第16話 人生はこれからも続く
私の結婚式に、母は来てくれなかった。
37歳で、しかも同性婚。だったとしても、最後くらい親っぽいことをしてくれと思わずにはいられなかった。
一人だけ、親類が来てくれた。
母の妹の娘だった。名前は、確か未羽ちゃんだった。
年齢は24歳で大阪に住む会社員。あまり話したこともなく、今行われている、披露宴の後の食事会で初めて、面と向かって会話をした。
ここは、アルトリアスさんの顔なじみのお店で席を取っておいてくれたらしい。
「私、つい最近、自分は同性愛者だって気がついたんです。なんで気がついたかと言うと、このアニメ映画を見たからなんですよ」
そんな中、未羽ちゃんが口を開いてくれたのである。
私とアルトリアスさんは彼女に集中する。スマートフォンが差し出される。
それは、私が心血を注いで制作に関わった、オリジナルのアニメ映画「バーテンダーと恋と、私の見つけ方」だった。
内容は、生まれた時から、世の中に馴染めないと思い続けていたOLが、友人に連れられて同然訪れた寂れた店のバーテンの女性と一目惚れで恋に落ち、本当の自分を見つけると言うものだ。
「それで、その⋯⋯未羽ちゃんの感想はどうだった?」
突然、彼女はボロボロと、大粒の涙を流し始めた。
「これ、ウチの話やって思ったんです。小さい時から、なんだかこの世界に、自分だけ馴染めてないんじゃないか、そんなふうに思っていたんです」
背中をさすってあげた。
アルトリアスさんが、不安と重圧、遅々として変わらない現状に押しつぶされてしまいそうになった時にしてくれたように。
「好きになってたのは女のアイドルで、学生の時も、女の子とばかり仲良くなりたかったし、ドキッとしたのも、女の子が最初で、ずっと自分はおかしいんやって思い込んでたんです」
努力が報われたと思った。
私は漫画だったけれど自分も救われた経験があって、いつか一人の負担を少しでも減らせたら、そんなことができたらと思っていた。
私の心を救ってくれたのも百合で、その恩をずっと返したいと思っていた。
こんなにもみじかな存在の未羽ちゃんのことを少しでも勇気づけられたことが本当に嬉しいと思った。ぎゅっと未羽ちゃんを抱きしめる。
「でも、そんなことないって、貴女は貴女のままでいいって言ってくれたのは真美さんが初めてだったんです。それで私は、自分の居場所に出会えたんです……」
頭を撫でてあげた。私も目頭が熱くなった。
「うん、うん。良かった。自分のことを信じてくれて嬉しい。ぐすっ……ははは、なんだか私まで泣けてきちゃった。未羽ちゃん、声かけてくれてありがとうね」
アルトリアスさんは何も言わずに私たち二人を抱きしめてくれた。
「やったな真美。私は真美を誇りに思う。君は、出会った時から本当に勇敢で、他者の為に戦うことができる、私が知り得る中で最も偉大な魔法使いだ……!」
未羽ちゃんがやっと笑ってくれた。
「確かに、ほんまに魔法使いですね。ふふふ、アルトリアスさん、真美さんにベタ惚れなんですね。ウチにもそんな人に出会えたらいいんですけどね」
出会いの場はまだあんまりないもんね。でもなんとかしてあげたい。けどあまりグイグイ行きすぎてもいけない。抑えろ私。
「大丈夫だよ、未羽ちゃん素敵な人だから大丈夫。あ、それか、大阪にあるレズビアンの人が集まるバーがあるから教えてあげるね。未羽ちゃんモテそうだなぁ……」
とは言っても、私は仕事人間だったからアドバイスできることがなかった。
「仕方ない、この私がどうやって真美を嫁にしたかを、特別に身内の君に教えよう。ではまずビールを追加しよう。日本の「ビール」というものの美味しさは素晴らしいんだ。知っているかな?」
タッチパネルの使い方もバッチリだ。初めこそ警戒していたが、周りの親類も興味があったらしく、アルトリアスさんの話を聞きたがっていた。
「結構恥ずかしいですよ、アルトリアスさん……こんなおばちゃんの馴れ初めなんて聞きたいかなぁ……」
彼女が立ち上がった。
「聞きたいだろうさ。この世界には君以上に愛する人は居ないよ。美しい人」
