第二層 #01 - "熊の魔人"

 アズールが人間たちを手にかけて数時間... 最下層は既に夜を回っていた。彼女はようやく本来の目的を思い出した。アズールは震える手で男のIDカードを死体から剥ぎ取り、タブレットのレンズから放たれる赤い光にかざした。

「ID認証... 完了。第二層への昇降が可能です」

「生体認証... 不許可。生体認証がない方の直通回廊の利用はできません」


 人間以外は直接最上層へは行けない構造になっている... タブレットには2という数字と赤い×マークで封じられた"The Topmost Layer"という文字が表示された。彼女は2という数字を迷いなく押した。タブレットには彼女の手に跳ね返った血の指紋が残った。


「第二層へ上昇します」

 命のない機械の音がそう告げた。彼女は再び座り込んで、体育座りの姿勢になった。


「魔人って... 皆こんな感じだったのかな?」

「こんなのと一緒に生きたくないよね... ごめんね」

 アズールは後悔していた。彼女は魔人は人を傷つける存在であるとその身をもって証明してしまった。魔人と人間は根本が異なる生物であり、手を取り合って共存するなど到底できなかったのだ。その現実を知ってしまった今、最上層や地上を目指して何になるというのか... 彼女は昇降機で夜の空を飛びながら、体育座りで顔を腿に押し付け自分の世界に閉じ籠った。


「第二層です」

 機械音声が第二層への到着を告げた。昇降機の周りはうっそうとした森に覆われていた。時間は相変わらず夜、月あかりを再現した淡い光だけが地面を照らしていた。

アズールは顔を上げようとしなかった。彼女はもう第二層の光景には関心がなかった。


「最下層の魔人... 見るのは久しぶりだねえ」

アズールものではない少女の声が聞こえた。彼女はようやく周囲の様子に注意を払う気になり、顔を上げて目を見開いた。

そこにはフリルのついた黒い服を着た少女が立っていた。彼女の灰色の髪からはクマのぬいぐるみのような丸い耳、腰からは短い尻尾が突き出していた。少女の顔はアズールよりも幼く見えた。しかし今の彼女とは対照的に不敵な笑みを浮かべていた。


「あなたは...誰?」

「随分と辛い思いをしてきたみたいだね、最下層の魔人さん。でもその嘆きも苦しみも、ここで終わるよ」

 彼女はアズールの問いに答えなかった。代わりに右腕を振り上げ、指先から白い光を放ったー

上から何から来る。アズールは目で見る訳でも音を聞くわけでもなく、身に迫った危険を直感で感じ取った。

 彼女が後ろに向かってバク宙すると、そこに上から岩の様な塊が降ってきた。ガァン、という轟音を上げ昇降機がひしゃげた。


「あっ... 避けちゃったかあ。今のを避けなきゃラクに死ねたのにね」

「これは... 念動力を操る魔人!?」

 アズールの頭に明晰な判断力が戻った。昇降機の後ろにあった木の枝に飛び乗り、彼女は魔人の少女と岩の塊に睨みをきかせた。


「あなたも魔人でしょ。どうして私を殺そうとするの?」

 アズールが魔人の少女に問いかけた。同じ層の魔人同士が縄張り争いや食料の奪い合いで殺しあうのはすでに知っていた。しかし今の私は隠し持ったナイフと拳銃、身にまとった藍色の服以外は何も持っていない。それが目的でないとすればこの子の動機は?

 

「フッ... 知ったところで絶望が深まるだけだから、教えなぁい」

少女が腕をサッと動かすと、昇降機にめり込んだ塊がヌっと動き出した。塊の正体は少女よりも大きな、茶色いクマのぬいぐるみだった。ボタンできたぬいぐるみの眼は、少女の魔力で妖しい紫の眼光を放っていた。


「あっでも『誰』って聞いたよね?そこだけは教えてやってもいいかなぁ~」

 左手の指先で唇の下をなでながら、灰色の髪の少女が言った。


「私は熊の魔人、ベアパペッターのミーシャ。与えられた力はキミの想像の通り、念動力で物体を操る力だよ」

アズールは戦う覚悟を取り戻した。ミーシャ、あなたに負けるわけにはいかないの。彼女はナイフを逆手に構え、背中の触手を前に向かって突き出した。

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空のない檻 二無 @nymn-wales

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