カレン ~episode 19~

 私は真綾と玲奈に挟まれて、公園のベンチに座っていた。今日は一日中大雨の予報だったけど、ここのベンチはちょっとした屋根の下にあるから、多少の雨風は入って来ても、話をする分には平気だった。私はここで、橘くんが来るのを待っている。まだ完全には気持ちの整理をつけられていない私は、橘くんの話を聞き、別れてすぐに真綾と玲奈にメンタルケアをしてもらおう、ということになった。こんな雨の中公園に来る人はいないし、橘くんが帰った後、大泣きしたって誰にもバレることはなさそうだ。

「でも、ほんとにそれでいいの?」

真綾が私のことをぎゅっと抱きしめながら聞く。

「ちゃんと話し合ったら、なにか変わるかもしれないよ。別れなくても済む方法があるかもしれない…。」

「うん、いいの。」

私は頷く。

「橘くんね、良い人すぎるから。私を助けてくれたり、話しかけてくれたりしたのだって、相手が私じゃなくったってやってたと思うの。なのに私が勘違いして…。劇なんかで関わることも多かったし、愛莉が変に気を使って無理やり呼び出したりとか。」

「うーん」

玲奈が納得いかないように呟く。

「本物の良い人だったら、嘘告みたいなことしないと思うけどねぇ…。」

「男の子のノリなのよ、ああいうのって。」

私が肩をすくめて言った。

「ほら、真綾がまーくんによく告白されてるみたいに。」

「でもあれは完全に冗談だって分かるテンションで言うし、それに二人きりの誤解しそうな雰囲気では言わないもん。」

真綾が肩をすくめて言った。確かにまーくんは冗談ばっかり言っている性格みたいだけど、橘くんはそういうタイプではない。

「だとしても、橘くんが『あの子』に会ったのは中一の秋なんだよ?私と橘くんはその後三年間も一切接点がないんだから。」

「まあ、ねぇ…。」

「とにかく」

私は決心したように言う。

「私は橘くんのことはきっぱり諦める。そのために今日、ここに来たの。好きな人のことを私が苦しめたくなんかない。だから、これでいいの。今はまだ難しいかもしれないけど、これから少しずつ橘くんを好きだった気持ちは忘れて―」

「なんだよ、それ。」

後ろから良く知った声が聞こえて、私は凍り付いた。真綾と玲奈がさっと振り返る。二人とも橘くんには会ったことはないけど、前に写真を見せているから顔は分かっているはずだ。そして、その逆も然り。

