第一章 第14話 お願い、俺を許さないでくれ

資源の輸入は阻まれて、この国は3ヶ月前か自給自足を強要された。

その原因を公にすることもできない。

もうこの世界において、まだ連絡を通じる国が残っていない。

ここが残っている原因は、島国であることと卵付きが少ないぐらいとしか言えないからだ。

そして、その限界が訪れた。

カルトの団結力も限界を迎えた。

残った人々は存在しない敵を作り始めて、焼いて殺すことに熱中し始めた。

神敵だのなんだのと口ずさんだその人たちは今、彼らが神が一番望んだ姿へと変貌し始めた。

動物だの、昆虫だの、触手を生やすだの、翼を生やすだの…

見たこともない化け物に変貌するものもいる。

新たな時代に生きるには、新たの姿が必要だ。

この新時代を地獄と感じるのは人間だけだが、人間の心を捨てきれないものが多い。

人間に至らしめる特徴が全部なくなったとしても。


「おお、あんちゃんじゃないか。何ヶ月も見かけないから、心配してたわい」

「もうあの子のことで傷心していないようだから、わしも安心したのう」

「そうだそうだ、もし良かったらこれ持っていきな」

「なぁに、遠慮せんでいい。とっておいたのに、自分も周りもこんなになっちまったから、どう食べればわからなくなったよ、ははっ」

大きなカブトムシに山羊の頭とへびの舌、前はどんな人間だったのかはさっぱりわからなかった。

このささやかの温もりから懐かしいものを感じた。

手に渡されたのは普通の大福だ。

人も動物も植物も変化を始めた。

それがなくても、何ヶ月の間この町は大きく変化した。

もう何もかも変わっていた、それでもあの丘の上に居るはずだ。

建物が倒壊し、何にするかわからない巨大な焚き火が色な場所ににある。

ちなみに、死体は変わらないらしい。

まるで生物のような赤くねばねばとした木で首を吊った死体。

見慣れた町のはずなのに、まるで悪夢のような景色広がっている。

それでも街にはまだ人間、半分人間、理性、半分理性のものたちが存在している。

栖都は気づいた、これは自分のための地獄だ。

魔法で変化が起きない自分、人間のための地獄だ。

そして、まだ地獄になりきれていない今は街で動ける最後の時間かもしれない。

ここはどういう宗教に支配された国であることを思い出せ。

卵付きを信仰しているイカれた宗教を国教とする場所だ。

今通り過ぎた木も、家も残り僅かの僕の人生における数少ない思い出なのだろう。

そして振り向いたら、いつもの海が目に入る。

地獄だったら、赤の海は似合いそうだ。

くだらない感想を軽くこぼして、深井家の扉を潜った。


「悟教授…似合ってますよ」

目の前には人はいなかった、栖都を迎えに来たのは巨大なタコをした化け物だ。

『…久しぶり…もうすぐ終わるところだった』

何が終わる?と聞くまでもない、どうせ見に行くのが目的だ。

そう言いている彼の触手にはメスやノコギリなどのものを持っている。

「しいなと話がしたい」

『…ああ』

少し間を空けた後、彼はいつものように地下室へと潜った。

久しぶりに見たこの研究室も随分と変わった。

「しいな…」

しいなと瓜二つの人形が壁際の椅子に座っている。

『新たの体だ…元の体を使った作ったものだ』

相変わらず感情を感じない喋り方だ。

心中には人間一人では到底背負えない感情がこもっていたとしても。

『しかし失敗した…脳はもう死んでいた、間に合わなかった』

彼はそう言っているが、諦める気は最初からなかった。

「方法は?」

『…人間の脳が必要だ』

「誰のでもいいの?」

『ああ、彼女はすでに卵の中にいた、新しい宿主が必要だ』

しいなが入っている水槽は色々なケーブルから取り外されて、実験台の上に乗せている。

「よ!しいな!久しぶり」

当然、彼女が聞こえない。

栖都も知っている、それでも彼は言いたいことを言う。

「今までのことは全部知っているでしょう?」

「あんなにひどいことがあったのに、全部前から知っているなんて、ずるいぞ」

「幸せになろうとしたよ、試せるものは全部試した、ダメだった。そして、地獄まで堕とした」

「この地獄は僕に相応しいものだった」

「レールを外して、何もかも狂わせて欲しかったのはもしかして、その卵じゃなくて、僕の方かもしれない」

「それでも」

「どこへ行っても自分を閉じるばかりのクソッタレの人生だったが、地獄の門を潜ったときは気持ちよかったよ」

栖都は顔いっぱいの笑みを飾った。

作り顔じゃなく、心からのものだ。

悟教授は静かに悩んでいる。

彼は聡明な人だ、原理がわからなくっても、ある程度察したはずだ。

この地獄に生き返らせるのは残酷過ぎた。

今までのことが徒労で終わった。

俺は誰も救えなかった、と

それに最後にもう一つ必要なものがある、それはーー

「俺の脳をつかえ」

『!』

「卵はあくまでも寄生生物、人間の脳が必要としている」

触手は不安げに蠢いている。

彼はまだこの体で感情を隠すのが不得意だ。

『しかし…そんなこと…』

「しいなを助けたくないのか?」

『なっ…』

「今、しいなの意識がこの卵の中にいるかもしれないよ!」

『!』

悟は畏怖した。

彼は目の前に居る、自分の息子とも言える人物を怖がっている。

「知らない人の脳、いつか化け物に変わる脳使いたくないだろう」

それでも。

