「お飲み物はいかがなさいますか?」⑧ (一人称小説 語り:あたし 視点:? 主体:あたし)

「おっと、今日は当たりだ!」

「え、何だって?」

 それを聞いたとき、あたしはハッとして思わず手をとめちゃったよ。すぐにあいつだってわかったもの。前に話したことがあるでしょ。ドリンクでデートの返事を聞く奴の話。

 そうしたら、あいつちゃっかり絵智香えちかのところに並んで、ああ、今日は絵智香狙いなんだと思ったわ。

 あたしの心配をよそに絵智香はしっかりしていたわね。マニュアル通りの営業スマイル。マニュアル通りの対応。

「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」

「はい」

「では、ご注文をどうぞ」

「ヒューストンバーガーのセットで」

「お飲み物はいかがなさいますか?」

「これで」って手紙みたいなのを渡すのがあいつの手なのよ。

 ちょっと、そんなに笑わない! コントをしているのじゃないわ。百子ももこもむっつり笑わないの。

 とにかく、絵智香が紙切れを見せてくれたから、あたしは容赦なくウーロン茶を用意できたわ。

 カウンターの下でこそこそやっていたけど、カウンターの上では絵智香はしっかりしているわね。

「承知しました。お会計は六百円です」っていつもと何一つ変わらない態度。

 あたし、尊敬する。あたしが言われたときはそれほど冷静に対応できなかったもの。ほんとうに絵智香はナンパ慣れしてるね。

 それからさあ、「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」って見送ったとき、あいつもう気づいていたんじゃないかしら。蓋を通して見てもコーラの色じゃないんだもの。ふつう気づくよね。

 テーブル席にあいつらが移った後も、あんたたちそれとなく見ていたでしょ。

「……だよねー」という間の抜けた声がおかしかった。連れが「ん?」と首を傾げていたのは、きっとあいつが苦そうな顔をしていたからじゃない。なぜって?

 だってあのウーロン茶、ジンジャーエールを混ぜておいたんだもの。二度と誘うなっていうメッセージをこめて。気づいてくれたかな。

 ほんとうに笑いすぎよ、絵智香も百子も。あんまり笑ってやったら可哀相じゃない。



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 一人称別視点です。


 このかたちを二人称小説と呼ぶひともいますが、語り手が「あたし」と語っているので一人称小説と考えます。一人称別視点と私は呼んでいます。


 語り手は「あたし」


 しかし視点は「あたし」ではありません。視点は「あたし」が語りかける先にいます。


 視点から見て目の前にいる人物が語る一人称小説となります。


 視点から見て「あたし」は「あなた」でもあるわけで、そういう意味で二人称小説と言っても良いのかもしれません。何だかややこしい(笑)


 マヌエル・プイグの「蜘蛛女のキス」という小説があります。ほとんど地の文のない二人の会話だけで進む小説ですが、登場人物のゲイがオネエことばで語るさまを思い浮かべながら今回の小説を書きました。

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