらいに寂しかった。
友人の一人は今日が最後の東京だった。遊んだ後、そのまま就職する地元に帰るらしい。
温泉でひとしきり話した後、みんなで友人が乗る電車で見送った。
みんな割と平気そうな顔をして、手を振って別れを告げた。
今にもこぼれそうな涙を見せないために必死だった僕は、きちんと別れの言葉は言えなかった。
来週は、僕が皆に別れを告げる番だ。皆、寂しがってくれるのかな、それとも別に何も感じないのかな、そんな余計なことばかり考えてしまう。
駅に残された僕たち三人は、社会人生活頑張ろうなと言いあっさり解散した。
僕は、このどうしようもない寂しさの中家に帰った。家に帰ると彼女から電話の履歴が入っていた。
きっとデートの報告をしてくるんだろうなと思った。電話をする気分ではなかったが、彼女に好かれたいと言う思いで、電話をかけた。都合の良い男だ。
「もしもし、どうしたの?」
「聞いてください、今日デート行って来たんですよ」
そう言い、彼女の愚痴が始まった。
お互い人見知りだからうまく喋れなかったとか、寒い外でなぜかアイス食べることになったとか、夜はチェーン店だった、おしゃれなとこで食べたかったって言ってた。
「私、すごく最悪なデートでした」
その報告に僕は、喜ぶことはできかった。
彼女があまりにも楽しそうにデートのことを話すから...
「じゃあさ、僕ともデートしてよ」
明るく、違和感なく誘えただろうか。
「いいですね。どこ行きますか?」
三日後にデートすることが決まった。出かける先は元町、僕が行きたかった所にした。
結論から言うとこのデートは大失敗に終わった。今思うと、デートに誘った時から何か自分の様子がおかしかった。元町は、街並みが好きだったが別に買い物したいわけではなかったので、店を何となくみながら三十分も立たないうちにメインストリートを抜けやることがなくなってしまった。
残り時間は、ずっと近くの公園のベンチで話していた。海が見えるのは所だったから、めちゃくちゃ寒かった。寒い中、二人で縮こみながら話した。別の場所に移動しよって話もでたけれど、予約しているご飯の時間を考えると、別の場所に移動はできなかった。
寒さに耐えつつ、夜ご飯の時間までベンチの木目の数を数えていた。
夜ご飯は、観覧車の見える夜景が綺麗なお店で食べた。
「ここすごいですね。こんなとこで食べたことないです」
彼女は喜んでいた。きっと本心から。
と言うか、そう思い込むしか救われなかった。
一番景色が奇麗な席に案内され、コース料理が次々運ばれてきた。
そう言えば、予約したのコース料理だったけ。なんでただのデートなのにコース料理をたべているのだろうかと内心パニックになっていた。
その時、彼女は一つ一つの料理に丁寧に驚きながら、写真をいっぱいとっていた。
一通り、料理を食べ終え、そろそろ帰ろうとしたころ、店員がバチバチした花火のケーキを持ってきた。ーーえ、そんなのついてたっけ。
不意なケーキに彼女も僕も驚いた。
「どうしたんですか、これ」
彼女が聞いてきた。ーー僕も聞きたい。なんてもんを予約したんだ。
「えーっと、バレンタインのお返し、ホワイトデーもうこっちにいないからさ」
だいぶ無理な返しだった。だってバレンタイン貰ったの市販のチェコなんだもん。
「えー。私あげたのただのチェコだよ」
だよね。知ってる。
「でも、そっかもう来週には先輩居なくなるんですね。塾が寂しくなります」
しんみりとした微妙な雰囲気のままケーキを2人で食べ、解散した。
