大切な人だから ~ボディガードとしての務め~



 その日はいつもより目覚めが良かった。


 昨日は演劇が終わった後教室でダイスケのお別れ会が行われた。その主役は部屋の反対側にのベッドでまだ寝息を立てている。起こさないように起き上がり、水を一杯飲んで着替えると外に出た。




 朝の空気はとても清々しい。早朝のランニングをしながら、昨日の事を考えた。


 何故、立花サツキが狙われたんだろう?


 黒いモヤに拘束さたサツキに、アヤカだけが来るように指示されたメッセージ。そしてあの鳥。

 もしダイスケが旧校舎に到着していなかったら、あるいは僕とタケシの戦いをナオキが仲裁するのが少しでも遅れていたら、どちらが欠けていても立花サツキの命はなかったと思う。

 あの後学芸会の隅々をダイスケと調べたけど、一切の痕跡がなかった。


 犯人の筋書きはおそらく、学芸会というプライベートスクールに潜入しやすいイベントを利用し複数人で侵入し、立花サツキを捕獲。あの鳥を利用し殺害、そしてその間に当人たちは逃亡。僕と戦ったタケシという男はクローズコンバットを使用していた…元軍人の可能性が高い。彼は傭兵のような立ち位置だと推測するとつじつまが合う。


 そこまで考えて、いつもより自分のペースが速い事に気付き少し立ち止まった。軽く息切れをしながら呼吸を整えると、日が昇って、田舎道が明るく照らされていった。


「誰が、何の為に。あれはまるで、アヤカに立花さんの死を見せつけようとしていたみたいだ」


 深呼吸をして、さっきよりゆっくり走り始めた。アヤカを取り巻く環境は、僕が考えていたよりずっと複雑みたいだ。





 ランニングを終えて研究所に戻ると、ダイスケがおにぎりをかじりながら部屋から出てくる。

 トレーニングの締めの組手を終えて、3人でとる朝食。ナオキはしばらく家をあけていたから、一緒に食事をとるのは一週間ぶりだ。


 ――驚きましたよ、君の保護者のナオキは、まだ何も話していないようですね


 ミツルという男にダイスケが言われた言葉だった。そして、ミツルはこうも言ったらしい。


 ――君と友達のリュウが、この年齢で狙撃手とボディガードの仕事をしている...その理由を考えたことがありますか?


 その意味深げな問いに僕もダイスケも困惑した。それについて問いかけると、ナオキは困ったような顔をしていたけど、少しだけ話をしてくれた。


「世の中、天才や才能だけでは説明が聞かない事が多々あります。君たちはいい例だ」

「ナオキは何か目的があって、僕たちを預かってるって聞こえるけど」

「目的は、あります。まず君たちは保護者がいなければ生きていけません。隠していたわけではありませんが、君たちにそれを言うのはまだ早い」


 しかしダイスケは反論した。


「ミツルさんはナオキが何も話してない事に驚いてたぞ」

「やれやれ、おしゃべりな人だ」


 そう言って、ダイスケから目を逸らしたナオキは、いつもの穏やかな表情をしていない。普段のナオキなら、小言やブラックジョークでも口にして、柔軟に話を逸らしているところだ。

 …少し、疲れているようにも見える。昨日までの一週間の外出の前は元気だったから、よほど忙しい研究や仕事があったか、もしかしたら体調を崩しているのかもしれない。


「君たちが僕がいなくても生きていけるくらい大人になったら、話します」


 ナオキはそう言うと研究室に行ってしまった。

 ダイスケは不服そうだったけど、話してくれない事を無理に問い詰めても無駄だ。気を取り直して学校の準備をするとダイスケは羨ましそうにため息を漏らした。


「いいよなぁ、お前は」


 ダイスケが他人を羨むのは珍しい。昨日までで幕を閉じた学校生活はよっぽど彼の肌に合っていたようだ。


「仕事」


 それだけ言って、僕は家を出た。


 田舎道を歩いていると、ナオキと初めて会ったバス停がある。

 あの時はとにかく無我夢中で走っていた。雨が激しく降っていて、いっそこのまま死んでしまいたいと思っていた。そんな時に傘をさしてくれたのが、ナオキだった。

 僕はあの時家に招き、食事を与え、そして新しい仕事…ボディガードという役目を与えてくれた事に、感謝をしてる。


「ナオキが何者でも、僕は従うさ」


 ボディガードや狙撃手をさせている理由…僕達がもう少し大人になったら話してくれるかもしれない。きっとダイスケも同じ事を考えているはずだ。

 

 


 

 天気が良い日だった。

 都会の外れにある、澤谷邸。立派な門を抜けると、アヤカの好きな自然に囲まれた中庭がある。その中心のレンガで埋め尽くされた道を歩いていくと、いつものように裏口から屋敷の中に入った。