お酒が入ったせいかいつもより饒舌になっていた。笑いが生まれて、いつの間にかアルトリアスさんにこの場の全員が惹きつけられていた。
「さて、私と真美の出会いは────」
「今日はありがとうございました。教えてくれたところ行ってみます。何か進展があったら連絡しますね。今日はお二人に会えて本当に嬉しかったです。真美さん、アルトリアスさん、ありがとうございました。これからも頑張ってください!」
未羽ちゃんは最後には笑っていたのが救いだった。そして、少なくとも会場にいた親類には祝ってもらえたんだと思う。共に祝ってくれた、同人時代の仲間たち、ヴァルハラの皆んな、幼馴染の彼女を連れてきた澪ちゃんにも感謝の念が尽きない。
その後の私達はというと、アルトリアスさんは、掲げた公約を全て実現させたあと、国会議員辞め、ヴァルハラの経営陣の方に加わってもらった。
そして、女性同性愛者として、政策提言を行いながら、日本各地で講演会を行なって、施行されたばかりの同性婚について子どもたちや中高生、広くたくさんの人の理解が深まるように活動している。
中高生の女子からアルトさんと呼ばれているので真似しようと思う。
私はというと、仕事の最前線からは一歩引いたところから、アドバイスをする方側へと変わった。少し時間にゆとりが持てるようになり、やっと、婦妻二人の時間が持てるようになったのだった。
日本に渡ってきて「初めて」デートをした。
自分たちの指の間で結婚指輪を、何度も眺めては二人で笑い合った。
ディナーはアルトリアスさんが顔馴染みの隠れ家のような洋食店だった。
「ここまで長かったですね。自分が結婚できているなんて、今でも信じられないな、何度もできない、無理って言われたけれど。諦めなくてよかった」
そのお店で出てきたパンが、ずいぶん前に、持ってきた分が無くなったスノーガルドの小麦と似た香りだった。とてもよく似ていた。
もう一度、あそこに戻れたらと思わない日はない。
「やはり、もう一度スノーガルドの地に立ちたいと思うかい」
ここのパンの味もスノーガルドの物とよく似ている。
だからアルトリアスさん一人で訪れていたそうだ。
私にとってあの土地への想いは進む足を鈍らせる原因になると考え、連れてくることはなかったのだという。
「いえ、良いんです。心の中にスノーガルドはありますから……」
食事の内容も、素朴で温かみのあるものだった。
心から愛している人とたわいのない会話をして、同じ空間で息を吸う。私はその何でもない幸福さえあればいい。
「真美は、やはり強い。君のような人の特別になれて、私は幸せ者だ」
「こちらこそですよ。今の私があるのは全て貴女のおかげなんですから」
アルトリアスさんが私の手を取ってくれて、二度目のチャンスをもらえただけで十分なんだ。これ以上臨んだらバチが当たる。今は食事に集中しよう。
デザートとコーヒーまで飲み終えて、気がつくとマンションの部屋にいた。久しぶりにお酒を飲んだせいか酔ってしまった。申し訳ないことをしてしまった。
「あぁ、気にしなくていい。酔っている方が君は甘えてくれるだろ?」
アルトリアスさんにキスをして誘った。
「わっ、私何やってるんだろ……忘れて……」
耳元に口が寄せられる。
「知っているかい、女性の性欲のピークは四十歳ほどなんだ。真美がはしたないから私を求めた訳じゃないということさ。それに、前から言っているだろう、タイプは年上の女性だって。何も気にしないでいい。真美はどうしたいのか教えてくれ」
────久しぶりに、自分の中の「女」を満たしてもらった。
翌朝、目が覚めると、ドラバニアさんが、コーヒーを淹れていた。出会った頃より背が伸び、顔からは気品が溢れる淑女となっていた。
「お久しぶりでございます、真美さん。ポータルが開通し、こちらにお迎えにあがることが叶いました。再びお目にかかることができたこと、至極の喜びです」
アルトリアスさんが悪戯が成功した子供のような顔をしていた。
「えっ、これはどういうことですか……?