帰り道は笑うしかなかった。自分から好きになったのは彼女が初めてだった。好きな相手ならこんな緊張するんだ。僕は知らなかったなぁ。
とりあえず、彼に連絡した。
「デート大失敗した」
「俺も失敗したから元気出せ」
彼もデートを失敗した自覚があったんだ。元気が出た。
次の日の木曜。東京にいるのも残り二日となった。
チーフの子とはシフトが被るのが最後だったのでバイトが終わってから公園でプチお別れ会をした。
冬真っ只中の二月、二人でコンビニで暖かいものを買って公園のベンチに腰掛けた。
「はいこれ、バレンタインのお返し」
僕は、コンビニで買ったおでんをチーフの子に渡した。
「え?ホワイトデーまだだよ早くない?」
「ほら、僕帰るからさ」
「あ、そっか。そうだよね。そのためのプチお別れ会だもんね。あまり実感しないもんだね」
「正直僕もあんま実感がない」
僕たちは夜の公園で二人でおでんをつつきながら思い出話をした。お互いの第一印象を話したり、遊んだ時の思い出とか塾での思い出とか。大学以外での付き合いが一番長いのはチーフの子かも知れない。
そんな気が知れた友達だから僕は、彼女のことを相談した。彼女を好きなこと、昨日のデートの話とか。チーフの子には割となんでも正直に話せた。
急な相談事に対してのチーフの子の第一声は
「私のバレンタインのお返し安すぎない?」
正直に話過ぎた。ディナーご馳走したことも言ってしまった。ごもっともだ。ごめんね。チーフの子。
「告白したら絶対いけるって、両想いな感じするもん」
チーフから背中を押された。
「もし告白したら結果教えてね」
今思うと野次馬精神な気がする。けれど、この時の僕は、自分に自信を持った。
地元に帰る前日、最終日だろうと僕は塾のシフトを入れていた。立つ鳥濁さず、普通の日常を過ごした上で、東京を去りたかったかもしれない。
塾での授業はいつも通りだった。どこからか僕が最終日と聞きつけた生徒からお菓子やギフトカードを貰ったりした。嬉しかった。他の塾の講師の人からもお菓子やギフトカードを貰った。
やっぱり嬉しかった。
この日は塾長も気を聞かせてくれて、明日地元への移動があるだろうからと言って、一番遅い時間の授業はしなくていいこととなった。
皆が最終コマの授業の準備をする中、僕は帰る準備をした。授業の準備をする中には、彼女の姿もあった。
「あれ?もう帰っちゃうんですね?」
「塾長が気を利かせてくれてね」
「そうだったんですか。塾寂しくなっちゃいます」
「後輩なら話せばすぐ周りと仲良くなれるって、じゃあね」
僕は、そう言って塾を出た。
もう三月も近いけど、やっぱりまだ肌寒い。
あっけなかったなぁ。塾の最終日も。
寂しさを少しでも埋めるように帰りにスーパーで自分へのご褒美にイチゴを買って帰った。
帰ってお風呂に入り、一人で夜ご飯を食べて、いちごを洗った。
なんでだろうなぁ。ただひたすら虚しさが胸に残っていた。僕は、その虚しさを誤魔化すように携帯で動画を見た。
携帯で動画を見ていたら、急に画面に彼女の名前が表示された。
彼女からの電話だった。
「もしもし、どうしたの」
「先輩いま何やってるの?」
「イチゴ食べてた」
「先輩イチゴ好きですね。今から、公園来れます?」
僕は、すぐ公園に向かった。
公園では、彼女が寒そうにいして待っていた。
「ごめん、待った?」
「すっごく待ちました」
「すいません、冗談です。先輩とりあえずこれあげます」
彼女はカフェで買ったであろうコップを僕に渡した。
お礼を言い、飲んだ。ホットココアだった。
「ん、俺の好きなやつだ。後輩はやっぱり僕のことわかってるね」