 澤谷さんと、アヤカの姿はなかった。また例の部屋だろうと思い、大広間の大きな扉の前で待っていると、アヤカがいつものように使用人と出てきた。

 ……やっぱり、今日も顔色が悪い。


「おはよう」


 いつも通り挨拶をすると、彼女の体がふらつき、咄嗟に体を支える。その時アヤカの腕が僕の左腕を強く掴み、同時に昨日鳥との戦いでついた傷が激しい激痛を訴えた。それに気づいたのかアヤカはすぐ体を離し、いつもの笑顔を取り戻した。


「手を、繋いでほしいな」


 こういう時に小さな要求をするのは、アヤカなりの気遣いなんだと思う。お願いを聞いてあげると、嬉しそうな顔をするから、僕も少しだけあったかい気持ちになるんだ。


 アヤカの手を取り、屋敷の外に出ると、左右に広がる中庭。少し冷たい風が吹き、草の揺れる音が響く。


「リュウ、ちょっとだけ中庭を見ていきたいの」


 時計を見るといつもより少し早い時間。登校時間には問題ない。


「少しなら、いいかな」


 中庭には、小さな池がある。そこはアヤカのお気に入りの場所で、彼女と初めて会った場所だ。

 その池のほとりの一点を見つめて祈るように瞳を閉じたアヤカ。


 アヤカが無理に笑顔を作ると、周りには微かな冷たい風が吹く。それが何なのか、最初は不思議に思ったけど、「精霊」がアヤカの気持ちを僕に伝える為に吹かせている風なんだと、最近になって気付いた。


「学校、行こう」


 アヤカはいつもの笑顔を浮かべるけど、冷たい風が微かに吹いてるから、多分今は泣いている。最初はよく笑う明るい子だと思ったけど、アヤカの感情に精霊が反応している事に気付いてからは、彼女への印象はだいぶ変わった。


 アヤカは、あの部屋であった事を覚えていないように見える。一体何があったんだろう?

 そんな事を考えていると、アヤカがふと、足を止めた。


「あのね…私、リュウともっと学校生活を楽しみたい」

「え」


 少し、驚いた。

 アヤカは以前から、僕にもう少し授業に積極的に参加するように声をかけてくれていた。でも、軽く口にするくらいで、今みたいに…


「リュウのおかげで学校生活が送れてるんだ、本当に感謝してるよ。でも、リュウがけがをするのは本当につらい…」


 …そう、今みたいに悲しそうな顔をして、言われたのは初めてだ。


「僕はアヤカのボディガードだから、仕方ないんだ。アヤカは学校を楽しむことだけ考えてほしい。何かあったら、自分のことだけを考えるんだよ」


 いつも通り、率直に答えた。僕はアヤカのボディガードであり、何かがあれば身代わりになってでも、彼女を守らなければいけないんだ。


「リュウが大切だから、一緒に楽しみたいの」


 いつもは僕の言葉に素直に頷いてくれるのに、今日は少し違った。アヤカの頭に触れて、少しだけ撫でてあげると、微かに震えていた体が落ち着いていくような気がした。


「ありがとう、アヤカ」


 最近は少しわかってきた。妹のユメに語り掛けるように話すと、アヤカはいつも安心してくれる。

 何かがあったんだと思う。でも、余計な詮索ができない。アヤカが心配だけど…ボディガードである僕に出来る事は、そう、多くないんだ。


「熱いかな」


 アヤカの顔が少し熱い気がして、反射的に僕は彼女の額に手を当てて体温をチェックした。これは依頼人の緊急時にボディガードが行う体調チェックのひとつ。応急処置のようなものだ。

 感情的になってはいけない。あくまで、僕は彼女を守る存在だ。

 ダイスケが言う「俺たちなりのアピール」…君が大切だって、言うことが出来ない僕の、精一杯なんだ。

 アヤカは少し困惑した表情をしていたけど、構わず続ける。脈拍と瞳孔を確認し、心配ないと判断して一息ついた。


「とりあえず、健康上の心配はなさそうだね」

「え?」

「アヤカ、顔が赤いよ。念のため医者を呼ぶけど、いい?」


 澤谷さんから、アヤカの体調管理には特に気を遣うように言われてる。だから、アヤカにそう伝えたんだ。

 でも、呆然としていたアヤカは一瞬きょとんとした顔をして、更に顔を真っ赤にしたんだ。



「リュウのバカ!」



 彼女の声が中庭に響き、僕は驚き固まってしまった。アヤカがこんなふうに叫ぶところは初めて見たからだ。…静電気のようなものが彼女の周りをパチパチと音を立てて漂っている。

 きっと、これも精霊なんだと思う。電気は初めてだったけど、直感が訴えてくる。


 ――むやみに触れてはいけない。



 しばらく体を震わせていたアヤカは、やがて肩を落として黙ったまま送迎の車の方へ向かっていった。





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少年ボディガードと妖精姫 / 妖精と科学、子供達が未来を切り開く現代ローファンタジー てぃえむ @tiem112011

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