第一章 第13話 ひかり

「ライト」

『…』

光が部屋に充満した。

栖都がいる小さな隅っこにだけ行き届いなかった。

「…」

『…』

「まだ使っていない魔法がどれぐらい残っている?」

『ちょうど3個ね』

「あなたと会えるのも、3っ回しかないか」

『なんだ、寂しいの?』

「…」

『冗談よ冗談…だからそんな悲しい顔しないでよ』

「ああ…」

『もう少しお父さんを信じれば?』

「ああ…こうやって、話し合っているだけでも不思議なぐらいだ」

『ははっ!魔法バンバン使っているくせに、このぐらいで不思議って…』

「それを含めて、あなたは一番不思議な存在だ」

『ね、ひとりじゃ荷が重いだったら、お父さんに私のことを』

「教えて、どうするだ?本当のしいなが助けられるのか?」

『…もう脳みそしか残ってない人間を救う手段って、この時代にあればねぇ』

「少なくとも、一人だけ諦めていない人がいるじゃないか」

『栖都は何か考えが?』

「僕にはない…あるのは、あんたの…しいなの親父よ」

『...そうね』

「僕にできることが、そんな…にないのだから。もう少し彼を信じて」

『…そう言ってる割に、栖都は信じてないよね』

「…僕にもわからない、人生を賭けてやり遂げたいこともないし、それはどういう気分も想像できない」

「しかしそれをわかっていて、今でもやり遂げようとする人がいる。信じるにせよ、信じないにせよ、彼は落とし所をつけるだろう」

『素直に“彼はしいなを救える”と言えばいいじゃん?』

「そうだな」

『ね、海を見に行かない?今回長く居られそうで』

「そうだな…行こう」

本当に長く居てくれた。

光源代のわりにその小さな魔法を持って、僕らはしいなと最後に一緒に見たあの海に来た。

『やはり居るのか』

「え?」

小さな林を通ろうとするごろ、しいなちゃんは意味不明な話を溢した。

『次の魔法は棘の魔法だ、私が言ったタイミングで発動しろ』

「ちょっ、どういうこと?何がある?」

『化け物だ』

背筋が凍る錯覚を覚えて、反射的に空を眺める。

『いい?大きな柱のイメージだ、空ではない、地に這うものだ』

「わ、わかった」

トラウマが掘り起こされたのに、吐き気と眩暈を抱く暇もない。

『ここだ、3、2、1今だ』

しいなちゃんが指差した場所に準備した魔法を放った。

「ピラー!」

植物なのか、石なのかよくわからない物質でできた巨大な柱が地面から伸びて、その襲い掛かってくるものを串刺した。

ばら撒いた血は、青色だ。

はぁ、はぁ、はぁ…うぉお…

疲れのせいもあって、吐いた。

よく考えたら、青色といってもこんなに目の前で血が出るのは初めだ。

「ガァアアアア!!」

化け物は人だ、人だったものだ。

おそらくもう、話すことができない。

あの遠い戦場で見た悪夢ーー鳥人間たちと同じ類いだ。

「もうここまで来てしまったのか?軍があんな大きな動きがあったのに、なぜ…」

「…イ…」

もう死んだはずの化け物が喋り出した

「異教徒め…!」

まるで布切れをノコギリで切り刻むような声だ。

しかし確かに栖都が理解できる言葉だ。

「貴様…騙されった!!異界の魔物…その本を…っ」

言葉が言い切る前に、体を貫通した柱からもう一本の棘が生やして、化け物の顎を貫いた。

当然栖都は何もしていない、そんなことを考えていない。

『栖都はしいなを助けたいでしょ?』

「し、しいなちゃん?」

わからない…目の前に居るしいなちゃんはいつもと同じ仕草、同じ態度をしているのに…それと同時にまるで知らない顔をこっちに向いている。

『しいなはとっくに死んだよ』

あれは諦めの表情だ。

「っ…!」

『魔法なんて、最初からなかったよ、全部あの卵の仕業で、あなたを、あの本を媒介に影響をもたらしただけよ…だから、私は次に使う魔法を選べないっすよ』

いや、彼女はしいなだ、しいなのはずだ。

