第38話 AnotherEnding朱莉。

家に帰ると靴が置かれていた。

可愛らしい女性物の靴。

今になって笑梨はまだしも、光莉さんも朱莉さんも靴の大きさは知らなかったので、靴だけでは判別ができない。



「ただいま」と声をかけても、母さんのお帰りなさいのみで徹底していて、「マジかよ」と思ってしまう。


緊張しながらリビングに向かうと、居たのは朱莉さんだった。


最後に冬原プリントにお邪魔した日の言葉を聞いていた俺は、目の前の朱莉さんに驚いてしまい、「朱莉…さん?」と聞くように言うと、朱莉さんは「春也…。逢えた。私…春を乗り越えたよ。頑張ったの…。頑張って乗り越えたよ」と言うと、涙ながらに立ち上がってゆっくりと俺の元に歩いてくる。


歩く姿も大変そうで、その身体で栃木からウチまで来てくれたのかと思うと申し訳なくて、「そんなに大変なのに来てくれたの?」と聞くと、朱莉さんは「待ちきれなかったんだよ。春也」と甘えるような顔で言う。


俺は最適解を考えながらも、家なのを加味して朱莉さんの手を取って、「逢えて嬉しい」と言うと、悲しそうに「約束…、忘れちゃった?」と聞かれる。


約束なら抱きしめる話だろう。

だがこの場には母さんが居て俺達を見ている。


俺が躊躇していると、朱莉さんが「照れてる?」と聞きながら俺を抱きしめてきて、「朱莉さん!?ここ母さんが見てる!」と言うと、母さんは「朱莉さんにも春也との約束は聞いたし、蒼ちゃんからも聞いていたから問題無しよ」と言って平然とお茶を淹れる。


慌てて照れたが、知られているのならと俺も朱莉さんを抱きしめて、「逢えてよかった。嬉しいよ朱莉」と声をかける。


このまま抱きしめていてもいいのだけど体調が気になってしまい、「立ってるの辛くない?座ろう」と聞きながら席に座らせると、やはりまだ本調子では無いのだろう。

朱莉さんは俺に寄りかかってくる。


俺はそれを優しく受け止めて、もう一度「逢いに来てくれてありがとう」と言う。


その後は母さんのお茶を飲みながら、目覚めてからの話せる話を聞いた。

あくまで最後に光莉さんのお母さんから聞いた、二度と目覚めないかもしれない部分には触れない。


「目が覚めたのは4月3日。目を開けるとお母さんが涙を浮かべて喜んでいて、実は危なかったんだなって気付いて、お母さんに「春也の約束のおかげ」と言うと、お母さんは泣きながら「本当ね。卯月さんは冬原家の救世主よ」と言ってくれて、部屋にかけてきたお父さんと光莉が来て喜んでくれたんだ」


「その日から毎日目が覚めて、4月10日からは重湯を口にできた。お腹が鳴るようになって、日増しに食べられるものが増えて、起き上がれるようになれて、立ち上がれるようになって、歩けるようになる。連休前には病院で検査を受けて数値は元通り」


「連休になって4人で外食をした。春也の所に行きたいと言ったら、お母さんもお父さんも賛成してくれた」


俺はここで初めて「光莉さんは?」と口を挟むと、「光莉は春也のおかげで大学生活が充実してて、とても春也に会いにいけないし、忙しすぎて何も考えられなかったって言ってたよ。光莉ね、大学で写真部に入ったら、春也に鍛えられていたおかげで、周りの子より何でも知っているからって期待のホープなんだって」と言って、朱莉さんが嬉しそうに笑う。


朱莉さんは笑った後でお茶を飲むと、「ねえ春也、約束…覚えてくれてるよね?」と言って俺の顔を見た。俺は「うん。南国だよね?今日、勤め先に顔を出して後悔したから退職する。約束通り南国に行こう。身体が弱る冬や、起きられないかもしれない春を待たずに済むところに…」と言うと、朱莉さんは首を横に振って「それもそうだけど、キスの約束。お母様に話したら、好きにしてと言って貰えたよ?私、泊まれる用意してきたよ。春也の部屋で眠りたいよ」と言った。

俺は驚いて「え?」と聞き返すと、向かいで母さんは嬉しそうに「ふふ。朱莉さんと少し話したら、凄くいい子なのがわかったし、すぐに帰ったら疲れちゃうから、当分居てもらおうと思ったのよ。もう南国でもキスでも好きにしてね」と言い出した。


何も返せない俺に、母さんが「2人ともまだ食が細いから、外食はやめて私が用意するからのんびり過ごしなさい」と言い、食事まで部屋で過ごす事になると、朱莉さんは俺に抱きついてきて「ずっと一緒にいて?」と囁く。


「朱莉こそ俺といてくれる?」

「離れたくないよ」


そのまま見つめ合った俺達は抱きしめ合いながらキスをした。

ファーストキス同士で照れたが関係なかった。



唇が離れると、朱莉さんは俺の目を見て「春也、住む所見つけたよ」と言う。


「何処?」

「沖縄と九州はウチから離れすぎててダメそうだから。私は私を弱らせる冬は雪なんじゃないかと思ったの」


「雪?」

「うん。だから春也、静岡に住もう」


まさかの地名に俺は「静岡?」と聞き返すと、朱莉さんは「うん。降雪量が殆どないんだよ。それで春也の説が正しくて、静岡で元気になったらお父さん達を納得させて、沖縄でも何処でも行こうよ」と言う。俺は朱莉さんとの新しい日々を想像して、とても楽しそうで「いいなそれ」と言うと、朱莉さんは「春也、キス」と言って目を瞑る。


俺は無言でキスを返すと、朱莉さんは頬を赤く染めて「元気が出てくる…沢山して」と言ってくれた。


俺も元気が出る気がして「うん。俺も元気が出る」と返しながらキスをした。

俺たちはキスで元気になって冬に弱らず春に怯えない土地に行く。

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初雪とともに来て春の訪れとともに去る。 さんまぐ @sanma_to_magro

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