第36話 AnotherEnding笑梨。
家に帰ると靴が置かれていた。
可愛らしい女性物の靴。
今になって笑梨はまだしも、光莉さんも朱莉さんも靴の大きさは知らなかったので、靴だけでは判別ができない。
「ただいま」と声をかけても、母さんのお帰りなさいのみで徹底していて、「マジかよ」と思ってしまう。
緊張しながらリビングに向かうと、居たのは笑梨だった。
俺の方を見て、右手を挙げて「やほー、来たよ春也」と言っている、笑梨と母さんのツーショットは蒼子おばさんと笑梨が居た栃木の日々に見えてしまう。
俺が驚いていると、「何その顔。嫌なの?」とジト目で真っ先に聞かれて、「1番ないと思った」と返すと、「酷くない?」と言われる。
照れ隠し感覚で「餌付けし過ぎたかな」と笑うと、「酷い」と言いながらも、「くる最中に見えたピザ屋さんは美味しいの?」と聞いてくる辺りが笑梨らしい。
「俺も知らない。最近できたらしいけど、俺はおかしくなってたからな」と返すと、母さんがお茶を淹れながら「できてもうすぐ2年よ、春也が仕事始めてからだから、最近なんて適当言って」と口を挟む。
なる程、そんなに時間が過ぎていたのかと思った俺は、「行くか?」と笑梨に聞くと、笑梨は目を輝かせて「行きたい!」と言う。
俺が「母さんは?」と聞くと、母さんは呆れ顔で「お土産買ってきてくれればいいわよ」と返事をして、笑梨が「えぇ〜、藍子おばさん行かないの?」と母さんに聞く。
母さんが困り顔で「やだ…最初から姑付きは嫌でしょ?」と聞くと、笑梨は「そんな事ないヨォ」と言い、2人で勝手に盛り上がる姿に俺は呆れてしまう。
「疲れたから少し休ませてくれ」と言ってソファに座ると、笑梨は「お婿さんが嫌ならお嫁さんでもいいよ?」と言ってくる。
「お前、考えたのか?」
「考えたヨォ。失礼しちゃうなぁ」
俺は「餌付けし過ぎたかと思った」と軽口を叩いてから、その後の栃木の話を聞いた。
光莉さんは大学が忙しくなった事、写真部に在籍してしまったら、ずっと撮影で忙しかったらしい。
「あと…、朱莉さんのお葬式があったの。だから光莉はずっと忙しくて、大学と朱莉さんの事で余裕ない感じ」
そう、朱莉さんは春を越えられなかった。
俺の送った写真が遺影になって、家族葬で笑梨達すら参列出来ずにいた。
「お母さんが御香典だけ持って行ってた。私は光莉から来ないで欲しいって言われたんだ」
笑梨の話を聞き、俺が困った顔をしていると、笑梨は「大丈夫?朱莉さんの事、好きだった?」と聞いてきたので、「わからない。でも約束はしていたんだ。無事に5月を迎えたら南国に行こうって」と言いながら、あの春の日差しの中で寄り添いながら話した朱莉さんを思い出す。
「南国?」
「うん。冬に弱って春を越えられないかもしれない朱莉さんと、常夏に行って冬に怯えないようにしようって」
俺の言葉に笑梨はジト目で見てきて、「何その告白みたいな奴、私されてない」と言う。
「…お前…。俺は真剣に考えると言ったんであって、これから考えるんだ」
「じゃあ考えてよね。とりあえず春也は光莉や冬原プリントには当分近づけない?」
「まあな…、色々考えてしまう。でも落ち着いたらお参りには行きたいな」と言った俺に、「ふむ」と言った笑梨は、いきなり母さんに「春也をお婿さんで連れて行くんじゃなくて、お嫁さんになってこっちに住んでもいいですか?」と聞き始める。
母さんは「あら嬉しい。蒼ちゃんとも居られるし、笑梨ちゃんとも居られるなんてハッピーよ」と喜んでニコニコしている。
なんかとんでもない事になった気がする。
「春也?」
「何?」
「凄く疲れてるよね。大丈夫?」
「会社に顔を出してきて酷い目に遭ったから疲れた」と言った俺は、「ふむ」と言って笑梨の腕を持って自分の前に座らせると、そのまま背中から抱きかかえてみる。
「うぇ!?えぇぇ?」
「いつも抱きついてきた笑梨が驚くのか?とりあえず疲れた。この抱き心地は悪くないな。少しして気が済んだらピザに行くぞ」
「うん」
「笑梨、何処に住む?俺は多分転職するぞ」
「南国行きたいの?」
「いや、ここに住んでもいいが手狭だ」
この会話に母さんは「ふふ」と笑うと、「もう考えてるじゃない」と言っていた。
確かに考えていた。
この抱き心地が混乱させてるんだと思う。
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