02.戻ってきた初恋の人

 目の前のドン様は、私の〝悪〟とされる部分を次々と並べ立ててくる。


「あんなトカゲ女を妹のように思うなど、頭がおかしいとしか思えん!」

「本当ですわぁ!」

「肌も醜く、今にも人を殺しそうな目をしていて気持ちが悪い!」

「きっと、本当に殺そうとしているのですわぁ! 早く処分してしまった方がいいと、リンダは思いますぅ」

「まったく、リザード族というものは危険極まりない! そんな種族に国を売ろうとする愚かさがわからないのか!」

「そうですわそうですわぁ!」

「大体にして、リザード族とは暴力的で知恵もないバカ、見た目は醜悪、この世に間違えて作り出されたとしか思えん! リザード族など、この世から消えてしまえばいいのだ!」


 私のお腹の底から、なにかが沸き上がってくる。

 この世に生まれて、同じ世界で暮らしている者同士だというのに……どうしてそんな風に思えてしまうの?!

 私は叫び罵倒したい感情を必死で抑えた。

 それをしては、ドン様と……いえ、ドンと同じ人種になってしまう。それだけはイヤよ。


「彼らは建国し、もう私たちの手からは離れているのです。いつまでも他国民を侮蔑していては、国政に支障をきたすのではございませんか?」


 言いたい言葉をすべて抑え込んでも、怒りはふつふつと湧いて出てくる。


「勝手に独立宣言をしただけだろ。〝国民〟などという言葉であいつらを俺たちと同じ人扱いするな。あいつらは、トカゲだ」

「人とは違う種族であることがなんだというのです。リザード族は強く逞しくあります。私たち人間と比べてもその強さは歴然……この意味がわからないのですか?」

「うるさい! お前は蛮族に肩入れをする反逆者だ! 俺の国を貶めようとする奴は、追放してやる! 衛兵! こいつを捕らえろ!!」


 え、うそでしょう?

 今は全権をドンに委ねられていると言っても、あまりに横暴がすぎるわ……!

 衛兵たちは一瞬躊躇していたけれど、顔を見合わせあった後、命令に忠実に行動を始めた。

 暴れたりしても無駄なことはわかっているから、見苦しいことはしない。

 けれど、ドンの思うようになってしまうことが悔しい……!


 衛兵が私の目の前に来た瞬間、周りが異様にざわつき始めた。

 何事かと衛兵が振り返っている。私もその隙間から奥を見た。


「リザードだ……」

「リザード族よ!」


 他国では見ることのないリザード族を目の前にして、それでも各国の主要人物たちはさすがにみんな冷静だった。ドンとはわけが違う。


「なんだ、お前はなんなんだ!!」


 慌てふためくドンに、そのリザードは悠々と視線を送っている。

 堅苦しいと言わんばかりに着ているリザードの服は、王族であることを誇示するべく作られたような、見目鮮やかな刺繍の入ったもの。

 その彼の目が、ドンから私に流された。


「彼女を追放するつもりなら、俺がもらい受ける」


 彼からの視線と言葉を受けた私の胸は、ドクンと大きな音が鳴る。

 もしかして、彼はガイア?

 面影が……


「トカゲの国の者など、招待していないぞ!!」

「周辺諸国の要人を招いていると聞いている。なぜ我が国に招待状を出さない」

「気持ちの悪いトカゲなんぞ、呼ぶわけがないだろう!」

「こちらからは対顔すべく何度も打診していたが、誰かがハルヴァン国王への信書を握り潰していたようでな。直接やってきたというわけだ」

「っく! 蛮族が……!」


 悪態をつきながらも腰が引けているドンを尻目に、彼は私の前にやってきた。

 そしてその大きな体をかがめて膝をつき、長い尻尾をスラリと伸ばしている。


「申し遅れた。俺はレイザラッド王国の第一王子、ガイア・レイザラッドだ」

「ガイア……様」


 やっぱりあのガイアだわ……

 ガイアが、来てくれた……!


 レッド・レイザラッドに息子がいたという話は聞いたことがないけれど、それでもガイアが言うならきっと本当だわ。

 それより、再会できたことがなにより嬉しい。

 ガイアは私の、初恋の人で……今でもずっと大好きな人なんだもの……!!


「この女とトカゲを早く追い出せ!」


 感動に浸っていたいというのに、ドンが邪魔をしてくる。

 飛びかかってくる衛兵を前にガイアは立ち上がると、バシンと尻尾で彼らを一蹴した。

 衛兵はあっという間にバタバタと倒れて床に臥してしまっている。

 ……強い。

 リザード族は強いとわかっているけれど、その中でもガイアは群を抜いているんじゃないかしら……。


「なにしてる、かかれ! かかれーー!!」


 ドンの言葉に衛兵はたじろぎながらも剣を抜いた。

 その瞬間、ドンッとでも音の出そうな威圧を肌に受ける。金色の瞳が衛兵を睨み、睨まれた衛兵は金縛りにあったかのように動けないでいる。

 呆然としていると、ガイアがもう一度私の方に体を向けた。


「この王子に言いたいことがあるなら、全部ぶちまけてしまうといい」


 私がガイアを見上げると、彼はこくりと頷いてくれる。

 ずっとずっと溜め込んできた、ドンへの怒り──それを伝えるチャンスだと?

 今までのように我慢したところで、もう追放されるだけだというなら……!

 私もガイアにこくりと頷き返して、ドンの前へと一歩出た。

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