「私が不在の間に、日本とスノーガルドを安定的にに行き来する方法を、メイフィストとエミーリア、メリアに見つけるように密かに指示を出していたんだ」
私も開通させる方法を探していたが、世界を渡ることは、魔術の祖であるモルガにスさんほどの原初のルーンを用いる事ができなければ見つけられなかった。宮廷の皆が諦めずに探し続けてくれていたんだ。
「はい、そう指示を頂いたと伺っております。お待たせいたしました」
びっくりしすぎて涙も出てきて大変なことになっている。
「またスノーガルドに行けるなんて思ってなかった……これはまさに、女神エルダーの起こして下さった奇跡ですね……」
「それもあるかもしれないが、忘れてもらっては困るぞ真美。我が臣下たちは優秀な先鋭達だからな、彼女らに不可能はないと信じていたさ」
アルトリアスさんは、スノーガルドの者達を誇らしく思っているだろうということが表情から読み取れた。私も胸が熱くなった。
「涙を拭いて、さあ行こう。スノーガルドへ!」
「これが最後のプレゼントだよ。しばらくの間にまとまった休みの日ができたというわけで、里帰りに出かけようじゃないか」
アルトリアスさんが時計に触れると、ゲートが開いた。
一歩足を踏み出すと、そこはスノーガルドだった。
潮風の吹く美しい城壁が見える。
「おぉ、帰ったか。久しいの、真美」
「メッ、メリアちゃん、だよね……ただいま、ただいまメリアちゃん!」
「おっと、相変わらず元気なやつじゃ。よくぞ戻った。おかえり……」
私達がいない間にメリアちゃんが成人になった。
アルトリアスさんと同じく恐ろしい美形になっており、今も後ろにいる街中の女たちが黄色い声をあげていた。
メリアちゃん、ドラバニアさんとともに宮廷へ。
「ご帰還をお待ちしておりましたぞ、我が王よ!」
ドラバニア婦妻には二人の子供がもたらされた。
「また会えたな、我が愛弟子よ」
「おかえりなさいませ。魔術でお役に立てて光栄でございます」
先生はエミーリアさんと「魔道インターネット」を完成させ、二人で魔力学院の校長副校長となり、学長室で愛を育んでいるのだとか。
スノールさんは民の信用を得た。
今では、アルトリアス王と並ぶ賢王と呼ばれているようだ。
彼女がもう一人の王となった。アルトリアスさんが日本にいる間に玉座に着くことを国民は選んだのだ。そして、七年間の間にンドゥールさんにプロポーズされて婦妻となったそうだ。素晴らしすぎる。
「ンドゥールは私の宝だよ。ありがとう」
「恐悦至極。妻よ、共に光のもとで生きましょうぞ」
「硬いぞンドゥール……ふふふ、」
「これでも、右腕でしたからな。ご容赦くだされ。ははは!」」
おめでとう。お幸せに。
帰還を祝う帰還式は、盛大に祝われた。
海辺の白い砂浜、歴代の王族が訪れた避暑地にて、小鳥遊婦妻が沈む夕陽を眺めながら、休暇を楽しんだが、ついに最終日となった。
明日は、オリジナルアニメ映画第三弾「後輩ちゃんは異界の女神らしい」の制作発表会見がある。今回はメリアちゃんとエミーリアさんがゲートを通り、日本にインターン生としてヴァルハラにやってくるそうだ。
「夏休み満喫しすぎて働きたくなくなってきた……ねぇ、アルトリアスさん、やっぱりもうちょっとサボらせてもらえませんか……」
「役員としていうが、それは無理な相談だな。伴侶として何か言うなら頑張ったらご褒美として、週末はスノーガルドに美羽と澪と彼女のパートナーを招待しよう」
しょうがない。美羽ちゃん澪ちゃんと二人の彼女さんの素敵デートのためになるならやろう。お姉さん頑張っちゃう!
「はーい。ふう。よーし、やりますか……」
アルトリアスさんと二股ストローでトロピカルな色のジュースを飲み干す。
やはりスノーガルドの土と水で育ったフルーツは世界一美味しい。
結婚して半年、人生は続く。婦妻二人三脚で歩んでいけば良い。
でも、不安は勿論あるが、隣にアルトリアスさんがいれば、絶対に負けないし乗り越えられると断言できる。
「よし、また明日からも頑張ろう」
「あぁ、私たちの、心が踊る人生はこれからだ」
「共に行こう、真美」
「はい、アルトリアスさん……!」
物語はこれで終わりますが、これからも二人の道は続きます。小鳥遊 真美・アルトリアス婦妻の更なる活躍にご期待ください。
救われなかった者達へ 鬱崎ヱメル @emeru442
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