「あの、花蓮のお姉さんと妹さんですよね?」

橘くんが言った。

「ええ」

真綾が答える。

「初めまして。橘颯真です。」

「「初めまして。」」

お辞儀をする橘くんを見て、二人が慌てて立ち上がる。

「玲奈、私たちは一旦ここ離れよう。」

真綾が言って、傘を手に取った。

「うん」

玲奈が大人しく傘をさす。真綾がその後に続く前に、私の方を振り返った。

「自分の気持ちを押し殺さずに、ちゃんと話し合いなよ。」

そう言って、大雨の中を二人は歩き去って行った。

「ありがとうございます。」

その二人に向かって橘くんが言う。二人が手を振るのを見届けて、橘くんが元々玲奈の座っていた位置に腰かけた。

「で?」

少し怒ったような口調で橘くんが言った。

「ちゃんと、分かるように説明して欲しい。」

私は大きく息を吸った。もう、これはちゃんと話すしかない。

「私、本当は橘くんと別れたくなんかない。高一の春に橘くんが話しかけてくれたときからずっと、橘くんのこと好きだったから。」

「じゃあ、なんで―」

「聞いちゃったの。」

私は橘くんの言葉を遮って言った。

「放課後、愛莉と話してるの、聞いちゃったの。橘くんには中一の秋から想いを寄せている子がいるって話。」

顔を上げると、橘くんが顔を真っ赤にしていた。心がちくり、と痛む。私以外の子に向けられているそんな表情、見たくなかった。

「聞いてたの、か…。」

「冗談だったんでしょ?私に付き合おうって言ったの。なのに私が本気にしたから引くに引けなくなって…。橘くんは私のこと、好きじゃないに―」

「好きだよ。」

橘くんが真っ直ぐに私を見つめて言った。

「嘘よ。」

私は言う。

「だって私と橘くんが話したのは高一の春で、橘くんは中一の秋から―」

「中一の秋から、花蓮のことが好きだよ、僕は。」

私は驚いて大きく目を見開いた。橘くんの表情を見つめる。あり得ないほど真面目な顔をしている。

「え、だって、え…?私たち話したことないよ、ね…?」

「話したことは、ない。」

橘くんが言いにくそうに言う。そして、大きく息をはいた。

「今日僕が話そうと思ってたのはこのことなんだけど、聞いてくれる?」

私は訳も分からず頷いた。

「僕が最初に花蓮を見かけたのは、中一の夏。風で道に広がった缶を拾って集めてた。隣のクラスの子だって、そのときはぼんやり思ってた。良い子だなって。」

そんなことがあったかもしれない。昔から『良い子』になろうとしていた私なら、ごみ拾いくらいしてたって不思議ではない。

「それから花蓮を見かける度に、人のために動いているのを知ったんだ。戸を押さえてあげたり、荷物運ぶのを手伝ってあげたり、皆がやりたがらないクラスの雑用を率先してやってたり…。気づいたら、いつも花蓮の姿を目で追ってた。最初は憧れだと思ってたんだ。僕もあんな良い人になりたいって、ただそう思ってた。で、あれは中一の文化祭の前日だった。ちょうど、三年前の今日。」

橘くんがポーズを置く。そして少し雨音が小さくなった屋根の外を見つめた。

「花蓮が『手伝います』って言ってる声が聞こえて、振り返ったら文化祭幹部の先輩達が、茶道部の出し物のための畳を運んでいるのを手伝ってたんだ。僕も慌ててそっちに向かって手伝った。全部の畳を運び終えた後、幹部の人にお礼を言われて、花蓮と目を合わせたら花蓮が僕に向かってにっこり笑ったんだ。ある意味、一目惚れだったのかもしれない。あの日、僕は花蓮への恋心を自覚した。」

正直、そんなことがあったかは覚えていない。でも、作り話にしては設定が上手く出来過ぎている。

「扉押さえてる花蓮に話しかけたのも、図書館に行ったのも、花蓮との接点が欲しかったからなんだ。」

私ははっと息を飲んだ。

「花蓮が告白に頷いてくれたとき、このことを話そうかと迷ったんだ。でも、僕は怖かった。そんなにも前から見ていたなんて気持ち悪がられるかもとも思ったし、それより何より、失望されるのが怖かった。」

橘くんが、唇を噛む。

「僕は、臆病だったんだ。自分を偽ったってどうしようもないのに…。花蓮は僕のこと『良い人』だって思ってそうだったから、言いだせなかったんだ。僕が良い人になったのは花蓮に憧れて、好かれたかったからで、いわゆる本物の良い人じゃないって分かったら、花蓮が僕をふるんじゃないかって、それが怖かった。」

悔やむように橘くんが言って、それからふっと笑った。

「そのときはそのときで頑張ろうって打ち明けようとした矢先、ふられたからびっくりしたよ。でも、納得したんだ。疲れるって言われて。僕は花蓮に好かれようとし過ぎるあまり素を出せてなかったし、花蓮は空気を読むのが得意だから、それに気が付いてるんじゃないかって、そう思ってた。だから、僕が花蓮以外の人を好きだって勘違いしてふられてるとは夢にも思わなかったよ。」

橘くんが言うのを聞いて、私は首を横に振った。

「私も本物の『良い人』なんかじゃないの。皆に好かれたくて、『良い人』である自分を好きだから意識して『良い人』を演じてるの。だから颯真と一緒なの。何なら私だって、本当の私を知って颯真ががっかりしたらどうしようって、少し思ってたくらいなの。」

颯真がこれを聞いてにっこり笑った。

「僕たち、お互いに本音を打ち明けられてなかったんだね。もっと、ちゃんと話をするべきだった。」

私も笑って頷くと、颯真が私の手を取った。

「僕たち、やり直せるかな?」

私は颯真の手を強く握り返した。

「うん。私、颯真の彼女になりたい。」

颯真がブレーンスマイルで私を引き寄せ、強く抱きしめた。私もそのたくましい体を強く抱きしめる。


気がついたら、今日一日やまないはずの雨がやんでいて、颯真の肩越しに綺麗に晴れ渡った青空が見えた。


やまない雨が、やんだなら―


空には虹が、かかっていた。

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やまない雨が、やんだなら 大野心結 @Kokoro-Ono

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