スローライフ・キングジィジ

向野こはる

スローライフ・キングジィジ




 むかしむかし、あるところに、『忙殺王』と不名誉な呼び名をつけられた国王様がいました。


 国王様は大変稀有なリーダーシップを発揮する、御年四十前半の偉大な男です。

 部下に任せきりであった放蕩両親前国王夫妻から、困っている臣民の為に手順を踏んで王位をぶん取り、王国の発展を目指して、若かりし頃から尽力して参りました。

 比喩でも誇張でもなく、朝から晩まで一年中、為政の最前線で活躍し、今日こんにちの繁栄に貢献してきた国王様です。


 さて、この国王様には、大事な一人娘である王女様がおりました。


 王女様は隣国の王子様と結婚し、順風満帆な生活を営んでおります。

 王女様と王子様は大変仲睦まじく、可愛らしい男の子を授かりました。


 国を上げて祝福した国王様。初孫にすっかりメロメロです。

 ベッドで眠る孫息子を見つめ、大事な愛娘と頼もしい義息子むすこの子供だというだけで、これほど愛らしく可愛い存在になるのかと、感慨もひとしおです。

 愛する妻が初孫を抱いて、自分に向けて微笑む姿を見るだけでも、国王様の気分は鰻登りでした。



 

 赤子の成長を見守ろうと、国王様は今日も仕事に励みます。

 しかしある日、あくせく動き回っていた国王様は、サロンで穏やかな時間を過ごす娘と孫を見て、唐突に思い至ったのです。


「……ワシ、孫くんと一緒にいられる時間、少なくね?」


 衝撃でした。


 そうです、初孫誕生の後も、『忙殺王』の名を欲しいままにしていた国王様は、ついに気がついてしまったのです。

 自分の余暇を持つゆとりが、まったくない事を。


 国王様は決して、家族を顧みない男ではありませんでしたが、若かりし頃はとにかくがむしゃらでした。そのため、娘の成長は自ずと妻中心であった事は否めません。

 娘はよく父王を慕ってくれていますが、時折、寂しそうにしていた事を、国王様は知っておりました。


 国王様は思いました。


「ワシも妻と娘と義息子と一緒に、きゃわいい孫くんと過ごしたい!! よし、余暇を作るのだ!!」


 そこからの国王様の行動は、目を見張るものがありました。


 まず宰相と共に、国王様が関与しなくても良い案件を洗い出し、自国の優秀な文官たちに任せました。

 いつも親身に寄り添う国王様を慕う文官たちは、胸を張って命を受けます。

 困った案件があれば、いつでも国王の名を上げよと伝えれば、彼らは安心して仕事に取り掛かりました。


 次に行ったのは、人員の整理と確保です。

 部署によって、明らかに人が溢れている所と、明らかに虫の息な所があったため、臣下の意見を聞きながら人事異動と、雇用を確保し、透明化に務めました。

 問題を抱えていた部署は、必要な経費や人員を割いてもらえ、働く人々も明るくなります。人が多すぎて配置に困っていた部署も、快適な仕事分担にニッコリです。


 そして最も難航したのが、いえ、現在進行形でも難航しているのですが、会議の多さです。

 王国は貴族社会。貴族は利害関係が複雑で、とにかく大小様々な会議が多いのです。


 それまで国王様は、余計ないざこざが最小限となるよう、積極的に会議を開いてきましたが、よく考えれば無駄な会議も数多くありました。

 侯爵家の玄関修繕費用の為の会議や、子爵家のペット購入費の予算会議。男爵家が所有する商会の仲介手数料改定会議。辺境伯領ちに植える針葉樹の剪定会議など、エトセトラエトセトラ。

 いやそれもう各家でやって!? っという会議が当たり前にありすぎて、国王様は驚きました。同時に、そんな状態に気がついていなかった自分を、とても恥ずかしく思いました。


 忠実な部下たちと共に、これは王族が関与しよう、それは貴族たちでやろう、と選別していく国王様。当然の如く、恩恵を受けていた貴族は反発します。

 何せ国王様が出張ってきた方が、有意に進みやすいことも、多大にあったわけです。

 

 しかし国王様は憤怒の形相で、王族が居なくても進められる事案であることを、一から百まで細かく説明しました。

 それはもう、鬼神と例えられても可笑しくないほどです。


「お前たちの優秀さを、ワシは知っておるのだぞ!! 代替わりしてワシの娘婿の代になった時、誰がワシの大事な娘婿を支えてくれるのだ、お前たちであろう!! ワシはお前たちに期待しておるのだ!!」


 国王様に叱咤激励され、最後まで抵抗していた貴族たちも、渋々ながら徐々に行動へ移していきます。

 自領で出来る事は自領でとなるうちに、国王様の仕事は少しずつ安定を取り戻していきました。


 少ない時間で無理やり捻出するのではなく、しっかり働いて休む時は休む。ゆとりの余暇ある生活へ。

 国王様の意識改革は須く広がっていき、それに比例して、国王様は自分の時間を持てるようになりました。




 国王様は一日の休日を利用し、初孫を膝に抱き上げて本を読みます。

 隣には最愛の妻が共に本を覗き込み、向かい側には大事な娘夫婦が微笑んでいました。

 

 サロンへ用意されたテーブルには、孫息子が好きなケーキが人数分切り分けていて、紅茶の良い香りが優しく漂います。

 いつも遠目で見ては、絶対にあの輪に入るぞと心に決めていた家族団欒が、いまこの場にありました。


「おじいさま、はやくはやく、ゆーしゃはどうなるのですか?」

「まぁまぁ、待ちなさい。心に余暇を持とうではないか、ワシの可愛い孫くんよ。スローライフ、スローライフさ」



 







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スローライフ・キングジィジ 向野こはる @koharun910

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