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秋中琢兎

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 次の方どうぞ。


 こういった世の中だから、感染対策には以前からかなり気を付けており、その努力があってか、先日お昼のテレビ番組に特集を組まれた。題名は『一度も風邪をひいたことがない医師が語る感染予防』となるらしい。


 題名のとおり、私は手洗いうがいを欠かさず、幼少期から一度も風邪をひいたことも発熱したこともない。さらに医師となってからは、アルコール除菌装置や空気循環をよくするためにわざわざ海外から設備を取り寄せたりしている。


 手軽にできる感染対策などをテレビで聞かれ沢山方法を語った。プロデューサーさんからは、完璧だったと言っていただいた。実際来月また第2弾をするという話を頂いた。


 だが日々患者と向き合い必死に頑張っている代わりに、プライベートの時間はほとんどない。だから彼女もできたことがなかった。


 そんな私を心配してくれた旧友が、合コンを開催しようと企画してくれた。

 しかし、ご存じ通り新種のウイルスが流行し中止となった。


 だから、代わりに恋愛映画なんかを見ながらその栄養を自分に補給している。

 男にとっても恋愛というのは、刺激になるし他人の恋愛事情を見ながら心をキュンとさせ来たるべき時のための予行練習にもなる。私は素晴らしいと思ったセリフを書き写している。題して『絶対キュン死にさせるセリフ集』だ。まぁ医師が相手に死をもたらすものを集めているのは如何なものかという意見は甘んじて受ける所存だ。


その為に少女漫画も買った。これが案外面白かった。


「せんせ?」

 その声に はッ と気が付き通常運転で診察を始める。

 そうだ。私は今診察中だった。

 目の前には、初診の23歳の若い女性がいた。

 23か。私と10は違う。

 診察の結果、流行りの感染症ではなく、単なる風邪だった。

 処方する粉薬の内容を説明したあと、待合室に戻るように案内する。


 女性は「まってください」

 そういって彼女は、私を呼び止めた。


「ファンです!」


 いや、そういわれても困る。

 確かにテレビ出演のおかげもあって、診察した数名の患者様から見たよという声をもらった。だが、ファンですと言ってくれたのは彼女が初めてだった。

 私は少し気分がよくなったが、やはりファンだからといって関係を持つというのはどうも気が引ける。


 彼女を見ると瞳が濡れていた。感極まるほど、私に逢えてうれしいのか。

 頭の中で、思考を巡らすたびに彼女の事がだんだんと気になってくる。

 しかし、医者と患者の恋愛物語はよく映画などに取り上げられるが現実は違う。

 勘違いなどしてはいけない。


 ここは紳士たる態度を。


「ありがとうございます。待合室でお待ちください」


 そういって彼女を再度待合室に行くように促す。

 しかし、彼女は前かがみになり私の手を柔らかな白い手で握った。

 上目づかいで、潤んだ瞳。さらに私の手を包む彼女は少し震えていた。


「私ずっとファンなんです!」


 矢張り、勘違いではない。

 私はそう確信した。

 ついに俺のモテキがきたのである!

 神はいたのだ!


 プライベートの時間を犠牲にして、患者と向き合い頑張っていたのを神は見ていたのだ!


 だが、だめだ。

 私は感情にブレーキをかけた。


 というのも、先ほどの私たちの会話を聴いて看護士たちがやってきて、何事かと心配して陰から私たちのことを見ているからだ。


 だが、私はその真剣な眼差しについに負けた。

 来たるときが来たのである!


 私はかき集めた『キュン死にさせるセリフ集』の中でもトップのセリフを大きな声で彼女に捧げた。看護士たちは、この歴史的な瞬間の目撃者となるだろう。

 そして、いつか私は医学界のロミオと呼ばれる!


「私もあなたのような、女性と出会えて光栄です。ぜひあなたのその薔薇の如く真っ赤な情熱的な愛を受け入れたい。そこまで私を望んでくれるのであれば、ぜひ私はあなたの彼氏ナイトになりましょう」


 決まった。

 私はついに、姫君を手に入れたのである。


「先生、私。粉薬を飲めるかずっとなんです。」


 最近の風邪は、かなり厄介だ。


 私は、あれ以降、原因不明の熱にうなされて仕事にいけないでいる。

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