さっきあった、怖いこと

漂白済

アパートであったこと

 今日は役所に用事があったので有給を取っていた。

 午後3時前には件の用事が終わって、自分の部屋がある安アパートに帰ると、ちょうどアパートの入り口で道路のアスファルトを剥がして何やら工事をしていた。

 そういえば「工事をして通行を制限します~」みたいなお知らせがポストに入っていたことを思い出した。


 アパートの入り口のちょうど真ん前を工事しているものだから、足を止めてしまってどうしたものかと突っ立て居たら、誘導員の人がショベルカーの運転手に何か言って道を通してくれた。

 騒々しかった工事の音が一時中断される。


 手を止めさせてしまって悪いなと通り過ぎ様に会釈しつつアパートに入った。



 アパートの脇には別の建物が建っているため、廊下は常に薄暗い。しかも何処か空気がこもっていてジメジメしている気がするが、まぁいつものことだと、入り口から入って右にある階段を昇り、自室である2階の202号室へ。


 部屋に入って手荷物やらを所定の位置に置き、帰る前に寄ったコンビニで買ったパンとジュースを飲み食いして、自室の窓から聞こえてくる工事の音に少しウンザリしつつPCで動画サイトの適当な動画を眺める。


 そうしていると、


「ピンポーン」


 と、インターホンが鳴った。体が少しだけビクッとしてしまう。

 地元から離れて一人暮らしの身の上で友人知人もいない。となるとインターホンを鳴らしてくるのは大体宅配業者だが、最近は何かをネット注文した覚えもなかった。


 若干の当惑を抱きつつ、鍵を開け扉を押すと、当惑は更に強まった。


「〇〇西警察署のものです」


 制帽を被った警官が立っている。

 なんで警察?とか何か法に触れることをした?とか生まれて初めて警官と話した、とか、返事を忘れてそんなことを考えた。


「このアパートの105号室で人が倒れていまして、お知り合いでしょうか?」


 105号室なら、1階の部屋なのだろう。あのいつもジメジメしていて薄暗い廊下が脳内に浮かんできた。


「いや~…ちょっと、分かんないですね…」


 隣室の住人の顔すら知らない。

 それよりも警官の職務質問に自分が適切に応えられているかどうかの方が気になってしまったのだが、当の警官は自分に安心してくれ、とでも言いたげに人当たりの良さそうな微笑を浮かべる。


「そうですか。もしかしたらまたお話を伺いに来るかもしれないのですが、ご協力ありがとうございました」


 そう言って去っていった。

 話は終わったのだと思って、扉を閉めた。

 再度PCのモニターの前に座った時には、なぜ警官が尋ねてきたのかもすっかり抜け落ちていた。



 午後6時前ぐらいからテレビではプロ野球の日本シリーズが映っていて、試合が終わるまで観ているうちに時計は午後9時を軽く過ぎていて、夕飯を食べ損ねていたことに気づく。

 こんな時間から自炊するのもな、という自堕落的な思考で財布を持って部屋の外に出て階段を下りた。

 やはり薄暗い廊下。その時、ふとあの警官の言っていたことが思い出される。


「このアパートの105号室で人が倒れていまして、お知り合いでしょうか?」


 このアパートは廊下から窓と正対する位置に各部屋があるという造りになっている。そのため、廊下からこの階の部屋の数を全て数えられるのだ。


 そこで一つ引っかかった。


 手前の部屋から数えて、101号室、102号室、103号室、104号室…。


 このアパートの一階には104号室までしか部屋が、無い。


 そうだ、見慣れた廊下だ。窓と向かい合った103号室までの3部屋と廊下を直進して突き当りの104号室。それだけのみのはずなのだ。


 そこでまた一つ引っかかった。


 人が倒れたというのなら、救急車が来るはずだ。

 しかし、救急車のサイレンを聞いた覚えがなかった。

 工事の音が外から聞こえてきていたはずだ。それは覚えているのだ。当然サイレンなんて鳴っていれば気づくはずだ。


 途端、無性に怖くなってきて、部屋に戻った。



 105号室は存在しなかった。人が倒れていたと、警官の言っていたことは本当のことなのか?

 いや、きっと言い間違いのはずなのだ。

 そして、人が倒れていて、救急車を呼ぶ必要が無いとなれば、つまりきっと…。


 スマホを取り出して「〇〇市 アパート 孤独死」とネット検索をかける。

 孤独な中年男性の孤独死が増加傾向という記事がトップに出てきたが、このアパートの名前は出てこなかった。


 俺はため息をついて布団を被った。明日は仕事だ。

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さっきあった、怖いこと 漂白済 @gomatatsu0205

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