「お飲み物はいかがなさいますか?」⑨ (一人称小説 語り:私? 視点:私? 主体:私?と彼?)

「おっと、今日は当たりだ!」

「え、何だって?」

 私は手を止め、カウンターに並ぶ列に視線を送った。

 列の先頭に目を見開いた男子高校生、そしてそのすぐ後ろに童顔の彼がいた。

 私はゆっくりと手を動かした。彼は二番目だ。私のレジに来てもらうには時間調整をしなければならない。

 しかし私のささやかな努力もむなしく、私のレジはいた。

 ぽっかりと空いたレジには先頭の男子高校生ではなく、彼がやって来た。

 私は右手を小さく握りしめた。やった!

「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」

「はい」

「では、ご注文をどうぞ」

「ヒューストンバーガーのセットで」

「お飲み物はいかがなさいますか?」

 満面笑みの私に向かい彼は滞りなくオーダーを伝える。それがドリンクの選択で止まった。

 メニューに目を走らせ、首をかしげる彼に対して、私は「コーラ」の文字の上で人差し指をスキップさせた。

 彼は咄嗟に顔を上げた。その顔が眩しかった。

「「これで」」

「承知しました。お会計は六百円です」

 私はドリンクの用意を隣の子に任せた。間違いなく彼はコーラを期待しているだろう。

 しかし彼のところにはウーロン茶が行くのだ。

 コーラは彼の何人か後ろに並んでいた先生に提供することを決めていた。

 コーラは先生にこそふさわしい。先生はウーロン茶を所望するだろうけれど。

「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 彼は頷いてウーロン茶が載ったセットメニューを受け取り、カウンターへと向かった。

 私は次の客として先生を迎えた。

 先生のオーダーをこなし、先生を見送ってからしばらくして彼の声がした。

「……だよねー」

「ん?」

 正直、彼の反応などどうでも良かった。

 私は、困惑の表情を浮かべながらドリンクの交換に来る先生をにこにこしながら迎えた。

 私は先生に彼が私に渡したメモを見せた。

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 こんど遊びに行かない? 返事はドリンクで返して。

「よろしくね♡」→コーラ

「あなたのことまだ良く知らないわ。だから保留。また誘って」→オレンジ

「タイプじゃないわ 二度と誘わないで」→ジンジャー

「私、彼氏いるの。だからダメ」→ウーロン

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 ある小説を読んでいて、途中で主人公(視点人物)が替わっていることに気づいてびっくりしたことがあります。ずっと同じ人物だと思っていたのに。


 書き始めの「私」と終りの「私」が別人だったとしたらやはり変ですよね。


 千文字に満たない短編ならなおさらです。今回はそういうのに挑戦してみました。


 果たして、これはアリなのか?



 真ん中あたりの「「これで」」の前後で「私」は異なる人物になっています。


 前半の「私」は一番レジの女子高生バイト。迎える彼は「モブ男」と言われた男子高校生です。


 後半の「私」は二番レジの女子高生バイト。看板娘であり激カワ店員です。彼女が相手にしたのが、この話でメモを渡してナンパを行った男子高校生でした。しかし彼女はその高校生よりも予備校の先生にご執心でした。


 小説においては、「私」は最初から最後まで一貫して同一人物であるべきだと思います。

 しかし、その常識を打ち破る小説がいくつも出現しているのも事実です。たいていは章の切り替えなどで「私」の切り替えを行っているはずです。同じ章の中で「私」が別の人物になっていたとしたら、読み手はとても困惑するでしょう。


 はたしてみなさんは、どこまで許容できるでしょうか。




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