「そんな…じゃ、僕が今話しているのは…」

『化け物には人格を作ることが不可能、っとお父さんの研究はそう書いた』

「じゃ、あなた一体は誰なんだよ!」

『頭に卵を植え付けたのは、まだ私が健康な時。あなたは今ーー

あの時の私と話しているよ』

栖都は固まった。

しいなは優しい笑顔を浮び、中に底が見えないほどの悲しみを隠れて。

『私はいつか死ぬの、それがわかったのはとても辛いことだけど。彼女…卵が私に見せた、この救いよのない未来と比べたら…』

『あんなひどいものを魔法とは言えないよ…それでも、私が使わないと、栖都は…』

しいなちゃんはこちらを見ている、平淡を装っていて、悲しみを隠しながら伝えようとしている。

「あの、時の…」

『話しすぎたな。もう魔法を使わないで、約束できる?』

「しいな!」

『次の魔法はーー地獄、使ったら最期よ、絶対使わないで……この場所は綺麗ね、栖都が見つかったの?あとで栖都にも教えてあげよう…』

心の深く奥を燻る言葉だ。

「そうか…ここは、今の僕が…」

頭を上げたら、彼女は消えていた。

そして、目に入った。

しいなの名前を彫った木だ。

健康なしいなとの会話が、あの日々の記憶を呼び覚ました。

太陽のように、燃え上がる感情があった。

深い深い夜の中で失ったものを数えて、死を待つ自分がいた。

災害よりも、寒さよりも、人を畏怖する自分がいた。

自分より幼いのに強い人に声を掛けられる自分がいた。

絵に描いたような生活に不純物として混ざった自分がいた。

看病してる自分がいた。

料理している自分がいた。

再び涙に溺れる自分がいた。

幻影を追いかける自分がいた。

彼女がいない未来が想像できない自分がいた。

ようやく、ようやく気がづいた。

「綺麗だ…」

俺はどうしよもなく、救いようのないほどに…しいなに恋をしてた。

姿がない、幻覚ですら消えかかっているのに、彼女はこの海と月の絵に映り入っているようだ。

『…地獄行くの?』

「どうやら、そのようだ」

使ったよ、地獄の魔法。

あなたのいない未来は地獄だ。

『残念だね…この馬鹿者が、生きてビンタできないのは悔しい限りっす…』

彼女は過去からのホログラム、未来の俺のバカさ加減を泣いているのかもしれない。

『未来予知はもうこの魔法までだ、先のことがわからない。しかし、この卵が人間を滅すかもしれないなぁ…今ならあたしもこの卵に入てるのか?はは、変な気分だ、自分の死と大罪を予測するのを』

彼女はもうとっくにこの結末を知っているかもしれない。

『寄生されたものは5年で死ぬのよ、あたしは病気でその前に死ぬけど…栖都』

しいなちゃんは大人になったしいなの姿だが、今のしいなはその時のしいなだ。

まるで大作映画を見て泣いたのように、彼女はシンプルに疑問をかけた。

『なんで、幸せを嫌っているの?こんな好きになって、メリットの何一つもない女に…』

「ははっ、こっちが知りたいぐらい…」

『はは…震えてるよ…』

泣き止み、彼女は少し笑った。

『最後の魔法でもうどうにもできない、賽は投げられた…それでも、生きて…栖都』

感情的になったのか、悲劇のラストが嫌いなのか。

彼女は俺にそのラストの仕上げを委ねたようだ、何もできない俺にね。

むかしからそうだ、しいなには見落としたものがあった。

「俺だけじゃないだろう?言ったはずだーーもうちょっと自分の親父を信じろよ」

彼女の姿を目で追おうとしたら、すでにどこにも姿はなかった。

ただ目の前に綺麗な海と月が広がっている。

この言葉は届いたのだろうか?

俺にはわからない、少なくともこれから地獄を渡って家に帰らないといけないのに、心が踊っている自分がここにいる。

遠くにゆっくり燃え上がる火と煙を背景にしているのに、思わずステップを踏みそうだ。

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