逆迷彩蝸牛

黒谷知也

逆迷彩蝸牛(ぎゃくめいさいかたつむり)


Chapter01


 伊豆半島の付け根あたりの土地に、殻の色が赤い特殊なたつむりが生息しており、アカカタツムリと呼ばれている。


Chapter02


 アカカタツムリの個体数は非常に多く、樹木や葉だけではなく、道路や地面や壁や窓ガラスなどいたるところをっている。また、窓が開いていると屋内にも侵入する。


Chapter03


 住民たちは、しばしばアカカタツムリを踏み潰して嫌な思いをしてきた。殻をぱきっと踏み抜くと、そこからはみ出した体液のぬるぬるとした感触が伝わった。また、体液はどぶの汚水にバニラミントを混ぜたような匂いがした。


Chapter04


 アカカタツムリの赤色はとても目立つので、踏まずに避けて通ればよいだけの話のように思える。ところが、何故か人間を含め他の生物たちは、「」という不可解な情動を喚起かんきされた。

 論理的な説明は困難だが、、と言って差し支えないだろう。


Chapter05


 どれほど心優しい人でも殺さずにはいられないので、人間性や尊厳を損なうとされてきた過去がある。しかし今のところ、あらがうすべは見つかっていない。


Chapter06


 年端のいかない子どもたちは、な残虐性をいかんなくはっし、アカカタツムリを踏みつけて遊ぶ。ありを殺すよりもこちらの方がよほど楽しいらしい。


Chapter07


 もちろん、生命をもてあそんで面白がっている大人もいる。


Chapter08


 犬や猫や鳥や家畜などはつぶすだけではなく、そのまま食べたりもする。


Chapter09


 以上は、毎年五月中旬から六月下旬頃までにかけての恒例行事である。地元では当たり前の光景だが、移住してきた者たちの多くは驚きや不快感を顕わにした。


Chapter10


 何十年かに一度、アカカタツムリが信じられないくらい大量発生する年がある。連日にわたり、道路や地面が露出しないほど分厚い深紅のじゅうたんが敷かれた。

 車両は次々とアカカタツムリをき、体液でスリップして事故を起こした。

 また人々は老若男女問わず表へ出て群れを成した。誰もが目を血走らせ、理性を失い、邪悪な宗教に身をゆだねているようだった。

 体力が尽きるまで踊り狂い踏み潰し、虐殺した。


〈了〉

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