第37話 AnotherEnding光莉。
家に帰ると靴が置かれていた。
可愛らしい女性物の靴。
今になって笑梨はまだしも、光莉さんも朱莉さんも靴の大きさは知らなかったので、靴だけでは判別ができない。
「ただいま」と声をかけても、母さんのお帰りなさいのみで徹底していて、「マジかよ」と思ってしまう。
緊張しながらリビングに向かうと、居たのは光莉さんだった。
俺が「光莉さん?」と言うと、光莉さんは「お邪魔してます!逢いにきましたよ!春也さん!」と言って立ち上がり、俺の前に来て「キチンと考えました。待ちました!」とテンション高く言う。
確かにどこか確信はあった。
それでも驚いて目を丸くする俺に向かって心配そうに「嫌でしたか?」と聞いてくる光莉さん。
「ううん。新生活を迎えても来てくれるなんて思わなかったんだ」
「ああ、その事でしたか。笑梨とも話しましたよ」
まさかここで笑梨の名前まで出てくると思わずに「え?」と聞き返すと、「ふふ。驚きましたか?2人でキチンと話しました。笑梨は新生活が忙しいのと、あくまであの皆での暮らしがしたい気持ちの方が強いので、私が春也さんと仲良くなって春也さんを栃木に連れ帰れればいいって言ってました」と言って笑う。
笑梨はそのくらいの気持ちで、よく婿にするなんて言ってくれたなという気持ちとやはりなと言う気持ちになる。
俺は面白くなっていて、笑ってしまうと「春也さん?」と声をかけられる。
「いや、笑梨らしいなと思ってさ。でも栃木って俺の居場所ないからなぁ。それは保留かな」
俺は母さんが光莉さんの席の横にお茶を置いてくれたので、座りながら言うと光莉さんは顔を暗くして、「お姉ちゃんはあのまま起きられずに…4月を越えられずに死にました」と言った。
あの冬原プリント最後の日に光莉さんのお母さんから聞いていて、何処か確信はあった。
「奇跡って物語みたいには起きません」と言った光莉さんは泣いていた。
俺が「光莉さん」と声をかけると、光莉さんは「私って嫌な女なんです。前に春也さんに仕事があれば栃木に住んでくれるかって聞いた時、もうすぐ冬原プリントには欠員が出ると思ってしまいました。でもそれを口にするのは怖くて、やっぱりお姉ちゃんは大好きなお姉ちゃんで、悲しみたくなくてつっけんどんにしてしまって、後は家の中がお姉ちゃん優先で、お父さんなんて「朱莉は死なない」なんて言いながら、お姉ちゃん優先で思い出作りに躍起になっていて、私はオマケでした。だからドンドンお姉ちゃんが嫌いになっていったのに、今はとても悲しいのに春也さんに逢いたくて5月になって来てしまって、嫌な女なんです」と取り止めもなく言って泣いた。
「…春也、話を聞いてあげなさい」と言った母さんは、「少し席を外すわね」と光莉さんに言って買い物に出掛けてしまった。
俺はどうしたらいいかわからずに、光莉さんの手を取って「大丈夫。光莉さんは嫌な人ではないよ。嫌ってしまう人がいたとしても、光莉さんは朱莉さんを好きだったんだから、嫌な人じゃないですよ」と言うと光莉さんは俺の胸で泣いた。
落ち着いた光莉さんは「春也さんはお姉ちゃんが好きでしたか?」と俺の胸の中で聞いてきた。
「よくわからないんだ。考えたんだけど、確かにエンジョイ公園で会った時、それまで撮れなくなっていた人物の写真も撮れたし、その後から気温の寒さや食べ物の熱さがわかるようになったから特別な気はするけど、好きかどうかは経験がないからわからない。でも気持ちを伝えてもらった日、何をしたらいいかを真剣に考えて行動をしたし、付き合うことを考えた時にキチンとイメージが出来たよ。だから約束をしたんだ」
「約束?5月に会う約束ですよね?」
「うん。そしたら南国に住もうって誘ったよ」
「南国…」
「うん。身体が弱る冬が来ないで、越えられるかわからない春を迎えないで済む、常夏を目指そうって言った」
「それ、行ってたらお姉ちゃんは長生きしたかも知れませんね。お姉ちゃん、誕生日は11月なのに夏女ってくらい夏は元気でした」
「そっか。残念だな」
光莉さんは「はい。残念です」と言ってから、「色々なしがらみとかを抜きにして、私を女として見てくれますか?考えてくれますか?」と聞いてくる。
急な質問に「…うん」と言った後で「切り替わりが急だね」と聞くと、光莉さんは「はい。切り替えます。それは私がお姉ちゃんを送る時にした約束です。お姉ちゃんを言い訳に春也さんに迫らない。お姉ちゃんを言い訳に逃げ出さない。コレが約束です」と鼻をすすりながら言った。
なんて前向きなのだろう。
本当に凄い。
