最終話 予想外の犠牲。だがその先に――
突如空が曇り、鳥たちが逃げ、雷鳴が轟く。
「ど、どうすんだよぅ」
船柱は戦慄くことしかできずにいる。
一方、山藤はと言えば。
「なんとかできる」
と言い置いた後、テレビの周辺を探っていた。
「え、何々。何してるの?」
「多分ね、これでいいハズ」
一分後。
山藤たちが再びマンション玄関前まで行くのと、雲を裂いてあのキリサメキキョウが姿を現すのがほぼ同時であった。
「覚悟は決まったか、フウジノクサビよ」
「ああ、決まったよ」
山藤が進み出た。
山藤は真っすぐにキリサメキキョウを見上げる。船柱が山藤の肩に手を置いた。
「な、なあ山藤。本当に大丈夫なのか」
「うん」
山藤は頷くと、キリサメキキョウに向けて言った。
「思い出したんだ。六百年前、君と交わした約束を」
「何だと」
「俺の命と同等に大事な刀をあげるから、それを約束の証にと、俺は言ったね。そして六百年後、また会う誓いを交わした。そして君は、それを守ってくれた」
「いやいや悪党がそんな約束かわすわけ」
くつくつ、と粘っこい笑い声が、船柱の言葉を遮る。
「そうだ。そしてそれが今日この日。今日こそがあの約束より六百年目なのだ」
「えっ、ほんとに!?」
山藤は両手を広げた。
「でも残念ながら、俺は今ただの人間だ。記憶を徐々に思い出してきてはいるけれど、あなたの納得するような戦いができるとは思えない。ただの人間でしかない俺をひねりつぶしたところで、君は満足できないだろう?」
山藤の言葉を聞き、雷鳴が轟く。キリサメキキョウが唸った。
「貴様……逃げるというのか」
「違うよ」
山藤は、深く息を吸い込んだ。そしてはっきりと言った。
「もう一つ、命に代えて大事なものをあげるから。また六百年後に会おう、友よ」
「だ、大事なものって!? おい山藤待てよ一体何を」
「――これだよ」
山藤はポケットに手を入れると、取り出した片手を空にかざした。
その手には――黒いケーブルが揺れている。
「……テレビのケーブル」
「これは――」
山藤は厳かに言った。
「リモコンと共に並んで、俺の命の次に大事なものだ。普通は……安易に渡せるものじゃない」
「……えっ山藤、えっ」
船柱は何事かを口走りそうになったが、山藤の鋭い視線を受け堪えた。ぱしりと自分の口に手を当てる。
山藤は高らかに言った。
「君はリモコンを奪った。でも、それだけじゃ十分じゃないんだ。リモコンの次に大事なこのケーブル――俺の二つ目に大事な命、君に預けよう。また誓い合おう、次の六百年後に向けて」
「くく……ふ、ふはははははっ」
キリサメキキョウは喉をそらし、雷鳴のような笑い声をあげた。両手を広げ、血走った目でぎろりと山藤を見やる。
「いいだろう。貴様の命、預かった」
「え、いいの!?」
そしてキリサメキキョウは去って行った。
黒い雲が消える。鳥がおそるおそる戻ってくる。
こうして平穏が戻った。
「――いや、なんなのあいつ!」
船柱渾身の絶叫が、町内に響き渡る。戻ってきた鳥が怯えている。
「思い出したんだけど」
山藤がさらりと言った。
「彼、実は六百年前からああなんだよね」
「……えっ」
再び山藤の部屋。
部屋にあがると、山藤は卓の上に置かれていた刀を手に取った。鈍く光る刀身に、優し気な目をした細身の男が映っている。
「いや思い出したんだよ。この刀も実はなんかあの、家の庭に生えてた柿と交換に里の人にもらった……みたいなやつで。別になんか特別思い入れがあるワケじゃなかったんだよね」
「えぇー」
「で、サメサメが」
「サメサメ」
「俺がたまたまその刀を古道具市にでも出そうかなって思って、でも古道具市に出すにしてもちょっと汚いよなぁって磨いてたら、そしたらその光景を見て、なんかすごい大事な刀なんだろうってサメサメに勘違いされたみたいで。で、まあそんなに要らないものだったから、どうぞってあげたらね。そしたらサメサメが、『ふはは貴様が命を差し出すならば、引き換えに我もまた六百年の眠りについてやろう』って言って嬉しそうに持って帰っただけなんだ」
ぺらぺらと、まるで先週起きた「バイトであったちょっとめんどくさかった話」のように六百年前の事を語る山藤。何も言えずにいる船柱の隣で、ホムラノアラシが「おぉ」と感嘆の声を漏らした。
「フウジ様――もしや記憶が」
「うん。詳細を全部思い出したわけじゃないけど、ホムラさんの熱と、過去の話と」