「それ、前私が言ったことあるセリフです。真似しないでください」
二人して笑った。
「先輩これもあげます」
そう言い、彼女は小さい紙袋を渡してきた。
「中見てもいい?」
彼女は頷く。
中を見たらハンドクリームと手紙が入っていた。
「手紙は帰ってからみてください。目の前だと恥ずかしいので。あとハンドクリームは誕生日じゃないですけど、約束通り買いました。ハンドクリームちゃんと使い切ってくださいよ」
彼女は満面の笑みで言った。
とても嬉しかった。彼女が僕のことを考えて何かをしてくれたことがたまらなく嬉しかった。
「本当に行っちゃうんですね」
「そうだよ」
「あっちに行っても電話、絶対してくださいね」
「するする」
「先輩が塾にいてすごく楽しかったです。私人に心開くのがすごく遅くて、2年たっても塾に慣れなくて、楽しくないなって思ってるときに先輩が話しかけてくれて、塾に行くのが楽しくなっていきました。先輩には感謝です」
彼女から次々と感謝の言葉を貰った。
それからは思い出話をひたすら話していた。
話している途中告白するか悩んだ。けど、関係が壊れそうでできなかった。
寒さを忘れて話していたけど、よく見たら彼女は寒そうに震えていた。
「もう帰ろっか」
彼女を駅まで送った。
「じゃ、これからも塾頑張って」
「先輩こそ、絶対連絡はくださいね」
そう言い、駅の改札で別れた。
本当にこれでお別れだなと思った。次、いつ顔を合わせることができるんだろう。
そんなこと思いながら歩いていると、ふと目の前に白い物が振ってきた。
雪だった。雪は服については溶け。地面については溶けていた。
これを見た僕は、なんだかすごい焦燥感を感じた。
彼女と確かな繋がりが欲しい。想いを伝えたい。
そう思い、僕は道をすぐ引き返し、駅に走った。
改札を通り、急いで階段を降りホームで彼女の姿を探した。
当たり前のように彼女の姿はなかった。
僕は、勢い余る気持ちで彼女に連絡した。
「電車降りたら電話かけてきて。」
電話で告白しようと思った。僕は、先ほど彼女と話していたベンチに座り電話を待った。
何分待っているのだろうか。体感一時間くらい待っていた。それほどまでに電話がくるのに緊張していた。告白したら喜んでくれるのかな。付き合えるのかな。それとも振られるかな。
電話が来た。
「先輩どうしたんですか」
「ほんとは直接告白したかったんだけどさ、急だけどさ」
緊張してすぐ次の言葉が出なかった。彼女との色々な思い出が頭がよぎっていた。
彼女は静かに続く言葉を待ってくれていた。
「好きです。付き合ってください」
僕が絞り出した言葉はシンプルなものだった。
「……」
彼女は黙っている。
きっと沈黙の時間は一瞬だった。だけど、僕はその時間が永遠に思えた。
「あ~あ。言っちゃいましたね」
告白の返事の一言目は、予想外の言葉であった。
まるで英語禁止ゲームで英語を言ってしまった時のような軽いセリフだった。
電話越しに彼女は続けて言った。
「告白ってしたくなっちゃうもんなんですか?」
僕は、答えることはできなかった。頭が真っ白になったからだ。ただ、理解していることは勇気を出した告白に望んだ返事がこないということだった。
「先輩とは長く友達でいられると思ってました。恋人になったらいつか別れがくるじゃないですか、だから長くお友達で居たかったです」
彼女は通話を切った。
やっぱり通話を切られる方は寂しかった。
全身の力が抜ける。耳に当てていた携帯は脱力するように下に下ろした。
――なんで、こんな日に雪が降るんだろ。ドラマじゃないんだからさ......