悟はやる時やる男で、栖都言葉で我に帰った、やるべき事を思い出した。

『でも…成功しても、こんな…こんな救いようのない…』

「一回だけでいい、俺を信じてみろーー

彼女を幸せにして見せます」

『…本気、なんだな』

「ああ、無駄に魔法使いなってないぜ」

『…面白くないジョークだ』

「だな」

場は気まずい静けさに包まれた。

「ははははっ…!」

『ははは…!』

笑った。

二人で笑った。

いつの間になった小さい親父と大きな親父が笑って笑って止まらなかった。

しいながこの場を目撃したら、きっと苦い笑いするだろうな。


「じゃ、後はよろしくね〜」

長かった。

「ああ、しいなは責任を持って、健康に育てる」

あの時から、俺は無力感に苛まれた。

しいなの母、深井心の手が暖かいままこの世を去った。

彼女は己の死を気づき、俺も己の無能を気づいた。

あれだけの時間をかけたのに、心もしいなも誰一人救えなかった…

そして、成島先生との約束も守れなかった。

手術は成功だ、不可能な手術だが、何年も何年も練習したがいがあった。

成功であれ、失敗であれ、俺が手をかけたようなものだ。

『結局、俺は何もなし得なかったのか』

「いいえ、お父さんは立派だよ!」

『え?』

鈴の声だ。

しいなだ。

しいなの人形は足をふりふりしながら、実験台の縁側に座っていた。

『しいな?!しいななのか?!』

「いや、ごめん、本当にごめん…栖都だよ、栖都」

『…』

全く、このクソガキが。

「実験成功を言うのも気まずそうな雰囲気だから、俺…私なりの配慮っすよ」

『もういい、わかった』

成功のようだ、良かった。

「少ないけど、荷物も持っておこう。あと最後の仕上げだ、そこの本を渡してもらえる?」

『これか?』

見覚えのある本だ。

ああ、しいなが栖都に渡してほしいと頼んだものだ。

「ありがとう」

何かを記録するのに使うつもりか?

当時は変な模様しか書かれなかった。

「ゲート」

彼女の口から奇妙な言葉が綴られた。

その直後にノートが急に激しく燃え上がった。

一体何をして…

「最後の魔法だ」

部屋の壁に大きな門が現れた。

目の前にはおかしいことが起こるのは一回や二回じゃなかったが、まさか栖都にはあの異常現象を制御する方法がわかるのか?

「やった!成功した!この地獄から抜け出せるよ!」

体にまだ馴染んでいないのか、周りの機材を手すりがわりに使ってその門へ向かった。

その背中には、見覚えがあった。

「ほら、見て〜!しいなは歩いてのよ!」

懐かしい…

心、あなたも僕と同じことを思っているのか?

『…ああ、よかったよ』

「悟教授…いや、お父さん!早く来て!成功したよ!…」

開けっぱなしのドアの外は綺麗な草原と森。

本当に驚かせてくれたな。

「これで、しいなはあの地獄に居なく済むよ!」

「見てよここ!なんなんだあの生き物!」

「何の植物だ、これ!悟教授は知ってるの、か….」

「悟教授?」

振り返ってみると、そこには何もなかった。

そよ風が吹いて、木々の揺らぎが海の波を思い出す。

地面にあるのはただ一冊燃え残ったノート。

書かれた漫画はきれいに残っていた、そこに一行の文字が書かれた。

「二人で幸せに、か…」

それを三人の絵のページに書くなんて、いじわるだな

柔らかい地面に座り、月を眺めた。

あり得ないほと大きな月だ。

地球ではあり得ない大きさで、地球ではあり得ない青い色。

そして、綺麗な満月だ。

「しいな、大好きだよ!…もう起きて大丈夫だよ」

少し叫んでた、こんな野原ですることじゃないにせよ、彼女が起きないといけない。

「しいな!」

また名前を呼んでみたら、それでも反応がなかった。

「しいな、体あげるから、もう起きてよ…」

なんだ、この変なおこせかたは!

顔が熱くなってしまった。

ここまでして、あなたが帰ってこれないなら、俺の人生は失敗しか残されていないじゃないか。

どうすれば…

その時、まるで運命というべきか。

波うちの声が聞こえた。

「あ、ああ、あそこだ!」

体の動きが馴染んできた、その方向へ走って行ったら、海が見えた。

「はは、いい眺めだ」

星も、月も、海も…

「ああ、すごく綺麗っすね!ね、栖都?」

人間に見える体が、もう全部機械に置き換えられた。

そんな冷たいものなのに、温かい涙が流れてきた。

「ありがと、栖都…大好きだよ…」

栖都はもうどこにもいなかった。

一人ぼっちだ。

「この漫画は…」

悟教授のメッセージに気づいた。

お父さんの字だ。

「栖都?栖都!隠れないで、出ておいでよ!」

そうだ、彼女は一人ではなかった。

「ありがと!栖都!世界を救ってたんっすね!やだ、もう隠れないで、出てきてよ!」

もう会えない二人には、解くことのない誤解を生んでしまった。

それでも、永遠に近い眠りについた彼にとっては笑える末路だ。

波打つ、そしてまた打つ。

今夜も曇りない空に綺麗な月が掲げている。

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『オタクに優しいギャルは星を滅ぼすようです』 ーー残滓たちの魔法ーー バスタージョージ @xufanfei906

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