メンブレビーム

空花 星潔-そらはな せいけつ-

『センパイ』と『後輩』

「このビームを浴びた人は全員死んじゃうんだよね。自殺で」

 

 ピカピカ輝く虹色のビームが学校に直撃した。

 

 ビームは学校を包むくらい太くて、壁に当たっても止まらなくて、近隣住民含めて学内に居た人たちは全滅だった。

 

「で、俺と『センパイ』は生きてるワケなンだけど」

 

「ん……なんでかな」

 

 1.2年生の教室棟と3年生の教室棟を繋ぐ渡り廊下で休み時間を潰していた『後輩』と『センパイ』。

 

 この2人を除き、ビームを浴びた人たちは全員自殺した。

 

 『後輩』も『センパイ』も、しっかりビームは浴びているのだが。

 

「ビームの正式名称、なンて言ったっけ」

 

「『メンタルブレイクビーム』」

 

「つまりアレだ? オレら以外メンブレで自殺したンだ?」

 

「ん。そうなるんじゃないかな」

 

 『センパイ』は死体だらけの中庭を見下ろし、頷く。

 

「で、元から壊れてたオレらは死ななかった……と」

 

 窓ガラス越しに教室を眺める『後輩』の目には、首吊り死体が映っている。

 

「ぼく達って結構強かったのかな」

 

 『センパイ』が呟く。

 肩くらいまでの髪が、風でサラサラと揺れた。

 

「メンブレで死ななかったって事だし、そうなンじゃね?」

 

「ん……みんな、弱かったのかな」

 

「メンブレで死んだって事だし、そうなンじゃね?」

 

 『後輩』が『センパイ』を肯定するように頷く度に、ふわふわした髪の毛が揺れる。

 

「んー……こんなので死ぬんだったら早めにやり返せば良かったかな」

 

 『センパイ』はつぶやくと同時に、渡り廊下に置いてあるカバンの方へと歩いていく。

 彼らは、登校と同時にこの渡り廊下へやって来る。

 

 保健室登校、図書室登校を経ての渡り廊下登校だ。

 

 なので、2人のカバンは渡り廊下に有る。

 

「『センパイ』さすがに辞書投げんのはヤバいンじゃね?」

 

「ん? 死んでるんだから変わらないだろ」

 

「まぁ、それもそっか」

 

 『センパイ』はカバンから取り出した辞書を振りかぶり、中庭の肉塊に投げつける。

 

「おー、ナイスコントロール。さすが『センパイ』」

 

「あは……」

 

 形を保っていた頭に辞書は綺麗にヒットした。

 

 辞書に潰された頭の持ち主は1、2、3年生と全て『センパイ』のクラスメイトだった男である。

 

 なんなら小、中、高と同じで、自殺なんてしなければ大学も同じ予定だった。

 

 『潰された頭』は『センパイ』に成績も運動神経もルックスも劣っている。

 劣等感に支配されていた『潰された頭』は、高1の春、小学生の時から好きだった女子が『センパイ』に告白している現場を目撃した。

 まだ、付き合ったなら潔く諦めたものを、『センパイ』はその女子をフってしまった。それ以降、彼は『センパイ』を執拗にいじめ倒した。

 

 その結果『センパイ』はしっかりと精神を病み、親がうるさいから登校はするけど教室に行かない保健室登校族になったのだ。


 『センパイ』を困らせていた人も、死んだ後は呆気ないものだ。

 

「そンじゃ、オレもなんかやろっかな」

 

 『後輩』はカバンからカッターナイフと彫刻刀を取り出した。

 

「『センパイ』、オレの教室登校付き合ってよ」

 

「ん。いいぞ」

 

 上機嫌に歩いていく『後輩』の後ろを『センパイ』が歩く。

 

 あんなに怖かった学校が、死体だらけだから怖くない。

 

「おっはよ〜ございマース」

 

「ん……お邪魔します」

 

 首吊り死体、胸を貫いた死体、仲の良い友達同士で殺し合った死体。

 

 床に落ちている死体の事は気にせず、踏んだり蹴ったりして歩いて行く。

 

「休み時間だったから、他クラスのヤツら来てンね」

 

「ん! ぼくのクラスメイトも居る」

 

「他学年の教室入ったらダメじゃン。校則違反取り締まらないクソ教師も死ンでるし」

 

「……校則違反に関してはぼく達何も言えないんじゃないかな」

 

「それもそっか」

 