俺は「うん」と返事をしてから、「きてくれてありがとう。しっかり考えるよ。住むところも考える」と言うと、光莉さんは「どうしたんですか?ああ、さっきお母様が言ってましてね。職場に顔を出されてんですよね?」と聞いてくるので、何があったかを話して疲れたと言うと、「ふっふっふ」と笑った光莉さんは「お父さんとお母さんの夢が叶いました!春也さんの所に行くなら、是非とも冬原プリントに来てもらえと言われました!お父さんからですが、キチンとお給料を支払います!春也さんの為に福利厚生をキチンとするとお母さんが言いました!笑梨も「ウチに住めば家賃いらないよ〜」と言ってます!バッチリです!」と言って俺の手を握って「春也さん。落ち着いたらどうぞ栃木に帰ってきてください。ウチもお姉ちゃんの納骨とか遺品の片付けとかありますが、いずれ落ち着きますから安心してください」と言う。
勢いに飲まれながら、なんだか物凄い事になってきたと思っていると、母さんが大荷物で帰宅したので、話題を逸らすために「母さん?何買ってきたの?」と聞くと、母さんは「何って光莉さんの寝間着やタオルよ。聞いたら万一春也に帰れって言われたら格好つかないから、着の身着のまま来たんですって」と言って大荷物の中から可愛らしい赤い寝間着を取り出して見せる。
まさかの話に「え!?嘘!?泊まるところも何も決まってないの?」と光莉さんに聞くと、光莉さんが答えるより先に母さんが「泊まる所はウチよ。私が招待したわ。布団は干してあるし、春也の部屋に敷くから後で掃除しておきなさい」と言われて、「えぇ!?光莉さん?俺の部屋?」と聞くと、光莉さんは「ダメですか?」と泣きそうな顔をする。
俺が慌てて「いや、俺も男ですし…」と答えると、光莉さんは前のめりに「私は大歓迎です」と言う。
その時に見えた足元の荷物を見て、「そもそもその荷物は何?」と聞くと、「カメラです。私、大学で写真部に入りました。パソコン持参なので後で撮った写真を見てください」と言い、俺のプレゼントした水色のストラップが付いたカメラを取り出してニコニコとする光莉さん。
何も言えないと思った所で、母さんが「下着だけは勝手に買えないから、今から春也と駅ビルの下着売り場に行ってきて。春也、お金出してあげなさい」と言ってくる。
下着…売り場?
俺が?光莉さんと?
俺は更に慌てて「俺!?母さんと光莉さんで買いに行くのは!?」と言ったのだが、母さんはシレっと「アンタ女っ気ないんだから好みの下着を見つけて、光莉さんに着てもらいなさい」と言って鼻で笑う。
なんて事を言うんだと思っていると、光莉さんは「お母様、ありがとうございます!」と言った後で、「下着モデルの撮り方も教えてくれますか?今回は私が被写体になります」と真っ赤な顔で聞いてきた。
朱莉さんの事で落ち込んでいるはずなのに、俺の脳内には下着姿の光莉さんが俺の部屋でポーズ指定に従ってくれて、俺が撮影する姿が思い浮かんでしまい慌てて煩悩を振り払う。
「とりあえずそれは後にして、他に買わなきゃいけないものとか言って。ついでに買おう」と言って立ち上がると、母さんから「あ、お箸とお茶碗とマグカップとお椀もよろしくね」と言われてしまう。
俺が振り返ると、母さんは「これから月に2回は泊まって貰うわ」と言って胸を張る。
「なんで?」
「アンタとじゃ退屈なのよ。少し話したけど私は光莉ちゃんと仲良く出来そうで嬉しいのよ」
これに光莉さんは「嬉しいです!お夕飯とかお手伝いさせてください!」と言い、母さんは「今晩は外食よ。美味しいものを食べに行きましょうね」と言い出した。
俺はこれ以上傷口が広がらないように外に出ると、光莉さんはキチンとカメラバッグを持ってくる。
俺もカメラバッグを持っていて、変なツーショットだがカメラを扱う者としてはおかしな事はない。
歩きながら「カメラ、気に入ったみたいで嬉しいよ」と言うと、横を歩く光莉さんは「春也さんから教わったモノは大事なモノですよ」と言ってくれて、俺がその言葉に頷くとジト目の光莉さんが俺を見ていた。
「光莉さん?」
「春也さん、山田の奴がカメラ教えろって言うくせに、覚える気がなくて破門しましたからね。今度来たら春也さんが教えてあげてくださいね」
山田の奴…、結局は光莉さんが目当てでヤル気は無しか…。
俺は呆れながら「アイツのカメラってチラッと見たけどオートあったよね?もう発光禁止と測光禁止だけ教えればいいんじゃない?」と言うと、光莉さんは「全部春也さんが帰ってきてくれたらにします」と言って笑っていた。
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