第3話 陽キャ女子のアイディア

「は……?」


 は? いや、何言ってんのこの人。正気? ねえ、正気?


「あの、えっと、どういうこと? 陰キャになりたいの?」


「だからそう言ってんじゃん。私を陰キャにしてよ」


 立花の瞳は本気そのものだった。その目には何の濁りもない、陰キャへの憧れが濃く詰まっていた。


「そんなこと言われてもなぁ。俺に何ができるのやら……」


 立花の頼み事は明らかに非現実的だった。陽キャの彼女が陰キャになるというのは、それこそ周囲の視線が気になる事態である。

 キャラクターを急に変えるというのは、かなりリスキーなことなのだ。それを立花は理解しているのだろうか。


「手っ取り早い方法が一つあるんだけど、言ってみてもいい?」


「まあ、はい。どうぞ」


 何を言い出すつもりなんだろう。面倒なことじゃないといいけどなぁ。


「私と夏川がさ、付き合ってるってことにしてみたらいいかもね」


「えぇっ!!」


 大きな声が出た。いや、声というより音だった。感情のままに出た音に、立花は「驚きすぎ、うるさい」と冷静な態度を見せた。


「そんなに驚くこともないでしょ。本当に付き合うわけじゃないんだから」


「いや、そうかもしれないけどさすがに……」


「ねえ、お願い。私もう本当に限界なの」


 自分の両手に温もりが触れた。立花が手を握っていたのだ。おまけに上目遣いで見てくるものだから、俺の心臓の鼓動はまた速くなり始めた。


 いやなんなのこの人。可愛いわ。いや可愛いけどこの頼み事を受けたら絶対面倒なことになるよな。でも可愛いわ。うわぁ、どうしよう。


 立花の頬は赤くなっていた。その赤みが俺を動揺させながら、心臓の奥を叩くようにして苦しめる。俺はどういった選択を取ればいいのだろう。どうしたら正解なのだろう。


 立花の真意は完全に明らかではない。その可愛らしい表情の裏には、もしかすると俺にとって不利益なものがあるのかもしれない。そうだとしたら彼女の頼み事は拒否するのが正しい。けれど、その思考が完全に合っているとも限らない。


 立花は不安そうな表情を浮かべている。それでいて恥ずかしそうにもしている。


「ああ……まあ……」


 正直、迷った。何を選んでも間違っているかもしれないし、偶然にも正解にたどり着くかもしれない。


「俺は————」


 確率が不明瞭でも、答えが判然としなくても。


「その頼みを、聞くことにする」


 そこにある表情と感情を信頼して、まずは歩いてみることにした。



     *


 スズメがうるさいと思ったら朝だった。昨日の晩に悪いものを食べたとか、昼寝をし過ぎたとか、それらのようなことは一切なかったのに一睡もできなかった。


 気が付いたらスズメの鳴き声が窓の外から聞こえていた。朝が来てしまったことに絶望しながら、ベッドから起き上がって制服に袖を通す。


 眠すぎる、非常に眠い。それなのに眠れなかったとかなんなんだよ本当に。学校行きたくない。面倒くさい。一生寝てたい。


 眠れなかった理由を本当は分かっていた。ただ気付きたくないだけなのだろう。昨日にあった出来事を昨日だけで完結させることなく、今日まで引っ張ってしまった自分が悪いのかもしれない。


 でもなぁ、事態の発端は俺じゃないしなぁ。全てはあの陽キャ女子のせいだよなぁ。そんなことを考えながら制服に着替え終わったが、リビングにおりて朝食を食べる気にはならなかった。


 朝食を食べる時間を睡眠に充てたい。食欲を犠牲にするほど眠い。マジで眠い。


 今寝たら確実に遅刻をするリスクがあるのでさすがに寝ないが、もう少し横たわっていたい。スマートフォンを片手にベッドで横になり、SNSに目を通す。


 ネット上に広がっている様々な話題を見ていると、自分のちっぽけさや普通さに安心する。炎上しているわけでもなければ、注目されて窮屈な気分を感じているわけでもない。


 ふと、昨日のことを思い出した。規模は違うが、もしかすると立花もネット上にある投稿と同じ立場にあるのかもしれない。


 注目されているから言動に気を付けて、他人の目を気にする。そんな生活をするのは確かに辛いのかもしれない。


 SNSに広がる投稿を一通り見終えると、画面上部に一件の通知が来た。


『夏川で合ってる? 昨日の通り、今日から私はあんたの彼女ってことで。よろしく』


 通知元は立花だった。

 いや、なんで連絡先知ってるんだよ。

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陽キャ女子を陰キャ化するために、付き合うことになりました イチノセ @ichinose529

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