第一章 第12話 離脱

「あんたら、操縦経験は?」

水上に止まった小型輸送機に目をついた。

「あるわけないでしょ?!」

「俺らもねぇな…うん、普段ゲーム上手いやつおるか?」

「僕なら」「私なら」

栖都とゆいが手をあげた。

少し驚いたが、もっと大きい感情は安心だった。

ここまで来て、安心できること何一つないけど切り抜けるのは自分だけじゃないことに安堵を感じる。

あの血溜まりを確認することもなく、速やかに輸送機に乗り込んだ。

もう一刻もここに残るべきではない。

敵の正体は人間には見えない何か悍ましいものだった。

灯台の隣には、手足がなく大きくて醜い翼を生やした人間の死体があった。

前に出会った空に飛ぶ爆弾たちを思い浮かべて、吐き気がした。

「震えるな、ヘリの操縦でこんな震えたら洒落にならんぞ」

「ご、ごめん」

ゆいも怖がっている。

下唇を噛んで、栖都は無理やりに自分を励まそうとした。

幸運なことにこの輸送機の隣には誰もいなかった。

そして案の定ロックが掛かっていた。

「ほらよ」

「え?あっ!」

鍵が飛んできた。

「試してみ、あっ何処から見つかったのが聞かないほうがいいぜ」

さきの死体を一瞬思い出して、考えないようにした。

カチャ

運が味方にしたようだ。

「うっ、すごい…」

「ああ…」

操縦室の複雑さに固唾を飲む二人。

こんなの、できるわけが…うん?

そこに一冊の日記…筆記があった。

最初のページを見ると、ヘリを起動する仕方が書いてあった。

最新のページも書き込んでいる。

この操縦者も、ルーキーだった。

操縦が身につけなければ、生き残れない。

この異常な国に異常な戦争から。

今もまだ終わっていなかった。

「ありがたく使わせてもらいます」

「栖都?」

「ゆい、僕から指示を出すから一緒に飛ぼう」

「はい」

彼女は少し安心したのか、ググを抱えて副操縦に座った。

エンジンがかかり、騒音と風が輸送機の周りに荒ぶり出す。

「早くしたほうがいいぞ、小鳥たちが驚いたようだ」

配備された銃に切り替え、かいとは開けた扉から外へ発砲した。

何秒後に、輸送機の騒音を覆い隠す爆音が響き渡る。

急がないと。

水上だから上昇する時に不安定でもぶつかったりはしない。

「うお!危ない…俺を構うな!早く飛べ!」

かいとが危うく落ちそうだった。

ごめん、だがこれで安定してとべ…

後ろから爆音がした。

かなり近い位置に聞こえる。

「いやっ!」

少し爆風に当てられたレイは機内に頭を打って、気を失った。

「近いな、もうダメか…」

レイを介護をしながら、たけしは軽くそう溢したが、エンジンの音に隠された。

後ろから夥しい数の鳥人間が爆弾を抱えて飛んでくる。

後少しで振り払えるスピードに達するのに…一瞬で諦めの雰囲気が輸送機の中で広まっている。

「使うよ」

栖都が操縦士用のヘッドホンを外した。

できるだけ広く、できるだけ強く…

「ポイズン!」

輸送機の後ろに半径1キロメートルの扇型に即効性の神経毒を生成した。

『これでいい、これが魔法のあるべき姿からね』

騒音まみれの機内なのに、彼女の声だけがはっきり聞こえる。

「やった…僕が、守れた」

『さしぶりね、会いたかったよ!』

「僕もだ、しいなちゃん」

マイクがなくて、僕らの会話が誰の耳にも伝わらない。

ああ、みんなは状況をおかしがっているかもしれないが、僕らは助かったのだ。

『いっぱい殺したかもしれないけど、栖都は大丈夫?』

「ああ、生憎鳥の化け物に同情する余力がない」

『彼らは、元々化け物じゃないのだよ、栖都ーー』

しいなちゃんの話が何処か燻ってくる。

反射的に彼女の方向を見た。

『ーーお願い、やるべきことを見失わないで…』

彼女の顔は悲しい表情で僕を見下ろしている。

昔も今も含めて、初めて見た表情だ。

気づかずに手を伸びて、伸びて彼女の頭でも撫でて、安心させたいのだ。

それも束の間、僕にはやってやたこともあるが、やってしまったこともあった。

ドス黒い、黒い目が僕を見ている。

それは銃口だ。

小さくて、ゆいが持っている女子供でも使える拳銃だ。

「ググ?何をして…」

ゆいは気づいていない、ヘッドホンでエンジンオモロとも遮断している。

「栖都、化け物…」

聞き取れないが、彼女の言っていることがわかった。

「何のことだ、僕は僕だから、あなたの仲間で」

彼女は何か勘づいている。

手取り足取りでもいいから、とりあえず、彼女を落ち着かせれば。

「動くな!」

彼女は泣いているのか?

僕は固まった。

彼女が気づいたのだ、魔法のこと、魔法の正体。

嫌な汗が流れている、彼女は…僕を殺そうとしているのか?

目を見るのが怖い、動くこともできない、動くと撃たれるかもしれない。

それでも目の端っこに彼女の表情が覗いた。

涙がない、けど彼女は泣いている表情見えた。

言葉にし難いほど、痛々しく苦しい顔だ。

「ゆい!ゆい!彼女を抑えて!」

ゆいは操作に集中していて、マイクを外した今では彼女に伝わらない。

「おい!前になんかあるのか?!」

たけしはかいとを機内に引っ張っている、どうしても間に合わない。

レイは気絶のままだ、体が固定されて寝かされている。

ググは目を閉じた、トリガーに置いた指が震えている。

『魔法!次の魔法だ!早く教えてくれ!』

『次の魔法はーー』

そうだ、彼女は混乱しているのだ。

僕が魔法を使うのを見て、化け物の同類と勘違いした。

頭の中でしいなちゃんを呼びかける。

無力化すれば、そのあとで、みんなで説得を

『死の魔法だ』

「…ええ?な…」

『栖都』

頭が真っ白になった。

『やるべきことを忘れないで』

しいなちゃんは消えた。

やるべきこと…ああ、やるべきこと。

ここから逃げて…金とか女とか見つけて…幸せになる…

僕がやりたいのは、それだけのことなんだよな?

ググを、殺すのか?

この刹那の思考が銃声に遮られた。

「デス」

反射的に言ったよ…口に出してしまったよ。

ああ、なんてことだ。

でもせめて、安らかに…

「ガァァアア…ァァア!…」

ググは苦しんでいる。

「しいなちゃん!なんでだ!何で苦しんでいる?!」

騙された?

これは死の魔法ではないのか?

『いや、死の魔法だよ。人は死を正確に理解するのは難しい、そしてーー』

彼女はググを見ている、ように見える。

表情が覗けない。

『栖都は優し過ぎたのよ。即死のイメージなど、できていないっしょ?』

ーー無力化して、話を…

ああ、何でこんな時まで何もうまくできないのだよ…クソ。

「じゃ、今彼女の武装を解除して、治療をーー」

『いや、どう足掻いても、彼女は死ぬよ』

「…え?」

しいなちゃんの話は理解できなかった、いや、理解したくなかった。

『そいう“現象”だからね』

また銃声が響いた、後ろで聞きが悪く追いついた鳥を撃っている。

ググが四肢が痙攣して、無造作に暴れている。

「ググ?!どうした?ググ!す、栖都、ググが…」

ヘッドホンを付け直して、黙り込んだ。

事情知っているのは僕としいなちゃん、でも彼女はまるでこの後の何かを見据えていたようで、何も助けてくれない。

僕が、何をした?

僕はただ…ただ死にたくなかった。

僕は……

「ググ!とりあえず銃を下ろして、ね?」

輸送機は揺れ始め、もうヘリの操作どころではない。

そして、また銃声が響いた。

でも、今回は近い、とても近い、すぐ隣のようだ。

ググの動きが弱まり、やがて動きが止まった。

「ググ?」

白々しい。

「ググどうした、ググ?」

自分が一番知っているじゃないの?

「ググ返事してよ!ググ!」

まだマイク付けているのに、叫んでしまった。

自分がやった。

ググが死ぬ、魔法はそう言うものだ。

人智を越える異常な現象だ。

「……カァ」

「ググ?!」

まさか?!奇跡だ!魔法は効いてない!

「ググ!大丈夫なのか?」

でも、その返事が最悪の現実を教えてくれた

「わからない…さ、けばないで…みみ…痛い…」

「ゆ…ゆい?」

「残念だったね…」

彼女の腹部から血が軍服の周辺に広がっている。

苦しい息が吐かれ続け、彼女は必死に何かを伝えようとしてる。

「栖…都」

「…」

「残念だが…あの漫画は最後の作品になるっぽいね」

「でもよかった…こんなこともあろうかと…ちゃんと最後まで描いた」

「もう読んでも大丈夫よ…一緒に読みたかったな」

「操作は…意外と簡単だから…」

「寒い、眠い…けど、もう少し…頑張ってみる」

「栖都…」

「…」

「…ググを助けて…ください…」

カチャカチャ、カチャカチャ…

普段では聞き取ることのできない、操作桿を動かす音が耳元でうるさく響く。

彼女の頭が、それによって支えられて、もう動かなくなったググがもう彼女の膝から滑り落ちた。

カチャカチャ、カチャカチャ…

輸送機が段々と安定を取り戻した。

夜空から雲が引いて、なるで穴が空いたような欠けた月が現れた。

カチャッ。

音がなくなった。

真空に阻まれて、とても静かだ。

音は月と暗い海に吸われた。

視界は黒と黒より深い赤に満たされている。

『月は綺麗ですね』

ああ…

『家に帰らない?』

ああ…

『次に魔法はテレポート…栖都』

彼女は目の間に来た。

『あなたはやるべきことは、幸せになること…忘れてください、このヘリで起きた全てを』

瞬いたら、僕は家に居た。

少し埃が積もった、いつもの自分の家だ。

服もジャングル生活の汚れも無くなった。

持って帰ったのは一冊の魔法書だけ。

模様が入っている部分が大分薄くなった。

しかし今開いている部分は模様じゃなく、丁寧に描いた絵だーー


森を旅している二人の男女がいた。

どうやら家に帰れないで困っているようだ。

帰れる場所に向かいたいようだが、二人は最終的に帰ることを諦めた。

森の深く奥に籠り、果実を取り、狩りをし、畑を作り…

気づいたら家族が増えた。

戻ることを諦めてーー

最後に三人で幸せに暮らしていた。


井上ゆい

……

あっ、そうだ、服がなかった、困ったもんだ。

腰あたりから何かを取ろうとするが、空振りだった。

元はここら辺に拳銃をくぐり付けたはずだった。

「彼女は…僕より生きていくべき人間だ…」

…波の声が聞こえた。

ああ、この家が海の真横であることに忘れていた。

海を見に行こう。

壁に背を凭れて、壁に耳を軽く当てる、天井をみる。

海へ行こう。

外へ繋ぐドアは固く閉ざしている。

月と海を頭から追い出してたい。

それも叶わず、混乱と失意の渦の中で子供のように泣いた。

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