よっしー

「上の里」に着いた。

「上の里」とは、母が通い始めた宗教だ。これまで母は、いくつもの宗教に行っては、僕を巻き込んだ。

「上の里」は、宗教と言っても住宅街にあるただの一軒家だ。呼び鈴を押すと五十代くらいの何の変哲もないおばちゃんが出て来た。

 この人が教祖様か?促されるまま家に上がったが、さすがに緊張して来た。中も普通の家だ。大勢の人が来るからなのか綺麗に片付いているし、特に宗教らしい物はない。

 八畳の和室に通され、僕と母が並んで座布団の上で正座すると、おばちゃんが僕たちの前に正座した。その背後には神棚があり、男の遺影が祀られている。神棚だけは、いかにも宗教らしく頑張ったって感じだ。

「本日はよく御参り下さいました。私がこの会を運営させてもらっている山村緑です」山村さんが丁寧に頭を下げた。やっぱりこのおばちゃんが教祖だ。「上の里の成り立ちは聞いてますか?」

「母から、山村さんの若くして亡くなられたお父様の声が聞こえると聞きました」

「その通りです。死んだ人の声が聞えるなんて信じられないかもしれませんが、本当に私は父の声が聞えるんです」

「大丈夫です。信じていますから」

「良かったです。父はいつも私たちを見ていて、正しい場所に導いてくれるんです」つまり「上の里」が神様として崇めているのは、亡くなった山村さんのお父さんというわけだ。「それでは私に神様を下ろして、神様の声を聞きます。少々お待ちください」

 神妙に拝み始めた山村さんの言葉を待つ。

「親孝行しなさい」

 しばらくして、山村さんがさっきとは違うしわがれ声を出した。結局、山村さんが告げたのは「交通事故に気をつけろ」とか「お酒を飲み過ぎるな」とか、ありきたりの言葉ばかりだった。

「ありがたいお言葉、ありがとうございます」僕は丁寧にお辞儀をした。「ところで山村さん、一つよろしいでしょうか?」

「なんでしょう?」

「実は僕も、山村さんと同じように声が聞こえるんです」

「え?そうなんですか?」

「はい。一つや二つじゃなくてですね、多い日には二十の声が聞こえる日もあるんです」

「二十?」

「はい、二十です。で、その声ってのが様々な神を名乗るんです。私は、この土地を代々司る神だとか、北極星の神だとか、神様のバーゲンセールなんです」

「はぁ」

 山村さんはきょとんとしている。

「山村さんのお父さんの声は、最初どんなふうに聞こえたんですか?」

「夜中目が覚めた時でしょうか、私は命をかけて緑を守るから、祭壇を作って祀って欲しいって頭の中ではっきり聞こえたんです」

「で、その後、山村さんだけではなく、いろいろな人を助けたいから、困っている人を呼びなさいと言われたんですね」

「その通りです」

「なるほど。僕ももし一つしか声が聞こえなかったから、声をありがたがって神様だって信じてしまったかもしれません。ですが、なんせ神様のバーゲンセールなもんですから、信じたくても信じられないんですよね」

「つまり、私が聞いたのはお父さんの声ではないって言いたいんですか?」 

「いや、間違いなくお父さんです。若くして亡くなったお父さんはこの世に未練たらたらで、山村さんを利用して、その存在を知らしめ、尊敬されようとしてるんです」

「父は会員様の癌を見つけるとか、いろいろ一杯、人助けしてるんですよ」

「見つけることはできても、治すことはできなかったですよね。なのにあなたは、必ず直しますってその方に約束しました。それが問題なんです。結果、できもしない嘘を積み重ね金を騙し取ることになるんです」

「吉野さん!なんでこんな人をよこすの!」

 凄い形相の山村さんが母を睨んだ。

「申し遅れました。わたくし宗教バスターズの代表を務めております吉野寛子です」

 母が丁寧にお辞儀をした。

「はあ!?どういうつもり!?さてはあなた、私を騙してたの!」山村さんが立ち上がった。「帰ってちょうだい!二度と来ないで!」

「はい帰ります」母が立ち上がって歩き出す。「あ、そうそう。神の里の会員様には、お父様の真実を伝えておりますので、あしからず」

「なんで!なんでそんな嫌がらせするの!」

 掴みかかって来そうな山村さんから逃げるように、僕たちは外に出た。

「じゃあ次は、上の里の会員がウチに来る日のスケジュール調整だね。忙しくなるな」

 助手席の母を見ると、ニヤリと笑っていた。

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よっしー @yoshitani

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