第30話 雲壌/天地

 あたしと弟は、あまりにも違いすぎたのだと思う。あたしが一欠片も期待に応えられなくて、その全てを弟が完璧にこなして。

 ずっとずっと、できそこないだった。

 一回でいいから、褒めてほしかった。

 産まれてきてくれてありがとうって、言われてみたかった。


 目の前で家が燃えている。幼いあたしが暮らした家が。思い出も記憶も何もかも、炎に乗って天まで届いて爆ぜてしまえばいいのにと思う。


 あたしはお姫様を腕に抱き、裏山に登った。

 お姫様と出会った場所には、あの日使うはずだったロープがそのまま残してあった。


「お別れだね」

「本当に、それでいいの」

「殺人犯だしね」

「死にたくないと思わないの」

「思わないよ、思えないんだ。あたしだってさ、思ったよ? 姫さんと過ごしたら、楽しかったら、面白かったら、死にたくなくなるかもしれないって。でもそうはならなかった。最後まで隠しておくつもりだったのに、姫さんには色々バレちゃったなぁ」


 そうそう、あの日、括ったロープに首を通すための足場にしようと思ったんだ。大きな石だと思って、お姫様の生首を。

 そうしたら突然喋り出して、しかもそれがあたしの書いた物語そのままだったから驚いて、今日はまだ死ぬ日じゃないんだと思った。


 あれから、一ヶ月。

 明日は夏休み最終日だから、宿題は今日のうちに済ませてしまおう。

 そうしないと、叱られる。


「また会えるかしら」

「それはどうだろうね」

「今度は私が、アナタを物語に描いてあげてよ」

「どうせならあたしもお姫様にして」

「そうねぇ、私の妹にでもしようかしら」

「妹は嫌だな」

「そうね」

「比べられるから」

「分かったわ、特別にお友達にしてあげるから、感謝なさい」

「ありがと」


 裸足になったあたしの身体を、お姫様が持ち上げる。ふわふわの髪の毛が足の裏をくすぐって、あたしは、笑った。


 さよなら、あたしの可愛い、お姫様。



[fin]

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あたしの可愛いお姫様 南雲 皋 @nagumo-satsuki

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