第5話 浮上する影
「信じねえ」
案の定、話を聞き終えた祭はそう言い放った。
「そりゃ信じられない気持ちは分かるけどさ。
事実なんだよ、これが」
「いやいやいや、信じられるかよ。漫画じゃあるまいし」
祭は湯呑を傾けながら、私を見据える。
人気の無い学食で、筋肉だるまがちんまりとした湯呑でプロテインを飲んでいる。
何ともシュールな画だ。
「第一、結夏が死ぬ素振りなんて微塵も無いだろ」
実際、祭の言う通り昨日の結夏の様子からして、自殺を考えるほど何かに追い詰められているようには見えなかった。
それに記憶の中でも、結夏が亡くなる前に、メンタルが弱っていた様子は無かったように思う。
「…自殺じゃなくても、他殺とか?」
あまり考えたくない可能性だが、ない話ではないだろう。
「ないな。人から恨みを買うようなやつじゃないだろ」
それは同意だ。
しかし、そうなると尚更なぜ…
頭を抱え込む私に、祭は溜息をつくと、
「まあ、予知夢だとしても不吉なこと、この上ないよな。
南天に水かけて忘れちまえ」
「…え、なにそれ。
ナンテン?」
顔を上げ、よく分らない事を言い出す祭を見る。
「南天っていう植物があるんだよ。
ナンテンって読みから、難転、災いが転じるって意味をかけてんの。
厄除けの一種みたいなやつ」
どんな分野の豆知識だ。
「…え、何。
祭ってオカルト強い系ゴリラなの?」
「どんなゴリラだよ…
うちは神職の家系だからな。
親父がよく言ってんの」
なんと、三年の付き合いで初耳だ。
「大学の裏手に海が見える山があるだろ?
あそこの頂上にあった八ツ橋神社を代々継いで来たらしい。
今は麓に移転されてるけどな」
裏山の麓の八ツ橋神社といえば、県内でそれなりに有名な観光スポットだ。
そんな凄いとこの家だったとは。
そういえば何の神様を祀っているのか、全然知らないな。
「まーとにかく、そんな夢とっとと忘れちまえよ」
祭は興味なさげに言う。
困った、祭は完全に真に受けていないらしい。
さて、どうやって信じてもらおうか…。
「ねえ、峰守君」
不意に後方から呼びかけられる。
振り返るとそこには、友達を両脇に連れた結夏がいた。
***
「結夏!
いつからそこにいたの?」
驚いて尋ねると、
「え?
今来たとこだよ?」
と不思議そうな返答が返ってくる。
…よかった、聞かれてはいなそうだな。
さすがに本人に、あなた三週間後に死にますよ、なんて話を聞かせる訳にはいかない。
「それより、陽継。
ちょっと話あるんだけど、良い?」
そう言ってこちらをみる黒髪ロングの女子は、黒川奈津子。
私の高校からの友人だ。
「いいよ、どうしたの真剣な顔して」
言いながら、テーブルに着くよう促す。
結夏と奈津子と一緒にいる茶髪の子は、確か…
「えっと、来栖…さんだっけ?」
「うん、来栖愛梨です。
よろしくね、峰守君」
そう言うと、眼鏡の奥から知的な目をのぞかせた。
***
席に着き、全員が祭のプロテイン入り湯呑に引いたところで、結夏が口を開いた。
「えっとね、話っていうのは、ちょっと相談があって」
何やらすごく言いにくそうに前置きし、
「どうもストーカーされてるみたいなんだよね」
と衝撃的な一言を発した。
私は思わず凍り付かずにいられなかった。
どくっ、どくっ、と心臓が跳ねる。
結夏の死について、奇しくも他殺の線を否定したばかりだ。
しかし、本人が恨まれていなくとも、ストーカーがいるとなれば話は別だ。
女子大生のストーカー殺人事件は、残念なことにそう少ない事例ではない。
特に結夏が亡くなることを知っている私からすれば、ストーカーなど第一容疑者に他ならない。
…祭に目をやると、考えを察したらしく眉を顰めた。
「…詳しく聞かせてくれる?」
そう言う私の声が震えていることを、自覚せずにはいられなかった。
===========================
[登場人物一覧]
・峰守 陽継(みねもり あきつぐ)
…主人公。死神との邂逅を境に、過去の世界に迷い込んだ。
結夏が亡くなる未来を避けようと奮闘する。
・逢妻 結夏(あいずま ゆいか)
…主人公の想い人。現実世界では8月26日に亡くなってしまっている。
金髪ショートカットの長身で、明るく活発。
・五里守 祭(ごりかみ まつり)
…主人公の親友。オカルト強い系ゴリラ。
顔は男前だが、筋肉がありすぎてモテない。
家は代々、八ツ橋神社の神職。
・黒川 奈津子(くろかわ なつこ)
…主人公の高校来の友人。
黒髪ロングで、剣道三段。
・来栖 愛梨(くるす あいり)
…結夏と奈津子の友人。
茶髪に黒縁眼鏡で、みるからに知的。
死神のつとめ 気分屋タコス @kibunya-tacos
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。死神のつとめの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます