第一章 第11話 戦線崩壊

そこからずっと、僕らは密林の中に潜っている。

氷の魔法はこっそり使った。

飲み水のそばに大きくて、解けない氷を作った。

驚いたことに、前線から出発して一週間が経ったのに、本当に溶けない。

おかげでこの気温がおかしいほど高い密林の中でも熱中症を発症する人が居なかった。

しかし、このまま続けると、いつかガタが来る。

森の地形は確実にタイヤを傷づいているし、トラックの食料と水も限界がある。

そして、これからの未来には絶望がまち伏せている。

僕は初めてーー人を殺めた。


「ここからは身を潜めるものがなくなる、気を引き締めていけ」

言い終えて、たけしは銃器を人数分分けてくれた。

「…」

ここまで実戦用の銃を触れるのは初めてだ。

少し先を眺めると、そこは広い荒野と青い空。

地図から見ると、栖都たちは随分と大回りした。

ここから行くと、樹々の守りから出るが戦略上敵はいないはず。

だが最悪を想定した方がいい。

「行くか、お前らも悪くない奴ばかりだ、死ぬなよ」

「はは、ヤクザのおっさんに言われたくないよ」

「はっはっ、勝手に言うとけ!」

今は慣れたが、1ヶ月前の栖都が今を見てたら、さぞ驚くだろうな。

あの時にとって、自分の敵はこの異国の中でもこの二人しかいないかも知れないと思い込んでいるから。

「行くぞ」

その号令の後、大軍もなく戦車もない、小っぽけなトラックがただゆっくり…少し速めに荒野に走り出した。

周りは一人もいない静かな場所だ。

パン!

「え?!」

「何?!」

「て、敵襲?!」

後ろに座っているかいとが無言に空に向けて銃を放った。

その先を見ると、一羽の鳥がいる。

「来るぞ、飛ぶやつ」

「やはりここでも居やがったのか、敵襲だ!数が多くない、慎重に対処するんだ!」

銃声が相次ぐこのあたりに響き渡ている。

少し経った頃。

「よっし!私が仕留めたよ!」

レイが当てたようだ。

「残念だが、あれは俺がやった」

それに対して、かいとが物申した。

「ええ〜?!絶対あたしだし!」

「落ち着け、レイちゃん。落ちたら、確認してみよう」

「いや、残念だが、それは無理な話だ」

その鳥みたいなものが肉眼では見えにくい高度から真っ直ぐ地面目かけて落ちていく。

巨大な爆音とともに、爆風が砂塵を巻き起こし、ここらへんまで届いた。

「爆弾抱えているから、撃ち落とすと必ず爆発する…もう3匹来やがったな、少しまずいかもしれない」

「もう!しゃべならいで、手を動かせよ!」

「し、死にたくない、死にたくない…!」

次の魔法は毒。

もうなりぶり構っている余裕はないじゃないか?

打っていいのか?当てれるのか?

「俺に任せろ」

かいとの声だ。

それと伴って、銃声が響く度に一羽一羽が地面に落として、爆散する。

夥しい爆風と共に舞い上がる砂塵と顔に当たる熱風。

それでも、栖都たちには届かなかった。

「すごい…」

「じゃ、先は何なんだよ!何ですぐに落とさないの?!」

レイは少し顔が赤くなり、かいとに問いかけた

「そりゃ、あんたらは使い物になるかどうかの判断だろう」

「はぁ?」

「こっちだって命掛かったんだ、背中は役立たずには預かれん」

「く…くぅ」

悔しいが、かいと言っていることが正しいのを知ってる。

そのせいで、レイも反論できない。

彼女だって帰りたいのだ。

まだ基地まで遠いため、この爆発は多分拾われっていないのだろう。

「だめですね、車の無線ではまだ届かないっぽい」

「何んだこのボンクラ!」

「焦るな、こんな長距離を想定していないと思うよ」

ゆいは冷静そうにそう言っているが、彼女も限界が近い。

よく考えたら、もう半ヶ月も密林の中で生活しているのだ。

みんなも文明的な生活が欲しがっているし、疲れている。

だからこそ、これから目に入るものの意味がどれほど重いかあ…どれほど絶望的なのか。

少し速めのスピードで広い砂浜を走って二日目、あるものが目に入った。

「おい、ヤベェことになってるよ…!」

「え、あそこって」

「基地の方向じゃねか…」

「黒い煙が…」

前線にあるはずだった黒煙が、私たちが帰えるべく場所からも上っている。

トラックのスピードを落として、やがて止まった。

「スト?」

「…」

「大丈夫?」

ググは心配そうにこちらを見ている。

彼女は何が起こっているのかよくわからないようだ、それでも何かよくないことが起きていることを知っている。

「ああ、大丈夫大丈夫」

軽く彼女の頭を撫でた。

安心できる材料は何もないけど、ここで立ち止まってると全てが遅れってしまう気がする。

「行ってみないか?」

「栖都さん?」

「まだ判断には早いじゃないですか?もしかしたら、それは鳥が落として何かを着火しただけ」

わかっている、これは安心の材料にはならない。

「とりあえず、近くまで寄ってみよ?」

「正気か?」

「この距離だったら、夜中は間に合える」

「しかし、どうやってその山を…」

「だったら、彼女に聞くだな」

みんなの視線をググに集まった。

「入り口、わかる」


決まったら、夜になるまで休みを取ることにした。

綺麗な夕焼けの下に赤い海が波を打っている。

男衆は仕事柄のせいで肝が据わっているのか、もうぐっすり寝ている。ググもだ、逞しい。

「寝れないの?」

「ああ、月を見ようとしてる」

「まだ夜じゃないけどね、あっ確か夜じゃなくてもたまに見かけるよね、月」

ここは砂浜で、目の前は波打ち綺麗な海と夕焼け。

とても死と隣り合わせている環境とは思わなかった。

「そいえば、最近は海も行かなかったなぁー」

「ああ、栖都さんが来たら、行ってないね。地味に海辺だからなぁ、基地」

「違う違う、町にいた頃よ」

「確かに今年も行かなかったな、慣れったらそれだけだね」

「わかる、昔は海ってただでかい水溜りだしね」

「子供のごろはなかったけどね、あんなでかい水溜り」

「それな!急に町が海に呑まれたから、びっくりしたね」

女性陣は昔の話で盛り上がっている。

彼女たちも、もしかして同じまちなのかな?

何も変わることないけど、少し心がほっとした。

年れ的にも、生活圏も無縁な人たちだからな。

「せっかくだし、海に遊んで行かない?」

「私はいいや、少し疲れた」

「そっか、じゃ行って来る」

「行ってら〜」

レイが行っちゃって、残りは僕とゆいだけになった。

「日記は、まだ書いてる?」

「ああ、ぼちぼち」

「そこ、不吉」

「え?何で?」

「墓地墓地だから」

っぷ。

「ふふ…何だよ!急に親父ギャグを」

これはやられたわ。

「なぁ、漫画描かせてよ」

「はい、ほら」

「サンキュー」

かなり集中しているな、そっとしておこう。

やりたいことに浸す時間も…

いや、だめだ、何だこの死に行くような感想は。

僕らは大丈夫だ。

「はい!やっと完成したよ!」

「おお?随分かかったな?」

「オリジナティーを出したいから」

「よくわからないが、おめでとう」

「それでいいの。ねぇ、みてないよね?」

「ああ、うん。みてないよ」

正直気になるが、約束は約束だから、見ていない。

極限の環境だから、信頼は大事とかのことを抜きにして、ググの前でしっかりした大人でありたい。

しょうもない事で喧嘩したくないしな。

僕は女心わからないからな。

結局、しいなはどんな気持ちで僕を幸せにしたいのか。

もう死んだよ?せめてあの時、もう生きる道がないと、お互いの中で何処か思っている。

「じゃ…帰ったら、一緒に読もうか」

「ああ、大作だろうな、発表とかする?」

ゆいはまた顔を背けた。

「さ、流石にまだ厳しいかも?」

「じゃ、これから頑張らないとね」

「そう、だね」

「少し寝るから、おやすみ」

「おやすみ」

彼女は少しではあるが、震えている。

側から見れば、栖都も同じかもしれない。

レイの元気さと残りの面々の図太さは羨ましい限りだ。

そういえば未だ苗字が知らないな、後で聞くか、全員分で一緒に。

太陽が完全に沈んだ後しばらく、トラックを隠した栖都たちは月明かりを頼りに基地へ向かった。

絶壁の下に小さな穴がある。

ググは当初ここを通って、栖都たちのテントを見つけた。

「でかしたぞ!ガキ」

「ははっ、うちの嬢ちゃんと違って、逞しいね」

ギャング二人組はなんか勝手に納得している。

穴は小さいが、成人男性一人通るのは丁度いい。

全員一列に一人ずつ通って、外の緊迫した空気が伝わってくる。

…いや、とても静かだ。

嫌な静けさだ。

「声だすなよ、とりあえず着陸場に行こう」

「…ああ」

それは、最悪を想定したプランだ。

一番当たりたくない予想だ。

とっくに占領されていて、無理やり輸送機を奪って海を越えて帰るプランだ。

…当然こうはなりたくない。

目標は軍用灯台の方向。

大きく回り、少し高めの砂丘に身を隠れてゆっくりと接近していく。

そのあとはいやでも身を晒すことになるが、障害になる岩と丘が減り、灯台の存在を視認できた。

明かりだ、明かりがついている。

いや、味方?味方なのか?それとも敵なのか?

どちだ?

静かながら、焦りが積もっている。

「行くぞ」

ギャングの二人の顔からも緊張が覗ける。

月も明かりも照らされていない岩の陰に潜みながら進んで行く。

「誰も、いない?」

灯台というより監視所のような場所で、外からも中を覗ける。

明かりはついているが、人がいない。

「いや…これはまずいかもな」

手前まできて、気づいた。

血だ。

もう黒くなっている血が閉まっているドアの下から滲み出ている。

「ひっ…」

「うぅ…」

女性の二人は軽く悲鳴をあげた。

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