「お飲み物はいかがなさいますか?」⑩ (三人称小説 語り:無人称 視点:彼女? 主体:彼女?彼?)

「おっと、今日は当たりだ!」

「え、何だって?」

 彼女は手を止め、カウンターに並ぶ列に視線を送った。

 列の先頭に目を見開いた男子高校生、そしてそのすぐ後ろに童顔の彼がいた。

 彼女はゆっくりと手を動かし、トレイに品物を並べ終えると、目の前の客に引き渡した。

 ぽっかりといたレジには先頭の男子高校生ではなく、彼がやって来た。

 彼女は右手を小さく握りしめた。

「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」

「はい」

「では、ご注文をどうぞ」

「ヒューストンバーガーのセットで」

「お飲み物はいかがなさいますか?」

 終始笑顔の彼女に向かい彼は滞りなくオーダーを伝える。それがドリンクの選択で止まった。

 メニューに目を走らせ、首をかしげる彼に対して、彼女はコーラの文字の上で細い指をスキップさせた。

 彼は咄嗟に顔を上げた。

 笑顔の彼女。紅顔の彼。

「「これで」」

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 こんど遊びに行かない? 返事はドリンクで返して。

「よろしくね♡」→コーラ

「あなたのことまだ良く知らないわ。だから保留。また誘って」→オレンジ

「タイプじゃないわ 二度と誘わないで」→ジンジャー

「私、彼氏いるの。だからダメ」→ウーロン

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 彼が差し出した紙切れを彼女は見ることができた。

「承知しました。お会計は六百円です」

 彼はカウンターとは違う方向に顔を向けていた。

 彼女はドリンクを三つ用意した。コーラ、オレンジジュース、最後の三つ目にはウーロン茶を途中まで注ぎ、ジンジャーエールを注ぎ足した。

 そのドリンクは彼に行き渡った。

「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 彼のオーダーを受けた隣の子がにっこりと微笑む。

 テーブルに向かう彼と連れ。

 彼女は次の客の相手をしながら彼の様子をそっと窺った。

「……だよねー」

「ん?」

 彼女は目を細め、口を手で覆った。

 ジンジャーが混じったウーロン茶、お気に召したかしら。二度と来るな、バカ。

 彼女は笑いをこらえた。



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 三人称形式で、「彼女」が前半と後半で別人に替わるパターンです。


 真ん中あたりの「「これで」」を境に「彼女」も「彼」も別人になっています。


 前半の彼女(一番レジの大河原百子)→後半の彼女(三番レジの三篠愛梨)

 前半の彼(麻生悟)→後半の彼(萩崎蒼也)


となっています。


 前回の「お飲み物はいかがなさいますか?」⑨では

 前半の私(一番レジの大河原百子)→後半の私(二番レジの天野絵智香)

 前半の彼(麻生悟)→後半の彼(萩崎蒼也)

でした。


 途中で私や彼が指し示す人物が替わるのは、ミステリーにおける叙述トリック以外では避けるべきでしょうか。わかりにくいですしね。




 そして作者のお遊びはまだまだ続きます。

 次は、一人称と三人称の混在です。果たしてそれは許されるのか。

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「語り」で遊ぶ 実例で考える「人称」「視点」「主体」 はくすや @hakusuya

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