新卒探偵見習の研修期間

お蕎麦好き

第1話 絶望の就職活動

 『え?お前、まだなんも就職活動してなかったの?あんなに案内メールとか来てたじゃん』

『俺はもう、すでにいくつか内々定は貰ってるよ。滑り止めだけど、、、』

『最低でも自己分析なり模擬面接、ES添削くらいは終わってるんだよな?』

大学の食堂で次々に友人たちに言われ、冷や汗、動悸が激しくなってきた健斗。事は昨日の母からの電話にさかのぼる。

 大きくもなく小さくもなく、決して田舎の人があこがれるような大都会ではないが、そこに住んでいる住民たちは田舎だとは思っていない、要するに中途半端なレベルの都市O県O市。我が国の首都東京へは直通新幹線が存在し、知事の『空港を誘致しました』の実績づくりのために作られた微妙な大きさの微妙な本数が飛び立つ空港がある、、、そんなO市の中堅私立大学に通う白川健斗は今、危機に瀕していた。

 生来の怠け者で自分の将来のことを深く考えていなかった彼は、高校三年時の大学受験で失敗、その後一浪を経て適当な私立大学に入学し、学生生活という名の人生の夏休みを謳歌してきた。サークル活動に精を出していたわけでもなく、適当に授業に出て、そこそこの成績を収め、時には収められず単位を落とし、友人たちと切磋琢磨というよりは傷をなめあいながら、だましだまし何とか進学してきたのである。

 そんな健斗も今年は大学四回生。春休みの最終日、一人暮らしのアパートのベットに横になってスマホをいじくっていると、実家の母から電話がかかってきた。

『もしもし?健斗?あんた、今年は四回生になるんでしょ?就職活動とかはどうなってるの?四回生になってから始めるんじゃ遅いっていうじゃない。ちゃんと進んでるんでしょうね?奨学金の返済もあるんだから、ちゃんとしたところに就職しなさいよ。』

『わかってるよ。俺だってちゃんと考えてるんだ。確かに四回生からじゃ遅いって話もあるけどさ。先輩の中には四年の秋から活動して、大手に入った人もいるし。今はちゃんと情報収集してるよ。大丈夫、大丈夫』

 もちろんこの手の『大丈夫、大丈夫』ほど信用の無いものもなく、健斗は当然のごとく情報収集も行ってはいない。ただ、安くは無い学費をある程度負担して、一人暮らしの資金も出してくれたいわばスポンサーともいえる実家からの警告で、健斗も重い腰をあげ、就職活動を始めたのである。手始めに普段つるんでいる仲間と話して、安心を得ようとした健斗であったが、帰ってきたのは冒頭のような無慈悲な回答であったというわけだ。

『まあ、、、今からでも遅いって訳でもないし、頑張れ。遅い奴はもっと遅いし、そもそもまだ4月。何とかなるよ』

こうして『自分よりも下を見る作戦』で友人からのなんの責任も負わない慰めを貰った健斗は、遅ればせながらの就活を開始したのであった。

 が、しかし。

現実は厳しい。厳しすぎる。学生課に向かって、手始めにESの添削や模擬面接を受けてみるが、自分のあまりのふがいなさに健斗はどんどん自信を失っていった。

『学生生活で頑張ったこと、、、何もない?あなたね、そんなので面接に通るわけないでしょう。何かひねり出してください。バイトとか部活、ボランティアとか。何かあるでしょう?』

『勉学、、、ですか?このGPAで?就職活動でのエピソードには具体性が必要ですよ。』

『長所と短所が、、、これじゃあアナタ、まるで小学生だ。こちらに去年就職した先輩の見本があるから、これらを参考に書き直してくれますか?』

と、これである。健斗を担当してくれた30代くらいの男性事務員にこき下ろされ続け、自身とやる気をどんどん失っていく毎日だった。


『やってられねー‼』

そう言いながら今日も自宅の安アパートの一室で、安い缶チューハイをあおる日々。思い返せば、自分の大学生活は本当に怠惰な堕落したものだった。もっと就活を見据えた行動をしてきていれば話は違ったのかもしれないが、誰も教えてくれなかった。仲間たちは飲みに行ったり遊んだりでダラダラしている時もあったが、実はそれぞれが部活や課外活動、または研究室での勉学に励み、強みを持って就職活動に臨んでいたのである。

『ちくしょう、、、あいつら、裏切りやがって。友達じゃねえのかよ。ちくしょう』

むろん裏切りではない。これは彼の自堕落が招いた結果である。

 そんなこんなで毎日を過ごし、就職活動をするのに嫌気がさしてきた5月の半ば。学生課で模擬面接を受けた帰り、図書館のわきの駐輪所に向かっていると、隅に置いてある掲示板の新入社員募集のポスターが目についた。

『なんだこれ?探偵事務所?、、、経歴不問、ES不要、簡単なバイト用の履歴書のみでOK。即時面接、あなたの人柄を見て採用します?え、いいじゃんこれ‼』

学生課の事務員に、企業に出せるレベルではない、ESで落ちる、SPIで落ちるといわれてきた健斗としては、願ってもない条件であった。むろん、探偵事務所は健斗にとって第一志望ではない、どころか志望したこともない業界であるが、滑り止めの内定でも欲しい今、すぐに面接してくれるという条件だけでも破格に感じられたのである。

 貧すれば鈍する、まさにこの言葉の通りであるが、どこか一つでも内定を得れば、心に余裕をもって就職活動が出来るようになる。ワラにもすがるような気持ちで、広告に記載されている電話番号に電話。面接を受けたい旨を伝え、予約を取り付けた。

こうして健斗は、この胡散臭い広告の探偵事務所の採用面接を受けることになったのであった。

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