「ワタクシの、おかげっ!」
オォオオと、再び赤い袖に顔を埋め嗚咽をあげるホムラノアラシはさておき、山藤は言葉を続けた。
「あ、うん。そうそうおかげおかげ。……後はそれにね、この刀のおかげで少しずつ思い出せたんだよ。それと」
山藤の透きとおった目が、船柱を見る。
「え、なに?」
山藤は、船柱に綻ぶような微笑を向けた。
「――君がそばにいてくれたお陰だね」
「……えっ」
その微笑みの温度を感じ取った瞬間。
船柱の全身をビキンと駆け巡る、得も言われぬ、雷に打たれたような感覚。
脳みそが軋み、身体の深い部分と記憶の根本の神経が繋がる。
「う、うわっ!?」
一瞬の眩暈。そこから目をあけると。
――確かに目の前に居るはずの山藤の姿に、六百年前の姿が重なった不思議な映像が目に浮かぶ。
「え、え、えっ!?」
「あ、よかった。船柱ももしかして記憶が」
「う、うそだぁ! どう考えても嘘としか思えないのになんか思い出せる! えっ!? 何これ! なんか思い出せる!? え、これ六百年前のお前!? え、俺も六百年前からお前のダチだったってこと!?」
動揺し頭を抱え七転八倒する船柱に、山藤はさらりと言った。
「そもそも俺達って昔保育園で出会ったときにね。なんでか知らないけど第一声が『六百年ぶり』だったよね」
船柱は卓をパァンと叩いた。倒れそうになった湯飲みをホムラノアラシがサッと手に取る。
「いやそんな特徴的な出会いあるなら、そもそもこの記憶蘇りイベント自体が保育園のときに起こるべきことだったじゃん!」
「船柱ねえ、俺が『六百年ぶり』って言った時、恐いお姉ちゃんにクマちゃんのぬいぐるみを取られて泣き叫んでたから。多分聞こえてなかったんだと思う」
「うっわ思い出したくない恥ずかしい記憶!」
「じゃあ、行こうか」
「え、どこに?」
「ん? ヒトトセ電器。リモコン買いに行こうよ。溜め録り、見たいし」
「え、今このタイミングで!? 自分たちの関係が六百年前の前世からのダチだって確かめ合った、今このタイミングで? 電器店の道すがらで片付けられる要領じゃない分量の話すコトあるぞ? 今この瞬間にも六百年前の記憶ちょっとずつじわじわ思い出してる状態だけど!? こんな状態で電気屋!?」
「うーんわかった。じゃあ、鍋食べながら六百年前の話しよっか」
「鍋でも吸収できねぇえよ六百年前の出来事!」
一方。もう! と地団太を踏む船柱を見つめ、ホムラノアラシは唇を震わせている。
「な、なんとお前がウナバラハシラだったとは」
「いやホムラさんそのなんとかのハシラのこと知ってたの」
「ウナバラハシラは、フウジ様の……」
「え、フウジ様の何。あ、もしかして俺もコイツの弟子だった感じ? あっ、分かった。一番弟子争いしてたみたいな? いやもう大丈夫だよ前世は知らないけど今は一番弟子狙ってないし……」
「……」
「え、違うの? じゃあ普通にダチだったとか? ねえ……あ」
その時ふと船柱の脳裏に、先程のホムラノアラシの言葉がよぎる。
――フウジ様の隣には、あの方の寵愛の全てをもって微笑みかけられる者がいた。
特別に微笑みかけられる存在、とは。
そして先程から泉のようにこんこんと湧き出る、六百年前の記憶。その中に見える、山藤――フウジノクサビから向けられる、木漏れ日のような微笑みの思い出。俺にだけ向ける、特別な目の色。
いやまさかな。
いやまさか、まさか。
「船柱、ほら行こう」
「あ、うん」
「ホムラさんも行こうよ」
「え、この人も電器屋さんに一緒に?」
「あ、流石に目立つか。俺のTシャツでよかったら着る? サイズ合わないかもだけど」
「いや絶対Tシャツ似合わないってこの人」
戸惑っても突っ込んでも、わいわいがやがやと話は進む。
思い出せない事柄を思い出すべきか、否か。何せここにあるのは六百年分、なんならきっともっとそれ以上の因縁である。
やはり電器屋の道すがらで話す事ではない。
とはいえ、まずは電器屋に行かなければ。
六百年分のつもる話は、鍋をつつきながらテレビと共に。
そう。我々にはやはり、リモコンが必要なのである。
――完!
封印から目覚めた悪鬼にテレビのリモコンを奪われたとしても俺達は前を向いて生きていくしかない、そうだろう 二八 鯉市(にはち りいち) @mentanpin-ippatutsumo
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