 目当ての死体を見つけた『後輩』は、カッターナイフの刃を出した。

 

 友達に殺してもらったらしい。

 手で首を絞められた跡が有るし、その隣にはコンパスで勢い良く胸を刺した後で苦しんだ形跡の有る死体が転がっていた。

 

「『センパイ』って、ゲームで死体蹴りするタイプ?」

 

「しないかな。殺したら次行くから」

 

「あー、なんかポイわ」

 

 ゲーマーな『センパイ』と話しながら、『後輩』は死体の体にカッターで文字を刻んでいく。

 

「『センパイ』もやる? 彫刻刀有るけど」

 

「ん……」

 

 振り返った『後輩』が差し出した彫刻刀を受け取り、『センパイ』はクラスメイトの死体の傍でしゃがんだ。

 

 こちらの死体はロッカーに頭を何度も打ち付けて死んでいる。

 

「オレはさー、生きてる間にコレやられてめちゃくちゃ痛かったからさぁ。コイツら、ラクに死にやがってって思ってるンだけど。どう?」

 

「ん……」

 

 せっせと文字を掘る『後輩』と、彫刻刀片手にしゃがんだまま死体を見つめている『センパイ』。

 

「『センパイ』?」

 

「2年近く何も書いてないから、文字が書けない……」

 

「……ハハッ。『センパイ』本好きなのに」

 

「「幸せ」とか「夢」とか「希望」とかなら書けるよ」


「なら、ソレ書いちゃいなよ」

 

「ん……そうしようかな」

 

 黙々と、死体に文字を刻むだけの時間が過ぎる。

 

 当然だが、時計は自殺をしていないので正確に時間を刻んでいて、正確な時間にチャイムが鳴った。

 

「あー、もう4限終わりじゃン」

 

「お昼の時間だな」

 

「なンか食べる?」

 

「ん……良いかな。何も持って来てないし、そんな気分じゃないし」

 

「同感」

 

 『後輩』がシャツをはだけさせる。

 肌に刻まれた傷跡が、彼の受けた凄惨ないじめを物語っていた。

 

 彼は彼で、入学早々有りもしない噂をでっち上げられ、いじめられ、保健室登校になったのだ。

 

 そこで『センパイ』と出会い、2人も見てられないと2人して保健室から追い出され、図書室登校になった。

 

 本の趣味が合うことが判明し、仲良くなったので話す為に他に良さそうな場所を探した結果、本来なら校則で入る事を禁止されている渡り廊下を使う事にしたのだ。

 

「あーあ。オレら何やってンだろ」

 

「……ぼく達はさ、今ここで死んでる人達よりも弱かっただろ?」


「……まぁ、うん」

 

「だからずっと死にたかった」

 

「ソーだね」

 

「死にたいけど、死ななかった」

 

「うん」

 

「この人達はさ、強いから分からないんだよ。死にたいのに生きるって、どれだけ苦しいのか」

 

「……そだね」

 

「ぼく達は、この先も死なないだろ?」

 

「多分ね」

 

「……死にたいから死ぬって、生きるよりも苦しいのかな」

 

「……」

 

「なぁ。こいつら、ぼく達よりも苦しんで死んだんだよな?」

 

  『後輩』は目を閉じた。

 今の『センパイ』の表情を見たら、2人とも戻ってこられなくなる。

 

 『センパイ』が泣いているなんて、気付いてはいけないのだ。

 

「なぁ『センパイ』」

 

「……なに」

 

「オレらでさ、『メンブレビーム』無くさない?」

 

「なんで」

 

「正体不明、原理不明、いつどこに現れるかも不明、地球の技術かも不明。こんなビームをさ、オレらが全部無くしたら――」

 

「ぼく達は、ヒーロー……だ」

 

「でショ?」

 

「できるのかな」


「やればいいんじゃね? そしたら多分、オレらをヒーローにしちゃったっツってコイツら悔しがるよ」

 

 ドスっと音を立てて『後輩』の振り下ろしたカッターが死体の肉を貫いた。

 

「地獄で再開した時に言ってやろうぜ、オレらはオマエらのおかげでヒーローになれたぜって」

 

「……ん。良いんじゃない、かな。……どうせ、いつか死ぬんだし」

 

「んじゃ決まりな」

 

 『後輩』は立ち上がった。

 

「ん。よろしくね」

 

 『後輩』の手を借りて、『センパイ』も立ち上がった。

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