私は彼女が何者なのか知らない。けれど、その優しさは知っている。

真実を知り、母だった者を殺め、故郷を失った。

それは、私にとって、いつか訪れる運命だったという。私はそんなこと知りもしなかったけれど、現実を目の当たりにして、私は初めて、それに打ちのめされたのだ。




旅を始める前に、本当に自分の帰る場所が亡くなったのか確かめたいと、彼女に頼んだ。私はまだ、この人のことを何も知らないけど、私と似た容姿を持つ彼女は、快く了承してくれた。

灰にまみれたアールラントから、元きた道を遡り、唯一の家族と家があるアールラントへ戻った。

砂塵が舞い、海からの風が靡く。そこには、本当に何もなかった。人が住んでいた形跡も、文明があった名残も、建物の残骸すらない。真実を知らないものが見れば、そこに国があっただなんて、誰も信じないだろう。


「・・・ふぅ、魔力の残滓すら感じられないね。あなたのお母さんは、本当に規格外の魔法士だったわ。まぁ、これが本人の意思で成し得た大魔法なのか、偶然の産物なのかはわからないけどね」

「・・・」


私は言葉にできなかった。生まれるはずがなかった私を生み出しただけでも、奇跡と呼ぶにふさわしい出来事なのに、15年もの間、幻の王国を作り出したのだ。


ここへ来る前は、たぶん泣いてしまうんだろうと思っていた。愛想は無くても、自分を育ててくれた幻の父親、交友関係は最悪だったけど、自分に魔法と言うものに出会わせてくれた幻の大学、小さくも繫栄し、賑わいを見せていた幻の都。それを失った唯一の人の目からは、大粒の涙と、狂ったような奇声が発せられると思った。


だけど、実際何も出てこなかったのだ。


「・・・必要なら、出発は明日に見送るよ」


そんな私に対して、先生は無感情な慰めをしてくる。


この時はまだ、先生を冷徹な人だと思っていた。父の紹介だったから、言うことは聞いていた。最初は容姿が似ているから、姉か母親なんじゃないかと思ったこともあった。そんな憶測は、すぐに間違いだと気付かされるけど、それと同時に、あの鋭い目つきが、あまりいい印象を与えないのだ。何を考えているかわからないし、怖い人だと思っていた。


「いいえ、行きます」

「そう。なら、出発しましょう」


ここへ来たのは、本当に事実を確かめるためだ。泣いて駄々をこねる予定もあったけど、うまくいかなかったから、このまま出発するしかない。

そんな時だ。彼女が突然、私の頭に手を置いたのは。


「・・・あの?」

「うん?」


とぼけているのか、素でこれなのか。当時は何もわからなかった。先生の手は、女性らしい細さを持っていて、髪の毛越しでも、ほんのりと温かさが感じられたのは覚えいている。

私はされるがままに、先生の手に頭をわしゃわしゃされていたのだ。

それが、私と先生の旅の始まりだったのだ。




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アカハネ伝承 ~孤独な赤頭巾と亡国のヒストリア~ 宮野徹 @inamurasann67

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