東京でも雪が降る日、僕は失恋した。
想いさえ伝えなければ、彼女とまた一緒にカフェに行って話したり、漫才を見て笑ったりできていたのだろうか。電話なんてしなければよかったと思った。
誰かに聞いて欲しかったんだろうか。この日のうちにチーフの子に電話した。
「ありぁありゃ、それはしょうがないね」
なんて言って彼女は励ましてくれた。
彼女は茶化すように続けて言った。
「もうあの四人のグループで連絡できないじゃーん」
「それはごめん」
そっかグループも僕は壊してしまったんだなと思った。
東京の最終日、帰りの飛行場には彼が見送りに来てくれた。羽田空港で二人でご飯を食べた。
「そう言えば、昨日告白して振られちゃった」
「まじで!?」
「ほんとほんと。だから、俺の代わりに頑張ってくれ。絶対告白成功すると思うよ」
「そうかなぁ、まぁ、頑張ってみるよ」
「あ、そうだ。ごめんね。あの四人のグループが俺のせいで動けなくなっちゃった」
「まぁそれはしょうがないよ」
彼もまた僕のことを慰めてくれた。
彼との会話を最後に僕は、飛行機に乗り地元に帰った。
家に帰ってから数週間。スーツを買ったり、車を買ったり、内定者懇親会をやったりと社会人になる為の準備は忙しかった。
今はこの忙しさが僕にはありがたかった。進んでいく時間に身を任せ、目の前のことに集中していた。そうしているうちに東京を離れた寂しさも失恋した虚無感もだんだん薄れていった。
――ごめん。嘘、見栄を張った。どれだけ目の前のことに集中しようと夜になれば彼女との電話を思い出していたし、美味しいご飯を食べれば彼女とこの店に来たいと思ったりしていた。
そんな時、携帯が鳴った。
彼女から電話が来たと思った。けれど、そんなことはなかった。チーフの子から電話がきた。
「ねぇねぇ、知ってた?あの二人付き合ってたんだって。」
あぁ、ついにか。それはおめでたいと率直に思った。彼も頑張ったんだと思った。
「ええ、めっちゃめでたいじゃん」
「でも、」
チーフの子は少し言いにくそうにしていた。
「でも、付き合ったの結構前からだったらしいよ」
――音が消えた感覚がした。結構前っていつから付き合っていたのだろうか。僕が好きと彼に言う前から、それとも彼女に告白する前から、頭の中で色々なことをぐるぐる、ぐるぐると考える。
どうやら詳しく聞くとあのみなとみらいで彼と彼女がデートの日、付き合ったらしい。
ーーそうだったんだ。
彼らはどんな顔で僕と話していたんだろう。彼はどんなつもりで飛行機場に見送りに来たのだろうか。僕が振られたと伝えた時、内心笑っていたのだろうか。頑張れよなんて伝えた時には、バカにしていたのだろうか。彼女は、なんで教えてくれなかったのだろうか。喋りづらかったのだろうか。彼女たちは影で僕のことをバカにしていたのだろうか。
良くない考えばかりが頭をよぎる。
そういえば、僕と喋っていた彼らってどんな顔でどんな声してたんだっけな。僕は考えるのを辞めた。
僕は何か失ったような気がした。
社会人になってから二年と半年経った。一年目は、新しい環境で目の前の業務を覚えるのに必死で気づけば時間が経っていた。休日なんて寝て終わりだった。けれど、一年目と違い二年目は業務にも慣れ、職場にも馴染んで来て余裕もできて来た。
色づいた紅葉が次々と落ちていき、木々が寂しくなっていく季節、冬に備えて部屋の模様替えをしていた。
引き出しから絨毯や羽毛布団などの冬グッズを出している時、布団が収納ケースにあたり物が散らばった。
「うわ、最悪」
独り言で文句を言いながら散らばった物を片付けていると使いかけのハンドクリームがでてきた。
「これ、後輩から貰ったやつだったけな」
ハンドクリームを持ちながら大学生時代を思い出す。
そういえば、これ貰う時「絶対使い切ってくださいね」なんて言ってたっけな。
あの時は、確かに傷ついてけど、彼女と過ごした日々は間違いなく楽しく、なんだか夢を見ていたような日常だった。
「絶対使い切ってやらねぇ」
なんて思いながら、楽しかった夢を忘れないようハンドクリームを大事に引き出しに片付けた。
使いかけのハンドクリーム 天ノ悠 @amanoharu
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