11.幼き王と偽物の瞳
◆
謁見の間にある豪勢な玉座へと連れてこられた女は、不安そうに手を握りしめている。秋に染まった山を思わせる赤茶色の髪は美しい髪飾りでまとめ、上質なドレスを身に纏う彼女の表情は凍りついていた。
今ここには、王都暮らしの貴族が数名と、武装した騎士たちがいる。豪勢な食事が並んでいる訳でも、侍女たちが行きかっている訳でもない。
ものものしい雰囲気に、息を飲むことすら躊躇われる。
お茶会や舞踏会でもなく王城へと呼びだされたことに、女は不安を隠せずにいた。
ちらりと横を見れば、剣を携えた騎士たち無表情で付き添っている。付き添うと言えば聞こえがいいが、訳も分からず連れてこられた彼女からすれば、まるで裁きを待つ罪人のような気分にもなっただろう。
静かに王の登場を待っていると、衣擦れの音がことのほか大きく響き、彼女の前に美しくも幼い王ジュリアンが現れた。
女は静かにドレスの巣を上げると膝を折り、頭を下げた。
「お前が金の瞳の娘か」
幼さの残る声がかけられ、女は違和感に眉をひそめた。
女は地方の子爵夫人だ。今年で二十三になる彼女は二人の子どもに恵まれ、すでに娘などと呼ばれる年ではなかった。だが、人違いですとは言い切れないところもあり、彼女はここに連れられてきた。
女の瞳は、黄色みの強い明るい茶色だった。そのため、光が当たると金色のように輝くのだ。
「お初にお目にかかります、国王陛下。私はリグレタ地方の一都市を預かりますロニー・リットンの妻ライラと申します」
恭しく挨拶をする女ライラは、頭を上げることが出来ずに体を強張らせていた。
目の前にいるのは成人を前にした少年王だ。威厳など持っている訳もなく、お飾りの王だという噂は地方でも広まっている。彼女もまたそうなのだろうと思っていた。しかし、現実は異なった。
ジュリアン王の纏う気配は重苦しく、言い知れぬ威圧感を放っているようであった。それは、長年安政を務めてきた王の持つ安らぎとは真逆にあるもの。
ライラの脳裏に、略奪王とその凶刃に倒れたドラゴニア国王、二つの姿が浮かぶ。
「お前の瞳は、金色か?」
「私の瞳は……光が当たると金色に輝くと、幼き頃より云われております」
「では、そこの鏡に映してみよ」
静かに告げたジュリアンは横に視線を向けた。そこには、大きな姿見がある。美しい銀細工と宝石で装飾されたものだ。
騎士に両脇を固められたライラが鏡の前に立つ。
これに何の意味があるのだろうかと疑問を抱きながら、彼女は鏡の中の姿を見た。そこには、いつもと何ら変わらない己の姿が写し出される。国王陛下に謁見するのだからと、いつも以上に時間をかけて支度を整えた姿は、日常よりも若く美しく仕上がっていた。
茶色の瞳が数回瞬きを繰り返す。それは黄金というにはあまりにも、お粗末な輝きであった。
「偽物は必要ない」
いつの間に、背後に立っていたのか。鏡の中に移ったジュリアン王の冷ややかな瞳が、ライラを見ていた。
偽物と呼ばれたライラは、昏い瞳に恐怖を覚えて硬直した。まるで蛇に睨まれた、いいや、足にまとわりついて今にも噛みつこうとせんばかりの状況下に追いやられたような気分であった。
背筋を尋常でない汗が滴り落ちていく。振り返った彼女が国王陛下と声をかけようとした時、鏡の中で銀色の光が煌めいた。
ライラの瞳に映ったのは、冷ややかな剣の切っ先か、燃える煉獄の炎か。
謁見の間に断末魔が上がり、控えていた者たちの喉から引きつった悲鳴が漏れ出た。
「さっさと連れて行け」
赤い血の滴る剣を振り払うジュリアン王の瞳はどこまでも冷たい。床で蹲るライラへ向けられた眼差しは汚いものを見るようであった。
血にまみれた手で目を覆い、痛みに叫ぶライラを抱えた騎士は、慌てる素振りもなく粛々と彼女を謁見の間から連れ出した。
「金の瞳を騙る者は許さぬ。さぁ、次の者を呼べ」
静かに告げる国王の姿を見て、その場にいる誰もが恐怖せずにはいられなかった。下手をすれば偽物を連れてきた罪で斬られるかもしれない。
この場にいた誰もが、まるで人形のように棒立ちとなり、言葉を失った。
静まりかえった謁見の間に、ふふふっと女の笑い声が響く。
『残念だったわね、ジュリアン』
鏡の前に立つジュリアン王の耳元で囁かれる妖しい声は、他の者には届いていないのか。はたまた、誰も気付かないふりをしているのか。
「……ローディア」
『あぁ、そんな悲しい顔をしないで。きっと見つかるわ』
「これで……僕は、お父様のようになれるの?」
『そうよ。そして、金色の瞳をもつ娘を見つければ、王国はもっとずっと賑やかになるわ』
「金色の瞳……僕は、お父様のように……」
昏い瞳を鏡に向けて呟くジュリアン王の声は、周囲には届いていなかった。そして、鏡の中で彼を抱きしめる黒い影がにやりと笑うのを、誰一人として見ることもなかった。
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竜の乙女は王国の繁栄を祈らない 日埜和なこ @hinowasanchi
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